オルタナティブ・ブログ > 経営者が読むNVIDIAのフィジカルAI / ADAS業界日報 by 今泉大輔 >

20年以上断続的にこのブログを書き継いできたインフラコモンズ代表の今泉大輔です。NVIDIAのフィジカルAIの世界が日本の上場企業多数に時価総額増大の事業機会を1つだけではなく複数与えることを確信してこの名前にしました。ネタは無限にあります。何卒よろしくお願い申し上げます。

スマホの小米シャオミは予約殺到のEV人気車種「YU7」を製造する工場をどうやって作ったのか?

»

Alternative2025Jul17a.png

非常に読み応えのある優れたレポートが出来ましたので共有します。自動車業界の方は必読です。

小米の新型EV「YU7」の発売は来年だそうですが、ネットで予約を募ったところ(予約受付金が必要な予約)、瞬く間に30万台弱の予約が集まり、予約権利の転売まで行われていて2万元(40万円)の値が付いているという人気ぶり。

日経新聞:小米の新EV「YU7」、納車1年待ち 「早期納車権」の転売も(2025/6/30)

36Kr Japan:1時間29万台の予約殺到⋯シャオミEV「YU7」、異例のヒットで納車は1年待ち(2025/7/17)

この人気沸騰は、スマホ製造販売が本業である小米のソフトウェア的な付加価値、すなわちSDV(Software Defined Vehicle)の諸機能や未来型スマートキャビンの居住性が原因です。AppleのEV Apple Carは頓挫しましたが、Appleがクルマを作っていたらおそらくこんなものだったろうと思わせるような諸機能です。具体的に以下のようになっています。

① Xiaomi HyperVision:全景投影HUDと多画面コラボ

  • フロントウインドウ下に1.1m×幅広スクリーン「天際屏」を搭載。HUD、センターディスプレイ、ドライバー/後席画面との多画面協調型UIを実現し、視線移動を最小化しながら情報をシームレスに取得可能新浪财经

  • HUDではナビやADAS情報、音楽表示などをAR風3層構造で投影「窓越しに操作する」ような自然な体験を提供し、安全性と没入感が高評価

② 高性能アシスト&ADAS「Xiaomi HAD」搭載

③ 800V炭化ケイ素高圧プラットフォーム+高速充電

  • 全車800V SiCシステムを採用。最高897V対応で、15分で620kmの急速充電とCLTC最大835km航続を実現xiaomiev.comelectrify.tw

④ 快適性重視のキャビン環境

  • 電動マッサージ付ゼログラビティシート(前席10点)や後席可動機能付き、冷暖切替の車内冷蔵庫も搭載electrify.tw

  • 車内全域に静音ガラスや遮音材を使用し、超静音室内環境を実現(ポルシェ・カイエン、テスラをしのぐとの報告あり)m.dzplus.dzng.com

⑤ EC調光天幕サンルーフ(調光式サンルーフ)

  • 第3世代のEC(電気調光)素材による天幕で、99.9% 赤外線/紫外線遮断し、物理サンシェードを不要化。熱吸収も抑制され、開放感と快適性を両立d1ev.com

⑥ 豊かなエンタメ体験とIoT連携

  • 車内はカラオケ(K歌)モード、ペットモード、キャンプ連携モードなど、多様なシーン対応モードを提供xiaomiev.com

  • OTAで順次「スーパー小愛」やK歌機能を拡張。スマホやAIメガネ、Apple端末との連携にも対応し、IoT家電と連動する移動空間を実現xiaomiev.com

⑦ ハードウェアの高級仕様

  • アルカンターラ&カーボンファイバー製平底ステアリング、回転式HUD、電子ドアノブ、ワイヤレス充電/小画面操作部など先端設計。

  • 低重心・ワイドボディ設計により空力特性も優秀(Cd=0.245)。前後二モーター選択可で、0-100km/h加速は3.23秒。最高速253km/hxincheping.comBusiness Insiderh

以上のように、現在SDVのソフトウェアで実現できる、かつ、若年層を喜ばせるすべての機能を搭載した車種です。小米のEV製造はSDVの超絶機能搭載(同社スマホと連動)によってテスラをも凌いでいると言えます。

以下のYouTubeでスニークプレビュー的なSDV諸機能の紹介があります。

YU7の先端的なスマートキャビンで体験できる諸機能を紹介する動画。4:15頃からキャビンの紹介。(中国語。翻訳するにはGoogle NotebookLMに読ませて日本文を得ると良いです)


【告知】「シリコンバレー ヒューマノイド先端企業視察ツアー」2025年10月27日出発-11月2日帰国

Figure AI、Boston Dynamics、1X Technologiesなどシリコンバレーに本社・研究開発拠点を持つヒューマノイド(ヒト型ロボット)の先端企業を訪問し、今後の戦略的提携・出資・買収・商談のきっかけとして先方担当者をバイネームで知り、人間関係を構築できる機会となる視察ツアーを実施します。


✔︎ 最小催行人数:10名。最大20名(20名に達した時点で締切)

✔︎ 申込期間:7月下旬申込受付開始、締切:9月第一週 (見積・請求はJTB)

✔︎ 申込:OASYS(JTB専用申込ページ)にて受付

✔︎ 旅行代金:125万円(燃油サーチャージ・空港使用料別)

※円安・米国物価高の影響もありこの価格帯です。

【ツアーの見どころと訪問予定先(先方都合により代替の可能性あり)】

NVIDIA本社(Santa Clara)

世界最大時価総額企業が展開する「Newton」など物理AIスタックを学ぶ。製造業DXの核を現場で体感。

Figure AI(Sunnyvale)

「ヒューマノイドのTesla」を目指す次世代ロボット量産企業。設計思想と量産戦略を直撃取材。

Toyota Research Institute(Los Altos)

トヨタ系研究機関で、人間理解に基づくLarge Behavior Models開発を学ぶ。

1X Technologies(Palo Alto)

「人に優しいヒューマノイド」を理念に、AI・人間工学設計を深堀り。

Boston Dynamics(Mountain View支社)

