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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

2001年の「上海経済ツアー」:第三章 上海で暮らす

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2001年から2002年にかけて仕入れたネタではあるけれども、これから掲げる分も含めてひとまとめでお読みいただけると、上海が持つ経済的インパクトの理解の土台ができると思います。2002年以降の変化をご自身で補充されれば、間近に迫った上海出張も大丈夫。

参考リンク:
「上海経済ツアー」プロローグ
「上海経済ツアー」第一章 上海で誰に会うか
「上海経済ツアー」第二章 都市計画が作り上げる街”上海”

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■■第三章 上海で暮らす

■駐在員向けのゴージャスな物件

 個人的にホテルの長逗留はあまり好きではない。都内のホテルで2回ほど2~3週間のかんづめを経験したことがあって、その時以来うんざりするようになった。たとえニューヨークの五つ星であっても、3日目の朝あたりからイヤになってくる。
 理由を挙げるとキリがない。瑣末なところでは、好みの食材を買ってきて料理できない、洗濯物をいちいちランドリーサービスに出すのが面倒、ビュッフェの朝ご飯に閉口する、部屋が暗いといったあたり。仕事がらみでは、集中している時にベッドメイクやミニバー補充などで邪魔される、度重なるダイヤルアップ接続に疲れる、椅子のクッションがやわらかすぎたり、椅子と机の高さのバランスが悪かったりで、長時間作業していると腰が痛くなってくるといった点だ。
 あと、たとえ仕事でペイされた宿泊であっても、何泊かしているとホテル固有の不経済さが気になってくる。貧乏性なのかも知れない。とにもかくにも、ホテルは日々落ち着いて書き物ができる環境ではない。
 だから、二回目の上海行きを決めた時点で、上海市内に部屋を借りることに決めた。部屋を借りてしまうと、何かと上海に縁ができるだろう。取材の拠点としてFAXやプリンタを持ち込むこともできるし、名刺に住所・電話番号を刷り込んで上海の連絡先にすることもできる。もちろん経済的にも割に合う。上海に部屋が持てると思うとわくわくした。

 日本人が上海で部屋を借りる場合、対象になる部屋は大まかに言って3ランクある。サービス、セキュリティがしっかりしていて、ジムやプールなどの設備も整った外国人向けのマンション。上海の高額所得者層を対象に貸し出されている中~高級マンション。そして、日本で言うアパートに相当する部屋である。
 外国人向けマンションの中身は五つ星ホテルだと思ってよい。部屋は2LDKで100~150平米、3LDKで150~200平米以上とかなり広い。月家賃は米ドル建てが普通で、2LDKで2,500ドル前後、3LDKで4,000~5,000ドルとなる。東京で言えば、麻布・南青山の広々とした外人向けマンションといった感覚である。
 サービスもすごい。毎日ハウスキーピングをしてくれるところがある。セキュリティも万全、細々とした日常の用を言いつけられる担当者も在住している。
 テレビもCNN、米系娯楽チャンネルは当然として、NHK総合、NHK衛星、CS放送のフジの番組などが見られる。上海の一般的なホテル、高級マンションではCNN、NHK衛星しか入らないことが多い。長く上海に滞在していると日本の情報が決定的に不足するので、日本語チャンネルがどれだけ多いかはポイント。
 場所的には、日本企業のコミュニティがある虹橋、上述の匯豊大厦がある浦東、繁華な徐家匯のいずれかが普通だ。
 問題は家賃の高さで、この水準は当然ながら日本企業の借り上げか家賃補填を前提にしている。日本人入居率が数十%というマンションがいくつかあり、中には100%近いところもある。これらは完全に日本企業御用達だ。
 筆者などは事務所も住居もすべて自前のフリーランスなので、ついこう思ってしまう。日本にいる時は家賃10数万円の部屋に住んでいる会社員が、上海に赴任したとたん、月30万円以上もする超高級マンションで暮らすというのは少しヘンではないか?それも東京で月30万円というならまだわかるが、家族三人が5万円前後でラクにいい部屋を借りられる上海でである。ちなみに筆者の場合、事務所兼住居として東京都心に21.5万円の部屋を借りている。住居として見ればかなり贅沢だが、事務所を別に借りたと思えば安い。

