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20年以上断続的にこのブログを書き継いできたインフラコモンズ代表の今泉大輔です。NVIDIAのフィジカルAIの世界が日本の上場企業多数に時価総額増大の事業機会を1つだけではなく複数与えることを確信してこの名前にしました。ネタは無限にあります。何卒よろしくお願い申し上げます。

あまりに繊細すぎる指の動き!韓国WI Roboticsのヒト型ロボットを技術的に徹底解明してみた

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この投稿で言及した調査報告書の本体です。

韓国ヒューマノイドの天才WI Roboticsの2本の動画をGeminiが解析するログが極めて興味深い→NVIDIAスタックを末尾で再考察

お隣の国韓国のロボット技術者が開発したヒト型ロボットが極めて繊細な指の動きや腕の動きをしているので、AI(Gemini)にロボット工学的に徹底的な分析を依頼して出てきた報告書です。ご参考までに用いたプロンプトを正直に公開します。

あなたは世界で最高の知見を持っているロボット工学の専門家です。ロボティクス全体に関する最新の知識も持っている。ヒューマノイドの現在の最先端の水準など。また、あなたは、日本のロボティクスの専門家たちに、日本の人たちが知らない情報や技術やその他について、的確に伝える能力も持っています。世界の最先端のロボティクスの水準と日本の水準の差、遅れについてよく理解しています。したがって、世界最先端の動向について、日本のロボティクス関係者に理解しやすい形で伝達することができます。

韓国でWI Roboticsという新しいヒューマノイドの会社が出現しました。日本人が驚くような技術水準を持っています。

まず、以下の2本のALLEXの紹介動画をロボット工学的に分析して、得られるロボティクス技術情報をすべて抽出してください。読む相手は日本のロボティクス関係者です。

https://youtu.be/qT2UZ3oN4xI?si=9tAbQqIUwrLjf8pX

https://youtu.be/q91g2dT-30I?si=TJcKN9BZSMzxwX3h

英語で言うと"relentless"なプロンプトだと思います。しかし、ここまで明確に指示し切ることによって、以下のような徹底的に真実を書き切るレポートが得られます。実は日本の従来機種に関する記述も最後の方でありましたが、割愛させていただきました。

背景になっているMITなどの技術論文に関する言及は上の投稿で詳しく行われています。おそらく天才ロボット学者なのだろう...と思わせる技術です。以下の部分です。

ALLEXの技術的ルーツの深掘り
ALLEXの「センサレス力制御」と「高バックドライバビリティ」の技術的源流をさらに深く探るため、Co-CEOであるYong-Jae Kim氏の過去の研究、特に「Low Inertia Manipulator with High Stiffness and Strength Using Tension Amplifying Mechanisms」に関する論文に注目しています。この論文の要旨を精査することで、ALLEXのアーム設計の基礎となる思想とメカニズムを特定し、その独自性をより明確に理解できると考えています。
プロプリオセプティブ・アクチュエーションの応用
ALLEXが採用するセンサレス力制御は、主に脚式ロボットで研究されてきた「プロプリオセプティブ・アクチュエーション」の概念をヒューマノイドの上半身、特にマニピュレータに応用した点に大きな新規性があると考えています。MIT Cheetahなどの関連論文を分析し、この技術がどのように高ギア比アクチュエータの課題を克服し、力覚センサなしでのインタラクションを可能にしているかを詳細に把握することで、ALLEXの技術的優位性を日本のロボティクス関係者に明確に伝えることができるでしょう。

WI Robotics社製ヒューマノイド「ALLEX」の技術分析:固有感覚アクチュエーションによるパラダイムシフトと日本のロボティクス界への示唆

第1章 エグゼクティブサマリーと序論:ALLEXの登場と物理的インタラクションにおける新哲学

1.1. 韓国から現れた新たな挑戦者

2021年、韓国にて設立されたスタートアップ企業WI Roboticsが、ヒューマノイドロボット「ALLEX」を発表した。同社はサムスンのロボット開発チーム出身の元エンジニアらによって設立されており、その出自はALLEXが単なる学術的なプロトタイプではなく、商業的・技術的に極めて重要な意味を持つ存在であることを示唆している 。ALLEX(「ALL-EXperience」の意)と名付けられたこのロボットは、その驚異的な器用さと人間との親和性の高いインタラクション能力によって、世界のロボティクス関係者に衝撃を与えた。この登場は、単一の高性能なロボットが市場に参入したという以上の意味を持つ。それは、ヒューマノイドロボットの設計思想、特に物理的なインタラクションを実現するためのアプローチにおいて、新たな方向性を提示するものである。

