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ICT、クラウドコンピューティングをビジネスそして日本の力に!

オープンデータ社会(37)農業データの活用

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農業は地域における基幹産業でありながらも、農業の従事者の多くは個人事業主となっており農業自体のビジネスモデルが発展段階にあります。そのため、農業は、他産業と比べると、経営規模やICT投資余力が少なく、全国的にも農業におけるICTやデータ活用は限定的となっています。

農業従事者の高齢化も深刻で、農林水産省の2012年調査によると、農業就業人口の平均年齢が65.8歳となっており、若い担い手である新規就農者や新規参入法人(農業法人)を増やし、農業のノウハウの継承をしていかなければ、日本の農業は成り立たない状況となっています。

こういった状況の中、自治体と地域の農業関係者とICT業界が連携し、農業分野におけるICT活用を促進させ、データ活用を図る取り組みが始まっています。

農産物の生育では、気温、降水量、日照量などの気象条件や土壌と肥料などの農作物の生産環境が影響するため、センサーを農場に配置し、これらのデータを一定時間ごとに収集・蓄積します。 

また、スマートフォンやタブレットなどのモバイルデバイスを使い、農作業履歴の記録・管理、肥料の種類・使用量などの投入資材の記録・管理や、農作物の収穫量の記録・管理などをデータ化します。

これらのデータを活用し、生産管理の見直しや生産環境の定量化を行いノウハウの共有や農作業における適切な手法の確立により、農産物の生産効率や農産物の品質向上にもつながります。また、気象異常などに異常事態の発生した際にもリスク軽減にも活かすことができるでしょう。

いくつか農業データの活用事例についてご紹介したいと思います。

センサーデータを用いた栽培手法の標準化の実現

和歌山県有田市で果樹園を経営する「早和果樹園」では2011年3月から、センサーデータを活用し、ミカン栽培の生産性や品質の向上を図る実証実験を始めています。IDが付与された約5000本の樹が植えてあるみかん園地園内5カ所にセンサーを設置し、気温や土壌温度や降水量などの情報を収集しています。農園の作業者にはスマートフォンを配布し、樹木やミカンの撮影画像、作業内容や作業時の観察情報などの20種類のデータの収集を行っています。これらの収集情報はクラウド側に蓄積し、一元管理を行っています。

スマートフォンのGPS(衛星利用測位システム)機能や、樹木1本ごとに設定したID番号で、育成状態や病害虫の発生状況などを詳細に管理しています。葉や幹の様子をスマートフォンで写真に取り、「新芽が出ています」などのコメントをいれてクラウド側に写真データをアップロードしています。

これらの収集データをクラウドで一元管理し、収集データをもとに果樹園のマネジャーは「みかんの糖度を上げるために水切りをしよう」といった指示を出します。和歌山県の農林水産総合技術センター果樹試験場にも収集データを提供し、試験場が持つ各種の試験データと果樹園のデータを付き合わせながら、栽培指導・支援情報を提供しています。

「早和果樹園」ではデータ活用によって、生育状態をしっかりと管理できるようになり、高品質なおいしいみかんを作る環境が整うために、栽培するミカンのうち、価格が一般的なミカンの約1.7倍の高級ブランド品種「味一」の出荷割合をこれまでの3倍に高め、収入面で大きな効果が期待されています。若手従業員の人材育成では、収集データからの作業指示やアドバイスを通じて、熟練従業員が持つノウハウも継承することができます。

収集し蓄積したデータをもとに「樹木がどんな状態の時には何をするか」という作業の標準化やノウハウの明文化をすることで、作業コストの削減や生産性向上をはかり経営品質の向上につなげる狙いもあります。

これまでのみかん栽培は、熟練従業員による勘と経験に頼る部分が多かったのですが、今回のデータ収集の一元化により、適切な栽培手法の標準化を実現し、農業経営における新たなシステムを確立することで、農業の産業化における大きな効果をもたらすことが期待されています。

農業再生のためのデータ活用

東北では、震災からの農業再生をIT技術で後押しするため、2012年2月、IT関連企業、農業法人、教育機関、復興関連の財団法人などが中心となり「東北スマートアグリカルチャー研究会」(T-SAL:Tohoku Smart Agriculture Lab.)が発足しました。農業振興のためのITシステムのあるべき姿を「地域」視点で研究・開発・実行を行う"実践型"の研究会として活動を始め、クラウド技術を活用しながら、農業の効率化による基盤強化による次世代型の営農スタイルのあり方を検討しています。

