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20年以上断続的にこのブログを書き継いできたインフラコモンズ代表の今泉大輔です。NVIDIAのフィジカルAIの世界が日本の上場企業多数に時価総額増大の事業機会を1つだけではなく複数与えることを確信してこの名前にしました。ネタは無限にあります。何卒よろしくお願い申し上げます。

【AI情報収集術】公開情報からアスクルのSAP S/4HANAを中心とした物流システムの全体構成はここまでわかる

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このブログでは、ランサムウェア被害のような危機発生時において、ChatGPT 5やGemini Proなどの最先端のLLM(生成AI)が「どこまで使えるか?」「どのように使えるか?」の実験を度々行ってきています。

今回は、Gemini Pro 2.5(有料版)にDeep Researchを掛け合わせ、インターネット上に公開されている情報を精査して、アスクルの物流システムの全体構成を記述する試みを行ってみたいと思います。どこまで解像度の高い記述が可能でしょうか?

Gemini Pro 2.5(有料版)を使ったことがない方のために、最もインパクトのあるユースケースをいくつか挙げます。

  1. 上場企業の企業ウェブサイトにあるIRセクションで公開されている全資料を10分程度で全部読み込んで、あなたが出した指示に従ってレポートを書くことができる。
  2. Googleが昨日発表した最新の技術/製品について、Google本社の公式資料に加えて、最も早く報じているIT系報道メディアの目ぼしい記事を広い、あなた向けに、あなたが最も理解しやすい形でまとめてくれる。
  3. YouTubeで公開されている米国のヒト型ロボット会社のロボットが動いているデモンストレーション動画を分析して、そのロボットの技術仕様を専門家として分析し、記述することができる。→見本。あまりに高度なヒト型ロボ"Optimus"のテスラギガファクトリー内行動とGeminiによるロボット工学的解析(これなどはあまりにAIのレベルが高度すぎて日本の専門家が読んでも何が起こっているのか理解できないようです。)
  4. 中国政府が中国語で記述している政府文書のうち、AI(智能)に関する支援政策の主なものを5本選び出し、その詳細を日本語で1万字のレポートとして書き上げる。

いずれもその道のプロの人から見たら、「えーっ、こんなにレベルが高い成果物をAIが作成できるのか?」と驚くレベルのクォリティです。

Geminiが10分で探して読み込んだ多数の資料

今回、Geminiがアスクルの物流システムの全体構成を描き出すために読み込んだ資料のリストを見てみましょう。これだけの資料を読み込んでレポートを作成しているのです。レポート完成まで10分前後。人間のリサーチャーが行うとこれだけの資料群をGoogle検索で探してリストアップするだけでも短くて0.5日。読み込むのに1.5日。レポートを書くのに0.5〜1日。合計3日はかかります。(調査会社に発注すると...少なく見積もっても100万円ぐらいにはなります。)


本レポートの作成にあたり、以下の公開情報を参考にしました。

アスクルの戦略・システム関連

物流子会社・パートナー企業関連

独自開発システム「とらっくる」関連

物流・倉庫システム(WMS/WCS)関連

さて、ではGeminiが作成したレポートを掲げてみましょう。

アスクルの物流システムの全体像

エグゼクティブサマリー

本レポートは、アスクル株式会社の物流プラットフォームに関する詳細な技術分析、およびランサムウェア攻撃を想定した脅威評価を提供するものです。分析の結果、アスクルの物流における競争優位性は、高度なデジタルシステムを深く統合したことによって生まれていますが、同時にそれが最大の脆弱性となっていることが明らかになりました。

アスクルの物流システムの中核は、単一のソフトウェアではなく、基幹システムであるSAP S/4HANA、倉庫内の自動化を司る倉庫管理・制御システム(WMS/WCS)、そして輸送管理プラットフォーム群を繋ぐ、緊密に結合されたデータ連携基盤であると特定しました。このシステム間のリアルタイムなデータ交換こそが、同社の高速・高精度な物流オペレーションの生命線です。

