エージェント型AIによるAIと共創する新たな経営モデル
マッキンゼー・アンド・カンパニーは2025年11月3日、「Agents for Growth: Turning AI Promise into Impact」と題する分析レポートを発表しました。
生成AIの普及が進む一方で、多くの企業では依然として十分な成果につながっておらず、実際には「AIを導入したものの業績改善につながらない」という声が広がっています。今回の発表は、この課題に対し、成長領域で存在感を増す「エージェント型AI(Agentic AI)」の可能性と、その活用に必要な組織変革を提示した点に大きな意味があります。
特に、マーケティングや営業は意思決定と実行が複雑で、顧客接点の最適化が求められる領域です。この分野こそがエージェント型AIの効果が最も大きく発揮される領域として位置付けられています。レポートが示すのは、AI単体の導入では成果は限定的であり、AIと人が連携し、業務全体を再構築する取り組みが成長の鍵になるという点です。
今回は、価値の源泉となる領域の特定、ワークフローの再設計、人とAIが協働する新たなモデル、そして組織全体への展開について取り上げたいと思います。
成長を生むポイントは「価値のある領域」にAIを配置すること
エージェント型AIの最大の特徴は、単なる支援ではなく「自ら判断し行動する」点にあります。レポートでは、AIが実行するタスクの質によって成果が左右されると明確に示されており、どの領域にAIを投入するかが極めて重要になります。企業の成長に直結しやすい領域は、価格最適化、顧客接点の高度化、コンバージョン改善などです。
中でも注目されるのがパーソナライゼーションです。McKinseyの分析では、71%の消費者がパーソナライズされた対応を求めており、これを実現した企業では顧客満足度が15〜20%向上し、売上は5〜8%増え、コスト削減も30%近くに達するという結果が示されています。
エージェント型AIが強みを発揮するのは、顧客との対話や反応をリアルタイムに解析し、文脈に応じた提案や次のアクションを自動で選択できる点です。例えば欧州の保険会社は、数百のマイクロセグメントに合わせてキャンペーン内容を最適化し、営業現場のやりとりをAIがリアルタイムでコーチングするモデルを構築しました。その結果、コンバージョン率は2〜3倍に高まり、顧客対応の時間は25%短縮しました。
さらに米国の航空会社は、顧客ごとに異なる解像度で補償の提案を最適化する仕組みを導入し、ハイバリュー顧客の離脱率を6割近く抑える効果を得ています。これは、AIが文脈に応じて判断し、次に必要な行動を即座に提示できることが大きな理由です。
企業が成果を得るうえで重要となるのは、AIをツールとして追加するのではなく、成長に直結する領域に戦略的に配置することです。価値が生まれるポイントを起点に、AIの役割を設定する姿勢が求められています。
「ツール」ではなく「ワークフロー」を再構築する
AIを導入しても成果が限定的に留まる企業では、既存プロセスにAIを埋め込むだけに終始するケースが多いと言われています。しかしレポートが示す通り、突破口はワークフロー全体を見直し、AIがプロセス全体をつなげる設計に切り替えることにあります。
従来のマーケティング・営業・顧客サービスでは、部門ごとに役割が割り振られ、成果を出すまでに多くの引き継ぎが必要でした。各部門が改善を進めても、全体の最適化には限界があります。これに対し、エージェント型AIは複数の部門を跨ぎ、意思決定や実行を連携させることができます。
欧州の保険会社の事例では、約16週間で顧客接点全体を見直し、AIエージェントを中心に据えたワークフローへと再編しました。知識エージェントが膨大なマニュアルを統合して現場に即時提供し、コーチングエージェントが会話の品質を評価、統合エージェントがCRMと連携し、リアルタイムで次の行動を提示する仕組みが構築されました。
このような構造になると、顧客とのやり取りが「学習ループ」として継続し、エージェントは会話内容や顧客反応に基づき改善を重ねていきます。購買からアフターサービスまでのプロセス全体が滑らかにつながり、改善速度は人間中心のワークフローを大きく上回ります。
成果の源泉となるのは、AIが単発の作業を補助するのではなく、プロセス全体をつなぎ合わせる点にあります。企業が本当に取り組むべきは「AI導入」ではなく、「業務そのものの再設計」になりつつあります。