ステップ1では、クラウドを活用した農業支援システムの導入を始めています。宮城県沿岸の農地などで塩分や放射線、土壌温度をセンサーで測定し、計測値をクラウド経由でスマートフォンやタブレットから閲覧・共有できる仕組みを実現しています。

ステップ2では、温度、湿度、照度や、土壌の塩分濃度や放射線量を測定するセンサーデータ、圃場の様子を撮影するカメラ、これらの情報を収集・蓄積するためにクラウドなどを用いて、スマートフォンなどで営農支援、データ分析・活用を行う仕組みを、コモディティ化した技術を使い低コストで開発することを目指しています。

ステップ3では、東北地域の枠にとらわれずIT化が進んでいない中小農家などを支援するための点在する農地を仮想的に1つの大きな農場として捉え、一体運営するという地域発の農業プラットフォームの形成を目指しています。

放射線量のリアルタイムデータ収集による安全な栽培を

ミツバチが生きていける程、農薬を使わずに頑張っている生産者を応援するサイト「みつばちの里」の事例です。

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このサイトは、福島県福島市などの環境放射能測定値について、無線LAN内蔵の電脳みつばちシステムに放射線量計を追加し、1時間ごとに自動測定を行っています。電脳みつばちシステムで測定した放射線量・各種データをリアルタイムに確認をすることができます。

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この環境実現には、Wi-Fi利用M2Mプラットフォームが利用されており、大規模データ収集と大規模ポイント管理「Mother ship(マザーシップ) 」などへとシステム連携環境を実現しています。

政府が進めるデータを活用した農業振興策

政府の総合科学技術会議では2013年4月16日、データを活用した農業振興策を進めていくことを明らかにしています。全国の田畑にセンサーを設置し、温度や湿度、日照時間、土中の水分量などの記録や作物の糖度や生育状況も定期的に点検を行い、これらの全国各地からのビッグデータを分析し、気象条件や土壌環境などから最適な栽培手法の検証を行っていくとしています。これらの検証実績をもとに、農産物の品質向上や次世代へのノウハウを共有することで後継者育成にもつなげていくとしています(関連記事)。

また、圃場の環境データ、農産物の内部データのほかに、ベテラン農業従事者に特殊なカメラをとりつけ、視線データ、「気付き」データを蓄積し、これらのデータを連携させ、生育状況を確かめるときに、果実が熟する前は茎を見て、収穫直前は葉を見るといったように、どのような状態のときにどのように判断し、行動しているのかをデータとして記録し、匠の技をデータ化し、栽培ノウハウを共有化していく取組みを行う予定です。

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http://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihu109/siryo1-2.pdf

農業データを活用した民間サービス

アグリノートは、Google マップ・航空写真を利用したインターネット上の農業日誌・圃場管理ツールで、情報共有ができるようになっています。農作業記録や育成記録をスマホやPCでデータを投入、投入したデータはすぐに自動集計されます。扱う圃場が多い場合でも、Googleマップの航空写真を使って整理することができます。さらに、独立行政法人農林水産消費安全技術センターが管理している農薬・肥料データベースを閲覧でき、アグリノートSNSで全国の農業者と交流できる環境も用意しています。

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http://agri-note.jp/

海外における気象データと農産物の収穫量と土壌データを連携した民間サービス

海外における事例もご紹介しましょう。

米国のThe Climate Corporationは、国立気象サービス(National Weather Service)がアルタイムに提供する250万ヶ所の気象測定データと、農務省が提供する過去60年の収穫量データと、1,500億ヶ所の2.5平方マイル単位で取得した14テラバイトにもなる土壌データをもとに、地域や作物ごとの収穫被害発生確率を兆にも上る気象シミュレーションポイントを生成するなどの独自技術で予測し、農家向けにカスタマイズした保険商品「Total Weather Insurance」を開発し提供しています。この事例は、オープンデータを活用したビジネスの成功事例としてよく紹介されています(関連記事)。

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http://www.climate.com/

 

以上のように、農業におけるデータ活用における様々な活用シーンや可能性が想定されますが、農業の生産者側がこれらのデータ活用の価値を理解し、データを簡易で活用できるような仕組みづくりを全国的なプラットフォームとして活用できるようにするなど、まだまだ課題は山積しています。また、こういった環境の構築維持管理や、採算面でも改善していく必要があるでしょう。

気象データなどのオープンデータを活用し、農産物の生産効率につなげていくといった取り組みもあまり目にすることはあまりありませが、日本の農業のこれからを考えていく上で、ICTやクラウド活用、さらには、データ活用のあり方については、重要なテーマの一つとなっていくでしょう。

 

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