中間層の支出をまとめるイノベーション(中)
一般的に、人が普通に生きていく上で、何かの支払を行う企業の数はたぶん30とか40ぐらいはあると思います。これを仮に7つぐらいにまとめることができれば、支出総額を10~20%程度減らすことが可能なんではないか。理論的には、ですね。
企業側の発想で言うと、消費者に対して、業種業態を超えてconsolidationを行った商品およびサービスを提供することにより、支出の最適化を提案できるようになるんではないか。例えば、「お客様にとって最適なコースは、月々のお支払が4万5,000円のこのコースです」という具合に。
これが「支出をまとめるイノベーション」の根幹です。
ITの世界で言う「TCO削減」の発想に近いとも言えるし、データセンターの「仮想化」の発想に近いとも言えます。あるいは、企業一般で行われている調達先の絞込みによる包括的な調達コスト削減そのものでもあります。これを個人に対して行うわけです。
自動車分野で言うと、自動車の購入サイクルを10年単位で面倒を見つつ、メンテなどのサービス、パーツなどの販売に加えて、ガソリンの支出についてもカバーする。これによって月々の支出を平準化させ、10年単位で見た場合の支出総額を現状と比較して30%程度削減する。もちろんその代わりに他社系列を使わせないような縛りをかけます。契約によって。
服飾で言うと、5年程度の契約を結んで、家族全員がある流通小売ブランドからのみアイテムを購入することとし、それによって毎日の着まわし全般をカバーする。
支払はと言うと、月々の支出が平準化するパッケージが複数コース用意されている。それぞれのコースにおいて購入可能な商品がリスト化されており、その中からどれを選んでもよい。一種のカフェテリアプランですね。予め決められた最大点数までは何点選んでもよいというパターンです。
消費者にとって、個別の店舗で単品買いするよりは大きな価格メリットがある。そういうアプローチになります。
食品・日用品で言うと、やはり5年程度の契約を世帯レベルで結び、そこから毎日の食材や日用品を買う限りにおいて、月々の支払は平準化し、一方で他店で単品買いするよりは大きな購買メリットが得られる。
そういう形態になります。以前書いた家電製品をサービスプロバイダーモデルで無料で配り、使用量に応じて月ぎめで請求するというモデルも、これと同じ発想ですね。
企業としては、消費者の月々の支出を平準化することに精力を傾ける。これが最大のポイントです。
前投稿で言う”ニューオーダー”下では、消費者と共存共栄を図らないと企業も生きていけないので、まず、消費者の消費生活の健全な支出に考えを向ける。個人顧客を「単価×販売個数」をこなす対象だなどとは絶対に考えない。できるだけ多く売ればよいという考えを捨て去る。
支出の最適化を提案することによって、一生涯にわたって支持していただける可能性があるパートナーであると考える。(やや、生協に似た発想でもありますね。)
仮に、近未来の伊勢丹がこれをやったとします。世帯レベルで契約を結び、世帯の服飾、小物、雑貨の消費のすべてをカバーする。支出は月ぎめ。自分たちが選んだコースに含まれる商品は、最大点数まで何を何点選んでもよい。服飾にかけるトータルの支出では、他店を利用するよりも著しく削減される。一方で、デザインや品質がよいものがふんだんに手が入る。消費者にとってはこれよりもハッピーなことはないでしょう。
近未来の伊勢丹にとっては、非常に強力な顧客固定化方策となり、シェアアップが確実となり、売上高も開始したその年については前年比20%~30%増という風になるのではないでしょうか。
仮に、近未来のホンダがオートバックス、コスモ石油と提携し、ホンダブランドが前面に立って、10年単位の契約を前提に、自動車購入、買換え、メンテ、一般的なパーツの購入、そして給油をコースが定める最大値までどれだけ行っても、毎月の支払はX万円という風なプランを提供すると、非常に多くの消費者が大歓迎し、ホンダのシェアが一気に高まって、日本の自動車業界が大きく変化する(よりよく変化する)ということにもなっていく。そんなことが可能ではないでしょうか?