Atlas/Spotなど世界最先端のダイナミクス制御と商業化戦略を視察。

UC Berkeley Hybrid Robotics Lab

学術的アプローチでのヒューマノイド動作学習、Sim2Real研究を体験。

◎ロボティクスに詳しい日本人の技術通訳が付きますので、質疑応答などでお使いいただけます。

【視察監修・同行】

早稲田大学 理工学術院 基幹理工学部 表現工学科 尾形哲也 教授
2025年よりAIロボット協会理事長。2025年よりJST CREST領域研究総括。深層学習、生成AIに代表される神経回路モデルとロボットシステムを用いた,認知ロボティクス研究,特に予測学習,模倣学習,マルチモーダル統合,言語学習,コミュニケーションなどの研究に従事。

【視察企画・後方支援】

株式会社インフラコモンズ 今泉大輔(当ブログ経営者が読むNVIDIAのフィジカルAI / ADAS業界日報 by 今泉大輔 運営執筆者)。現地で英語と日本語が堪能な弊社スタッフが視察メンバーのケアをさせていただきます。今泉も同行します。他にロボティクスが詳しい日本人の技術通訳が付きます。

【資料請求および旅行について】

 株式会社JTB  
 https://www.jtbcorp.jp/jp/
 ビジネスソリューション事業本部 第六事業部 営業第二課内 JTB事務局
 TEL: 03-6737-9362

【ご注意】

本スケジュールは先方都合等により代替企業・研究機関への変更が生じる場合があります。


@


読み応えがある小米の自動車製造工場に関する詳細なレポート

このような超人気車種と言って良い新型EV「YU7」を、そもそもスマホのメーカーである小米がなぜ製造できるのか?日本にいると甚だ疑問です。

そこでGemini Deep Researchの世界最先端の調査機能によって、中国語資料を調べさせました。以下がそのレポートです。大変に読み応えがあります。

目次

はじめに:エグゼクティブ・サマリー

  • なぜ、スマホの会社がわずか3年でEVを量産できたのか?本レポートが解き明かす「シャオミメソッド」の核心。

第1章 亦庄(Yizhuang)スーパーファクトリー:自動車製造における新パラダイム

  • 1.1 更地から14ヶ月で竣工:驚異的な建設スピードの裏側

  • 1.2 「6つのコアワークショップ」が示す垂直統合戦略

  • 1.3 76秒に1台を生み出す「オートメーション・ドクトリン」

  • 1.4 開発から生産までを完結させるイノベーション・ループ

第2章 「シャオミ・スピード」の設計図:実行戦略のディープダイブ

  • 2.1 最大の障壁「生産許可」を乗り越えた驚きの裏技

  • 2.2 「買収・引き抜き・内部登用」で組成されたドリームチーム

  • 2.3 テスラを超えようとする自社開発プラットフォームと「ハイパーキャスティング」

  • 2.4 コアは自社で、他は巨人の肩に:洗練されたサプライチェーン戦略

第3章 戦略的根拠:「人×クルマ×家」エコシステム

  • 3.1 自動車は「最も重要なモバイルデバイス」である

  • 3.2 ハードウェアは入口:高収益サービスで儲けるビジネスモデル

  • 3.3 数億人のファンが支える、異次元の顧客獲得戦略

第4章 比較分析:シャオミのアプローチのベンチマーキング

  • 4.1 vs. テスラ:模倣し、そして超えようとする挑戦者

  • 4.2 vs. 中国EVスタートアップ:エコシステムという決定的な違い

  • 4.3 vs. 伝統的OEM:「スピード」と「文化」の衝突

第5章 課題、リスク、そして将来の軌跡

  • 5.1 逃れられない「生産・品質地獄」という試練

  • 5.2 アフターサービスという巨大な未知数

  • 5.3 黒字化への長い道のり:収益性のパズル

第6章 日本の自動車業界への示唆

  • 6.1 我々が「シャオミメソッド」から学ぶべきこと

  • 6.2 適応か、対抗か:日本の自動車メーカーが取るべき戦略

  • 6.3 新たな「チェーンマスター」の登場とサプライチェーンの未来


エグゼクティブ・サマリー

本レポートは、コンシューマーエレクトロニクス企業であった小米技術(シャオミ、以下「シャオミ」)が、いかにして短期間で先進的な電気自動車(EV)とその製造工場を立ち上げたのか、その実態を日本の自動車業界関係者に向けて詳細に分析・報告するものである。同社の成功は単一の技術的ブレークスルーによるものではなく、規制上の障壁に対する現実的なアプローチ、積極的な人材および技術の獲得、ソフトウェア中心の製品哲学、そして既存の巨大なユーザーエコシステムの活用といった要素を巧みに組み合わせた、戦略的オーケストレーションの傑作であると結論付けられる。

シャオミは、自動車製造の経験が皆無であるという最大の障壁を、北京汽車集団(BAIC)の生産許可を一時的に「借用」するという極めて戦略的な手法で乗り越えた。これは、自社工場の建設と生産準備を、時間のかかる独立したライセンス取得プロセスと並行して進めることを可能にした。この間、シャオミは設計、工場、製造プロセスに対する完全なコントロールを維持しており、これは従来のOEM委託生産とは本質的に異なる。

製造の核となるのは、北京・亦庄(Yizhuang)に新設された「スーパーファクトリー」である。これは単なる組立工場ではなく、研究開発、試験、生産、販売、体験を一つのキャンパスに統合した革新拠点として設計されている。この物理的な統合は、伝統的な自動車メーカーのサイロ化した組織構造とは対照的に、開発から生産までのフィードバックループを劇的に短縮する。さらに、テスラが先鞭をつけた「ギガキャスト」技術を単に模倣するのではなく、自社開発のアルミニウム合金「タイタンアロイ」を用い、修理コストという既知の弱点に対応する設計上の改良(3段階衝突吸収構造)を加えるなど、後発者の利点を最大限に活かしている。

