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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

総投資額350億ドルのスマートシティ新松島

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世界的に注目を集める韓国のスマートシティ新松島。英語表記ではNew Songdo Cityとなります(呼称は日本語表記では「しんまつしま」ですが、関係者は皆「ソンド」と呼んでいるので、そちらで慣れた方がいいかも知れません)。

この新都市が仁川国際空港と仁川自由貿易地区とを大きな後ろ盾として、都市の付加価値を高めていることについてはすでに述べました。

新松島については、すでに詳しく紹介する記事が出ています。

日経ビジネス
韓国が放つ次なる世界戦略「商品」の中身
ソウル近郊の新都市で壮大な実験が始まった

また、新松島にはネットワーク機器世界最大手のシスコシステムズがかなりの投資をしており、韓国で言う"U-City"(ユビキタスシティ)のITインフラおよびそこに乗るIT系のサービスを一手に引き受けています。それについてはITmediaの伏見記者による記事が非常に詳しいです。

ITmedia
韓国政府も積極姿勢、仁川で見た未来都市の姿

弊ブログでは、これらの記事で触れられていない部分について見てみたいと思います。すなわち、新松島のプロジェクトを推進している主体、資金調達方法、ビジネスモデル的な部分です。

■史上最大の民間による建設プロジェクト

新松島はソウルから65km、約6平方kmの敷地面積を持ち、2015年の完成時には6万5,000名の住民、30万の勤務者でにぎわう街になります。敷地の40%はオープンスペースとなっており、残りの40%がオフィス、35%が居住棟、10%が商業区画、15%がその他ホテル等となっています。仁川国際空港とは仁川大橋によって結ばれたため、車でわずか15分で行ける距離になりました。

スマートシティ新松島のプロジェクトオーナーは、ニューヨークのデベロッパーGale Internationalが7割、韓国最大手製鉄会社POSCOの建設子会社POSCO Engineering & Constructionが3割を持つNew Songdo International City Development LLC(NSIC)。Gale Internationalはオフィスビルやマンション棟を開発して売り、POSCO Engineering & Constructionはその建築を請け負うという役割分担がなされています。得られる資料による限り、資金調達のほとんどはGale Internationalが行っているようです。

総投資額は多くの資料で350億ドルと伝えられていますが、NSICが負担しているのは200億ドル強のようです(South Korea zones struggle to lure FDI in downturn  ...With total building costs set to exceed $20 billion, the Songdo International Business District is, according to its backers, the largest private development project ever undertaken.)。韓国政府ないし仁川市がインフラ整備などで100億ドルを負担しています(Korea's First Foreign-Led CRE Project Opens; New City Planned as N. Asian Business  ...The South Korean government- local and national-also put up $10 billion for infrastructure enhancements, such as land reclamation and a Songdo stop on the Seoul subway.)。Gale Internationalは2005年から現在に至るまで、プロジェクトファイナンスによる資金調達を数回に分けて行っており、計画されている総調達額が200億ドル強ということのようです(A Score for Songdo  この記事は2008年のものであるため、資金調達総額が小さくなっています)。200億ドル強がすべて調達済みかどうかは、資料からは確認できませんでした。

スマートシティ新松島は、民間が行う不動産プロジェクトとしては史上最大だと伝えられています。同プロジェクトの紹介記事には必ず、350億ドルという数字が付されているので、この350億ドルをもって史上最大だと言っているのかと誤解しがちですが、前述のように100億ドル分は韓国政府および仁川市が負担しているので、200億ドル強のGale International調達分をもって史上最大ということなのでしょう。

参考までに、日本で総工費が一番多い民間の建築物は東京ミッドタウン。これが総工費3,700億円だと伝えられています。新松島のランドマークであるNortheasth Asia Trade Towerは68階建て(高さ305m)。これを筆頭に30あまりの建設プロジェクトが同時並行で走っています。イメージとしてはミッドタウンが5〜6件同時進行で作られていると考えれば、おおよその規模感がつかめます。

