[新春夢想] 公的年金資金で官製インフラファンドを設立してアジアに投資する
さて、「新春夢想」も4日目となりました。今日はかねてより考えていたこと、すなわち、公的年金資金によるアジアのインフラへの投資についてです。細かく見れば非現実的なこともあるでしょうが、「新春夢想」ということでご容赦くださいませ。
■年金積立金管理運用独立行政法人の運用方針
インフラ投資の先進国であるオーストラリアでは、1992年に行われた年金制度の改正によって、同国全従業員の90%が加入する年金の積立資金が急速に拡大し、新たな運用先が求められたことから、金融グループMacquarie(マッコーリー)などが積極的にインフラファンドを組成し、受け皿を作ってきました。2002年時点で年金基金の4.3%がインフラ投資に充てられ、2012年には5%、金額にして5.4兆円(2006年当時レート)にまでインフラ投資による運用が拡大すると見込まれています(「アセット・クラスとして拡大するインフラストラクチャーへの投資」瀧俊雄、「資本市場クォータリー」2006年夏号による)。
日本の公的年金の資金量は、年金積立金管理運用独立行政法人の平成22年度第2四半期運用状況報告によると111兆6,436億円。資金のアロケーションは以下の通りとなっています。
- 国内債券 70.04%
- 国内株式 10.72%
- 外国債券 8.16%
- 外国株式 9.74%
- 短期資産 1.34%
これにより平成21年度通算では7.91%のプラスの収益となっています。手堅い運用が求められる年金資金としては、非常に妥当なアロケーションだと思われます。一方で低金利が続くなかでは、7割もの資金が国内債券に置かれているのは少しもったいないという気もします。
年金積立金管理運用独立行政法人では自ら資金の運用は行わず、信託銀行および投資顧問会社を運用受託機関として定め、そこに運用を委託しています(一部の国内債券については自家運用も行っています)。国内債券から外国株式まで、各アセットクラスでは運用収益のベンチマークが設定され(多くは業界標準のインデックスがベンチマーク)、委託先ではそれをクリアする運用が求められています。
さて、ここで「新春夢想」ということで、向こう3年程度をかけて、この公的年金資金の5%がアジアを中心にした各国のインフラ投資に振り向けられるには、どうすればいいかということを考えてみましょう。5%と言うと約5兆円ということになります。オーストラリアの公的年金のインフラ投資と同規模ですね。
■インフラ投資の対象となる東アジア
まず、投資対象を見てみましょう。
ASEANの経済発展について研究しているシンクタンクEconomic Research Institute for ASEAN and East Asia(ERIA)による報告書"Comprehensive Asia Development Plan"(総合アジア開発計画)が、東アジアのインフラ投資の全体像を示してくれています。なお、この報告書はこちらの投稿でも記しましたが、執筆者4名のうち3名は日本の方々です(木村福成慶応義塾大学教授、So Umezaki氏、Misa Okabe氏)。また、ERIA自体が日本政府の肝いりで設立されたそうです(アジア総合開発計画とその後:ERIAの研究活動)
同報告書によると東アジアには大きく3つの経済発展区域があり、その各々で相当な数のインフラ投資プロジェクトが動いていることがわかります。
・大メコン圏(Mekong sub-region)
・IMT圏(Indonesia-Malaysia-Thailand sub-region)
・BIMP圏(Brunei Darussalam-Indonesia-Malaysia-Philippines sub-region)
それぞれの図版に細かく主なプロジェクトが記してありますが、画像で文字が見えない場合は、こちらないしこちらの原資料をご覧ください。全体では700以上のプロジェクトがあります。
これら3つの区域の中でも、インフラ投資が集中的に行われる必要があるのが、いわゆる経済回廊と呼ばれる経済集積で、以下の4つが主なものです。
East West Economic Corridor
North South Economic Corridor