人材獲得においては、社内のベテラン幹部によるリーダーシップ、吉利汽車などの競合他社からのトップエンジニアの引き抜き、そして自動運転技術企業「DeepMotion」の買収という三つのアプローチを同時に実行し、短期間で世界レベルのチームを組成した。サプライチェーン構築においても、基幹技術(プラットフォーム、鋳造、最上位モーター)は自社開発・共同開発に注力しつつ、基盤システムはボッシュ(Bosch)などの世界的なティア1サプライヤーから調達するという、リスクとリソースを最適化した現実的な戦略を採用している。

シャオミの究極的な戦略目標は、「人×クルマ×家(Human × Car × Home)」というエコシステムの完成にある。自動車は、同社がこれまでに手掛けた中で最も価値が高く、最もデータリッチなモバイルデバイスと位置付けられている。ハードウェアの利益率を低く抑え、巨大なユーザーベースを構築した上で、ソフトウェアやサービスで収益を上げるという同社の成功モデルが自動車事業にも適用される。これは、車両販売で主たる利益を得る伝統的な自動車ビジネスとは根本的に異なる。

結論として、「シャオミメソッド」は、日本の自動車業界が直面する新たな競争モデルを提示している。その本質は、開発サイクルの圧倒的な圧縮、ソフトウェアを中核に据えた製品設計、顧客のデジタルライフ全体を包含するエコシステム価値の提供、そして目的達成のためには既存の枠組みに固執しない柔軟な実行力にある。伝統的な自動車メーカーは、この新たな挑戦者の戦略を深く理解し、自社の強みを再定義した上で、迅速かつ効果的な対抗戦略を構築することが急務である。

第1章 亦庄(Yizhuang)スーパーファクトリー:自動車製造における新パラダイム

シャオミの自動車事業参入における物理的な核は、北京・亦庄経済技術開発区に建設された巨大な製造拠点である。本章では、この工場が単なる生産施設ではなく、スピードと垂直統合のために設計された統合型イノベーションキャンパスであり、テクノロジー企業のアジャイル哲学を重工業に適用した物理的な現れであることを論証する。

1.1 物理的フットプリントと段階的開発:更地から大量生産へ

シャオミの工場は、既存工場の買収や改修ではなく、全くの更地にゼロから建設された、いわゆるグリーンフィールドプロジェクトである 。これにより、レガシーなインフラの制約を受けることなく、最新のEV生産に最適化されたレイアウトを自由に設計することが可能となった。工場は北京市の南東に位置する亦庄経済技術開発区にあり、その敷地面積は71.8万平方メートルに及ぶ 。これは紫禁城の面積に匹敵する広大なスケールである

工場の建設は、市場投入までの時間を最小化しつつ、需要に応じて生産能力を柔軟に拡張できるよう、段階的に計画されている。

  • 第1期工事: 年間生産能力15万台。2022年4月に着工し、わずか14ヶ月後の2023年6月には主要建屋が竣工し、驗収を完了した

  • 第2期工事: さらに年間15万台の生産能力を追加。2024年3月に着工し、2025年の竣工を目指している

この極めて攻撃的かつ重複した建設スケジュールは、シャオミの莫大な資本投入と、市場参入への強い危機感・緊急性を物語っている。また、北京市政府がこのプロジェクトを重要視し、その進捗を積極的に報告していることからも、政府による強力な後押しが、この迅速な立ち上げの重要な成功要因であったことが窺える

1.2 6つのコアワークショップ:垂直統合型アプローチ

シャオミの工場は、自動車製造における伝統的な4大工程(プレス、溶接、塗装、最終組立)の枠を超えている。シャオミはこれらに加え、自社で2つの重要な工程を内製化するワークショップを新設した。すなわち、巨大な「ダイカスト(大圧鋳)」ワークショップと「バッテリー」ワークショップである

この、大規模ダイカストとバッテリーパックの自社組立という意思決定は、極めて戦略的である。これは、EVの性能とコストを決定づける最も重要かつ差別化要因となるハードウェア技術を、自社の管理下に置きたいという強い意志の表れだ。このアプローチは、テスラの戦略を踏襲するものであると同時に、シャオミがコンシューマーエレクトロニクス事業で培ってきた、複雑なハードウェアの統合管理能力を自動車製造に応用しようとする試みでもある。コア技術を内製化することで、技術革新のスピードを上げ、外部サプライヤーへの依存度を下げ、長期的にはコスト競争力を確保することを目指している。

1.3 オートメーション・ドクトリン:「シャオミ・スピード」を実現する技術

シャオミ工場は、その驚異的な生産効率を達成するために、徹底した自動化を導入している。工場全体で700台以上 、一部報道では1000台ものロボットが稼働している 。前述の6つのコアワークショップを含む主要な製造工程は、100%の自動化が実現されていると公表されている

この高度な自動化により、工場がフル稼働状態に達した場合のタクトタイムは、わずか76秒に1台という驚異的な数値を目標としている 。76秒というタクトタイムは世界トップクラスの水準であり、極めて高度に最適化された最新の生産ラインであることを示している。日本の自動車業界関係者にとって、「主要工程の100%自動化」という主張は精査が必要である。これは価値を生み出す中核的な作業ステップを指すものであり、物流や部品供給といった全ての周辺作業を含むものではない可能性が高い。しかし、重要なのは、シャオミが伝統的な職人の技能やカイゼン活動に依存するのではなく、最初からオートメーションとデータを駆使して品質の安定とスピードを両立させようとしている点である。

1.4 社内R&Dと品質管理インフラ:イノベーション・ループの完結

シャオミの工場複合施設は、単なる生産拠点ではない。29の専門ラボを備えた包括的な研究開発(R&D)拠点と、全長2.5km、設計時速120km/h、18種類の異なる路面状況を再現できるテストコースが併設されている

品質管理においても、テクノロジー企業ならではのアプローチが見られる。シャオミはAIの大規模モデルをベースに自社開発した視覚検査システム「X-Eye」を導入している。このシステムは、車体の微細な欠陥などを99.9%以上の精度で検出し、人間の目視検査に比べて効率を数十倍に高めるとされる