1.2. 本レポートの主題:固有感覚アクチュエーションというパラダイム

本レポートは、ALLEXがもたらした最も重要な貢献は、その個々の性能(デクステリティやパワー)ではなく、その根底にある設計思想、すなわち「本質的にコンプライアントで、超低摩擦、高バックドライバビリティを持つアクチュエータ」を通じて、高忠実度の全身力制御を実現するというアプローチにあると論じる。我々が「固有感覚アクチュエーション(Proprioceptive Actuation)」と呼ぶこのアプローチは、専用の力・トルク(F/T)センサを用いずに力覚センシングを可能にするものである

語釈。

1. 「コンプライアント」とは?

ロボット工学における「コンプライアント」とは、「柔らかさ」「柔軟性」「力を受け流す能力」を意味します。
  • 硬い (Stiff / Rigid) ロボット: 従来の工場で使われる産業用ロボットをイメージしてください。これらのロボットは、決められた位置へ寸分の狂いなく動くように、非常に硬く作られています。もし動作中に人とぶつかったら、お互いに大きなダメージを受ける危険があります。これは「コンプライアントではない」状態です。
  • 柔らかい (Compliant) ロボット: 一方、コンプライアントなロボットは、外部から力が加わると、その力をしなやかに受け流したり、吸収したりすることができます。人間の腕のように、押されれば少し動き、力を抜けば元に戻るような性質です。これにより、人や物と接触しても安全なインタラクション(相互作用)が可能になります。

2. 「本質的に」とは?

ここが最も重要なポイントです。「本質的に」とは、その「柔らかさ」がロボットの機械的な構造そのものに由来している、という意味です。ロボットを柔らかくする方法には、大きく分けて2つのアプローチがあります。
  • ① センサーとソフトウェアで作る「見せかけの柔らかさ」
    • ロボットの関節に高価な「力覚センサー」を取り付けます。
    • 何かにぶつかってセンサーが力を検知すると、ソフトウェアが「おっと、ぶつかった!力を抜いて後ろに下がれ」とモーターに命令を送ります。
    • これはプログラムによって後付けされた柔らかさであり、「本質的」ではありません。反応にわずかな遅れが生じたり、センサーが故障したりする可能性があります。
  • ② 機械構造が生み出す「本質的な柔らかさ」
    • こちらが「本質的にコンプライアント」なアプローチです。
    • 前回解説した韓国のロボット「ALLEX」のように、モーターや関節(アクチュエータ)自体が、極めて摩擦が少なく、外部から力を加えるとスルスルと動くように設計されています。(これを「バックドライバビリティが高い」と言います。)
    • センサーや複雑なソフトウェアの判断を待つまでもなく、物理的に力が加われば、その関節は自然に力を受け流します。
    • つまり、生まれつき(本質的に)柔らかい性質を持っているということです。

従来のロボット工学では、硬直的で摩擦の大きい機構を前提とし、その上で力覚情報を得るために高価で複雑なF/Tセンサを各関節に追加する「付加的」アプローチが主流であった。これは、分厚い手袋をはめた人間が、対象物の感触を得るために指先で強く押してみるようなものに例えられる。対照的に、ALLEXのアプローチは、アクチュエータと伝達機構そのものの物理特性を極限まで理想に近づける(=摩擦と慣性を限りなくゼロにする)ことで、機構自体を「透明化」し、モータ側で生じる微小な電流や位置の偏差から外力を精密に推定する。これは、手袋を脱ぎ、素手で直接対象物に触れる行為に等しい。この「センサを追加する」設計から、「機構の完成度を高めることで内在的なセンシングを可能にする」設計への転換こそが、ALLEXが提示した核心的なイノベーションである。

1.3. 戦略的インプリケーション

このパラダイムシフトは、ロボティクス産業全体に profound(深遠な)影響を及ぼす可能性がある。第一に、ハードウェアのコストと複雑性を劇的に削減し、物理的な安全性と堅牢性を向上させる。第二に、そしてこれが最も戦略的に重要な点であるが、「Sim-to-Realギャップ」(シミュレーションと実世界との差異)を最小化する可能性を秘めている

