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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

IBCSブロガーズミーティング備忘(その1)

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7月2日に開催されたIBMビジネスコンサルティングサービス(IBCS)主催のブロガーズミーティングに関して、もう1本投稿を書くと申したまま、はや1ヶ月が過ぎてしまいました。

さて。書きたかったことは、このイベントで説明をしてくださったIBCS戦略コンサルティンググループ担当の金巻龍一さんの話法についてです。

通常、米国の経営コンサルティング分野で新しい概念が生み出され、それが有用であると評価され、日本に移入されて、日本で広めようという際には、2つの課題に行き当たります。

1つは、訳語はどうやっても不十分なものにならざるを得ないということです。

例えば、「破壊的イノベーション」と訳されている"Disruptive Innovation"は、某米系経営誌の編集者の方によると、クリステンセンが伝えようとしている意味を汲み取るなら「突発的イノベーション」と訳した方がよいとのことです。「非連続的イノベーション」という訳語をあてがってもよいぐらいかも知れません。

これが「破壊的」と訳されて広まったことによって「市場を破壊する…」というニュアンスが強まり、一般的には「脅威」として存在するイノベーションという見方が定まり、「『破壊的イノベーション』は敵。自分たちには関係ない」という態度を生んでいるところがなきにしもあらずです。
本来であれば、従来の技術や従来の手法を一ひねりした、なかなかイノベーションとは言いづらいようなものも"Disruptive Innovation"でありえるかも知れず、それはどの企業でも実践可能なものであるかも知れないのに、「破壊的」と訳されてしまったことによって、「自分たちとは縁がない」と見られてしまう。
クリステンセンは、"Disruptive Innovation"の普遍的なメカニズムを明らかにして、どの企業でも適用可能なようにしようとしていたわけですから、これでは本末転倒です。

米系の新手の経営の概念を日本で広める際には、こうした訳語の適不適の問題が常につきまといます。

IBCSのブロガーズミーティングに話を戻すと、当日、提示された様々な概念。そのほとんどは、日本で訳が定着していない英語であって、それをどのように説明するかは真剣に考えれば考えるほど難しい。オーディエンスの受容を想像しながら、もっとも適当と思われる言葉を使っていくしかありません。

例えば、未来の企業に求められる資質の1つとして"Innovative Beyond Customer Imagination"が挙げられていました。日本のオーディエンスを対象にThought Leadership活動を行う際には、これに正確な理解に導く訳語を当てなければなりません。もっとも妥当な訳語は、当日使われていた「顧客の想像を超越する」という言葉になるでしょう。

元々この言葉が表そうとしているのは、同じイノベーションであっても、顧客が通常一般の消費生活の延長で期待するようなイノベーションではなく、まったく予想を裏切るような、「えー、こんな製品がありえるのか!」という反応を誘うようなイノベーションを継続的に市場に出していけるような組織にならなければならないという、高い理念です。
それを英語の短いフレーズ"Innovative Beyond Customer Imagination"に込めています。

英語はシンプルな言葉に深い概念を込めやすい言語だと思います。数語使うだけで相当に深い概念を構成できる。"Innovative"という言葉には、"Be Innovative"とか"Building Innovative organization"とか"To transform to be Innovative"とか言う意味が幾層にも織り込まれています。
けれども、それに対して日本語は、1つひとつの言葉は、なるべく具体的なものを指し示そうという指向性があり、概念というよりは具体物を指呼するのが得意な言語です。従って「顧客の想像を超越する(XXXX…)」というような訳にならざるを得ない。

ここで、訳語からそぎ落とされてしまった重要な意味を、日本語によって補足解説する必要が出てきます。米系の概念をベースにしたThought Leadership活動では必ずこれをやらなければなりません。

その時の補足解説は、通常、次のことが要求されます。

1. オーディエンスの大多数が現在合意している知見を踏まえて、オーディエンスが理解しやすい領域を設定し、そこでもって、新しい概念の補足説明を行う。言い換えれば、オーディエンスの大多数が現在合意している知見について、正確な”読み”が必要になります。”読み”が違ってしまうと、補足説明も上滑りしてしまって、理解が通って行きません。

2. 海の向こうからやってきた新しい概念の補足説明を行うにあたって、なるたけ現実味のある語彙を使って、できる限り”自己流”に説明する。これは、ある意味で非常に縁遠いところにある新概念とオーディエンスとの距離感を縮めるのに重要です。セミナーがうまい人は、どういう方も、”自己流の説明節”のようなものを持っていますが、あれがあることによって、非常に斬新な経営の概念も、説明される側は「うんうんよくわかる」と受け止められます。

"Innovative Beyond Customer Imagination"について、金巻さんは、任天堂Wiiの例を引き合いに出して説明されました。
Wiiは、言うまでもなく、ゲーム機の概念を変えてしまった画期的な製品です。まったく新しいユーザー層を開拓し、家庭に新しいゲーム体験を送り届けています。
こういう「Wiiに関する共通理解」がわれわれの間には普通にあるため、"Beyond Customer Imagination"がどういうものか、すぐに類推できます。顧客の予想を心地よく裏切る製品がどういうものなのか、また、それを生み出す組織がどのような企業なのか、かなり正確に理解することができます。
こういう、オーディエンスの共通理解を土台として、新しい概念の補足説明を繰り広げるということができるかどうかで、新概念の理解度がぜんぜん違ってきます。

2番目の”自己流の説明節”については、金巻氏の説明には「わかりにくい洋物の概念をできるだけ噛み砕いて、平易な言葉で説明しよう」という基本姿勢がありました。特にITの世界では、米国から入ってきた言葉をそのままカタカナ化して、言い換えなしでそのまま使うということが普通に行われていますが、マネジメントコンサルティングの現場では、それは嫌われるというのが通念としてあります(経営者にIT系の言葉をそのまま出すと怒られる…)。それではということで、ITの言葉をできるだけ平易な日本語に置き換えて説明するという姿勢が、ある時から、金巻氏には備わったものとお見受けしました。
これが結局、ブロガーズミーティングに集ったIT系の諸氏にも好感をもって迎えられたということがあると思います。どういう場における説明でも有用でしょう。

当日のイベントの元となった「IBM Global CEO Study 2008」は非常に新しい知見を取り扱っている報告書であり、そこから出てくる主要概念が英語のままでは理解しづらく、かといって訳語に落とし込んでもいまいち理解が深くならなないという状況にあって、金巻氏に見られた以上の2点はすごく大事だと思いました。

米国の経営コンサル分野で新しい概念が生み出され、それを日本で広めようという際に行き当たるもう1つの課題が、「頭ではわかった。じゃ個々の企業ではどうやってそれを広めるの?」という切実な問いです。概念を説明して終わるのではなく、こうした現実的な問題にも指針を示す必要があります。

長くなってきたので、これは次回に譲ります。

追記

名前の表記に誤りがありました。お詫びして訂正いたします。

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