海外インフラ事業、EPC案件がいいのかPPP案件がいいのか?
過去1年半ほど、海外インフラ案件の受注に関して様々な企業の方の意見を直接的間接的に伺う機会がありました。おおむね、傾向のようなものが把握できましたので、それを元に記してみたいと思います。
■多くの日本企業はEPC案件を望んでいる
海外で水や発電などのPPP案件をすでに手がけている商社を例外とすると(発電の場合はIPP事業)、海外インフラ案件に興味を抱くほぼすべての日本企業はEPC案件の受注を望んでいます。そのことがだんだんと明らかになってきました。
日本政府のパッケージ型インフラ輸出推進政策は、海外インフラのPPP案件を日本企業が受注することを支援する設計になっていました。水分野の例で言えば、水処理膜・機材の1兆円市場や上下水道・淡水化プラント建設の10兆円市場ではなく、上下水道事業運営の100兆円市場に日本企業が打って出ることを支援する政策になっています。
具体的には、外国政府からPPP案件として競争入札に出たものを日本企業が落札し、完工を経て15〜25年程度インフラ設備を運用するなかで初期投資を回収し、応分のリターンを出すという事業活動に対して、日本政府系のファイナンスと保険とが付くという施策でした。
従って、私も海外インフラ案件ではまずPPPありきという前提に立って、案件のリサーチに動いたりしていました。しかし、日本企業の多くがPPP案件をむしろ敬遠しており、EPC案件に限って受注したいという意向がわかってきましたので、やや軌道修正する必要があるのかどうか、思案をしているところです。
先頃から、アジアとアフリカの計3カ国について、政府のインフラ案件の出所に近い方々と話をさせていただく機会があり、日本企業が受注しやすい案件を引き出すにはどうすればいいかと考えることが増えています。
ただ、考えれば考えるほど、日本企業の多くが望むEPC案件を用意するのには、大きな課題があるということがわかってきます。
■大前提:EPC案件が用意できるのは財政余力がある国
まず大前提として、EPC案件を独力で用意できる国には、財政面の余裕がなければならないということがあります。EPCは、その国の政府が自らインフラ建設資金を用意し、内外の企業を呼んで設計や見積を競わせ、発注対象を決めるという発注形式です。その国の予算で建設資金がまかなえるか、国債などによって資金が手当てできて初めて、こうしたことが可能になります。実際にEPC案件、それも大型のEPC案件を数多く出している国は中東産油国などの財政面で余裕のある国です。
翻って、財政に余裕がない国、例えば税収不足でインフラ整備資金がないとか、クレジットレーティングが低くて国債の起債ができないという国では、インフラを整備していくのに内外の民間企業のファイナンス力に頼らざるを得ません。すなわち、その国から出てくるインフラ案件は自然とPPPということになります。
ここまでが大前提です。
■財政余力のない国でEPC案件を形成する際の課題
続いて、仮にこうした国々においてPPP案件を敬遠し、EPC案件を希望する場合にどのようなことが起こりえるかを考えてみます。
まず、対象となる案件の数がぐっと減ります。その国における総案件数の数%程度にまで減ります。また、総事業費も小さいものにならざるを得ません。例えば数億円、十数億円という規模。日本の国内案件ならまだしも、海外に出ていって長期にわたって人を張り付けて、完工リスクを取って、そうした規模でよいのか、というきわめて根本的な問題がそこに出てきます。
ここで考え方を変えて、いまは「ない」案件を「形成」する方向で動くとします。海外に出て意味のある規模、例えば、数百億円の規模の案件を白紙状態からその国の政府と交渉しつつ、作り上げていくのです。(周知のように経産省、JICAには案件形成の支援の仕組みがあります。)
普通であればPPPとして出てくるはずのものだった案件を、意図的にEPC案件として形成しようとすると、いくつかの面倒事が付随してきます。
○1. 競争入札を経ないことに伴う有形無形の見返りが期待される
日本の企業が特定の案件を形成したいとして特定の省庁と話を始める時、そこでは競争入札は想定されていません。日本企業はアジア企業との価格競争を望みませんから、ない案件を作りにかかる時には当然のことながら、相対で受注できる関係づくりに動きます。これはこれで自然のことだと思います。
しかし、この相対という関係では交渉がクローズドな環境で行われることもあり、カウンターパートの側から有形無形の見返りを期待される可能性があります。こうした要求をどうハンドリングするのか、思案のしどころです。周知のように米英の規制もあり、非常に難しい問題をはらんでいます。
○2. 日本政府によるファイナンスが期待される
当該EPC案件においては、日本企業が受注した際の代金の支払者は当該国政府です。当該国政府においては財政に余裕がないわけですから、ごく当然のこととして日本政府系のファイナンスを期待します。
その案件が良好なインフラ案件であり、ファイナンスが成立する限りにおいては、それでよいと言えます。
しかし、ODA系の無償援助の場合は別ですが、比較的規模が大きな案件であり、長期にわたる確実な債務履行が前提となるファイナンスの場合は、いくら日本政府系の融資とは言えなかなか簡単ではありません。