きわめて巨大なプロジェクトだということがわかってきます。

■ビジネスモデル的な構造

史上最大の民間プロジェクトというだけあって、New Songdo City(新松島)の現況を伝える記事は無数にあり、読み進めていくとどんどん新事実が出てきます。日本にいて新松島の報道に接していると、諸手を挙げて万歳という印象がありますが、建築やプロジェクトファイナンス専門のメディアでは、若干疑義を挟むという論調のものもあります。疑義の主なものを上げれば…

・都市というものは有機的な発展をするものである。ハードウェアを作っただけで新しい都市ができあがるのか?(多くは失敗例としてのブラジリアを引用)
・ファイナンシングに無理がないか?(細かなプロジェクトファイナンスを繰り返しながら資金調達をしており、その中には、以前のプロジェクトファイナンスに対する返済資金確保という性格のものもある)
・世界を代表する企業の誘致は可能か?(世界的大企業という意味では、現時点で身内に相当する企業のみが入居予定)

となります。ただこれは、時間を置かないと判断できない問題であり、事が成る前から外野が騒ぎ立てても…という感はあります。チャレンジングなプロジェクトにはどうしてもリスクがつきものですから、そのリスク部分をあぶり出して強調しすぎると、歴史を形作るのに欠かせない健全な野心の存在が書き消されてしまいます。

スマートシティ新松島のビジネスモデルは、関連資料を総合すると、次のようになります。

1.韓国政府および仁川市は100億ドルの費用を投じて、元々は浅瀬だった松島地区を埋め立て、上下水道、電力、道路、都市交通等の都市インフラを整備。インフラができあがった区画を小分けして、開発業者に販売する。
2.Gale Internationalは、韓国最大手製鉄会社POSCOとともに、7割3割の分担出資で、新松島開発目的子会社を設立。そこが新松島地区すべての開発権を韓国政府・仁川市から買い取る。(確実な数字を得ることはできませんでしたが、けっこうな価格のようです。)
3.Gale Internationalは、New Songdo Cityの付加価値を最大限に高められる都市計画をニューヨークの建築設計事務所Kohn Pedersen Foxとともに策定。東アジア地域最高の新都市という性格を付与。具体的には、
 - サステイナブルである、
 - 緑が多い(敷地の4割がオープンスペース=グリーン。ニューヨークのセントラルパークを模したCentral Parkもある)、
 - 情報技術面でユビキタスシティである、
 - 子弟のための世界トップレベルの教育環境がある、
 - 医療、文化施設の面も充実している、
といった内容です。また、仁川国際空港によって世界GDPの約25%を担う地域に3.5時間以内で行けるという地の利も含まれます。
4. Gale Internationalは、新松島の区画内にオフィスビルとマンションとを建設し、テナント料および分譲収入を得る。
5. 得られるテナント料、分譲収入を返済原資として、Gale Internationalは主に韓国の金融機関、機関投資家からプロジェクトファイナンスによって資金を調達する。
6. Gale Internationalは、New Sondo Cityにおいて成功モデルを作り、これを世界各地の他のスマートシティに適用していく(すでに他国で2件のスマートシティプロジェクトがスタートしていると伝えられています)。

このGale Internationalは不動産デベロッパーとしては最大手という位置づけにはなく、歴史的にも、この業界では日が浅いと言ってもいいプレイヤーであるところにまた、この新松島プロジェクトの特性があります。プロジェクトの成り立ちを説明する記事を読むと、同社にお声がかかった時点では、このプロジェクトを引き受ける世界最大手のデベロッパーがいなかったと言います。状況を総合すると、Gale International経営陣らの起業家精神…、ある意味では向こう見ずな野心によって具体化しつつあるプロジェクトだと言うことができるでしょう。まったく新しい性格の都市を作るわけですから、それも理にかなっていると思います。

[関連投稿]
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