海外インフラ案件情報のありか
日本企業が海外のインフラ事業の受注を図る場合、なにはともあれ、案件情報がなくては話が始まりません。
・その国にアプローチする価値があるのかどうか
・担当者を現地に送って情報収集に当たらせる価値があるのかどうか
・駐在員事務所を設けるなどして受注活動を本格化させる価値があるのかどうか
こうしたことを判断するには、その国にどのような案件があるのかを事前に知る必要があります。すなわち、現在進行形の案件に関する情報がある程度は手元に揃っていることが必要です。
また、外国政府内にフィージビリティスタディが終わった具体的な案件が存在している場合でも、その案件を受注しに動くのかどうかを意思決定するには、ある程度の詳細さを持った案件情報が手元になければなりません。
つまり、海外インフラ事業のビジネスを行うためには、そもそもの大前提として「案件情報がある」ことが不可欠です。案件情報がなければ、何の準備もできず、いつまで経っても取り組みが前に進みません。消費者向けビジネスで言えば、商品製造に先立つ商品企画において、なくてはならないマーケティングデータが案件情報だと言えます。至極当たり前のことですが、これは非常に重要なことです。
別な視点で見れば、海外インフラ案件を連続的に受注している企業は、外国政府から案件情報を収集する仕組みをすでに確立した企業であると言うことが言えるでしょう。
■案件リストを公開しているインドネシア
インターネットで色々な情報が入手できる大変便利な時代になりましたが、外国の中央政府や地方政府が実施するインフラの案件情報は、インターネットではなかなか得難いです。
入札準備が整った案件から、形成中の案件まで、100件弱を冊子にして公開しているインドネシアはきわめて例外的な存在だと言えるでしょう。
インドネシアの国家開発計画局(BAPPENAS)が公開しているPPP Book 2011
このインドネシアでも、PPP Bookは英語の検索だけではたどり着けない場所に置かれており、日本企業にとってはやや悩ましいところです。
■インターネットで公開されている案件情報は役不足
インフラPPP案件に関する情報発信をしている中央政府や地方政府は、探してみるとそれなりに見つかります。私が現在までに見つけたところでは、以下があります。しかし、得られる情報は、
・すでに終了している案件がほとんど。現在進行形の案件は日本企業の受注対象にならないものばかり(オーストラリアの場合)
・案件データベースに膨大な情報があるが、内容をよく見ると古くて実際の検討には使えない(インドの場合)
・日本企業が受注するにはサイズが小さすぎるものがほとんど(インドの場合)
といった形です。
オーストラリア中央政府:Infrastructure Australia
オーストラリア・ニューサウスウェールズ州
オーストラリア・ヴィクトリア州
オーストラリア・クイーンズランド州
オーストラリア・タスマニア州
インド中央政府:Public Private Partnership in India
インド・カルナータカ州
インド・アンドラプラデシュ州
インド・マドヤプラデシュ州
インド・マハラーシュトラ州
インド・グジャラート州
最近、PPPに力を入れていると聞くフィリピンの場合は、Public-Private Partnership Centerというサイトで現在進行形の情報をこまめに更新しているようです。これは例外的存在です。
このようにインターネットで得られるインフラ案件情報は、ほとんど業務の準備に使えないものばかりです。
■未公開情報はどこにあるか?
一方で、案件情報は「あるところにはある」という性格があります。昨年3回ほど訪問させていただいたインドネシアでは、国家開発計画局に全国のインフラPPP案件が集まる仕組みがあり、リストに載っていない案件が無数にあるようでした。人口2億4,000万の大国ですから、要整備のインフラ案件は数多いのです。また、同国で3番目に人口が多いバンドン市役所を訪問した際には、やはり現在進行形でありながら公開に至っていない案件が複数あることを確認しました。同国運輸省を訪問した際にも、各セクターの担当官の元には未公開の案件が複数あり、「どうやって動かそうか」と思案している風がありました。
これらのことから、どの国の中央政府・地方政府にも、インフラの計画を行う省庁や部局には、常時多数の案件が滞留しているのはほぼ確実だと考えます。
日本の場合でも、先日の投稿で触れた国管理空港運営の民間委託に関して、担当部局には27空港すべての詳細な情報があるようでした。ことほどさように「あるところにはある」わけです。
■ふるいにかけた後で粗々「行けそうかどうか」を判断する
さて、「あるところにはある」ソースからたくさんの案件情報を得たとしましょう。
水関連のメーカーであれば、まず水セクターの案件情報をふるいにかけます。鉄道車両のメーカーであれば、鉄道関連の案件情報をふるいにかけます。という具合にセクターでふるいにかけます。
残った案件はどういうものかと言うと、水の場合は、新興国のPPP案件ではサイズが小さすぎるものがほとんどだと思います。インド、インドネシアでその傾向があることがわかりました。アジアの他国でも同様でしょう。数億円、十数億円といった規模で、わざわざ海外まで出ていってやるほどもないサイズです。規模が大きなものは、海水淡水化プラントか、大都市の上水道ないし下水道施設となります。
鉄道案件は総じて規模が数百億円〜数千億円となり、都市のライトレールにしても、都市間鉄道、高速鉄道、石炭鉄道のいずれの場合であっても、規模という面では、日本企業が本格的に進出して受注するのにふさわしい大きさを持っています。