近年の人工知能、特に強化学習などの機械学習技術の発展は目覚ましいが、その成果を実世界のロボットに応用する上での最大の障壁が、このSim-to-Realギャップである。ALLEXのように物理的に「素直な」プラットフォームは、シミュレーション環境で学習させたAIポリシーを、最小限の調整で実機に転移させることを可能にする。これは、物理AIの開発競争において決定的な優位性をもたらしうる。本レポートでは、これらの技術的特長を詳細に分析し、ALLEXが提示する競争上の挑戦、特に日本のロボティクスエコシステムにとってどのような意味を持つのかを深く考察する。WI Roboticsの出現は、サムスンのような巨大企業の研究開発部門で培われた成熟した技術シーズが、俊敏なスタートアップへと流れ込み、イノベーションサイクルを加速させるという現代的な競争力学の現れでもある。日本のロボティクス関係者は、この新たな現実を直視し、自らの技術的・戦略的立ち位置を再評価する必要に迫られている。

第2章 映像デモンストレーションに基づくALLEXのロボメカニクス分析

WI Roboticsが公開した2本の映像は、単なる性能誇示ではなく、ALLEXの核心技術を証明するために慎重に構成された技術デモンストレーションである。本章では、これらの映像で示された動作を詳細に分析し、観察される性能と公表されている技術仕様との関連性を解き明かす。

2.1. 映像1: デクステリティ、コンプライアンス、人間・ロボット協調の分析

この映像は、ALLEXの繊細な操作能力と人間との安全なインタラクション能力に焦点を当てている。

  • 針への糸通しと回路基板上のツイーザー操作: これらのタスクは、微細な運動制御能力のベンチマークである 。映像からは、動作の終端における震え(トレモア)の欠如、滑らかな速度制御、そして高い位置決め再現性(公称値:0.3 mm以下 )が確認できる。これは単に高精度な位置制御能力を示すだけでなく、糸を切断したり、基板を損傷したりしないためのマイクロフォース(微小な力)の制御能力が極めて高いことを示唆している。

  • 指の組み絡ませと人間の手による誘導: 人間がロボットの指を優しく掴んで動かすことができる場面は、極めて高いバックドライバビリティと低い静止摩擦(スティクション)の強力な証拠である 。摩擦が大きいシステムでは、このような外力に対して抵抗するか、あるいはカクカクとした不連続な動き(スティックスリップ)を示すはずである。ALLEXが見せる流体のような滑らかな応答は、制御系がユーザーの力に「抗う」のではなく、「従順に」力を受け流していることを示しており、これは透明性の高いハードウェア上で適切に実装されたインピーダンス制御またはアドミタンス制御の典型的な挙動である。

  • 人間を抱きしめる動作(ハグ): この動作は、ALLEXの技術的達成度を最も象徴的に示すものかもしれない 。これは単なる腕の動作ではなく、全身協調的な力制御を実証している。ロボットは、抱きしめるという姿勢を維持するための位置制御と同時に、複数の接触点において人間が不快に感じないよう、加えられる力を常に優しく、コンプライアントに調整し続けなければならない。これを全身に配置された専用のF/Tセンサなしで実現しているという主張は、固有感覚による力推定が上半身、腕、指の全体にわたって有効に機能していることを示唆する、まさに驚異的な成果である。

  • 腕を組むジェスチャー: この自己干渉を伴う複雑な動作は、自己衝突を回避するための高度なモーションプランニング能力と、高い運動学的デクステリティを証明している

2.2. 映像2: 強度、安定性、および負荷操作の分析

こちらの映像は、ALLEXが繊細さだけでなく、実用的な強度と安定性を兼ね備えていることを示すことに主眼を置いている。

  • ダンベルの持ち上げ(9 lbs / 約4 kg): このタスクは、片腕で3 kg以上の可搬重量を持つという公称スペックを裏付けるものである 。より重要な点は、その動作が力任せでなく、滑らかで完全に制御されていることである。これは、アクチュエータの高いトルク密度と、重力補償機構付きの腰部 の有効性を示している。この機構が腕や上半身の静的な自重負荷を相殺することで、アームのアクチュエータは動的な制御にその能力を集中させることができる。