R&Dラボ、高速テストコース、そして本格的な生産ラインを同一キャンパス内に配置するという決定は、開発から生産までのフィードバックループを最短化するための意図的な戦略である。これは、プルービンググラウンド、R&Dセンター、工場が地理的にも組織的にも離れていることが多い伝統的な自動車メーカーの体制とは明確な対比をなす。この統合されたキャンパスは、ソフトウェア業界で一般的なアジャイル開発手法を応用し、迅速なイテレーション(反復改善)と問題解決を可能にする。また、「X-Eye」システムの導入は、品質管理が人手による統計的な手法から、データ主導・AI主導のアプローチへと移行し、「ゼロディフェクト」を目指す思想の表れである。

この工場の設計思想は、テクノロジー企業が好む「スタックを崩壊させる(Collapse the Stack)」という哲学を物理的に具現化したものと言える。テクノロジー企業が半導体からソフトウェア、アプリケーションに至るまでの「フルスタック」を自社でコントロールしようとするように、シャオミは自動車製造においてこのアプローチを採用している。伝統的な自動車メーカーが持つR&D、試験、製造といった部門間のサイロ(縦割り組織)を物理的に取り払い、技術的にもギガキャストやバッテリーといったコア技術を垂直統合することで 、コミュニケーションの遅延、組織的な摩擦、物流のオーバーヘッドを排除している。これにより、伝統的な自動車開発プロセスでは考えられないほどの速さで製品開発と改良サイクルを回すことが可能になる。彼らは、自動車そのものと、それを作り出す工場を、一つの統合された製品として扱っているのである。

表1:シャオミ 亦庄スーパーファクトリー:主要スペックとタイムライン

特徴 仕様 典拠
所在地 北京市 亦庄経済技術開発区
総敷地面積 71.8万
第1期 年間生産能力 15万台
第1期 タイムライン 2022年4月着工、2023年6月竣工
第2期 年間生産能力 15万台(計画)
第2期 タイムライン 2024年3月着工、2025年竣工予定
主要ワークショップ プレス、溶接、塗装、組立、ダイカスト、バッテリー
自動化率 主要工程において100%
タクトタイム(フル稼働時) 76秒/台
併設R&D施設 29の専門ラボ
併設テストコース 全長2.5km、18種の路面、最高設計時速120km/h

第2章 「シャオミ・スピード」の設計図:実行戦略のディープダイブ

本章では、ユーザーの核心的な疑問である「いかにして」に直接答える。シャオミが自動車産業の高い参入障壁を乗り越えるために用いた、物理的ではない戦略、すなわち規制対応、人材獲得、そしてサプライチェーン構築の手法を詳細に解剖する。

2.1 生産許可問題の解決策:BAICによる「ライセンス貸与」と独立への道

シャオミの戦略の中でも特に巧妙さが際立つのが、生産許可の取得プロセスである。これは、同社がいかにして規制という巨大な壁を乗り越えたかを示す、重要なケーススタディとなる。

2023年11月に公開された中国工業情報化部(MIIT)の初期の届出情報では、シャオミ初のEVであるSU7の生産企業名は「北京汽車集団越野車有限公司(BAIC傘下のオフロード車専門会社)」と記載されていた 。しかし、生産工場の住所は、シャオミが亦庄に自社で建設した新工場の所在地が明記されていた 。さらに、車両後部のエンブレムには「北京小米」と表示されていた

この事実は、業界内で広く「ライセンスの借用」あるいは「貸与」と解釈された 。これは、マグナやフォックスコンのような企業が他社ブランドの車を物理的に製造する、伝統的なOEM(相手先ブランドによる生産)や委託製造とは根本的に異なる。シャオミは自社の設計(Modenaプラットフォーム)、自社の工場、自社の製造プロセスに対する完全なコントロールを維持しつつ、BAICは規制要件を満たすための一時的な法的「ホスト」として機能したのである 。この異例の措置は、北京市政府による「特別認可」によって実現したと報じられている

この二段階戦略は、規制対応における見事な手腕であった。これによりシャオミは、不確実で時間のかかる自社ライセンスの申請プロセスと並行して、量産試作、製造プロセスの最終調整、そして市場投入に向けた準備を進めることができた。これは、プロジェクトのタイムラインをデリスク(リスク低減)するための、極めて現実的な「ハック」であった。そして計画通り、2024年7月には「小米汽車科技有限公司」として自社での独立した生産許可を正式に取得し、車両エンブレムも単に「小米」へと変更された

2.2 ドリームチームの組成:買収、引き抜き、内部登用のハイブリッド戦略

シャオミは、自動車製造をゼロから学ぼうとはしなかった。代わりに、世界レベルのチームを驚異的なスピードで構築するため、多角的な人材獲得戦略を実行した。

まず、このプロジェクトは創業者兼CEOである雷軍(Lei Jun)氏が自ら陣頭指揮を執り、「人生全ての評判を賭ける」と公言して、社内外にその本気度を示した 。そして、サプライチェーン管理に長けた張峰(Zhang Feng)氏、財務戦略を担う林世偉(Lin Shiwei)氏、エコシステム構築の父と呼ばれる劉徳(Liu De)氏など、シャオミの成功を支えてきた「古参」の幹部が中核を固め、シャオミ流の文化、戦略、哲学を自動車事業に注入した

次に、自動車業界の「DNA」を短期間で獲得するため、競合他社からの積極的な人材引き抜きを行った。最も象徴的なのは、吉利汽車研究院の院長であり、同社の先進的なプラットフォーム「SEAアーキテクチャー」開発を主導した胡崢楠(Hu Zhengnan)氏を、他の主要メンバーと共に獲得したことである 。これにより、シャオミは即座に車両開発における深い知見と信頼性を手に入れた。

さらに、特定の技術分野で開発を飛躍させるため、企業買収という手段も用いた。特に重要なのは、自動運転技術を専門とするスタートアップ企業「深動科技(DeepMotion)」を完全子会社として買収したことである 。これにより、シャオミは熟練したエンジニアチームと先進技術を即座に自社に取り込むことに成功した。

これらのハイブリッド戦略の結果、シャオミの自動車R&Dチームは3400人以上のエンジニアを擁する規模にまで急成長し、初期の研究開発投資は100億人民元(約2000億円)を超えた 。これは、有機的な採用活動だけでは到底達成不可能なスピードでのチームビルディングである。