Mekong India Economic Corridor
Indonesia Economic Development Corridor
最初の2つは図をご覧いただければおわかりになると思います。
3つめのMekong India Economic Corridorは、ホーチミンシティから始まってタイを通り抜け、ミャンマーのダウェーから海に出てインドのチェンナイ(旧マドラス)までを結ぶ回廊です。なお、同報告書には、取り扱っている区域外ということでDelhi Mumbai Industrial Corridor(デリー・ムンバイ間産業大動脈構想)に関する記述がありませんが、この、デリー・ムンバイも非常に重要であることは言うまでもありません(3つめの図の西側に表示されていますね)。
どの経済回廊も重要な拠点や輸送経路などを持っているわけですが、具体的にはどのような投資機会があるのかを明らかにしてくれているのが、同報告書のAppendixにあるIndonesia Economic Development Corridorの投資可能性の分析です。なお、ここのパートは日本の経産省の求めに応じて書かれたと記されています。(経産省のこちらのページで報告されている「日インドネシア経済合同フォーラム」の準備で使われたようです)
インドネシアの経済回廊"Indonesia Economic Development Corridor"は、Eastern Sumatera-North Western Java、Northern Java、Kalimantan、Western Sulawesi、East Java – Bali – NTT、Papuaの6つの地域に分かれます。特に、首都ジャカルタのある北ジャワ(Northern Java)のポテンシャルが大きいそうです。
この区域には、食品産業、繊維産業、設備機械産業の集積があります。個々の産業にそれぞれの課題があり、報告書ではそれらについても細かく記述していますが、多くは、人材開発などインフラ投資以外の方策で手当が可能なものです。インフラ投資ということで見ると、特にジャカルタ港の開発、およびそれと連携する鉄道、空港、発電所の開発によって今後の大きな発展が望めるそうです。挙げられているプロジェクトのうち、主なものを記すと次のようになります。
- Kertajati(バンドン近郊)国際空港の建設
- ジャカルタ港の拡張
- 中央ジャワ石炭火力発電プラント(2000MW以下)の建設
- その他3つの2000MW以下の石炭火力発電プラントの建設
- 地熱発電所の建設(250MW)
- ジャカルタ市内モノレールの建設
- Gedebage統合駅舎の建設
- ジャカルタースラバヤ間の鉄道建設
このように具体的なプロジェクト名を見ると、求められているインフラ投資の性格がよく理解できます。
このような投資が東アジアの各区域における個々の経済回廊で必要になるわけです。同報告書(第5章)は、東アジアおよびアジア太平洋地域のインフラ投資は、年間2,000億ドルが必要とされていると記しています。また、別な試算では年間7,500億ドルが必要という数字も出されています。そのように膨大な投資機会がインドを含むアジア全域に眠っています。ただ、中国については、やはり膨大なインフラ投資機会が存在していますが、すでに中国は金余り国であり、他国からの資本流入を必要としていないと思います(中国が必要としているのは先進企業が持つ技術です)。
■アジアのインフラに投資する官製インフラファンドの設立
こうした外国政府が進めるインフラ建設に対して投資という立場で資金を拠出し、中長期にわたってリターンを得るには、インフラファンドの形をとるのがもっとも現実的です。
従来、日本政府はODAの形で途上国を支援してきましたが、ODAにはその性格上、「リターンを稼ぐ」という概念はありません。融資はあり得てもそれは「資金を増やす」性格のものとは違います。年金資金を運用するには、資金の投入先が中長期にわたってリターンをもたらすものでなければならず、そのためにはインフラへの「投資」が必要です…このへん、書き出すとインフラ投資とは何かという話になってしまい、どんどん長くなるので端折ります。
