オルタナティブ・ブログ > インフラコモンズ今泉の多方面ブログ >

株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

中国・天津エコシティに関してわかったいくつかの事項

»

スマートシティについてはアブダビのMasdar City韓国の新松島(ニューソンド)を事例として扱ったきり、その後のフォローができていません。中国の天津エコシティがどのような状況なのか、事あるごとに資料などを見てきましたが、論をまとめられるほどの素材がまだないので、とりあえずメモ的に記しておきます。

なお、日本企業の天津エコシティに関する動きは「天津エコシティ」で検索することですぐに得られます。英文系の資料は"Sino-Singapore Tianjin Eco-city"で検索するとたくさん出てきます。

■企業テナントの入居始まる

中国の天津エコシティへの企業の入居が始まりつつあります。天津エコシティは2025年頃に居住人口35万人規模を目指す長期プロジェクトですが、そのうち第1期投資区域ではマンション、住宅、製造業用地などの建設が進んでおり、できあがった戸建て住宅はすでに完売しているという報告もあります。

製造業用地は天津エコシティ内のエコ工業パーク(Eco-Industrial Park)に、いわば”用地テンプレート”のようなReady-Built Factoriesが設けられており、そこを買って上物を建てればすぐに操業できるように整備されています。おそらくはそこで操業することにより、いくつかの環境基準が満たせるように水、エネルギー、廃棄物処理などのインフラが整備されているのでしょう。去る3月30日には入居第1号となるシンガポールの水関連メーカーPan Asian Water Manufacturing (Tianjin) 社屋の起工式が行われました。同社の親会社はシンガポールに本社を置く水パイプやバルブを製造販売するPan Asian Water Solutions。天津に製造拠点を構えることにより、中国市場での販売および天津港からの輸出を狙っています。

■シンガポールと中国の対等出資である理由

新しいコンセプトを持った大規模開発プロジェクトの常として、天津エコシティについても、批判的な論調を目にすることがあります。その中身を一言でまとめるなら「採算は大丈夫か?」というもの。天津エコシティについてもシンガポールのメディアでそうした記事が出たことがありました。

天津エコシティの正式名称は「中新天津生態城」。「中新」には中国政府とシンガポール政府が対等な関係で進めるという意味が込められています。シンガポール側で推進を担っているのはMinistry of National Development(国家開発省)。民間側ではシンガポールの建設・プラント大手Keppel Corporationがゼネラルコントラクター的な立場につき、同国水企業のHyfluxなど複数が開発に参画しています。

天津エコシティの開発会社Sino-Singapore Tianjin Eco-City Investment and Development (SSTEC)はKeppelが中心のシンガポール側コンソーシアムと、天津市政府系の企業などから成る中国側コンソーシアムの50%ずつの出資による合弁会社。SSTECの収益は天津市政府から取得した用地をエコシティ用に造成し、宅地や企業用地としてサブデベロッパーや企業などに売却することで得られます。入居が始まったエコ工業パークもSSTECの収益源の1つです。

昨年シンガポールの一部のメディアで報じられたのは、天津エコシティが蘇州工業園区(Suzhou Industrial Park)の二の舞になるのではないかということでした。
蘇州工業園区はシンガポール政府が中国蘇州市政府と合弁で始めたプロジェクトであり、当初はシンガポール65%、蘇州35%の出資比率。90年代半ばから開発が始まったものの入居が思ったように進まず、5年間で9,000万米ドルの損失を出し、シンガポール側が出資比率を35%に下げたという経緯があります。
この時、問題となったのは、蘇州市政府が本来であれば蘇州工業園区を強力にバックアップしてテナント募集に協力すべきであったところ、近くに別な工業団地を建設してそちらに肩入れしてしまったという二枚腰のような態度です。そちらの工業団地の方が入居率が高い事態に発展しました。こうした現地政府の態度があると、国外から投資を行う主体としては立つ瀬がありません。

こうした事態を避けるため、天津エコシティでは、中国との合弁開発会社の出資比率をシンガポールと中国とで50%ずつとし、さらに学校などの公共施設や一部のインフラ設備がシンガポール側の負担とならないようにリスクの分散を図っています。(Keppel Corporation資料による

■中国エコシティに関するJETROの報告書

天津エコシティは、いわゆるGovernment-to-Governmentの案件であり、失敗はあってはなりません。たとえ風向きが悪いような状況があっても、双方の政府がてこ入れを図ってうまい状況へ持っていくでしょう。今年5月4日にはシンガポールのゴー・チョク・トン上級相が天津エコシティを公式訪問し、「実にめざましい進捗状況だ。中国の他都市のモデルになりえる」と発言したと報じられています。

中国の数あるエコシティの現況を日本企業の視点でまとめたレポートがあります。JETROが今年3月に刊行した「中国のエコシティ構想の現状と日本企業のビジネスチャンス」です。現地の中国語メディアの報道をベースに記述しており、いわばエコシティプロジェクトの裸の姿がわかる内容になっています。これによると、天津エコシティは数あるエコシティ計画のなかでも筆頭格であることがわかります。

先行するエコシティプロジェクトでは失敗したものもあり、上海市崇明島の東灘エコシティと黄柏峪村プロジェクトの事例が紹介されています。失敗の原因として共通しているのは、エコロジー水準を高めるために投入するコストを企業テナントや住民に転嫁すると入居者が集まらないという図式を、うまくクリアするための仕組みが確立できなかったということです。この点は他のエコシティやスマートシティのプロジェクトも他山の石とすべきでしょう。