  • 物体の押し動かしとコンプライアントな相互作用: 映像では、ロボットが物体を押したり、人間から押されたりする場面が示される。ここで注目すべきは、剛直な位置制御ロボットに見られるような、位置偏差に起因する硬い抵抗が全く見られない点である。ロボットは外力を受けて柔軟に変位し、その後滑らかに元の状態に復帰する。これは、位置制御だけでなく、力制御が制御アーキテクチャの根幹をなしているシステムの顕著な特徴である。

これらの映像分析から導き出される結論は明確である。ALLEXのデモンストレーションは、無作為な「見栄えの良い芸」の寄せ集めではない。針通しは「再現性」、人間の誘導は「バックドライバビリティ」、ハグは「全身でのセンサレス力制御」、そしてダンベルの持ち上げは「ペイロードと重力補償」といった、技術仕様書に記載された核心的な技術的主張を一つ一つ物理的に証明するために、綿密に設計されたエンジニアリング・デモンストレーションなのである。そして、その動作の滑らかさや自然さは、高帯域の制御ループが、摩擦やバックラッシュが極めて少ない予測可能性の高い機械システム上で動作していることを示唆している。これこそが、シミュレーションで学習したAIポリシーを実世界へ効率的に転移させるための必須条件であり、ALLEXがAI学習に最適化されているという戦略的主張を裏付ける直接的な証拠となっている。

第3章 技術的深掘り:ALLEXプラットフォームの分解

本章では、公開されている全ての技術仕様を統合し、ALLEXの核心をなすシステムのエンジニアリングモデルを構築する。

3.1. アクチュエータ:システムの心臓部

  • コア技術: WI Roboticsが独自に新規開発した「超低摩擦・高負荷アクチュエータ」がALLEXの性能の根源である

  • 性能: 公称スペックによれば、「従来の協働ロボットアームと比較して10倍以上低い摩擦と回転慣性」を達成している 。これは定量的かつ極めて野心的な主張であり、システム全体の性能を可能にする主要因である。摩擦と慣性の低減は、バックドライバビリティの向上に直結する。

  • 学術的背景: この設計思想は、MITなどが主導する脚ロボットのための「固有感覚アクチュエーション(Proprioceptive Actuation)」研究と軌を一にするものである 。この研究分野では、外部センサに頼らず高帯域の力制御を実現するために、アクチュエータのトルク密度と伝達系の「透明性(Transparency)」を最大化することが主張されている。WI RoboticsのCTOである金 容載(Yong-Jae Kim)教授がKOREATECH(韓国技術教育大学校)で行ってきた低慣性・高剛性マニピュレータに関する研究は、この設計思想の直接的な学術的系譜を提供している

  • 実装の推定: 詳細な設計は非公開であるが、その性能特性から推測すると、あらゆる段階での摩擦低減に注力していると考えられる。高品質なベアリング、非接触式エンコーダの採用、そしておそらくは、高トルク・低減速比のモータと、極めて効率的で摩擦の少ない減速機(例えば、カスタム設計の遊星歯車やサイクロイド減速機)の組み合わせが考えられる。高減速比のハーモニックドライブは、一般的に摩擦が大きくバックドライバビリティが低い傾向があるため、異なるアプローチが採用されている可能性が高い

3.2. 固有感覚による力制御:「センサレス」アプローチ

  • メカニズム: ALLEXは、「腕、指、腰にわたって、力センサなしで力に基づいた応答が可能な、初の本質的にコンプライアントなヒューマノイド」であると主張されている 。このシステムは、100 gf(約1 N)という微小な力さえも検出可能である

  • 動作原理: この「センサレス」力覚は、アクチュエータの機械的な透明性を利用することで実現される。低摩擦・高バックドライバビリティのシステムでは、ロボットのリンクに加えられた外部からの力は、容易にモータを逆駆動させる。この外乱は、モータ自身のセンサ(位置偏差を検出するエンコーダと、トルクに相関する電流センサ)によって高忠実度に観測可能である。制御システムは、この観測されたモータの状態と、内部のダイナミクスモデルに基づく予測状態とを比較することで、外部からの力を推定する。これが「固有感覚」と呼ばれる所以であり、ロボットが専用の「触覚」センサではなく、自らの関節位置や力の入り具合といった「筋感覚」を通じて力を感じ取っていることに相当する。