 上海の日本企業駐在員がやけに豪勢な部屋に住んでいるというのは、こういう事情がある。家族で上海に移り住む場合、子どもはできるだけ日本コミュニティの中に置きたいと誰もが思う。奥さんが受けるストレスのことを考慮する必要もある。
 学生時代に東南アジアや中国をバックパッカーとして旅行した経験があるという人でもない限り、上海がいかに大都会とは言え、日常生活では様々なギャップに悩まされることが予想される。日本は高度成長期を経て、世界でもまれに見る清潔さ、潔癖さが徹底された社会になった。そこで培われた基準で日々接する空間、店舗、商品、食材、包装、サービスなどを判断しだすと、NGの連発になりかねない。
 例えば、上海のタクシー車内はお世辞にも清潔とは言い難い(ニューヨークも同じだが)。外資系スーパーでない限り、食材の陳列方法や包装の仕方はかなりラフだ(これも海外の諸都市ではよくある話)。一般的な飲食店でもテーブルが汚れていたり、配膳時に食器から汁があふれてしまうといったことがちょくちょくある。こうしたことが気になるタイプの人だと、日常生活を維持する上で必要な食事、買物、移動などのいちいちがストレスにつながる。
 また、言葉ができない、異文化を受容する心構えがないという根本的な部分で、中国で長期滞在をしているということ自体がストレスになっていく人も少なくない。まれに精神のバランスを崩す人も出ると聞く。無論、その一方で、現地のカルチャースクールに通って異文化摂取に努めたり、中国人の友人をたくさん作っていく人がいるわけだが。
 旦那は日々モダンなオフィスに通い、夜は夜でカラオケで発散できるからよいとして、妻子が受けるそうしたストレスのことを考えると、一般的な日本企業の発想では、できるだけ現地で「日本に取り囲まれた生活空間を提供しなければ」となるのが普通だ。家族的なものの考え方は、まだまだ多くの日本企業に残っている。
 その結果が虹橋の日本企業コミュニティであり、月2,500米ドル以上のマンションである。そこで暮らす限り、”生の中国”との接触を極力減らすことができる。特に虹橋は、日本人学校、外資系スーパー(カルフール)、日本食レストラン、ラーメン屋、学習塾、美容院など一式が揃っている。奥さん同士の交流も非常に活発だ。1日中、日本語だけで生活ができるのである。このへんは日本企業が多いバンコクのスクンビット地区と変わらない。
 外から見れば確かに閉鎖的な社会だが、自分から望んで赴任したのではない社員や家族を守る配慮の結果として見ると、そう簡単に否定できない。
 ただ、そうは言うものの、おそらくはバブルに至る過程で積み上がり、高止まりしている状況にあるこうした手厚い赴任待遇が、現地法人の競争力に大きく影響しないはずがないと思う。現地法人が日本に向けて商売を行っているうちはいいが、上海市場に向き合い始めたとたん、競争相手が増える。欧米資本だけでなく、台湾や香港の資本も相手にしなければならない。日本人駐在員の多い現法の損益分岐点は、台湾・香港資本よりかなり高いはずだ。
 こうした外国人向けマンションは、日本人や日本企業を相手に営業を行う不動産会社が取り扱っており、契約全般は総務マターである。ゴージャスな物件の例は現地日本語誌「スーパーシティ上海」の広告などで確認できる。