2.3 アーキテクチャの核:自社開発プラットフォームと「ハイパーキャスティング」技術

シャオミは、車両の根幹をなす技術においても、後発者としての立場を戦略的に利用した。一部で噂された吉利汽車の「SEAアーキテクチャー」の利用を明確に否定し、完全に自社で開発した「Modena(モデナ)」アーキテクチャーを採用していることを公表した

その製造技術の目玉となるのが、「Xiaomi HyperCasting(小米超級大圧鋳)」と名付けられた、9100トンの型締力を持つギガプレスシステムである 。この技術により、従来は72点のプレス部品を溶接して作られていたリアフロア部分を、一体の鋳造部品として成形する 。これはテスラの9000トンプレスを上回るスペックであり、明確な対抗意識が窺える

さらに重要なのは、シャオミが使用する材料「Xiaomi Titan Alloy(小米泰坦合金)」も自社で開発した点である 。高強度、高靭性、高流動性を兼ね備えたこの専用アルミニウム合金を自社開発することで、材料特性とコストの両方を自社でコントロールすることが可能になる。これは、テスラが材料専門家を擁して合金開発を行った教訓を学んだ結果であろう

そして、このアプローチで最も洞察に富むのは、ギガキャスティングの最大の弱点である高額な修理費用への対策である。シャオミは、リア構造を3段階の設計とし、ボルトで固定された交換可能なクラッシャブルゾーン(衝撃吸収部)を設けた 。これにより、低速から中速域での衝突時には、この部分だけが損傷し、高価な鋳造部品全体を交換することなく修理が可能になる。これは、第一世代のギガキャスト構造が抱える顧客や保険業界の大きな懸念点 を深く理解し、それに対する工学的な解決策を最初から設計に盛り込んだことを示している。これは、単なる技術先行の考え方ではなく、市場を意識した成熟したエンジニアリングアプローチの証左である。

2.4 サプライチェーン・アーキテクチャ:自社開発とグローバル提携の共生

シャオミのサプライチェーン戦略は、極めて洗練された現実的なアプローチに基づいている。

  • 自社開発・共同開発: 最大の差別化要因となる領域、すなわちModenaプラットフォーム 、ハイパーキャスティング 、そして最上位モデルに搭載されるV8sモーター などは、完全に自社で開発している。一方で、量販グレードのV6/V6sモーターは、聯合汽車電子(United Automotive Electronic Systems)や匯川技術(Huichuan Technology)といった実績あるサプライヤーと共同で開発した

  • グローバル・ティア1からの戦略的調達: 全ての部品を自社で再発明することはせず、基盤となるシステムについては、業界最高峰のサプライヤーと提携している。ブレーキシステム、eアクスル、SiC(炭化ケイ素)半導体チップはボッシュから 、その他、コンチネンタルやZFといった企業とも協力関係にある 。スマートコックピットの心臓部であるSoC(System on a Chip)は、クアルコム(Qualcomm)製のSnapdragon 8295を採用している

  • 重要部品のデュアルソーシング: EVの心臓部であるバッテリーについては、リスクを分散し、価格交渉力を確保するための重要な戦略として、デュアルソーシング(2社購買)を採用している。SU7には、CATL(寧徳時代)とBYD傘下のFinDreams(弗迪電池)の両社からバッテリーが供給されている。MaxモデルにはCATL製のNCM(三元系)電池、標準/ProモデルにはLFP(リン酸鉄リチウム)電池が搭載され、特に標準版では両社のバッテリーがランダムに割り当てられるという徹底ぶりである

この戦略は、R&Dリソースをユーザー体験に直結する差別化領域に集中させつつ、実績ある高品質な部品を外部から調達することでプロジェクト全体のリスクを低減している。特にバッテリーのデュアルソーシングは、供給の安定化と価格競争の創出という、既存の自動車メーカーでさえ苦心する課題に対する模範的な打ち手である。

シャオミの戦略は「加速的収束(Accelerated Convergence)」と呼ぶことができる。彼らは自動車製造の方法を第一原理から再発明しているわけではない。むしろ、テクノロジーの巨人(テスラ)と伝統的な自動車メーカーの双方からベストプラクティスを観察し、その上で自社の莫大な資本と実行スピードを武器に、両者の「良いとこ取り」をしたモデルを圧縮された時間軸の中で実現している。例えば、テスラのギガキャストの成功 とその弱点である修理コスト を学び、弱点を軽減する改良(3段階バンパー)を施した 。伝統的なOEMの強みであるサプライヤーとの深い関係構築の重要性を理解し、レガシーメーカーに部品を供給しているのと同じティア1の巨人たち(ボッシュなど)と即座に提携した 。これは、純粋な破壊者ではなく、潤沢なリソースを持つ「ステロイドを投与された高速追随者」であり、他社が10年を要したことを、改良を加えながらわずか3年で達成したのである。

表2:Xiaomi SU7 主要サプライヤーおよびパートナーシップ・マトリクス

システム/コンポーネント 主要サプライヤー/形態 関係性の性質 典拠
車両プラットフォーム Modena(モデナ) 自社開発
バッテリーセル CATL、BYD (FinDreams/Fudi) 調達(デュアルソース)
バッテリー管理システム (BMS) Bosch(ボッシュ) 調達
e-Axle/モーター V8s: 自社開発 V6/V6s: 匯川技術、聯合汽車電子 自社開発/共同開発
スマートコックピットSoC Qualcomm (Snapdragon 8295) 調達
コックピットドメインコントローラー 徳賽西威 (Desay SV) 調達
ブレーキシステム Bosch(ボッシュ) 調達
自動運転SoC NVIDIA 調達
LiDAR 禾賽科技 (Hesai), 速騰聚創 (RoboSense) 調達/投資
ギガキャスティング(リアフロア) Xiaomi HyperCasting 自社開発(設備・材料含む)

