【大解説】ロボットのSim2Real ギャップを大幅に縮めるNVIDIA Jetson Thor。どういうメカニズムか?
ロボットをシミュレーション空間で学習させ、それを実機に移して物理世界で動作させた時に、シミュレーション空間ではうまく行ったのに、実機ではうまく行かないと言うことが多々起こります。これは「Sim2Realギャップ」と呼ばれています。ヒト型ロボット、四足歩行ロボット、物流系ロボティクス、自律的な製造装置等、どのようなロボティクス開発でもSim2Realギャップは必ず発生します。市場で販売する際にSim2Realギャップを埋めきれなければ製品としてはNGです。Sim2Realギャップを埋めること、ただこの1点で多くの場合は多大な時間を必要とし、仮説と実地検証を繰り返す作業となります。
このSim2Realギャップを埋める「決定打」とも言えるのが、先頃発売されたNVIDIA Jetson Thorです。日本の製造業界ではまだまだJetson Thorの威力、実力、潜在力が知られていないため、色々な論考でそれを明らかにして行きます。
私もだんだんわかってきたのですが、こう言うのは、繰り返し繰り返し投稿を書くと言うことをやらなければなりません。既知の方には既知の内容で申し訳ありません。
エベレット・ロジャーズのイノベーション普及理論が言うように、世間には、イノベーター層、アーリーアダプター層、アーリーマジョリティ層、レイトマジョリティ層が厳然と存在し、一つのイノベーションに関する理解がイノベーター層からレイトマジョリティ層にまで浸透するには2年はかかります。その間、定常的に「学び」のニーズがあります。
YouTube動画:NVIDIA Isaac Sim で Sim2Real のギャップを縮める (日本語字幕付き)
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Jetson Thor は Sim2Real ギャップを大幅に縮めるために設計された "オンボードの頭脳" です。
ポイントは「自律性の高さ」と「リアルタイム処理能力」にあります。
1. Jetson Thor の自律性がギャップを埋める理由
① 現場で即座に判断できる(オンボード推論)
従来は、
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センサーが現実世界のデータをクラウドへ送り、
-
クラウドでAIが計算し、
-
結果をロボットに返す、
という"遠隔思考"の構造でした。
この方式では、現実世界の揺らぎ(照明、ノイズ、動く人など)に即応できず、
「Sim2Real ギャップ」を埋めきれません。
Jetson Thor は、GPU + AIアクセラレータをロボット本体に搭載し、
その場で推論・判断・計画修正を行えるため、
現実環境の変化にリアルタイムで適応できます。
② センサーフュージョンを内蔵処理
Sim2Real ギャップの大きな要因のひとつが「センサーの誤差」。
シミュレーターでは理想的なセンサー値を扱いますが、
現実ではノイズや遅延、反射などが発生します。
Jetson Thor は複数のセンサー入力(カメラ・LiDAR・IMUなど)を
GPU内で低遅延に統合(センサーフュージョン)できるため、
実環境の"不確実性"を吸収し、より安定した知覚を実現します。
③ 学習済みモデルの現場適応(オンサイト・リファイン)
Sim2Real ギャップを完全にゼロにすることは難しいですが、
Thor では LLM や Vision モデルを
現場で追加学習・微調整(fine-tuning)することが可能です。
たとえば、
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シミュレーターでは想定していなかった照明条件、
-
実際の地面の摩擦係数、
-
個体差のあるアクチュエータの挙動、
などを検出し、現場でAIを「適応」させる。
このオンサイト最適化こそ、Sim2Real ギャップを埋める実践的な方法です。(今泉注:クラウドに接続していなくても、インターネット接続がなくても、そのロボット筐体に装着されたJetson Thor内で最適化が完結する)
2. 結果:クラウドではなく現場で完結するAI
Jetson Thor が担うのは、
「クラウドに頼らず、現実世界で自己完結できるAI」 です。
| 従来のAI | Jetson Thorを用いたフィジカルAI |
|---|---|
| シミュレーションで学習 → 現実では誤差が拡大 | 実環境で継続的に再学習・補正 |
| クラウド依存・通信遅延あり | オンボードで即応処理 |
| センサー誤差を吸収できない | 内蔵センサーフュージョンで安定化 |
| 決められた動作のみ | 現場で自律判断し計画を修正 |
3. まとめ
Sim2Real ギャップの本質は「現実世界の複雑さに即応できるかどうか」です。
Jetson Thor はそのための"現場思考エンジン"であり、
知覚(Perceive)→ 推論(Reason)→ 計画(Plan)→ 行動(Act)という
フィジカルAIの4段階をすべてオンボードで循環させられるようにします。
つまり、Jetson Thor は Sim2Real ギャップを"リアルタイム思考"によって乗り越える装置なのです。