■一人でできるネットの物件選び

 会社が丸抱えで面倒を見てくれる赴任とは異なるパターンで上海に行く人は、自分で物件を探さなければならない。
 上海市内の不動産屋は日本の不動産屋とまったく同じ外観を持ち、まったく同じスタイルで物件情報を貼り出しているから、中国語ができる人ならぶらっと気に入った界隈を回って、直接不動産屋に交渉すればよい。外国人が借りるのに種々の規制があるかと思ったら、そうでもないようだ。入居後、近くの警察署に外国人居住届を出す義務がある程度である。ただ、正確なところは関連の書籍などで確認していただきたい。
 中国語ができない人の場合はどうするか?筆者の例が典型だとは言えないが、物件探しから入居まで、どんな風に進んだかを記してみよう。

 このケースで選ぶ対象は、上海人向けに提供されている中~高級マンションか、市井の標準的なアパートということになる。その昔の「何でも見てやろう」(小田実著)的チャレンジングな姿勢を持つ若者ならアパート(月数百元)もいいだろうが、何も無理してケチる必要はない。中級マンションは月4万~6万円もあれば借りられる。ワンルーム程度の小さな部屋なら3万ぐらいである。このクラスだと家具家電付きが一般的だ。
 筆者の場合、二回目訪問の1週間の間に契約してしまいたかったから、時間を節約するという意味もあってインターネットのお世話になった。ネットでできるのは、第一に、日本語で対応してくれる上海の不動産屋に条件を言って当たりをつけてもらう。第二に、中国ないし上海に関する情報交換の場を持つウェブサイトで、日本人ないし日本語ができる中国人が出している物件情報で絞込みを行い、直接交渉を始める。このどちらかである。
 日本人スタッフを置く上海の不動産屋は、「日中ドットコム」「上海ナビ」といった上海情報が豊富なウェブサイトで探すことができる。また、上海に一度でも行く機会があれば、主要ホテルなどで現地日本語誌を入手しておくとよい。広告ページと売ります買います欄に情報がある。主な日本語誌として「上海ウォーカー」と「スーパーシティ上海」がある。
 ただ、この種の不動産屋は日系企業の赴任案件を扱うのが主。つまり、月家賃20万円以上の物件を標準とみなしているから、「4~5万円で探しているんですけど」と言うとあしらいが軽くなる。困ったものだ。まずはメールか電話で問い合わせて、対応を見るのがいいだろう。
 上海関連サイトの伝言版で個人が「貸します」とやっているのは、中国赴任が長くなった日本人が現地で部屋を買ってしまったが、何らかの理由で住めなくなったというケースが多い。借りてもらうなら日本人の方が面倒がないということである。
 上海の人と直接的なやりとりをした経験がない場合、言葉が通じないのとはまた別なレベルで、種々の勘違い、行き違いが生じるケースが多い。お金のやりとり、契約、各種の取り決め、部屋の備品に関する要求などで、双方の”常識”に多少ズレがある。相手が日本人だと、そのへんでぎくしゃくしないから貸し手にとってもラクなわけである。これは借り手にとっても同様。

■個人貸しは下見前こそ重要

 今回、上海で部屋を借りてみて初めて実感したが、言葉のハードルはありとあらゆるところにあるということだ。ゴミを出す場所、ガスの元栓の締め方などから始まって、電話はどう敷設するか、電気代・ガス代・電話代はどう支払うか、マンションの管理面の伝達はどうやって知るかといったことが、中国語を解する人がそばにいないと皆目わからない。
 一度、部屋に付いている3台のエアコンを同時に動かしたらヒューズが飛んでしまい、しばらく寒い思いをしたことがあった。ヒューズの予備が配電盤のところに置いてあったからよいようなものの、それがなくて、貸主が中国語しか話さない人だと、大騒ぎになってしまう。そうした点で貸主が日本人だとラクである。
 ただ、相手が個人だと、双方がアマチュアであるが故に起こる行き違いというのもある。
 その時はまず、上海中心部からやや離れた地区で新しいマンションを持っている日本人会社員にメールでコンタクトを取ってみた。任地が変わったので貸したいという。家具家電付き2LDK、88平米で5万円。地下鉄徒歩15分、日本語衛星放送とADSLを設置可能。現地では中の上の物件である。地下鉄から遠いのが気になるが、下見して問題がなければこれで決めてもいいと思った。上述したように、筆者にとって欠かせない条件である常時接続がクリアされている。
 何度かメールでやりとりして細かな部分を確認し、電話でも話をして、私も彼もそれ以降は二股をかけないこと、上海訪問時に下見をしてよほどの問題がない限り契約することを決めた。ちなみに彼の奥さんは上海の方で新聞社勤務。私の取材の相談にも乗ってもらえるという。ありがたい限りだ。土日でなければ下見に応じられないというので、訪問の日程はそれに合わせて決めた。
 ところがその後いきなり、「部屋代を上げてくれないか」とメールがきた。奥さんが「その地区でその家賃じゃ安すぎる」と言い始め、彼女の知人の米人ジャーナリストが「俺ならもっと出して借りる」と言っているのだと言う。そんなの勝手である。一度決めたものをなぜ今ごろになって覆すのかと思ったが、腹を立ててもしょうがない。「その方に譲ってください」とお返事せざるを得なかった。