案件を形成しようとする日本企業は、このファイナンスのアレンジメントにまで踏み込んで関係当事者間の利害調整やリスクアロケーションを行う必要が出てくると思います。
これはPPP案件におけるファイナンスのストラクチャリングに似た作業であり(PPPでは米英のフィナンシャルアドバイザーが受け持つところの作業)、「はなからPPPでやっていてよかったのではないか?」と思えるような作業になる可能性がかなりあります。
○3. 結局のところ”バンカブル”な案件でなければ成立しない=PPPの仕立てでもやれることが判明する
3つめのポイントは、同じくファイナンスに関係したものです。
仮にその案件が総事業費500億円の都市交通案件だとします。借り手はA国政府。貸し手は日本政府系金融機関です。
日本政府系金融機関は貸出に先立ってA国の信用力を勘案しながら当該案件のデューデリジェンスを行います。端的にはその案件が長期にわたって生むフリーキャッシュフローを吟味し、A国政府が債務を履行できる水準かどうかを審査します。
仮にその案件で毎期赤字が想定され、A国政府からの補填がなければ運営できないものであるとわかれば、日本政府系金融機関は500億円を貸すでしょうか?非常に難しいでしょう。将来において債務不履行になる可能性が高い案件には、普通に考えるならば、貸さないと思います。
従って、そのEPC案件において、日本政府系金融機関のファイナンスが成立するには、案件自体がバンカブルな構造を持っている、言い換えれば、その事業が独立的に好採算性を維持できる構造を持っていることが必要となります。
これはすなわち、PPP案件が成立するための条件でもあります。PPP案件は、ファイナンスが成立しなければ絵に描いた餅ですから、その事業自体においてキャッシュフローを生む力がしっかりとあり、債務を返済しながら出資者にも応分の配当を出せる事業構造を持っていることがマストです。それとほぼ同じことが、1国の政府によるEPC案件に日本政府系の金融機関が貸す際にも言えます。(厳密に言えば、当該国政府に対しては配当のリターンを出す必要がないので、事業が生むべきキャッシュフローの水準はやや低くても構わないわけですが。)
従って、当該国政府にあっては、日本政府系金融機関のファイナンスが成立するとわかった時点で「なぁんだ、これはPPP案件でも行けたんじゃないか」と思うことでしょう。
「PPP案件でも行けた」=「国際競争入札が成立した」=「価格性能比の高い設備を提供する他国の事業者が受託する可能性もあった」ということで、当該国政府にあってはやや釈然としない思いが残るかも知れません。
■すっきりとした解答はあるのか?
このように財政余裕のない国においてEPC案件を意図的に形成しようとすると、非常に不自然なことが連鎖的に起こってきます。また、海外インフラ案件の受注形態としてみると非常にイレギュラーな形であり、後が続かない可能性があります。(そのほか、この種の相対の案件形成が制度的にできない国もあります。)
1つの企業として海外インフラ市場を取りに行くと決断し、打って出たところが、EPCにこだわったがために後が続かないということは、あってよいのでしょうか?
これはすっきりとした解答がない、なかなか難しい問題です。
財政余力のある国のEPC案件を攻めればよいのでしょうか?中東産油国の場合は、すでに日本の商社および一部のプラント会社が地場を固めており、後発組がそこに割って入って行くことができるのかどうかというところでしょう。
EPC案件が現実的でないとするなら、PPP案件を狙って行けばいいのでしょうか?
これについても、いいとも、そうでないとも言えません。
以前にかじったリアルオプションの考え方で言えば「学習オプション」が有効な局面ですが、何がその「学習」にあたるのでしょう?
なるべく小規模なPPP案件を見つけて、それに主たるスポンサー(SPCの出資者)として名乗りを挙げ、コンソーシアムを組むのがよいのか。中規模のPPP案件のコンソーシアムに、とりあえずは参加料的な出資を行い、一部始終のプロセスを観察する機会を得るのがいいのか。日本政府系のFSの予算を使わせてもらって、とりあえずはFSに参加するということでいいのか。
多くの場合、日本政府系の予算を使わせてもらってFSを行うという形態が好まれますが、個人的な見立てでは、これは「PPPへの参加の決断」を先送りするだけであって、何度FSをやっても「PPP案件に自ら関わる」ことの代わりにはならないと思います。どこかでPPP案件に飛び込むことが必要ではないかと考えています。
ある方から伺いましたが、建設会社ないしはプラント会社の場合、あるPPP案件のコンソーシアムに参加しても(出資しても)、出資分は建設費用ないしプラント費用として早期に回収できる可能性があるそうです。いわばエグジットができるわけですね。
製造業の視点で見る場合、あるインフラPPP案件の長期の営業から上がるキャッシュフローには、一般的に言って、興味がないわけなので、ある特定の時点で出資分を誰かに譲り渡してエグジットするという、エグジット戦術が明確にあることが「答え」になるのかも知れません。
しかし、そのエグジット戦術は当該出資分を譲り受ける一種のインフラファンドのような存在を前提としているので、そのような存在が出現するのかどうかということがまた課題となってきます。
すっきりした解答はそこにもありません。考え抜くしかない課題だと言えます。