仮に、近未来のキリンが複数の外食チェーンを傘下に収め、勤労者のランチニーズを含む世帯の多様な外食ニーズを包括的にカバーできるようにし、色々飲んだり食べたりしても、毎月の支払はある一定の金額を超えることはない、というようなサービスを提供したとします。とすれば、多くの消費者がこれを選択するという風になるのではないでしょうか?
消費者側からすれば、衣食住、日々の食品・日用品などの購入、外食、交通、教育、保険などの生活の基本面において、せいぜい、5つのブランドを選択することによって全体的なニーズがまかなわれ、かつ、5ブランドすべてに対する支出を合計しても、決して、世帯支出の適正領域を超えることはない、しかも月々の貯蓄や投資に回せる分も十分に残る、ということになるとすれば、非常に好ましいということにならないでしょうか?
いや絶対にその方が好ましいわけです。前例はなくとも、その方が断然に好ましい。ならばやる価値がある。それがイノベーションというものです。
これを行う際に、必要なものを挙げ始めるとキリがないですが、その最大のポイントがブランドです。
消費者からすれば、世の中にある多種多様なブランドから選ぶ楽しみというものを捨て去って、ある特定のブランドに消費を集中させるわけです。それも上述のように、これを成立させるには中長期にわたる契約が前提となりますから、数年間、そのブランドに身を預ける形になります。
この時、そのブランドが「数年間ずっと連れ添ってもいい」「毎日ずっと顔を見ていても飽きない」「毎日そのブランドと一緒にいることによって元気が出てくる」というようなものでなくては、選択の対象になりません。
例えば、家具家電付きの賃貸ルームがAppleブランドだったら、「向こう5年間契約してもよい」となるでしょうが、あまりなじみのないブランドだったら、そうはならないと思います。
また、既存の優れたブランドがそのままでこの世界のビジネスを切り盛りしていけるかと言えば、そうではないと思います。
業種業態を超えた複数の商品やサービスを束ねて消費者に提供する必要があり、かつ、消費支出の平準化をソリューションとして提案する要素が含まれるため、ブランドを”拡張”せざるを得ません。
その”拡張”は、近未来に寄せた方向感を持ったものとなるでしょう。消費生活の近未来を消費者と一緒に作っていく”拡張ブランド”になるわけです。
個人的には、そうした”拡張ブランド”を作っていくのは誰かという点に非常に興味があります。
近未来の新しい消費生活を、ある程度の質感やテイストを保持しつつ、カンフォタブルでスムーズなものとして創出していくためには、そこに「アート」がなければなりません。
本投稿で言う「支出をまとめるイノベーション」を近未来の消費生活として織り上げていくには、”ディスカウント””バジェットコース””切り詰め”といったイメージが躍っていてはダメで、個人が主体的に選び取った「アートとしてのライフ」ということが明確に印象付けられるような”拡張ブランド”が必要です。(現時点で日本の事例で言えば、ユニクロが非常にこれに近い線だと思います。)
こうした新しい価値を持ったブランドに命を吹き込んでいくことができるのは誰か?そこに非常に興味が沸きます。
この点で、個人的には、以前にいくつかの投稿で触れた中田ヤスタカの包括的なプロデュース能力が思い浮かびます。彼が行っていることは、近未来に生活する20代、30代に、手がかりとなるストーリーを与えることだと確信しています。また、彼の場合、作り出す世界に3次元の広がりがあります。十数年後にそこからインスパイアされた建築物が出てくるような気がしてなりません。「そこで暮らすことが可能な空間」を彼は作ろうとしているように思えます。
未来空間を構築する才能を持ったクリエイターは彼に限りません。世界にたくさんいると思います。企業が、そうしたクリエイターと一緒になって、むしろそうしたクリエイターの個性が積極的に前面に出るような形で、「支出をまとめるイノベーション」の拡張ブランドを形作っていくならば、たぶん、多くの消費者が支持することになると思います。
これは新しい事業モデルというより、すでに、新しい産業です。