 二回目の上海訪問まで日がない。慌てて掲示板で次の物件を探した。浦東にある高層マンションの18階、50平米の部屋を貸したいという人が見つかった。スポーツジム、プール、ホテル式の管理サービスが付いて月4万円弱。事務所利用も可。大型スーパーがそばにあり、数千円アップで家具家電付きにできるという。これでADSLが引ければパーフェクトである。ADSLについては下見の際に管理窓口で確認することにして、とりあえず下見日時を決めた。
 結論から言うと、このお部屋はお断りした。内見してみると、部屋はビジネスホテル並みでまぁよかったが、水回り系を見て「しまった」と思った。人一人が立つのがやっとという広さのシャワールームだけなのである。
 筆者にとってバスタブ付きの風呂は必須。ここ数年、日々の入浴剤入りの風呂で体調を維持するパターンが定着している。体だけが資本とも言える仕事なので、浴槽でお湯に漬かれるか否かはかなり決定的な問題なのだ(実は米国のホテルに滞在している時でも毎日早朝に起きて風呂に入っている)。
 事前にメールで諸条件を確認した際に、バスタブの有無を確認するのを忘れていた。これは私の落ち度だ。ごめんなさいを言ってご理解いただいた。

 結局、こういう経験から言えるのは、個人から部屋を借りる際には、実際に部屋を見るまでは何も決めない方がいいということだ。現地に行くスケジュールが合わなくて、それ以前に借主が現れた場合、それはそれ、諦めるほかない。
 上海の日本人対応ができる不動産屋を使わなかったのは、メールで打診した際に、明らかに「え?5万円の部屋ですか?」という風が見えたからである。こちらは東京でも部屋を維持しなければならず、上海の部屋に10万円も払っていられない。ちなみに上海の平均的な男性会社員が単身で借りる部屋は、市の中心部からややはずれた地下鉄の便がいい地域で1.5万~2.5万円程度である。

■漕渓路のハイセキュリティ物件

 上海の住所表記はシンプルでわかりやすい。ほとんどの場合、区名+路名+番地だけである。上海にいる間は区名を省略しても通じるので、タクシーの運転手に告げる行き先は路名+番地だけでよい。「××路」が地理認識の最小単位になる。
 渋谷という形容がぴったりの徐家匯<しゅーじゃーふい>から南に延びる大通りに漕渓路<ちゃおしーるー>がある。正確には徐家匯から上海体育館<しゃんはいてぃーいーぐわん>までを漕渓北路<ちゃおしーべいるー>、そこから南端の新龍華<しんろんふぁ>までを漕渓路と分けて呼ぶ。端から端まで2kmほど。真下を地鉄1号線が通っている。
 日本人駐在員が集まっている高級住宅街の虹橋<ほんちゃお>を例外とすれば、漕渓路界隈が日本人にとってもっとも暮らしやすいのではないかと思う。東京で言えば新宿に近い中野、あるいは渋谷に近い三軒茶屋で暮らす感覚だ。
 徐家匯から1駅の上海体育館駅近辺で部屋を借りると、漕渓路沿いの中級レストラン、庶民派食堂、ファーストフード、現地資本スーパーなどが日常的な生活圏に入り、食に困らない。24時間営業のコンビニもすぐに見つかる。スーパーで間に合わない買い物はデパートが5つもある徐家匯まで移動すればよい。東京秋葉原にありそうなパソコンショップの集積ビルも2つある。上海体育館駅のすぐそばに元々シェラトンホテルだった華亭賓館があり、人と会う場合はそこのロビーを使える。

