日本流の成功事例に期待したい国管理空港運営の民間委託
先日(とは言っても1月下旬の話です)、国交省の担当の方から27の国管理空港の運営民間委託についてお話を伺う機会があったので、簡単にまとめてみたいと思います(伺った内容は末尾にあります)。
■国管理空港、運営民間委託の概要
まず、今年1月に日経新聞などが報道して話題になった国管理空港の運営民間委託について簡単におさらいしておきます。以下は2012年1月9日付日経新聞の記事の冒頭部分の引用。
国交省、国管理空港 民間運営に まず仙台や広島
14年度 滑走路やビル一体経営で効率化促す
国土交通省は国が管理する全国の27空港について、30~50年間の運営権を民間企業に売却する。国が土地や施設を所有したまま、滑走路から空港ビル、駐車場まで空港全体の経営を民間に任せる。今夏以降に売却先を公募し、2014年度にも仙台や広島など利用者の多い空港の運営権を売却する。民間企業による運営で経営を効率化し、航空機の着陸料を安くできるようにするほか、国の財政負担も減らす。
「長期リース」もあり得るので記事中の「売却」はやや正確さを欠く表現です。この記事の背景になっているのは国交省が2010年末から2011年夏にかけて開催していた「空港運営のあり方に関する検討会」の報告書です。
検討会↓
http://www.mlit.go.jp/koku/koku_fr5_000003.html
報告書↓
http://www.mlit.go.jp/common/000161960.pdf
報告書の中から興味深いポイントを抜き出すと…。
●改正PFI法のコンセッション方式を活用
・本検討会としては、土地(場合によっては空港基本施設(滑走路、エプロン等)を含む。)の所有権については引き続き国に残し、改正PFI法に基づき、 航空系事業と非航空系事業を一体的に運営する権利(公共施設等運営権)を民間の空港運営主体へ付与する、いわゆる「コンセッション=運営委託」方式を主たる手法として想定することとする。
●競争入札プロセスのひな形はオーストラリア事例
・諸外国における民営化等において、契約プロセス(長期リース契約)により民営化等を実施した事例としてオーストラリアの事例は我が国においても一つの参考事例となりえよう。具体的には、オーストラリアでは、新運営会社との契約締結までに Express of Interest(関心表明)、 Indicative Bids(仮入札)、 Binding Bids(最終入札)という3段階のプロセスを設定している。この契約プロセスでは、最初に入札金額の提示を必要としない Express of Interest(関心表明)という段階を用意することで、より多くの入札者を参加させる仕組(入札価格の最大化の仕組み)を用意している。
●2013年度中には民間委託のプロセスに着手
更新後の「空港機能施設事業者」の指定の期限が到来する 2013 年度(平成 25 年度)中の早い段階で、経営一体化と運営委託の推進体制を構築し、当該新体制による具体的なプ ロセスに着手する。
ただし、この分野においては、我が国においては十分な知見が蓄積されていないため、 海外の先進事例を十分に参考にしつつ、
1. マーケット・サウンディングの結果分析を通じ た民営化手法等の具体的な検討、
2. 経営一体化に向けた空港関連企業との円滑な交渉(必 要に応じ、空港関連企業の株式や事業資産の取得を含む。)、
3. 投資家や民間事業者にと って十分な内容の開示資料の作成、
4. 新たな民間の運営主体の選定及び契約締結、中長期 的な運営モニタリングの支援、等を行うためのプロ集団を立ち上げることが望ましい。
となっています。
なお、対象となる27空港とは、羽田、新千歳、稚内、釧路、函館、仙台、新潟、広島、高松、松山、高知、福岡、北九州、長崎、熊本、大分、宮崎、鹿児島、那覇の19の拠点空港に加えて、自衛隊等との共用空港ないしコミューター空港である札幌、千歳、百里、小松、美保、徳島、三沢、八尾の8空港。
日本においては未だ本格的な政府系インフラのPFI/PPP活用事例が存在しないなかで、この国管理空港の運営民間委託開始はきわめてエポックメイキングな意味を持っています。「いよいよ日本でも始まるのか!」という印象です。
■規模から言えば海外オペレーターも興味を示す可能性がある
諸外国の例を見ると、PPPなどを使った空港民営化は90年代後半から活発になり、かなりの数の大規模〜中規模空港がすでに民間経営となっています。以下はUniversity of WestminsterのDr. Anne Graham氏による主な民営化空港のまとめ。
こうした民営化が進んだことにより、空港運営を専門に手がけるいわゆる空港オペレーターが育ってきています。主な企業には、英国BAA、ドイツFraport、トルコTAV Airports、インドGMRなどがあります。また、大手インフラファンドのGlobal Infrastructure PartnersはロンドンのGatwick Airportに投資し、オペレーションにも参加して経営効率を高め、投資収益率を向上させています。
日本では成田、関空、中部の3空港では空港管理会社が存在していますが第3セクター的な性格が強く、空港民営化案件に積極的に入札、投資を行う海外の空港オペレーター勢とは一線を画す存在です。
日本の27の国管理空港の運営民間委託が始まると、こうした海外の空港オペレーターが日本にやってくる可能性があります。個人的には世界各国の空港で効率的な経営の腕を磨いたオペレーターが日本にもやってきて、日本の空港ビジネスを活性化させてくれることを期待していたのですが…。
海外の空港オペレーターがどの程度の規模の空港を運営しているのか。そして今回民間委託対象となる空港の規模はどのぐらいかを確かめみたいと思い、簡単なリストを作りました。
Fraportの運営空港(人数は乗降客数)
- ドイツ Frankfurt Airport 5,300万人(2010)
- インド Indira Gandhi International Airport(デリー) 3,500万人(2011)
- トルコ Antalya Airport 2,400万人(2011)
- 中国 Xi‘an Xianyang International Airport(西安) 2,120万(2011)