AIエージェントを「デジタルパートナー」として育成する
AIエージェントをツールとして扱う企業と、協働するパートナーとして扱う企業では成果に大きな差が生まれます。レポートでは、エージェントを明確な役割と責任を持つ存在として位置づけ、評価指標を整備し、継続的にチューニングする取り組みが紹介されています。
米国の大手住宅メーカーは、トップ営業担当者の会話パターンをAIに学習させ、エージェントの「人格」や会話スタイルを定義しました。その後、数十万件の対話をAIエージェントが実行し、評価エージェントが品質をスコア化し続ける仕組みを整えました。結果として、アポイント獲得率は3倍に伸び、エージェントの会話品質は人間に近いレベルにまで達しました。
重要なのは、企業がエージェントに期待する「役割」を明確化し、どのような振る舞いが望ましいかを継続的に管理することです。指標も従来の件数や速度ではなく、会話の質や判断の正確性、学習の速さといった、新しい観点で評価する必要があります。
こうした仕組みを築く企業ほど、エージェントの精度が高まり、人がより高度な判断や創造的な役割に集中できる土壌が整っていきます。エージェントをただ導入するのではなく、育成し、組織の一員として扱う姿勢が求められています。
エージェントを軸に成長組織へと転換する
エージェント型AIが広範囲の業務を担うようになるにつれ、組織構造そのものにも変化が必要になります。従来のようにマーケティング・営業・サービスが縦割りで活動するモデルでは、エージェントが生み出すデータや意思決定が十分に活用されないからです。
レポートでは、先進企業が共通して取り組んでいるのが「エージェントファクトリー」の整備だと指摘されています。これは、エージェントを企画・開発・運用し、品質を管理する専門組織であり、共通データ基盤や標準アーキテクチャを整え、全社横断でエージェントを運用できる体制をつくる役割を果たします。
グローバル金融機関は、与信管理やKYCプロセスにエージェントを導入し、データ抽出から照合、品質チェックまでを連携させる仕組みを構築しました。これにより、人的負荷を減らしつつ精度を向上させる効果が確認されています。
また北米の消費財メーカーでは、3万件以上の顧客対応データを分析し、AIが診断と情報取得を担当し、人が顧客との関係構築に専念する体制を整えました。リーダー層はダッシュボードを使ってエージェントの働きを把握し、現場はAIに合わせた業務マニュアルを更新し、技術チームはモデル調整を継続するという、協働型の運用が進んでいます。
エージェントが浸透した組織では、人の役割は「作業」から「監督と改善」へと移行します。プロンプト設計や成果検証、例外処理の判断など、新しいスキルが求められ、企業は従業員の半数以上が定期的にエージェントと協働する環境を整えつつあります。
今後の展望
エージェント型AIが企業の成長領域に与える影響は、今後さらに拡大すると見込まれます。特に、エージェント同士が連携し、自律的に意思決定と行動をつなげる仕組みが一般化すれば、組織の意思決定はこれまでのスピードを大幅に超えていくでしょう。その際に重要となるのは、データやモデルの管理体制を整え、エージェントが安全かつ一貫性を保って動ける環境を構築することです。
一方で、人が担う役割の変化にも目を向ける必要があります。エージェントによって業務が効率化されるほど、従業員には例外処理や品質管理、複雑な顧客関係の構築といった高度な役割が求められます。企業はスキル転換の支援や新たな評価制度を整え、従業員がAIと協働できる環境をつくることが求められています。
さらに、ビジネスモデルそのものも変化する可能性があります。顧客理解の深さやリアルタイム性が向上することで、新しいサービス設計や顧客体験の創出が実現し、競争優位の源泉が従来の営業力やブランド力から、AIと人の協働基盤へと移行する未来も考えられます。
エージェント型AIは、単なる業務効率化を超え、企業全体の成長を支える新しいインフラになりつつあります。今後は、技術導入だけでなく、組織設計、人材育成、ガバナンスまで一体で取り組むことが企業の持続的成長に向けて求められています。
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