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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

先行投資としてのスマートシティ - Masdar Cityの場合

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スマートシティの代表格ということで、少し前にアブダビ首長国のMasdar City(マスダールシティ)を何回かにわけて取り上げました。

アブダビのMasdar Cityはスマートシティの話題が詰まっている
Masdar Cityの母体"Masdar"とマスタープランを受注したFoster+Partners(上)
Masdar Cityの母体"Masdar"とマスタープランを受注したFoster+Partners(下)
Masdarの太陽熱発電事業と日本企業の参画

■スマートシティの目的と収益モデル(仮説)

この頃興味があったのは、スマートシティは誰がどういう意図で建設しようとしているのか、そして収益モデルはどうなっているのか、ということでした。Masdar Cityと、その後韓国の新松島(ニューソンドシティ、New Songdo City)を何度か取り扱ったことから(スマートシティ新松島の背景、総投資額35億ドルのスマートシティ新松島)おおよそ、次のようであろうというのが見えてきました。

[スマートシティの目的と収益モデル(2010年12月上旬における仮説)]
・現時点においては、スマートシティは、企業や国・地方自治体などが行う先行投資の性格を持っている。ここで言う先行投資とは、以下の3つのパターンがある。
  - A. スマートシティが実証実験としての性格を持ち、そこから得られた知見が将来においてより収益性の高い都市計画、あるいはより優れた特性を持った都市計画に応用できることを想定している。
  - B. スマートシティがプロトタイプとしての性格を持ち、将来においてそれを元にした多数の新都市を建設することを想定している。
  - C. スマートシティがショーケースとしての性格を持ち、将来において新しい顧客との取引が活発になることを想定している。
・収益モデルは、そのスマートシティ単体で完結しない。すなわち、そのスマートシティだけを見れば、主たるステークホルダーの持ち出しか、それに近い状況が見られる。企業テナントから得られる賃貸料等、入居する個人から得られる分譲費・家賃等はあるものの、ステークホルダーの投資回収が可能になるためには、収益性の高い新都市が連続的に建設されるか、新しいビジネスが誘発される必要がある。

■実証実験としてのMasdar City

こういう背景を理解すると、一部では、苦境と伝えられるMasdar Cityの現状も、苦境というようなものではなく、そもそも、それが先行投資につきもののごく当たり前の状況だと見ることができるようになります。

Masdar Cityの先行投資的性格は上で言うAとCです。

Aについて、同都市は、再生可能エネルギー発電(具体的には太陽光発電)と太陽熱利用温水器による自給自足だけで都市全体のエネルギーを賄うゼロエミッション(二酸化炭素排出ゼロ)と、ゴミや下水なども再利用するゼロウェイスト(zero waste)を謳っていました。車の乗り入れを禁止し、同都市内はPersonal Rapid Transit(PRT)と呼ばれる無人電気自動車システムだけで移動することが想定されていました。

こうした先進性を形にすることが実証実験的な性格を持っています。具体化した時に何が起こるのか?齟齬は生じないか?やってみることでわかる知見が多々あるわけです。国策として、石油に頼れなくなった後の時代の産業、すなわち、再生エネルギーに関する世界トップの知識産業を育成するという目的で、多大な資金を投じてMasdar Cityを形にしていくことは大きな意味があります。Masdar Cityの投資額の60%はアブダビ首長国が出していると伝えられています。また、220億ドルという巨額を投じて、このようなコンセプトを実現していくこと自体が、一種の実証実験であると言うこともできます。

■計画総予算は220億ドルから160億ドルへ

実証実験ですから、途中で修正や変更が加わるのは理にかなっています。現時点では、以下の変更が加わっています。(こちらでご報告した内容を他ソースにより一部修正、拡充)

  • 総予算が220億ドルから187億〜198億ドルへと減額
  • 2015年のプロジェクト完了を2020年〜2025年の間に延期
  • 再生可能エネルギーによる自給自足は現実的ではないことが判明し、Masdar Cityの外にある再生可能エネルギー発電所から供給(供給元はおそらく世界最大の太陽熱発電所とされるShams 1
  • 無人運転のPersonal Rapid Transport(PRT)の導入はMasdar Institute周辺に限定。一般的な電気自動車、電気バスも併用する

その後、12月1日付けの報道では、総予算がさらに25億ドル減額となり、総額が160億ドルになったと伝えられています(Masdar City clips another $2.5bn from price tag)。この記事で伝えられている追加の変更は以下の通り。

  • PRTの導入は現在のパイロット部分のみに限定(これにより総予算を大きく削減できる)
  • PRTが走り、電線等のケーブルやパイプラインが通ることになっていた"podium"(基壇?)の敷設を取りやめ(同上)
  • 建物の屋上への太陽光パネル設置をとりやめ。代わりにすでに稼働中の太陽光発電設備にパネルを追加設置
  • 冷房用エネルギー源として新たに見つかった温泉を活用(地熱発電用の試掘で温泉が発見されたとのこと)