第3章 戦略的根拠:「人×クルマ×家」エコシステム

シャオミがなぜこれほどの経営資源を投じて自動車事業に参入したのか。その答えは、単に新しい製品カテゴリーに進出することではなく、同社の壮大な戦略ビジョンの中核に自動車を位置づけることにある。本章では、SU7が単なる自動車ではなく、シャオミの広大なエコシステムにおける最も重要な新しいモバイルデータ・サービスハブとして機能する戦略的意図を解き明かす。

3.1 モバイル・スーパーノードとしての自動車:シャオミIoTユニバースの拡張

2023年10月、シャオミは公式に企業戦略を「スマートフォン × AIoT」から「人 × クルマ × 家(Human × Car × Home)全生態」へとアップグレードした 。この新戦略において、自動車はエコシステムのシームレスな延長線上に存在する、中心的な役割を担う。

シャオミが開発したオペレーティングシステム「HyperOS」は、スマートフォン、自動車、そして家庭内のスマートデバイスを滑らかに連携させる 。具体的なユースケースとして、以下のようなものが挙げられる。

  • 車内の音声アシスタント「小愛同学(Xiaoai)」に話しかけることで、自宅の照明やエアコン、掃除ロボットを操作する

  • 自宅のスマートドアベルが鳴ると、車のセンターディスプレイに通知が表示され、そのまま来訪者と会話する

  • 車が自宅に近づくと、それをジオフェンス機能が検知し、「帰宅シーン」を自動的に実行。自宅の照明が点灯し、エアコンが適切な温度に設定される

さらに、車内には「CarIoT」と名付けられた新しいアクセサリー群を接続するための拡張用Pinポイントコネクタが複数設けられており、エコシステムを物理的にも拡張する設計となっている

この分析から導き出されるのは、シャオミにとって自動車の最も重要な機能は、0-100km/h加速のタイムではなく、エコシステム内の「結合組織」としての役割であるということだ。自動車は、同社がこれまで生み出してきた中で最もパワフルで、最も多くのデータを収集し、最もパーソナルなモバイルデバイスとなる。この深く、ネイティブなレベルでの統合こそが、シャオミの独自の価値提案(USP)である。これは、自社のコンシューマーIoTエコシステムを持たない伝統的な自動車メーカーや、エコシステムが未熟で限定的な他のEV新興企業に対して、明確な差別化要因となる。

3.2 ビジネスモデル:高収益サービスへのゲートウェイとしてのハードウェア

シャオミがエレクトロニクス分野で確立したビジネスモデルは、ハードウェアを原価に近い価格で販売して巨大なユーザーベースを築き、その後、広告、アプリ、コンテンツといった利益率の高いインターネットサービスを通じて収益化するというものである 。このサービス部門は、売上高に占める割合は10%程度と低いものの、70%を超える粗利率を誇り、グループ全体の粗利益の約40%を稼ぎ出すこともある

この成功モデルが、自動車事業にも明確に適用されている。雷軍CEOは、自動車の初期の粗利率は5%から10%程度という低い水準になるだろうと述べている 。実際に、現在シャオミは販売する車1台ごとに損失を出しているが 、生産規模の拡大と高価格帯モデルの販売比率向上に伴い、その損失は縮小傾向にある 。長期的な目標は、ソフトウェアとエコシステムサービスによって収益性を確保することにある

これは、伝統的な自動車メーカーとの最も根源的な違いである。日本のOEMにとって、主たる利益は車両本体の販売から生まれる。一方、シャオミにとって車両の販売は、収益化プロセスの「始まり」に過ぎない。彼らのビジネスケースは、先進運転支援機能などのソフトウェアのサブスクリプション、コンテンツ配信、そして統合されたCarIoTアクセサリーの販売などを通じて得られる、顧客生涯価値(Lifetime Value)に依存している。彼らは、自社の自動車エコシステムにユーザーを一人取り込むために、初期のハードウェアでの損失(キャッシュバーン)を厭わない。これは、インターネットやテクノロジー業界から直接持ち込まれた戦略である。

3.3 「米粉(Mi Fan)」コミュニティの活用:スマホユーザーから自動車購入者へ

シャオミは、歴史上他のどの新規自動車ブランドとも異なり、ゼロからブランド認知を構築するために何十億ドルも費やす必要がなかった。同社は、数億人規模の既存のMIUIユーザーベースと、「米粉(Mi Fan)」と呼ばれる熱心なファンコミュニティという、巨大な資産を持って市場に参入した

マーケティング活動は、この資産を最大限に活用する形で展開された。ソーシャルメディアやコミュニティでのエンゲージメントを通じて期待感を醸成し、爆発的な話題を創出した 。販売モデルもまた、既存のチャネルを活かしたハイブリッドな「1+N」方式を採用。自社で運営する納車を中心としたデリバリーセンター(「1」)と、既存のシャオミストアと連携または近接して設置される認定販売・サービス拠点(「N」)を組み合わせている

初期の購入者データを見ると、既存のシャオミユーザーだけでなく、Apple製品のユーザーからの乗り換えも非常に多いことが示されており 、その魅力が既存のファン層を超えて広がっていることがわかる。この顧客獲得コストの劇的な低さが、発売当初の驚異的な受注台数 を説明する大きな要因となっている。

シャオミの参入は、従来の「総所有コスト(Total Cost of Ownership, TCO)」という概念を、「総エコシステム価値(Total Ecosystem Value, TEV)」へと再定義するものである。伝統的な自動車購入の意思決定は、購入価格、燃料・エネルギー費、保険、メンテナンス、そして減価償却といったTCOに基づいて行われる。しかし、シャオミが提示する価値 は、これに新たな次元を加える。それは、自動車がユーザーのスマートフォン、自宅、その他のデバイスとシームレスに連携することで得られる利便性や機能性、すなわち「エコシステムの配当」である。この非金銭的な価値は、消費者の心の中で、より高い購入価格や将来のメンテナンスへの懸念を相殺する可能性がある。逆にシャオミの視点から見れば、TEVとは、一人の顧客からその生涯にわたって引き出すことのできる総収益(車両販売、ソフトウェア購読料、サービス料、データ収益、エコシステム製品の販売など)を意味する。これにより、競争の主戦場が変化する。伝統的なOEMがTCOで競争するのに対し、シャオミはTEVで競争する。これは、顧客の広範なデジタルエコシステムを所有していないレガシーな自動車メーカーにとっては、現時点では測定も対抗も困難な新しい指標である。