日本の年金資金がインフラファンドという形で外国政府等が推進するインフラプロジェクトに投資するには、大きく分けて、以下の6つの方策を動かす必要があると思います。
- 年金積立金管理運用独立行政法人が運用する資金を官製インフラファンドの形に落とし込むスキームの開発
- 官製インフラファンドの運用体制の構築
- 落札したインフラ案件を長期間にわたってオペレーションする体制の構築
- 各国政府のインフラ案件の情報収集
- 個別インフラ案件の競争入札への参加
- 官製インフラファンドの運用状況のモニタリングとフィードバック
以下手短に「新春夢想」的な大胆さで記して行きます。お正月ということで細部がやや現実からはずれていても、お許しください。
■年金積立金管理運用独立行政法人が運用する資金を官製インフラファンドの形に落とし込むスキームの開発
・法制度の大きな改編を伴わず、運用で対処するという意味で、年金積立金管理運用独立行政法人における運用のアセットアロケーションに若干の変更を加えることとし、3年程度をかけて、5%程度までは官製インフラファンドへの資金割り当てが可能なようにする。官製インフラファンドは、同法人から見れば、資金運用の委託先という位置づけになる。また、アセットクラスとしては国内株式ということになる。場合によっては、官製インフラファンドが発行する社債を購入する形で、国内債券への投資という形にしてもよい。
・このスキームであれば、同法人の運用方針の調整・変更として説明可能になる。
■官製インフラファンドの運用体制の構築
・官製インフラファンドは政府が100%株式を保有する特殊会社とする(根拠法が必要になりますね)。
・ただし、ゆくゆくは以下に記す必要から、欧米等の証券市場で上場する上場インフラファンドになることを目指す(日本ではインフラファンドそのものの例がないですが、欧米の一部のインフラファンドは上場しています)。
・運用体制の構築にあたっては、すでに経験の厚い国際協力銀行の知見をベースに、海外の発電事業等でインフラ投資の経験を積んでいる大手商社、および、海外のインフラ案件に対するプロジェクトファイナンスを数多く手がけているメガバンクからも応援をたのむ。
・このインフラファンドは投資先に資金を投下して、そのまま運用益を待つタイプのファンドではなく、投資先の事業運営会社のオペレーションに積極的に関与して、その関与によって高い収益を実現する「経営参加型のファンド」とする(こちらの投稿のGIPのやり方を参照)。従って、投資に先立って、各投資分野のオペレーションに目が利く体制を構築する必要がある。
・投資分野を、発電、水、鉄道、空港、港湾などの分野に絞り込み、個々の分野ごとにインフラファンドを立ち上げるのがよい。官製インフラファンドが分野別に数本立ち上がることになる。
■落札したインフラ案件を長期間にわたってオペレーションする体制の構築
・上で述べたように個別の投資分野のオペレーションに目が利く運用体制を構築する。
・場合によっては、各分野の経験の厚い定年退職者の方々を顧問に招聘する。
■各国政府のインフラ案件の情報収集
・インフラ投資は詰まるところ、各国政府において初動が始まる事業機会であるため、政府担当者との人的つながりにより早期に情報を入手し、競争入札に勝つための準備が迅速にできることが肝要。そのためには、各国政府のインフラプロジェクトを担当する部局等と常に緊密に接触している「関係維持の専門家」の配置が不可欠。最近、各国の大使館に配属されたインフラプロジェクト専門官がこれを行う等、体制をつくる。
・また、発電や水ビジネスでは、各国政府とのチャネルがすでにできあがっている商社の情報収集力にも応援を仰ぐ。
・内閣府等に各国のインフラ案件の情報を管理する機能を設け、非常に重要な案件については、適時、政府高官や大臣などが直接セールスに赴くことができるように組織作りを行う。
・既存の「パッケージ型インフラの輸出」関連施策とも整合をとる。
■個別インフラ案件の競争入札への参加
・競争入札への参加にあたっては、オペレーションに踏み込んだ提案内容、ファイナンスの巧拙、建値、「パッケージ型インフラの輸出」関連施策でも指摘されている包括的なフォローが重要。
・日本にある知的資源、人的資源をフルに活用するとともに、欧米などでインフラ投資案件を手がける金融機関、法律事務所、コンサルティング会社も積極的に活用する。