案件の規模が適正であったならば、続いて、バンカブルな案件になりそうかどうか、適正な水準のリターンが得られそうかどうかを確認することになります。
この時、手元に、案件のバンカビリティをチェックするための「フィナンシャルモデル」があると、そこそこの情報があればすぐに「行けそうかそうでないか」がわかります。旅客鉄道であれば想定される乗客数と平均的な運賃収入の2つの数字が外国政府から入手した案件情報に記載されていれば、それをモデルに入れることでIRRなどの数字が得られます。
そうしたモデルがなければ、ざっくりと作成してみて、外国政府から与えられた数字を入れてみると、「行けそうかそうでないか」が判断できます。
PPP案件として作り込まれているものは、その国のPPP法によって競争入札が前提となっている場合がほとんどで、入札に勝つには価格等で好条件を提示する必要があります。そうした条件面もこのようなモデルがあれば、ある程度のざっくりとした数字という形で得られるでしょう。
まったくお話にならない水準であれば、この段階で、その案件の検討は中止ということになります。行けそうだとわかれば、より詳細な検討に向けて、情報収集、日本側が改めて行うフィージビリティスタディ(外国政府が用意したものの精度を上げるFS)となるでしょう。
そうした検討ができる案件情報を外国政府の官僚から入手する必要があります。
■かっちりとすべてが揃っている案件は少ない
多くの新興国では、そうした採算性を評価できるまでに熟した案件をそうたくさんは持っていないようです。多くの場合は、ラフな計画があるばかりで、採算性の評価もできなければ、外国人投資家に検討してもらうための数字も揃っていないという案件がほとんどのようです。しっかりとしたフィージビリティスタディを行えば、そうした数字が得られるのですが、1件当たり数千万円はかかるFSの予算がないために、官僚の机の引き出しのなかで眠ったままになっているというケースが多いようです。
また、日本の官僚は法案にしても施策にしても、すべての事柄を事前に精査して少しの遺漏もないように用意するのが普通です。外国の官僚もそうであろうと考えて臨むと、そうではないケースが多々あり、最初はがっかりしたり驚いたりします。得られるインフラ案件の情報についても「あるべき内容がない」というケースはざらにあります。
従って、現実的な検討に足る案件情報を入手するには、まず、インフラ案件の計画を行う部局等にアクセスして、あまり熟していない案件のあらあらの情報をいただき、そのうちで詳細検討に足るものを選別した上で、詳細検討に必要な情報・数字を揃えられるように、こちらの側が動くことが必要になります。関連部局へヒアリングに回る、FSが済んでいないのであれば、日本政府系の案件形成支援策を活用するなどしてFSを行うといった、こちら側のアクションが必要になってきます。
■こちらから提案するアプローチ
以上は、外国政府側が「用意してくれる案件」についてでした。一方で、外国政府側がまだ気づいていない領域をいち早く発見し、「ここに、こういうものを作った方がよいのではないか?」と提案するアプローチがあります。PPPの世界で言うUnsolicited Proposal(要請されないのに持ってくる提案というニュアンスがある)です。インフラは人口動態や経済成長度合を観察すると、あるべきものが容易にわかるという性格があります。そうしたものを計画に落とし込んで提案します。
これは「ない案件」を「あるようにする」というアプローチです。
現実問題として、新興国政府が用意する案件は、ある程度の規模があったとしても、詳細に検討するとバンカブルではない=プロジェクトファイナンスの融資がつかない=その案件自体が成立しない、というケースが少なくないと考えた方がよさそうです。これは現地の物価水準が低いために水道料収入や旅客収入に天井が存在する形となり、総じて投資回収が難しくなるという背景から来ています。高速道路もおそらくそうです。
そうした制約を免れるのは、利用者が支払う料金が国際的な相場に収斂する傾向がある空港、港湾ということになるでしょう。モバイルブロードバンドもそれに近いかも知れません。あとは発電事業(IPP)です。
それから、日本政府のインフラ輸出政策の対象にはなっていないものとして、新興国から輸出する「穀物」に関わる大規模肥料工場、エネルギー分野のLNGプラントなども、発生する売上が国際相場に収斂しそうなセクターだと思います。
こうしたセクターにおいては、「ない案件」を「あるようにする」というアプローチが有効だと思います。
日本の総合商社が中東や新興国で受注している案件を見ると、おそらくはこの「『ない案件』を『あるようにする』というアプローチ」が大変に多いのではないかと推察します。
どのような国でも言える普遍的な事実だと思いますが、民間が受注した際に、20年といった長期にわたって民間企業が応分のリターンを上げられる案件というものを、「官」の側にいる人たちがしっかりと用意できるかと言えば、そうではないと思います。官の側の人たちは一般的に言って、民間が上げる利益には無頓着です。PPP先進国の英国、オーストラリア、カナダは例外だとしても、その他の国ではそのようであると考えて間違いないでしょう。ファイナンスの組み方についても、むしろ民間側が主導して、その場を取り仕切っていく分別が有効な場合がほとんどだと思います。EPCかPPPかという問題についても、白紙状態からこちらが主導的に動いて、よりよい形に落とし込むのがよいのではないでしょうか。
案件情報のありかについて真剣に考えていくと、どこによい案件があるかということよりも、「よい案件」をこちら側が作り込んでいく分別をするのが最良の道であるということがわかってきます。