第4章 比較分析:シャオミのアプローチのベンチマーキング

本章では、日本の自動車業界関係者にとって馴染み深いプレイヤーとの直接比較を通じて、シャオミの位置付けを明確にし、その戦略の特異性を浮き彫りにする。

4.1 シャオミ vs. テスラ:弟子と挑戦者

シャオミの自動車戦略は、多くの点でテスラを研究し、模倣し、そして超えようとする試みである。両者の比較は、シャオミの野心を理解する上で不可欠である。

  • 垂直統合: 両社ともに高度な垂直統合を志向している。テスラの焦点は、バッテリー、モーター、ソフトウェアといったEVのコア技術にある 。シャオミもこの戦略を踏襲しつつ、そこに自社の強みであるコンシューマーIoTとの統合という新たなレイヤーを加えている

  • 製造哲学: 両社ともギガキャスティングを製造プロセスの核に据えている。シャオミは、この技術を単に採用するだけでなく、その既知の欠陥である修理容易性の問題に対して、開発当初から工学的な解決策(3段階衝撃吸収構造)を盛り込むなど、「高速学習者」としての側面を見せている

  • コスト管理とビジネスモデル: 両社とも製造技術の革新を通じてコスト削減を目指している。テスラの収益性はすでに証明されているが、シャオミは、テスラが初期には享受できなかった「他の収益性の高い事業部門による補助金」を得て、市場シェア獲得のために先行投資(キャッシュバーン)を行うモデルを採っている 。テスラのFSD(Full Self-Driving)は、ソフトウェアによる直接的な収益化モデルの成功例であり 、シャオミも将来的には同様のモデルを目指す可能性が高い。

4.2 シャオミ vs. 中国EVスタートアップ(NIO、XPeng):エコシステムの差別化

シャオミは、同じ中国の新興EVメーカーであるNIO(蔚来)やXPeng(小鵬)とも比較されるが、その出自と戦略には決定的な違いがある。

  • ブランドとユーザーベース: NIOやXPengは、ブランドとユーザーベースをゼロから構築する必要があり、これには莫大な時間とコストを要した。一方、シャオミは世界的に認知されたブランドと、熱心なファンコミュニティという巨大な資産を持って市場に参入した

  • 事業の焦点: NIOやXPengもテクノロジー重視の姿勢を強めているが、その本質は自動車企業である。NIOはプレミアムなサービスモデル(「ユーザー企業」)に、XPengは先進的なADAS(先進運転支援システム)に注力している。対照的に、シャオミのアイデンティティはあくまでテクノロジーとライフスタイルのエコシステムであり、自動車はその最新かつ最も野心的な構成要素という位置づけである

  • 市場への道筋: NIOがJAC(江淮汽車)との委託生産を長期間利用したように、多くのスタートアップは当初、他社工場での生産に依存した。シャオミは初日から自社工場の建設にこだわり、BAICのライセンスはあくまで独立までの「一時的な橋渡し」として利用した 。これは、初期投資額は大きいものの、製造プロセスに対するより強いコントロールを求める意志の表れである。

4.3 シャオミ vs. 伝統的OEM:文化の衝突

シャオミと伝統的な自動車メーカーとの比較は、単なる製品や技術の比較ではなく、企業文化や開発思想そのものの衝突を明らかにしている。

  • 開発スピード: 事業発表からわずか3年で最初の車両を納車 というスピードは、伝統的なOEMが新しいプラットフォーム開発に通常5〜7年を要するのと比べて、最も顕著な違いである。

  • ソフトウェア哲学: シャオミにとって、ソフトウェア(HyperOS)は全体を統合する中心的な存在である。多くの伝統的なOEMでは、ソフトウェアは依然として複数のサプライヤーから調達されるコンポーネントの一つであり、結果として断片的で一貫性のないユーザー体験につながることが多い。

  • リスク許容度: シャオミが自動車セグメントで何十億もの投資を行い、赤字経営を覚悟していること は、テクノロジー業界特有の成長志向マインドセットを反映している。これは、一台あたりの利益を重視する多くの既存OEMの文化とは根本的に異なる。

  • データとエコシステム: スマートフォン、家庭、自動車にまたがるユーザーデータを活用し、パーソナライズされた体験を提供するシャオミの能力 は、伝統的なOEMが現時点では持ち合わせていない強みである。

表3:比較分析:シャオミ vs. テスラ vs. 伝統的OEM

属性 シャオミ テスラ 伝統的日本OEM
開発サイクル 3年(発表から納車まで) 3-4年(Model 3) 5-7年(新プラットフォーム)
コアビジネスモデル エコシステム・サービス収益化 EV販売+ソフトウェア収益化 車両販売+アフターサービス
生産許可アプローチ 一時的ライセンス借用→独立 独立取得 独立取得(既存)
主要製造技術 ギガキャスティング(改良版)、高度自動化 ギガキャスティング、垂直統合 リーン生産方式(TPSなど)、カイゼン
ソフトウェア哲学 OSがエコシステムの中核 OSが車両体験の中核 複数のサプライヤーからのコンポーネント
ブランド構築戦略 既存ブランドとファンベースを活用 CEOのパーソナリティと技術革新 長年の信頼性と品質
主たる利益源 (将来的に)インターネットサービス、ソフトウェア 車両販売、FSD、クレジット販売 車両販売、金融サービス

第5章 課題、リスク、そして将来の軌跡

シャオミの華々しいデビューが、長期的かつ持続可能な成功へと結びつくまでには、数多くの重大なハードルが存在する。本章では、シャオミが直面するであろう重要な課題を冷静に評価する。

5.1 「生産・品質地獄」の試練:厳しい監視下での規模拡大

雷軍CEO自身も、生産規模を拡大することの難しさ、いわゆる「生産地獄(Production Hell)」を認識している 。76秒というタクトタイムは目標として印象的だが、何十万台もの車両にわたって品質の一貫性を維持することは、全ての新規自動車メーカーが直面してきた試練である。シャオミはメディアからの注目度が極めて高いため、軽微な内外装の不具合 から、より深刻な機能不全に至るまで、あらゆる品質問題が拡大して報じられるリスクを抱えている。