- サウジアラビア King Abdulaziz International Airport(ジッダ) 1,789万(2010)
- エジプト Cairo International Airport 1,600万人(2010)
- サウジアラビア King Khalid International Airport(リャド) 1,390万(2010)
- ペルー Jorge Chavez International Airport Lima 878万人(2009)
- ロシア Pulkovo Airport St. Petersburg 844万(2010)
- ドイツ Hannover-Langenhagen Airport 534万人(2011)
- ブルガリア Burgas Airport 225万人(2011)
- セネガル Dakar Airport 170万(2010)
- ブルガリア Varna Airport 118万人(2011)
BAAの運営空港
- 英国 Heathrow Airport 6,570万人(2010)
- 英国 Stansted Airport 1,830万人(2011)
- 英国 Edinburgh Airport 約900万人
- 英国 Glasgow Airport 約700万人
- 英国 Aberdeen Airport 280万人(2010)
- 英国 Southampton Airport 200万人弱
TAV Airportsの運営空港
- トルコ Istanbul Atatürk Airport 3,745万人(2011)
- トルコ Ankara Esenboğa Airport 775万人(2010)
- トルコ Izmir Adnan Menderes Airport 620万人(2009)
- ラトビア Riga Airport 510万人(2011)
- サウジアラビア Madinah Airport 159万人(2004)
- グルジア Tbilisi Airport 105万(2011)
- マケドニア Skopje Alexander The Great Airport 65万
- トルコ Antalya Gazipaşa Airport 不明
- グルジア Batumi Airport 不明
- チュニジア Enfidha-Hammamet Airport 不明
- マケドニア Ohrid St. Paul The Apostle Airport 不明
GMRの運営空港
- インド Delhi International Airport 3500万人(2011)
- インド Hyderabad International Airport 760万人(2011)
- トルコ Istanbul Sabiha Gokcen International Airport 111万人(2010)
- モルディブ Ibrahim Nasir International Airport(マレ) 不明
このように海外の空港オペレーターは乗降客年間200万人弱の空港でも経営ポートフォリオの中に入れています。
今回の運営民間委託の対象となっている空港のうち、乗降客数200万人以上の空港
- 羽田空港 6,562万人(2008)
- 新千歳空港 1,730万人(同)
- 福岡空港 1,681万(同)
- 那覇空港 1,490万人(同)
- 鹿児島空港 542万人(同)
- 広島空港 313万人(同)
- 熊本空港 304万人(同)
- 仙台空港 294万人(同)
- 宮崎空港 292万人(同)
- 神戸空港 257万人(同)
- 松山空港 253万人(同)
- 長崎空港 246万人(同)
- 小松空港 236万人(同)
規模から見ると、これらの空港は海外のオペレーターも興味を示す可能性は高いわけですが、さてその参入に現実味はあるのでしょうか?
■民間はどんどん提案を
以下は国交省の担当者の方とのQ&Aの内容です。文責・今泉ということでお読みください。
Q. 日本の空港経営へ海外オペレーターが入ってくることはウェルカムか?
A. 民間委託は改正PFI法に基づいて行う。改正PFI法では海外企業の受託を認めないとは書いていない。
Q. 諸外国の空港PPP案件では海外プレイヤーの参画を期待して、案件情報を英語で公開する慣例がある。英語での情報公開は?
A. 考えていない。
Q. 報告書では2012年からマーケット・サウンディングを行うと書いている。具体的には?
A. 個別空港の経営、運営について提案を受け付ける。これはその後に行うBiddingにおける正式な提案において修正することも可能な「ノンバインディング」な提案なので、積極的に行ってもらいたい。個別空港に関するデータ等は開示する。
Q. 運営受託に対して民間が支払う費用の支払形態は?
A. 一時払いにするか、年間払いにするかはこれから決める。必ずしも海外事例をモデルにするというわけではない。国としては空港運営で財政難に陥っているというわけではなく、民間からのお金を必要としているわけではない。むしろ、民間の経営のノウハウをどんどん入れてもらって、個別の空港が地域で栄えるようにしてもらうことが大切だと考えている。そのために、どんどん提案をしていただきたい。
とのことでした。海外オペレーターに門戸を開くという意図はほとんどなく、日本の民間企業の創意工夫が入ることで地域の空港が活性化することに主眼があるということです。
■日本では誰がプレイヤーになるのか?
ここからは私の推測ですが、日本の国管理空港の運営委託で活躍しそうなプレイヤーは以下のような顔ぶれになると思います。
・駅構内ビジネスのノウハウがある鉄道会社
・多角化で実績のある旅行会社
・海外で空港PPP案件のノウハウを持つ商社
・商業集積開発のノウハウがある不動産企業
・各地域の公共交通関連企業
1社単独ではなく、複数企業によるコンソーシアムで受注に動くということになるでしょう。その場合は、地域の有力企業を必ず1社入れて、かつ、地方自治体にも参画してもらって、上記の企業のいずれかが主体となって受注に動くということになるのではないでしょうか。駅ナカビジネスで大々的な成功を収めているJR東日本のケースは国際的な公共交通分野として見れば非常に珍しい存在で、そのノウハウが空港運営にも生かされればユニークな事例になる可能性があります。日本流の成功事例が出ることを願っています。