 筆者が借りた部屋は、上海体育館駅から徒歩5分の“文明単位”金谷園にある21階建ての10階の一室。(注:“単位”<たんうぇい>とは、中国共産党が指導を末端にまで行き渡らせることができるように組み上げたヒエラルキーの最下部に位置する組織。普通は1つの企業や1つの居住区域で1単位を構成する。後者は町内会のようなもの。“文明”には、モダンなライフスタイルを率先して定着させるお手本になろうとの意味が込められている。)
 敷地内には20階程度の高層棟が6棟、10階以下の低層棟が3棟。他に食堂2軒、理髪店、コンビニエンスストア、クリーニング屋、不動産屋などがある。外装のへたり具合からすると、出来上がってから十数年は経っている。
 セキュリティはこれでもかと言うぐらい堅固だ。自分の部屋のドアを開けるまでに関門が3つある。まず、各棟の入り口に制服を着た守衛が24時間常駐している。深夜や早朝はほんとうに頭が下がる。次に、エレベーターホールの手前に日本で言うオートロックとしてアルミ製の鉄格子がある。床から天井までびっしりとアルミの骨材が塞いでいるので、やや檻の中に入っていく気がしないでもない。エレベーターを降りるともっと重苦しい。廊下がひどく暗い上に、各部屋のドアの1つひとつを鋼鉄製の門扉ががっちりとガードしている。重厚な鋳物の透かし彫りあり、簡易な横開きのシャッターありとデザインがまちまちなところを見ると、各戸で自由に据え付けるらしい。これを開けるとやっと自分のドアにキーを差せる。

 ドアを開けてすぐが6畳のリビング。左手奥に8畳の寝室、その先に日当たりがいい2畳の物干し場。右手奥に子ども部屋用の4畳の小部屋、あとはキッチン、トイレ付きバスルームである。ベランダはない。床はすべてフローリングが施されており、内装は日本の一般的なマンションよりやや凝っていて、クリーム色でまとめられたヨーロピアンテイスト。決して広くはないが、若い夫婦と子ども一人が十分に暮らせる部屋だ。
 備え付けられている家具を挙げれば、リビングにソファ、ローテーブル、ダイニングテーブルと椅子一式。寝室にダブルベッド、クローゼット、間口の広いチェスト。いずれもかなりモノがいい。さらに小部屋に学習机と椅子。
 家電は、中型テレビ、アンプやスピーカーなどのホームシアター一式、DVDプレイヤー、電子レンジなどが中国製で、計3台あるエアコンはパナソニック、洗濯機はサンヨーだった。あと、ガスボイラーがノーリツ、バスタブはTOTOである。テレビはケーブルで中国語放送が15チャンネル程度、NHKの衛星第一と第二も映る。電話回線も通じていた。これで家賃が1ヶ月5万円。日本と比較すればほんとうに安い。
 前述したように、この部屋は、取材協力を打診しに伺った正詢諮詢公司のウ("ウ"はからす偏につくりとして"こざと"="陸"の偏の部分)さんからたまたま話が出て、「それじゃすぐに見に行きましょう」ということになった。元々、彼女と旦那さんとお子さんの三人で住んでいたが、母親と同居する必要があって人に貸すようになったそうだ。2年ほど華東師範大学に勤務する日本人講師が借りていたが引っ越してしまい、また日本人に借りてほしいと思っていたところへ私が登場したわけである。
 5万円=約3,400元という家賃は日本人向けにやや色を付けているが、本気でぼっている水準ではない。なお、上海のマンションは内装なしで販売されるのが普通で、この部屋の内装にはウさんの趣味が反映されている。
 下見をさせてもらってほぼ即決したが、本取材のために私が再訪する2002年1月下旬までにADSLを開通してもらうことを契約の条件にした。約3週間の滞在を予定しているため、その間、モデム接続では苦しい。上海市内ではADSLの普及が進んでいるという情報をネットで得ていたから、ウさんに申し込んでもらえば面倒がないと思った。
 日本に帰ってから彼女と何度か電話でやりとりをし、本取材に間に合わせてADSLが開通することが確認できたので契約を本決まりとした。敷金2ヵ月、前家賃2ヵ月、以降の家賃は2ヵ月ずつまとめての支払である。