ランサムウェア攻撃の最も可能性の高い侵入経路として、サプライチェーン攻撃またはVPN機器の脆弱性を悪用したケースが想定されます。攻撃者がこの中核となるデータ連携基盤を標的とした場合、その影響は個別のシステムの停止に留まらず、受注から配送までの全プロセスが連鎖的に停止する壊滅的なオペレーショナル・フェイラー(Operational Failure、オペレーションの根幹をなす機能が連鎖的に停止し、組織全体の業務が完全に麻痺してしまうような、破滅的な機能不全を指す)を引き起こします。

第1部 アスクル物流プラットフォームの解体:アーキテクチャの深層分析

本章では、アスクルの物流インフラを戦略的ビジョンから個別の技術コンポーネントに至るまで詳細にマッピングし、各システムの役割とそれらの重大な相互依存関係を明らかにします。

1.1 アスクル物流エコシステム:多層的アーキテクチャ

アスクルの技術アーキテクチャは、その事業戦略によって方向づけられています。その戦略とは、マーチャンダイジングからラストワンマイル配送に至るバリューチェーン全体におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の絶え間ない追求です 。ビッグデータとAIの活用を推進し、物流品質の向上とコスト削減の両立を目指しています

この戦略は、物理的なネットワークとして、全国に10〜11拠点配置された物流センターによって具現化されています。これらの拠点は、大都市圏のオフィス集積地から30分〜1時間圏内に戦略的に配置され、例えば都心部では最短30分での配送を可能にするなど、都市型の高速フルフィルメントを実現するために設計されています

1.1.1 Askul Logist:オペレーションの中枢

この物理ネットワークの運用を担うのが、アスクル100%出資の物流子会社であるAskul Logist株式会社です Askul Logistは単なる一部門ではなく、アスクルが物流実行を直接管理するための戦略的組織体です。同社はアスクルの全物流センターの運営を担い、商品の入荷から在庫管理、ピッキング、梱包、そして最終的な顧客への配送まで、物流の全工程を一貫して管理します 。そのオペレーションは、ロボティクスやAI、独自開発のシステムといった最先端技術によって高度に効率化されています

1.1.2 3PL事業がもたらす共有リスク環境

重要な点は、Askul LogistがアスクルおよびLOHACOの物流を担うだけでなく、ネスレ日本や良品計画(無印良品)といった外部の大手企業に対してサードパーティ・ロジスティクス(3PL)サービスを提供していることです 。これにより、同社のオペレーション範囲は自社のeコマース需要を超えて拡大しています。

この3PL事業の展開は、Askul Logistが外部クライアントからのデータを取り込み、処理する必要があることを意味し、新たなデータ連携点を生み出しています。その結果、Askul Logistへのサイバー攻撃はアスクル一社の問題に留まらず、3PL顧客のサプライチェーンを直接的に停止させます。実際に、アスクルへの攻撃により無印良品のオンラインストアが停止した事実は、このリスクが現実のものであることを示しています Askul Logistのセキュリティ体制は顧客企業の事業継続における重要な依存要素となり、逆に顧客からのデータ連携が潜在的なリスク侵入経路にもなり得ます。これは、内部インシデントがエコシステム全体を巻き込む広範な危機へと発展する可能性を示唆しており、攻撃の被害半径と風評被害を増大させる構造となっています。

1.2 デジタル・トリニティ:中核システムとその統合

アスクルの物流オペレーションは、それぞれ異なる役割を持つものの、相互に深く連携した3つのシステム群によって駆動されています。

1.2.1 中枢神経系:SAP S/4HANA

アスクルのEC基幹システムはSAP S/4HANAであり、受注、出荷、請求、会計といった商取引のライフサイクル全体を管理しています 。顧客が「ASKUL」や「LOHACO」で注文を行うと、その処理、在庫確認、そして物流プロセスへの引き渡しはすべてこのSAP S/4HANAが担います。これは、すべての商取引における信頼できる唯一の情報源(Single Source of Truth)として機能します。リアルタイムでのデータ処理能力は、マーチャンダイジングや物流における広範なDX推進の基盤となっています 。旧来のSAP ECCからの移行は、将来の成長とDXを支える強固な基盤を構築するための戦略的な一手でした 。このシステムが機能不全に陥れば、新規受注の処理が不可能となり、財務・在庫データも更新されなくなるため、eコマース事業全体の「頭脳」と言えます。

1.2.2 フルフィルメントの心臓部:倉庫管理・制御システム(WMS/WCS)

