日立Lumada 3.0の主力HMAX が切り開く鉄道DXの新しい姿:NVIDIA Omniverse を基盤としたデジタルツイン
インフラコモンズの今泉です。
3年前ぐらいにシーメンスに関する調査を受注したことがあり、同社がデジタルツインを中核に据えた製造業向けのソリューションを積極的に売っていることを知りました。あれから3年。
今、日立製作所もデジタルツインの上で様々な付加価値を実現する商品群を出し始めています。すべてLumada 3.0の全体図式の中に収まる商品。
以下の投稿では特に鉄道業向けにデジタルツインの新しい活用法を提案しているHMAXについて、特に、NVIDIAのデジタルツイン用OSであるOmniverseとの関連で解説します。
今回も技術的な正確性を担保するために、Google Gemini 3 Proと並ぶ調査執筆性能があるChatGPT 5.1を使います。(今泉注:業務ではいずれも有料版を使うことが大切。Gemini 3はDeep Researchが使えるのと使えないのとで大きな差があり、ChatGPT 5.1ではレポート結果の解像度が違います。)
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NVIDIA Omniverse を基盤としたデジタルツイン時代へ──日立 HMAX が切り開く鉄道DXの新しい姿
鉄道の安全性と信頼性は、日本社会にとって極めて重要なインフラ価値です。
一方で、車両・線路・信号・変電設備など、多くのコンポーネントが連動する複雑なシステムであるため、
保守管理や運行最適化には大きな負荷がかかっています。
こうした環境の中で、日立製作所が展開する HMAX(エイチマックス) が注目されています。
HMAX は NVIDIA Omniverse を中核技術として活用したデジタルツイン基盤であり、鉄道向けフィジカルAIソリューションとして、国内外で導入が進みつつあります。
本記事では、
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デジタルツインとは何か
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Omniverseとは何か
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鉄道の保守管理にデジタルツインがなぜ有効なのか
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HMAX が持つ競争優位性
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なぜ日立は「シーメンスを超える」と宣言したのか
を、ビジネスパーソン向けにわかりやすく整理します。
1. デジタルツインとは何か
デジタルツインとは、現実世界の設備・現場の状態を、クラウド上の"もう一つの世界(Twin)"にリアルタイムで再現する技術です。
たとえば鉄道であれば、
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車両の振動
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温度・湿度
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エネルギー消費
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架線電圧
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線路のゆがみ
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車輪摩耗
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乗客数
といった物理データをリアルタイムで取得し、
デジタル空間内に"鉄道ネットワークのもう一つのコピー"を生成します。
このコピーは単なる映像モデルではなく、"実際の物理現象を忠実に再現し、未来の挙動をシミュレーションできる"という点が特徴です。
2. NVIDIA Omniverse とは何か
Omniverse は、NVIDIA が提供する 産業向けリアルタイム・シミュレーション基盤です。(デジタルツインのOSと表現されることもある。どちらも同じいいみ)
ポイントは3つです。
① 物理シミュレーションが高精度
衝撃、摩擦、振動、流体、熱などの挙動をリアルな物理法則に基づいて再現できます。
鉄道では、とくに
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車輪の振動
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モーターの負荷
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ブレーキの熱
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線路のねじれ
といった現象を高精度で再現できる点が大きなメリットです。
② AI と接続する前提で設計
Omniverse上のデジタルツインとAIモデル(学習済モデル)が密に連携し、
故障予兆の推論や運行最適化に活用できます。
③ サイバー空間とフィジカル空間の"同期"
実際のセンサーから取得したデータをリアルタイムでデジタル空間へ同期するため、「今起きていること」と「デジタル空間のシミュレーション」が時間差なく一致します。
3. 鉄道の保守管理にデジタルツインを導入すると何が変わるのか?