(Norton Roseのような国際法律事務所、一部の米系コンサルティングファームなどには、各国で手がけたインフラ案件の知見が豊富に蓄積されている。特筆すべきは、個別の優秀な担当者の頭の中にその知見があり、そうした担当者からダイレクトに支援が受けられることが肝要。すなわち、そうした専門会社と契約を結んでアドバイザリーサービスを受けると、そうした優秀な担当者にアクセスできるようになる。インフラ投資案件では、国などの発注側も、ファンドなどの受注側もそのような専門会社に支援を仰ぐケースがよく見られる)
■官製インフラファンドの運用状況のモニタリングとフィードバック
・運用を委託する年金積立金管理運用独立行政法人としては、他の委託先と同様に、官製インフラファンドの運用状況をチェックする。
・また、官製インフラファンドの上位に、運用状況をモニタリングする専門委員会のようなものを設けてもよい(一般的にインフラファンドの投資収益は株式の市場インデックスを上回ることがあり、既存の年金運用のモニタリングの枠組みはうまく機能しない可能性がある=投資収益率が高ぶれするので、それをも管理できるモニタリング体制が必要ということ)。
・さらに、官製インフラファンドに国際水準のガバナンスを働かせるための施策として、設立後数年で欧米市場等で上場できるようにする(上場時には上場益が年金資金に還る)。
■最大規模のインフラファンド勢力となって…投資立国へ
「新春夢想」ですから夢はまだまだ続きます。仮に年金資金の5兆円が官製インフラファンド5本に振り向けられ、個々に1兆円規模のファンド、計5本で運用資産5兆円ということになったとします。細かく確認できませんが、その規模ではおそらく世界一のインフラファンドということになるかも知れません。(インフラファンド最大手のオーストラリアMacquarie Groupの総資産が2,340億オーストラリアドル。ただし同グループは手広く金融サービスを手がけているため、インフラファンドのみの資産はさほど大きくないはず→要確認ですが)
経産省が中心になって進めている「パッケージ型インフラの輸出」施策にとっても、実はこの官製インフラファンドの動きが非常に大きな意味を持つことになると思います。国際協力銀行の加賀隆一氏が書いたインフラ投資の教科書とも言うべき「国際インフラ事業の仕組みと資金調達」を読むとよくわかりますが、発電、水ビジネス、鉄道といった個別の分野で外国政府から信頼され、案件が落札できるようになるためには、10年単位のオペレーションの蓄積が必要だそうです。現実問題として、商社や一部の電力会社を除くと、多くの機器メーカーはそうした海外でのオペレーションの経験がないところから始まるため、案件が落札できるまでには相当な時間がかかりそうです。
その時間をショートカットするために、インフラファンドとしての存在感を大きくし、設立1〜2年程度の欧米インフラファンドが大型案件を連続的に落札しているように、インフラファンドなりの行動パターンを身につけていけば、成約件数も増えていくと思います。結果として、「パッケージ型インフラの輸出」政策で想定されている日本の機器メーカーなどの出番も増えると思うのです。
ということで、官製インフラファンドがあることで「パッケージ型インフラの輸出」施策もうまく回るようになります。そしてその先にあるのは、この好循環をモデルとした投資立国です。モノの売買による貿易収支ではなく、投資収益等の所得収支で稼ぐ立国モデルについては、数年前の経産省の通商白書で提唱されていました。
日本の個人金融資産。現在は1,500兆円を切っているのでしょうか。これが目減りしないうちに、官製インフラファンドの動きがモデルとなってアジア等のインフラ投資へ資金が流れるようになれば、中長期的に好ましいリターンがもたらされ、日本の次世代を豊かにしていく可能性があります。
人口動態から見て、インドを含むアジアはこれから黄金の世紀を迎えます。この大きな成長余力に投資することが、日本の将来にとっても大きな意味を持つはずです。長い目で見て、公的年金の運用成績の改善にも役立つでしょう。
[補足]
官製ファンドという意味では、産業革新機構がありますが、公的年金資金による海外インフラ投資という本投稿の趣旨からすると、位置づけが違いますね。