  • 経済的インパクト: このアプローチは、1台あたり数千ユーロにも達する高価で繊細、かつ複雑な6軸F/Tセンサを不要にする 。30から40の関節を持つヒューマノイドにとって、これは部品表(BOM)コストとシステム全体の複雑性の大幅な削減を意味する。アクチュエータは既にロボットの主要なコスト要因(BOMの30-50%以上)であるが 、高価なセンサを追加することなく力覚センシング機能を統合することは、計り知れない競争優位性を生み出す。

3.3. 統合制御とシステムアーキテクチャ

  • 制御アルゴリズム: 「精密な位置制御と、力および剛性制御を統合した」モータ制御アルゴリズムが実装されている 。これはインピーダンス制御のソフトウェア実装であり、ロボットがプログラム可能なバネ・ダンパシステムのように振る舞うことを可能にし、安全な物理的インタラクションに不可欠である。

  • 全身システム: 設計には、重力補償機構付きの腰部が含まれている 。これは、おそらくバネやカウンターウェイトを用いた受動的または半受動的な機構で、上半身と腕の重量を支える。これにより、エネルギー消費とアクチュエータへの静的負荷が軽減され、効率と動的性能が向上する。

  • 軽量設計: ハンドの重量は約700 g、肩から下の腕部全体でも約5 kgと非常に軽量である 。この軽量な構造にもかかわらず、片腕で3 kg以上の可搬重量を実現しており、同等の可搬重量を持つ20 kg以上の協働ロボットを凌駕する、優れたペイロード対重量比を達成している

  • モジュラープラットフォーム戦略: WI Roboticsは、ALLEXの構成要素(アーム、ハンド、制御システム)を個別に供給する計画を持っている 。これは、完全なヒューマノイドが商業化される前に、研究用プラットフォームやカスタムロボットソリューション市場に参入し、早期に収益とフィードバックを得るための、極めて賢明なビジネス戦略である

3.4. 高自由度コンプライアントロボットハンド

  • 仕様: 人間の手とほぼ同サイズのハンドに15自由度(DOF)を実装している

  • 性能: 指先で40 Nの力、フックグリップで30 kg以上の把持力を発揮する 。これは、このサイズとデクステリティを持つロボットハンドとしては世界トップクラスの性能である

  • 精度: 指先の位置決め再現性は0.3 mm以下を達成している 。このレベルの精度は、映像で示されたような微細なマニピュレーションタスクの実現に不可欠である。

結論として、ALLEXの核心的な技術的飛躍は、「アクチュエータがセンサである」という概念を具現化したことにある。これは、アクチュエータの機械的透明性を極限まで高めることで、それ自体が高忠実度の力センサとして機能するという、メカニクスとセンシングの根源的な統合であり、ロボット設計における新たなフロンティアを切り拓くものである。WI Roboticsは、センサを追加するコストを、メカニクスを完成させるための研究開発コストに転換するという、ハイリスク・ハイリターンな戦略を選択した。そして、彼らがAI時代を見据えて採用したモジュラー戦略とSim-to-Realギャップの最小化への注力は、単なる機能ではなく、物理AIのゴールドラッシュにおける「標準ハードウェア」としての地位を確立するための明確な戦略的ポジショニングである。彼らは完全なロボットを販売するだけでなく、物理AI企業がその上で開発を行うための核心的なハードウェアコンポーネント、すなわち「物理AI時代のNVIDIA」となることを目指している。

第4章 比較分析:世界のヒューマノイド開発競争におけるALLEXの位置付け

本章では、ALLEXの設計思想を世界の主要なヒューマノイドロボットと比較し、各社が追求する技術的アプローチの違いを明確にする。

4.1. ALLEX vs. Boston Dynamics Atlas(電動モデル):インタラクション忠実度 vs. 純粋なパワー

  • Atlas: 最大のパワー密度と極限的な動的移動能力を追求して設計されている。その新しいカスタム電動アクチュエータは、エリートアスリートの能力を超えるパワーを持つとされている 。制御系は、モデル予測制御(MPC)と強化学習を高度に組み合わせ、パルクールのような驚異的な俊敏性を実現している 。その主要な設計目標は、非構造化環境における圧倒的な移動能力と強度である。