鉄道の保守管理は、従来は
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定期点検
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事後保全(故障後の対応)
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職人の経験
に大きく依存してきました。
デジタルツインを用いると、下記の変化が起こります。
① 「故障予兆」が見える化される
振動、温度、エア漏れ、モーター負荷など、"壊れる直前の兆候"をAIが自動で抽出します。
② 点検の自動化・高速化
映像AIやセンサーデータに基づき、異常の有無を高速で判定できます。
③ 専用検査車両の稼働を減らせる
営業列車が走りながら線路・架線を監視できるようになり、点検コストが大幅に軽減します。
④ 運行と保守のデータを統合し、全体最適が可能に
車両・線路・信号・電力のデータが同一基盤に集まるため、運行スケジュールと設備状態を同時に最適化できます。
⑤ 「現場の属人化」が減少
作業員の経験ではなく、データとAIで判断できる体制が整います。
(今泉注:結果として、IT投資で言うTotal Cost of Ownershipが中長期で削減される。この削減額と導入にかかるコストとを天秤にかけて削減額がかなり大きければ、鉄道会社にはHMAXを導入するインセンティブがある。)
4. 日立 HMAX の概要と優位性
日立の HMAX は、鉄道向けの フィジカルAI × デジタルツイン基盤として設計されています。
NVIDIA Omniverse を基盤としつつ、日立が長年保有してきた
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車両技術
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信号・電力インフラ
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運行管理
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OT(Operational Technology)
の知見を統合しています。
HMAX の主な機能
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車両の自己診断(軸重、振動、エアコン、コンプレッサーなど)
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インフラ監視(線路、架線、信号)
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自動映像検査
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運行最適化
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故障予兆検知
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エネルギー・排出量の分析
HMAX が優れている理由
① OT(鉄道)とIT(AI・クラウド)を一体で持っている
世界でも珍しい「鉄道フルスタック企業」であるため、データが最初から統合しやすい構造になっています。
② NVIDIA Omniverse による高精度シミュレーション
鉄道は「物理量の精度」が成果に直結する領域であり、Omniverse の採用は実運用レベルのフィジカルAI実装を可能にします。
③ AIエージェントの大量展開
日立は既に 200 種類以上の AIエージェントを保有し、2030 年には「10万種」まで増やす方針を掲げています。
鉄道という複雑系に必要な「特化型AI」を大量に整備できます。
④ 開発スピード
HMAX は半年で構築されたと報じられており、NVIDIAスタックとの協働効果が明確に表れています。
(今泉注:この開発スピードの速さが、NVIDIA Omniverseを一種のデジタルツインOSとして活用する際の大きなメリット)
5. 「シーメンスを超える」という日立CEOの発言の意味
日立トップは、「フィジカルAIの使い手として世界トップを目指す」と述べています。
その背景には、鉄道分野の構造的な違いがあります。
シーメンス
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信号システムが強い
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産業オートメーションに強み
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車両は限定的(ボンバルディア買収後のアルストムが強い)
日立
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車両
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信号
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運行管理
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保守
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電力インフラ
をフルスタックで保有している世界でも希少な企業です。
そのため、デジタルツインとフィジカルAIを現場へ落とし込む際「OT×IT×AI×デジタルツイン」が一気通貫で繋がります。
日立製作所CEOの「シーメンスを超える」という発言は、単なる競争心ではなく、"フルスタックで鉄道をデジタル化できる企業は日立しかいない"という自信に基づくものです。
6. おわりに:鉄道DXの主役は「予測」に移行する
鉄道の信頼性は、これまで点検と現場力によって支えられてきました。
しかし、人口減少、設備の老朽化、保守負荷の増大により、従来モデルは限界に近づいています。
NVIDIA Omniverse のデジタルツインを基盤とする HMAX は、鉄道の運行・保守管理を「予測と最適化」へ転換し、将来的には都市インフラ全体のデジタル化へつながる可能性があります。
日立がめざすフィジカルAIの世界観は、鉄道を単なる輸送システムではなく、"データで最適化され続ける都市の血管"として再定義する取り組みと言えるでしょう。