これらも非常に現実的な計画修正だと思われます。Masdar Cityのコンセプト自体にまったく変更はないと担当者は述べています。

こちらの記事では、Masdar Cityに対して銀行の融資の姿勢が計画作成時よりも大変に厳しくなったことが伝えられています(Masdar: ‘No silver bullet’ for problems facing cleantech city)。リーマンショックの余波を受けて、湾岸諸国の不動産プロジェクトに対しては未だに銀行からの融資が凍結状態にあるとのこと。

コストのかかる設備等の取りやめ、計画縮小も現実的な選択ということでしょう。

■ショーケースとしてのMasdar City

先行投資パターンのCについては、アブダビは将来において、再生可能エネルギーの世界の中心になることを目指しています。Masdar Cityというショーケースが現実的な形としてそこにあることは、関連のビジネスを行っていく上で非常に重要です。

Masdar Cityの母体であるMasdarは正式名称Abu Dabhi Future Energy Company。再生可能エネルギーの世界の中心になるために、すでに2008年から世界最大の再生エネルギー関連展示会であるWorld Future Energy Summitをアブダビで開催しています。昨年は3万名もの参加者があったそうです。
また、再生可能エネルギーの国連系世界機関である国際再生可能エネルギー機関(International Renewable Energy Agency, IRENA)の世界拠点の誘致に成功しました(Abu Dhabi's Masdar City to house Irena's headquarters)。
ただし、本件は雲行きが怪しいという報道も一部にあります(IRENA, Abu Dhabi deal hinges on Masdar success)。元々、アラブ首長国連邦は国民1人当たりの二酸化炭素排出量が世界で二番目に多く、仮にMasdar Cityが当初予定にあったような目覚ましい成果を上げられないとすれば、IRENAも拠点設置を取りやめる可能性があるとのことです。推測記事ですから真偽のほどはわかりません。

ショーケースという点では、General Electricが、Masdar City内にエネルギー関連のデモンストレーション施設を作るということが発表されています。

GEの公式発表:Masdar and GE Announce World’s First ecomagination Centre at Masdar City

図入り解説記事:GE Ecomagination Centre in Masdar City

"Ecomagination"とは、GEが掲げる環境にやさしいテクノロジーと経済性とを両立させるコンセプト。そのための研究開発およびデモンストレーションの施設を、Madar Cityの「アンカーテナント」という立場で実現しようという発表内容になっています。
4,000平方メートルの敷地に、風力、太陽光などの再生可能エネルギー製品、スマートグリッド関連製品、水浄化関連精神、高エネルギー効率家電製品などのデモ設備を設置するとのことです。GEにとってもそれだけ大規模なものは初めてだそうです。

また、GEと同様にエネルギー関連製品の開発販売を行っているSiemens(シーメンス)も、中東地区の拠点をMasdar Cityに設置することが発表されています。

報道されているところでは、こちらの拠点は非常に大きいです。当初1万2,000平方メートルのオフィス、デモ施設などを作り、将来的には2万5,000平方メートルまで拡大するとのこと。GEの6倍以上になります。

ここには"Centre of Excellence for Smart Buildings"(デモ施設)、"Leadership Development"(再生エネルギーのトップランナーであるための研究開発) 、会議センターが置かれるとのこと。2,000名が勤務することが想定されています。

IRENA、GE、Siemensの拠点が本格稼働するようになれば、Masdar Cityの雰囲気も一変するでしょう。すでに研究開発施設であるMasdar Instituteでの研究活動と研究者の居住は始まっています

■先行投資の位置づけ

Masdar Cityに対してアブダビ首長国が拠出している「60%」とされる資金は、結局のところ、同国の持ち出しということになります。アブダビは30年単位で物事を考えており、将来において、再生可能エネルギーをベースにした知識立国を果たすためには、そうした先行投資が不可欠だとの見方でしょう。
すでにMasdar Cityは世界初の試みというので世界中のメディアに取り上げられており、宣伝効果は絶大です。また、Masdar社が主催する展示会も世界中からの参加者を集めるようになっています。GEもSiemensも拠点を作るということですから、それらの「誘致」はすでに成功しているわけです。投資回収は長い視点で見る必要があります。一般的なインフラ投資では20年、30年かけて回収しますから。

また、Masdar Cityを形作っていく上で副産物として得られた温泉。これの冷房用エネルギーとしての活用。さらには、建物への太陽光パネル設置が高コストになるので、集中太陽光発電設備に追加でパネルを設置した方がよいとした判断。そのような、実際にやっていくなかでわかる知見というのも非常に大きいと思います。

Masdar社そのものは、事業としては、Masdar Cityを運営しているだけでなく、大規模な太陽熱発電や、太陽光発電パネルの製造販売なども手がけています。石油に代わるエネルギーを本業としていく会社にとって、Masdar Cityという人の生活する研究開発拠点があることは、ゆくゆく大きな意味を持ってくるでしょう。10年後に、Masdar Cityで得られたベストプラクティスを集めて作られる新都市の計画が、中東だけでなくインドや東南アジアの暑い国々で始まっている可能性は十分にあります。近視眼的なメディアが計画変更や規模修正に対して否定的に書いている記事を読むと、同調してしまいそうになりますが、様々な動きを包括的に捉えて、この先行投資が持っている意味を正しく捉えるようにしたいところです。

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