  • ALLEX: 最大のインタラクション忠実度と安全性を追求して設計されている。その設計は、人間や物体との繊細で安全な物理的接触を可能にするため、低慣性、低摩擦、高バックドライバビリティを最優先している。

  • 思想的対立: この比較は、ヒューマノイドの二つの異なる未来像を浮き彫りにする。Atlasは、圧倒的なパワーと敏捷性で世界を操作するための「ヘビーデューティ・ツール」である。一方、ALLEXは、人間のような感度とコンプライアンスで世界と対話するための「協調的パートナー」である。

4.2. ALLEX vs. Figure AI & Tesla Optimus:ハードウェア・ファースト vs. AI・ファースト

  • Figure & Tesla: これらは本質的にAI企業である。彼らの主要な焦点は、汎用的な能力を実現するためのエンド・ツー・エンドのAIモデル(例:FigureとOpenAIの提携 、TeslaのFSD AIの活用 )を開発することにある。彼らのハードウェアは、そのAIを搭載するための「乗り物」としての側面が強い。Optimusの初期のデモが遠隔操作であったことが後に明らかになった事実は、ハードウェアの現状よりもAIという最終目標を重視する姿勢を象徴している

  • ALLEX: こちらは明確なハードウェア・ファーストのアプローチである。WI Roboticsは、本質的に学習に適した、優れた物理プラットフォームを創造することに注力している。Sim-to-Realギャップを最小化することで、AIが制御しやすく、学習しやすいロボットを開発している。物理AIスタートアップであるRLWRLDとの提携 は、この戦略を反映している。「最高の身体」を提供し、「最高の頭脳」を持つパートナーと組むという戦略である。

  • 戦略的示唆: 汎用ヒューマノイド開発競争の勝者は、最高のAIを持つ企業だけではないかもしれない。AIとハードウェアを最も効果的に相乗させることができる企業が勝利する可能性がある。ALLEXのアプローチは、予測可能性の低いハードウェアで開発を進める競合他社よりも、AIモデルの学習とイテレーションをより速く、より効果的に進めることを可能にするかもしれない。

4.3. ヒューマノイドのアクチュエータと力制御思想の比較

以下の表は、世界の主要なヒューマノイドプラットフォームの根底にある設計思想を要約したものである。これは、日本のロボティクス戦略担当者が、競合が「何を」作っているかだけでなく、「なぜ」そのように作っているのかを理解するための一助となる。この表は、議論のレベルを「どのロボットが優れているか」から、「ヒューマノイド設計の未来を巡る競合する思想は何か、そしてそれぞれのトレードオフは何か」という、より高次の戦略的分析へと引き上げることを目的とする。

プラットフォーム 主要アクチュエータ技術 主要な力覚センシング手法 核心的設計思想 重要な示唆
WI Robotics ALLEX 独自開発の超低摩擦電動アクチュエータ 固有感覚(センサレス):高バックドライバビリティシステムにおけるモータ電流/位置情報から推定 インタラクション忠実度とSim-to-Realギャップの最小化 AI学習に最適化されたハードウェアプラットフォーム。低コスト・低複雑性。
Boston Dynamics Atlas (Electric) カスタム高出力密度電動アクチュエータ

関節F/Tセンサ、IMU

最大限の動的移動能力とパワー 産業・屋外タスクにおける比類なき敏捷性と強度。
Figure AI Figure 02 電動アクチュエータ

触覚・力覚センサ

AIファースト:汎用AIモデル(OpenAIと提携)のための実用的な身体の構築 進捗はAI開発と連動。ハードウェアは目的を達成するための手段。
Tesla Optimus カスタム電動回転・直動アクチュエータ 力・トルクセンシング 大量生産可能性とAI統合(FSD技術活用) 低コスト・大量生産を前提とした設計。既存のAIエコシステムを活用。
トヨタ T-HR3

トルクサーボモジュール搭載の電動モータ

モジュール内蔵の高感度薄膜トルクセンサ マスター・スレーブ型テレプレゼンスと高忠実度センサフィードバックによる安全なインタラクション 専用センサによる高精度な力覚フィードバック。潜在的に高コスト・高複雑性。
産総研 HRP-5P