特定のベンダー名は公開されていませんが、棚移動ロボット(AGV)やパレット搬送用ロボット、ピッキング用ロボットアーム、フランス製の自動梱包機I-pack、自動搬送コンベアなど、高度な自動化設備の広範な導入は、先進的な倉庫管理システム(WMS)と倉庫制御システム(WCS)の存在を明確に示しています

WMSは物流センター内の在庫をミクロレベルで管理し、保管ロケーションの最適化や作業フローの編成を行います。一方、WCSはリアルタイムの「交通整理役」として、ロボットやコンベアといったマテリアルハンドリング機器(MHE)を直接制御します 。WMSはSAP S/4HANAから出荷指示を受け取り、それを「パレットXをピッキングステーションYへ移動せよ」といった具体的なタスクに変換し、WCSがロボットへコマンドを送信して実行させます。このWMS/WCS層は、SAP内のデジタルな注文と、倉庫内での物理的な商品の動きを繋ぐ架け橋です。ここでの障害は、たとえSAPが正常に受注を続けていても、高度に自動化された倉庫を麻痺させ、商品のピッキング、梱包、出荷を不可能にします。

1.2.3 流通の動脈:輸送・配送管理システム

この層は、サードパーティ製ソリューションと自社開発システムを組み合わせたハイブリッド構成となっています。

  • Hacobu MOVO VistaAskul Logistは、輸送管理のために株式会社Hacobuが提供するクラウドベースのプラットフォームMOVO Vistaを導入しています 。その役割は、協力運送会社への配車依頼、契約管理、請求処理といった一連のプロセスをデジタル化し、電話やFAXによる非効率なコミュニケーションを排除することです 。これにより、Askul Logistと多数の輸送パートナーが一元的なダッシュボード上で連携することが可能となります

  • とらっくる (Torakkuru):これはアスクルが独自に開発したラストワンマイル配送管理システムです 。ドライバーが携帯する端末上で動作するアプリケーションとして、最適化された配送ルートの提示、遅延や不在時における顧客とのリアルタイムな双方向コミュニケーション、そして配送ステータスの更新機能を提供します 。また、配送拠点での荷物の仕分け作業のデジタル化も支援します

MOVO Vistaが物流センターから配送デポまでの「ミドルマイル」を管理し、とらっくるがデポから顧客までの「ラストワンマイル」を管理します。これらは、倉庫の壁の外での荷物の物理的な移動を制御するシステムです。MOVO Vistaの障害はAskul Logistが物流センターからトラックを送り出すことを不可能にし、とらっくるの障害はラストワンマイルのドライバーを路頭に迷わせ、大規模な配送遅延とサービス品質の低下を引き起こします。

1.3 中核の特定:統合データハブ

これまでの分析を統合すると、アスクルの物流システムの中核は単一のソフトウェアではないことがわかります。その真の中核とは、SAP S/4HANA、WMS/WCS、そしてTMSプラットフォーム(MOVO Vistaおよびとらっくる)を接続する、ミドルウェア、API、共有データベース等で構成される、緊密に結合されたリアルタイムのデータ交換基盤です。この統合こそが、オペレーション全体の生命線です。

典型的なデータフローは以下の通りです。

  1. 顧客の注文が**SAP S/4HANA**で処理されます。

  2. S/4HANAがAPI経由でWMSに出荷指示を送信します。

  3. WMS/WCSがロボットによるピッキングと梱包を指揮します。

  4. WMSが出荷準備完了の信号を**MOVO Vista**に送信します。

  5. MOVO Vistaがミドルマイルを担う運送会社を割り当てます。

  6. 荷物が配送デポに到着し、そのデータがラストワンマイルのルーティングのために**とらっくる**に取り込まれます。

これらの連携点におけるいかなる中断も、物流チェーン全体に連鎖的な障害を引き起こします。したがって、このデータハブこそが、最大限の業務混乱を狙う攻撃者にとって最も価値が高く、かつ最も重大な標的となります。

実践的な教材として他社が学ぶ

実はこのレポートは、アスクルが現在受けているランサムウェア被害を「実践的な教材として、他社が本当に効果の上がるランサムウェア対策を講じるための基礎資料」として作成しています。

次回はこのレポートを元にGeminiが高度な頭で考えて記述した、実効性が高いと思われるランサムウェア対策を記します。

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