この点においては、何十年にもわたって磨き上げられてきた伝統的な自動車製造の卓越性が有利に働く。シャオミが採用する自動化とAIによる品質管理 が、トヨタ生産方式に代表されるような、プロセス主導かつ人間中心の改善活動によって達成される品質レベルに匹敵しうるのか、その真価が問われることになる。

5.2 アフターサービスの現実:修理、メンテナンス、長期所有

自動車を製造することと、信頼性が高く、対応が迅速で、かつ合理的な価格のアフターサービス・修理ネットワークを全国に構築することは、全く異なる挑戦である。これはシャオミにとって最大の未知数の一つと言える。

同社はギガキャスティング部品の修理容易性を考慮した設計を行っているが 、実際の事故における修理コストがどうなるかが真の試金石となる。初期のメンテナンスコストに関する情報では、特定の項目においてテスラのような主要な競合他社よりも高くなる可能性が示唆されている

より深刻なのは、安全性に関する問題である。発売後、深刻な衝突事故が複数報告されており、バッテリーの安全性や衝突後のシステム挙動(例:ドアの解錠)について疑問が呈されている 。これらの事故は、シャオミが自動車メーカーとして、これまで経験したことのない巨大な安全責任と製造物責任を負うことを意味する 。高額な修理費や安全性への懸念といった認識が広がれば、同社のブランドイメージ、特に「コストパフォーマンスの高さ」という評判に深刻なダメージを与えかねない。

5.3 収益性のパズル:黒字化への長い道のり

販売台数の増加に伴い、粗利率は改善し、損失は縮小しているものの 、シャオミの自動車事業が黒字化を達成するまでにはまだ長い道のりが待っている。社内では2025年後半の黒字化に楽観的な見方も示されているが 、外部のアナリストはより慎重な見方をしている 。この事業は、親会社にとって依然として大きなキャッシュ流出源である

シャオミのビジネスケース全体が、「エコシステム」戦略の成功にかかっている。もしユーザーがソフトウェアのサブスクリプションに対価を支払うことをためらったり、CarIoTエコシステムが十分な収益を生み出せなかったりした場合、利益率の低いハードウェア事業はグループ全体にとって持続不可能な重荷となるだろう。さらに、中国のEV市場における熾烈な価格競争は、シャオミが価格を引き上げたり、利益率を維持したりする能力に絶えず圧力をかけ続けることになる。

第6章 戦略的インプリケーションと日本の自動車業界への示唆

本レポートの分析を総括し、日本の自動車業界関係者にとって直接的かつ実行可能な示唆を提示する。

6.1 「シャオミメソッド」からの主要な学び

シャオミの成功事例は、単一企業の台頭以上の意味を持つ。それは、自動車産業における競争のルールが変化しつつあることを示す、重要なシグナルである。

  • スピードは兵器である: 5年以上の開発サイクルを3年に圧縮する能力は、市場の変化に迅速に対応し、技術的優位性を素早く製品に反映させるための、根源的な競争優位性となる。

  • ソフトウェアは重力の中核である: 車両は、電子部品が追加された機械製品としてではなく、車輪のついたソフトウェアプラットフォームとして構想されなければならない。統一されたOSがもたらすシームレスなユーザー体験が、製品価値を決定づける。

  • エコシステムは堀である: 将来の競争における「堀(Moat)」、すなわち参入障壁は、製造技術の卓越性だけでは不十分になる可能性がある。車両が接続するユーザーエコシステムの広さと深さが、顧客を惹きつけ、維持するための決定的な要因となる。

  • ドグマよりプラグマティズム: シャオミが生産許可問題で見せたアプローチは、目標達成のためには、創造的かつ一時的な解決策を用いて障害を乗り越え、勢いを維持する現実主義の重要性を示している。

6.2 適応と対抗戦略の可能性

日本の自動車メーカーがこの新たな挑戦に対応するためには、自己の強みを再認識しつつ、新たなアプローチを積極的に取り入れる必要がある。

  • 開発プロセスの再評価: 社内の開発プロセスを合理化し、R&D、試験、製造の連携を強化してフィードバックループを加速させることは可能か。部門間の壁を取り払い、よりアジャイルな組織体制を構築することが求められる。

  • 一貫性のあるソフトウェア戦略の構築: サプライヤー主導の断片的なソフトウェアアプローチから脱却し、統一された自社主導のOS戦略へと移行し、シームレスなユーザー体験を提供する必要がある。

  • エコシステム・パートナーシップの探求: 自社でコンシューマーIoTエコシステムを所有していなくても、テクノロジー企業との深く戦略的なパートナーシップを構築することで、同等のコネクテッド体験を提供することは可能である。

  • コアコンピタンスの活用と伝達: 大量生産における品質、信頼性、安全性といった、何十年にもわたって培ってきた我々の強みは、依然として強力な資産である。この価値提案を、新規参入者が持つ「テクノロジーの魅力」に対して、より効果的に顧客に伝え、差別化を図る必要がある。

6.3 自動車サプライチェーンの未来

シャオミのような企業の登場は、サプライヤーとの関係性にも変化を促す。

  • テクノロジー「チェーンマスター」の台頭: シャオミは単なる顧客ではなく、自社の製造・データシステムをサプライヤーに輸出し、共同開発を主導する「チェーンマスター(链主)」としての役割を担っている 。これは、従来のOEMとサプライヤーの間の階層的な関係を、より水平で協力的なパートナーシップへと変容させる。

  • 日本のサプライヤーへの示唆: 日本のサプライヤーは、こうした動きの速いテクノロジー中心の新しい顧客に対応するために、自らを変革する必要がある。より高い俊敏性、ソフトウェア統合能力、そしてより深く、より協力的なR&Dパートナーシップへの意欲が求められる。シャオミとの協業は、新たなビジネスチャンスであると同時に、自社の能力を次世代の要求水準へと引き上げるための試金石となるだろう。

Comment(0)