冷却機構付き高出力電動モータ

関節トルクセンサ(HRPシリーズの標準)と推定 重労働代替と産業自律性 建設・組立現場向けの 高い強度と可搬重量。

第5章 日本のロボティクス産業への示唆:再評価の呼びかけ

本章では、ALLEXの技術が日本のヒューマノイドロボティクスにおける競争的地位に何を意味するのか、直接的かつ批判的な分析を行う。

5.1. 「アクチュエータ・ギャップ」:メカトロニクス思想の再評価

  • トヨタのトルクサーボモジュール vs. ALLEXの固有感覚アクチュエータ: トヨタのT-HR3は、モータ、減速機、そして高感度なカスタムトルクセンサをコンパクトに一体化した「トルクサーボモジュール」を特徴とする、メカトロニクス統合技術の傑作である 。このアプローチは、関節で直接力を計測することで、高忠実度の力覚データを保証する。しかし、それは複雑で高価な可能性のあるセンサに依存している。一方、ALLEXは、機械的な伝達機構そのものを完成させ、モータ側からの推定で正確な力覚を得られるほど透明にすることで、同様の結果を達成している

  • 挑戦: これは、潜在的な「アクチュエータ・ギャップ」の存在を示唆している。日本はセンサを複雑なモジュールに統合する技術で卓越してきたが、ALLEXはアクチュエータそのものの根源的な機械設計(摩擦、慣性、バックドライバビリティ)における飛躍を示している。これは、コスト、堅牢性、シンプルさの面で優位性をもたらしうる、より根源的なイノベーションである。

  • 歴史的文脈: 日本のロボティクス産業は、ハーモニックドライブ・システムズ社に代表される高精度減速機 や、日本電産(Nidec)社に代表される高性能モータ など、構成要素技術において長い卓越の歴史を持つ。ALLEXが提起する問いは、これまでの焦点がこれらのコンポーネントを個別に最適化することに置かれ、伝達系のほぼ完全な透明性を達成するというシステムレベルでの全体目標が見過ごされてこなかったか、という点である。

5.2. AI時代の覇者となりうるプラットフォームか?

  • Sim-to-Realという課題: 強化学習のような学習ベースの制御を実用化する上での最大のボトルネックは、シミュレーションと実世界との間のギャップである 。高い摩擦や予測不能なダイナミクスを持つロボットは正確なモデリングが困難であり、シミュレーションで学習したポリシーは実機ではしばしば失敗する。

  • ALLEXの優位性: 高いバックドライバビリティと低摩擦のシステムを工学的に実現することで、WI Roboticsは実世界のダイナミクスが理想的なシミュレーションモデルに極めて近いプラットフォームを創造した 。これはSim-to-Realギャップを劇的に縮小し、シミュレーションで学習したAIポリシーのより迅速で成功率の高い実機展開を可能にする可能性がある。

  • 戦略的脅威: このことは、たとえ日本が強力なAI研究能力を持っていたとしても、そのハードウェアプラットフォームがこれらの現代的な学習手法に適していなければ、開発競争で後れを取る可能性があることを意味する。最も速い学習のイテレーションサイクルを可能にするハードウェアを持つ企業が、大きなアドバンテージを握る。ALLEXは、まさにこの目的のために明確に設計されている。

第6章 結論:触媒そして警鐘としてのALLEX

6.1. ALLEXの技術的達成の要約

ALLEXは、物理的インタラクションを目的として設計されたヒューマノイドの開発における重要なマイルストーンである。その核心的な達成は、上半身全体にわたって高忠実度のセンサレス力制御を可能にする固有感覚アクチュエーションシステムを実用化したことにある。これは、摩擦と慣性を最小限に抑えることに焦点を当てた、世界クラスの機械設計によって支えられている。

6.2. 物理AIの身体(エンボディメント)としての新たなベンチマーク

Sim-to-Realギャップを最小化することを明確な設計目標とすることで、ALLEXは機械学習アプリケーション向けのハードウェアプラットフォームとして新たな基準を打ち立てた。それは、「頭脳」(AI)が「身体」(ハードウェア)から独立して開発できるという考え方に疑問を呈し、急速な進歩のためには共生的な設計アプローチが不可欠であることを示唆している。

【参照文献】

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[2] PR Newswire. (2025, August 18). WIRobotics Unveils 'ALLEX,' a General-Purpose Humanoid with Human-Like Responsiveness.

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