また、この報告書を読むと、中国のエコシティには中央政府の確たる枠組みがあるわけではなく、それぞれの地方政府がめいめいに民間企業、それも多くの場合は外国企業と結んで進めているということがわかります。中国は大きな国であり、地方政府の力が強いことはよくわかりますが、一方で、土地の収用などが絡むと、地方政府の意向だけではいかんともしがたい事態が出来する可能性があり、一筋縄ではいかない状況があるようです。その点で、国家級プロジェクトになっている天津エコシティは恵まれていると言うことができます。

このことから、日本企業が今から中国でエコシティないしスマートシティ事業に取り組むのであれば、政府に要請して強力なGovernment-to-Governmentの案件にしてもらい、そこから各地方政府に便宜が図られるようにする措置が不可欠だと思われます。

■スマートシティでは官側のPPP案件組成スキルがカギ

上記のJETROの報告書を読むと、中国ではまだ、エコシティやスマートシティを官民連携案件として進めるだけの制度的な環境および官僚側のリテラシーができあがっていないのではないかと思われます。これは、多くの国々で手順が確立している電力、上下水道、海水淡水化、空港などのインフラPPPの状況と比較すると、そのように思われるということです。

どういうことかと言うと、手順が確立しているインフラPPP案件では、官が「これこれの要求を満たすインフラを作り運営する事業者を競争入札にかける」と宣言します(PFIやPPPの分野で「性能発注」と呼ばれています)。結果として、「これこれの要求を満たす」という点において競争が起こり、よい事業者が選定されます。わかりやすい例で海水淡水化であれば、官が設定した飲料水品質を満たした上で、単位価格がもっとも安く提供できる事業者が落札することになります。

中国のエコシティの場合は、そうした品質要求と企業競争の図式が確立していません。官側が「用地を手当すれば、あとは民間がやってくれるだろう」的なラフな発想で臨んでも、それがエコシティプロジェクトになってしまう状況にあります。事実、同報告書によるとそのようなプロジェクトが多々あるようです。「これこれの要求を満たす」という要求水準を設定するスキルが官側にない状況では、民間事業者同士を競り合わせて競争の果実を得ることができません。

別な言い方をすれば、次のようなやり方を官が行うのであれば、うまく競争が発生してプロジェクトが成功する可能性があるのではないでしょうか。すなわち、「個人用の住居は単位面積当たりの分譲価格をこれこれ以下に設定する」「オフィスビルは単位面積当たりの賃貸料をこれこれ以下に設定する」「エコ基準については、これこれの項目についてこれ以下を満たす」等々の基準を設定し、企業複数を戦わせて、それを満たすのことのできる事業者を選定するのです。分譲価格や賃貸料の水準がその国で妥当なものであるならば、入居者が集まらなくて困るということがないでしょう。同じ事は中国以外の国にも言えると思います。

■多岐にわたる天津エコシティの環境基準

天津エコシティで設定されているエコロジーの基準はかなり野心的なものとなっています。これは、天津エコシティを1つのモデルとして、中国などで”複製”することで事業機会を作りたいとするシンガポール側が設定した「品質基準」です。以下のような基準があります。(資料Developing a City of the Future, Sino-Singapore Tianjin Eco-city : Sino-Singapore Tianjin Eco-city Investment & Development Co. Ltdによる。なおこの資料はプロジェクトの全体像を把握するのによい内容です。)

  • 水供給:水需要を100%満たす。50%は非伝統的水源(雨水利用等を指す?)
  • 家庭の水利用:1人当120リットル/日以下
  • 地表水品質:Grade IV基準を満たす(Gradeは中国国内基準の模様)
  • 湿地、緑地:自然湿地を減らさない、緑地1人当12平方m、local plant index 0.7以上
  • 空気、騒音:大気品質基準が年間310日以上Grade IIを満たす、各目的別区域で騒音防止基準を100%満たす(Gradeは中国国内基準の模様)
  • ごみ:家庭ごみは1日当0.8kg以下、環境破壊ごみは100%処理、全体のリサイクル率60%以上
  • 二酸化炭素排出:GDP100万米ドル当150トン以下
  • グリーン移動:2013年までに30%、2020年までに90%(エコ型公共交通利用率のことか?)
  • アクセシビリティ:100%バリアフリーアクセシビリティ、無料のレクリエーション・スポーツ施設を徒歩500m以内に設ける
  • 再生可能エネルギー:再生可能エネルギー利用率20%以上
  • 公共住宅:公共住宅供給率20%以上
  • グリーンビルディング:敷地内のすべてのビルをグリーンビルディング化(グリーンビルディングの基準は不明。LEEDか?)
  • 研究者・エンジニア比率:勤労者1万名当50名の研究者・エンジニア
  • サービスネットワークカバレッジ:100%(ごみ収集などを自動化するネットワークのこと)

エコシティやサステイナブルシティにおいて、このように多面的な数値指標を設定し、バランスのよい発展を図るというアプローチは、英国で始まったOne Planet Communityなどでも見られます。シンガポールは環境保護に熱心な国で、生物多様性の考え方を都市に適用した"Singapore Index"を提唱し、各国への普及を促しています。この数値指標設定にはそうした背景があるようです。

上記JETROの報告書では、天津エコシティに建設されるライトレールの計画に関して、シンガポール側と中国側とで意見の齟齬があり、建設が遅れているとの記述がありました。これはシンガポール側が上の「グリーン移動:2013年までに30%」をクリアしたいと考えるのに対して、コスト負担をすることになる中国側がお金を出し渋っているということでしょう。エコシティのプロジェクトでは当事者間のコストの分担がカギになりそうです。

Comment(0)

コメント

コメントを投稿する