データセンター戦略に求められる「電力と地政学」の視点
Synergy Research Groupは2025年7月16日、世界のハイパースケールデータセンターに関する最新の市場ランキングを発表しました。Synergyによると、上位20の州・都市圏が全世界のハイパースケールデータセンター容量の62%を占め、その中でも米国バージニア州北部と中国・北京が突出した存在となっています。この2地域だけで全体の20%を構成し、インフラ戦略の重心が米中に大きく傾いている実態が改めて浮き彫りになりました。
Synergy Updates Its Ranking of the World's Top 20 Hyperscale Data Center Locations
背景には、生成AIやクラウドサービスの急成長に伴うデータ処理・保存能力の飛躍的需要増があり、今やデータセンターは国際競争力の根幹を支えるインフラへと進化しています。こうした状況を踏まえ、今回は、米国におけるデータセンター集積の構造、アジア太平洋地域の戦略的台頭、電力供給を軸とした立地戦略の転換、今後注目されるグローバル市場の展望について掘り下げていきます。
米国に集中するハイパースケール容量とその構造的要因
上位20市場のうち14が米国内に集中している事実は、デジタルインフラの地政学的重心が依然として米国にあることを示しています。中でも、バージニア州北部は、アマゾン、マイクロソフト、グーグルといったクラウド大手3社の拠点が集積する最大市場であり、単独で世界容量の10%超を占めています。
この集積の背景には、以下のような構造的な要因があります。
企業の本社所在地との近接性
世界の主要なハイパースケールオペレーターの60%以上が米国に本拠地を構えており、自国内における集中的なインフラ展開が可能
税制優遇と開発環境の柔軟性
各州による積極的な税制インセンティブや不動産の調達容易性が、インフラ投資を促進
安定した広域電力供給網
再生可能エネルギーを含む低コストで安定した電力供給が実現しやすい中西部・南部州は、エネルギー集約型であるデータセンターの設置に有利
ニューヨークやサンフランシスコなどの都市圏は、地価・電力単価・災害リスクの面で不利な条件が重なり、ランキング上では後退しています。
出典:Synergy Research Group 2025.7
中国・アジア太平洋地域の台頭:次なる主戦場としてのAPAC
ランキングでは、アジア太平洋地域(APAC)から北京・上海(中国)、東京(日本)、シンガポール、シドニー(オーストラリア)の5都市がランクインしています。中でも、北京は米国オレゴン州を上回る容量を持ち、世界のAI・クラウド需要における中国の急成長を象徴する存在となっています。
この地域の躍進には、以下のような条件が影響しています。
国内クラウド市場の成長
アリババクラウドやテンセントクラウドなどの国産オペレーターが台頭し、自国内でのハイパースケール需要を牽引
地政学的ハブ機能
東京やシンガポールは、アジアのネットワーク接続拠点としての機能を持ち、国際データトラフィックの集積地
政策的後押し
中国やインド、東南アジア諸国では、国家戦略としてAI・クラウド投資が位置づけられており、インフラ整備が加速
APAC市場は今後、インド、マレーシア、インドネシアなどの新興国が新たな成長ドライバーとなる可能性を秘めています。
電力供給が左右するデータセンターの地政学
現在、生成AIの進展に伴い、1つのデータセンターが消費する電力は数十〜数百MW規模に拡大しています。これにより、立地戦略において電力供給の安定性とコストが最重要項目として浮上しています。
立地選定の主軸が「電力」へと転換
従来のネットワーク接続性や都市インフラ優位性に加え、変電所の整備状況、再生可能エネルギーの利用可能性が評価指標に
大都市圏の相対的な不利
ロンドン、フランクフルト、ニューヨークなどの大都市は、電力供給の余力や価格面で不利となり、ランキング圏外へと後退
再生可能エネルギーの重要性
サステナビリティ投資の流れを受けて、グリーン電力との連携が評価されるようになり、オレゴンやアイオワなどの州が新たなインフラ拠点として浮上
このように、電力は単なるインフラコストではなく、デジタル主権や経済安全保障とも深く結びついた地政学的資源となりつつあります。
今後の展望:インフラ競争の舞台は新興国・中東へ
Synergy Researchの調査によれば、世界では535カ所に及ぶハイパースケールデータセンターが建設・計画段階にあり、インフラ競争は次なる段階に突入しつつあります。
今後の見通しとして、以下の変化を予測しています。
米国では「分散型」の深化
南部(ジョージア、テキサス)や中西部(ネブラスカ、アイオワ)での設備投資が加速し、都市集中から地域分散への移行加速
中東・南欧の新規参入
サウジアラビア、スペインなどが再生可能エネルギーを活用した大規模インフラ計画を推進。国家プロジェクトとしての位置づけに
AI対応インフラの差別化競争
電力供給だけでなく、冷却技術、チップ最適化、マルチクラウド対応など、AI処理に特化したデータセンター機能が競争優位の鍵に
データセンターをめぐる競争は、従来の「通信インフラ」から「AI・電力インフラ」へと定義が変わりつつあります。求められているのは、電力と地政学の両軸を見据えた、持続可能で戦略的なインフラ設計です。