■これは親戚同様なのか?

 結局、上海で部屋を借りるには、言葉がすべてと言っても過言ではない。物件を下見する場合でも、契約条件を詰める際にも、北京語ができないうちは日本語だけで対応可能な個人か会社のお世話にならざるを得ない。
 選択肢として、日本人が経営する、ないしは日本人スタッフを置いている不動産会社のお世話になるという手もあるわけだが、私の場合、中国の方にすべてを委ねる形になった。
 事前に情報収集をしていた際に、中国の方といったん信頼関係ができてしまうと、半ば親戚同様の付き合いをしてもらえるということをどこかで読んだ。何のアテもなくて孫正喜さんの正詢諮詢公司を訪問した際、孫さんは「それじゃ今度、会食をしましょう」と言ってくれた。この“会食”という日本語に、彼の伊藤忠上海事務所での勤務経験が窺える。ともあれ、約束された昼食時に再訪すると、孫さんは上海蟹をごちそうしてくれた。上海蟹が初めての私に、彼は「こうやって散らかして食べるのがいいんですよ」と教えて笑った。そのうち、同席していたウさんから部屋を貸してもよいという話が出てきたわけだが、その流れのなかで、私は「ひょっとして、これって “親戚同様の付き合い”に入っていっているのかもなぁ」と感じていた。何と言うか、地元の人間関係のなかに身を委ねる心地よさをすごく感じていたのである。そして、部屋にまつわるすべての手配が中国語抜きで行けた。彼らとの間に信頼関係ができたのか?できたとすれば、それはなぜなのか?

 実は筆者は、日本の学校教育が太平洋戦争で日本軍が行った行為についてきちんと教えていないことと、そうした歴史を正視しない姿勢が出てくる“風土”をかなり由々しき問題だと考えている。数年前になるが、東南アジア各国の歴史教科書の中で日本軍の行為がどう記述されているかを並列的に確認できる企画展を覗いたことがあった。その中には無論、中国の教科書もあった。総じて言えるのは、中学校程度で教わる歴史の内容が、われわれのものと彼らのものとでは、あまりに違いすぎるということだ。詳しく書くと長くなるのでやめるが、とにかく、彼らが義務教育のなかで教わっている太平洋戦争の中身は、天地がひっくり返ったほどに違う。そして彼らはまた、日本の歴史教育がそのようなものであるということを報道などで十分すぎるぐらいに知っている。
 上海に足を踏み入れるにあたってまず考えたのは、彼らときちんとしたコミュニケーションを交わすためには、そこを素通りできないだろうということだった。だから、日本語を使う上海の人たちと話をするなかで、機会があればそのことについて彼ないし彼女の考えを確かめ、自分の考えを言うようにした。孫さんとも初回の訪問で1時間半ほど話した際に、そのことに触れた。
 そのことに触れたから信頼関係が築けたというわけでは決してないが、少なくとも、互いに話ができる関係かも知れないという認識は生まれた。
 後に孫さんから、中国に進出した日本企業において中国人幹部の背反が見られる傾向があるのはなぜなのかについて解説してもらったが、つまるところは、そのへんである。後に詳述したい。

 なお、実際にADSLが通ったのは、2002年1月下旬からの約3週間の滞在の半ばを過ぎてからだった。滞在初日から使えるということを条件に借りたのだが、まぁどの土地にも固有の事情があるから目くじらを立てるわけにはいかない。
 モデム接続から開放されてADSLを使ってみると、速度がなんと10Mbpsも出ているのには驚いた。日本のYahoo! BBよりもまだ速い。筆者が毎月4万円弱を支払って千駄ヶ谷の自宅兼事務所で使っている小規模企業用ADSL(SDSL)よりも10倍以上速い。これで月●●●元(2007年注記:円で3,000~4,000円ぐらいだった)だった。

■ケータイを買ってしまおう

 周知のように中国の携帯電話普及台数は現在、世界一である。2002年2月末時点で全人口の11%に約1億5,.600万台が普及している。月平均の新規加入が500万台に上るというとてつもない市場だ。
 上海では、われわれが日ごろやりとりする相手はすべて携帯電話を持っていると想定して間違いない。有職者はもちろんのこと、取材に対応してくれた大学生、20代前半の男女もみんな携帯電話を持っていた。
 原鳴魅さんが手近のウォッチでまとめてくれたところによると、社会人の普及率は8~9割にも上る。機種はノキア、エリクソン、サムスン、シーメンスが主流で、パナソニックがちらほらという程度。もっとも安い機種は1,000元弱からあり、折り畳みタイプの最新機種で3,000~3,500元程度になる。3,000元と言えば大卒初任給の水準だ。
 インターネットメールの送受信が可能な機種はまだ少ないが、若年層が持っている機種のほとんどはショートメールに対応している。彼らはこれで日本の男の子女の子とまったく同様に、たわいのないメッセージをやりとりして楽しんでいる。人と話をしていても、ショートメッセージが来るとすかさず文面を確認したり、歩きながら画面を読んでいたりする行動なども日本と同じ。iモードに似たWAPという方式を使って携帯電話専用のウェブページにアクセスできる機能も、最低価格帯の機種に付加されている。着メロ編集機能があったり、着メロファイルがダウンロードできる機種はまだ少なく、これはみんなが欲しがっている。
 中国の携帯電話は、われわれ日本人もすぐに買って使い始めることができる。日本のように利用開始時に住所・氏名を明かして携帯電話会社と契約を結ぶのではなく、どこの誰でもプリペイドカードを買って通話料をチャージすれば使える仕組みになっているからだ。上海に何度か行く予定があるのなら、1,000元程度の安い端末を買ってしまった方が速い。言葉が通じにくい環境で日時を決めて人と会うのには、やはり携帯がないと話にならない。
 日本のPDC方式とは異なり、中国の携帯電話は欧州などでも使われているGSM方式を採用している。GSM方式携帯電話は、端末自体に電話番号が固定化されておらず、SIMというICチップを別に買って電話番号を登録する。今使っている番号がイヤになったら、別のSIMを買ってまったく新しい番号にすることができる。通話料の方は、市内の至るところで売っているプリペイドカードを買い、裏面の長い番号をインプットしてチャージする。端末を買ってSIMチップを装着し、通話料をチャージする作業は中国語のマニュアルが読めないとまず無理なので、現地の人にお願いするか、店頭でやってもらうとよい。
 日本と違って、携帯電話販売代理店が1台1円といった破格の値引きを行うケースは皆無。完全プリペイド制なので、固定契約を前提にした代理店へのキックバックが成立しないからだ。だから、1台1台の携帯電話は中国の人にとってはものすごく高い。前述の4~6倍という元の貨幣価値を適用すると、2,000元(=3万円)の携帯電話であっても、彼らにとっては10万円前後の負担ということになる。しかし、ないと始まらないので買う。みんなが買うから消費全体が底上げされる。そしてそれが他にも波及していくという図式が携帯電話の周辺にはある。景気のよい国の目も眩むような話だ。10代後半で持っている子がいたら、ほぼ100%、親か祖父母へのおねだりである。

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