AIが2030年までにすべてのIT業務に浸透する
Gartnerは2025年11月10日、スペイン・バルセロナで開催中の「Gartner IT Symposium/Xpo」において、2030年のIT業務の姿を示す調査結果を発表しました。
Gartner Survey Finds AI Will Touch All IT Work by 2030
世界700名以上のCIOを対象としたこの調査は、今後のIT業務が「人間のみで完結する領域が消滅する」という劇的な潮流を明らかにしました。
2030年にはIT業務の25%がAIのみで実行され、75%は人間がAIと協働する形へ移行します。つまり、今後の企業はAI技術の導入だけでなく、AIを活用できる人材・組織づくりも求められています。しかしGartnerは、多くの組織が「AIの準備」だけに集中し、「人の準備」が追いついていない点に警鐘を鳴らしました。
今回のテーマが重要となる背景には、AI導入が急速に加速する一方で、投資回収の遅れやスキル転換の不足が顕在化しつつある状況があります。
今回は、2030年のIT業務構造の変化、AIと人材の準備度、スキル変革、AI投資判断の方向性、そして今後の展望について取り上げたいと思います。
2030年に向けたIT業務の再定義
調査によると、CIOは2030年において「人間だけで実行されるIT業務は0%になる」と回答しました。これはIT領域のすべてがAIによって支援・代替されることを意味します。従来のIT環境は、専門人材が手作業で構築・運用する仕組みに基づいていましたが、今後はAIが行う自動化が標準となり、人間は高度な判断や意思決定に集中する構造へ移行します。
Gartnerは、AIはまだ未成熟な部分がある一方で、人のほうが十分に活用できる状態に達していない点を指摘しています。AIの価値を引き出すには、技術導入だけでは不十分であり、「人材の準備度」が整わなければ成果につながりません。
CIOには、既存業務のAI活用設計だけでなく、組織の働き方を"AI前提"に再構築する役割が求められています。組織のIT構造がAIを基盤に変わることで、業務プロセス、意思決定、サービス提供のすべてが新しいかたちへ転換します。その意味で、2030年に向けた変革は単なるIT部門の刷新ではなく、企業の事業運営全体にまで及ぶテーマとなっています。
人材変革の急務と新たなスキルの獲得
AIがITの基盤となることで企業は大幅な人材再配置を迫られます。Gartnerは「AIは雇用を奪うのではなく、雇用構造を変える」と示し、2028年以降はAIが生み出す職種数の方が失われる職種を上回ると予測しています。そのため、CIOは採用抑制を戦略的に行い、単純作業に依存した職務からの移行を進めることが求められています。
AIの浸透により、要約や翻訳、検索といったスキルの重要性は低下します。一方で、これからの人材には、AIを活用してより深い思考や発想を可能にする新しい能力が求められます。Gartnerは、AI時代のスキルを「人を伸ばすスキル」と位置づけています。例えば、適切にプロンプトを設計する力、AIの生成内容の品質を判断する力、AIと協働しながら課題解決へ導く力などが挙げられます。
さらに、企業が見落としがちなのが「スキルの劣化」です。AIに依存することで、人が本来持つ判断力や構造化力が低下する恐れがあります。Gartnerは重要業務に携わる社員に対し定期的なスキルテストの実施を推奨しています。人材の価値を維持し、企業競争力の核を守るためには、人間とAIの役割を明確にしつつ、組織全体で能力維持に取り組む必要があります。
AI投資の真の費用と準備度の見極め
Gartnerは、AI投資の成果が出ていない企業が多い現実を示しています。EMEAでは73%のCIOが「AI投資で採算が取れていない、もしくは損失が出ている」と回答しました。その背景には、AI導入に伴う"隠れコスト"の存在があります。
AIツールを1つ導入すれば、追加で10の費用が発生する可能性があります。代表例として、データ整備、ガバナンス体制の再設計、運用モデルの変更、社員教育などがあります。さらに組織のワークフロー改修や、意思決定手順の見直しなど、業務改革のコストも無視できません。
AIの価値を実現するには、導入前に「どのコストを負担し、どこで回収するか」を明確にすることが重要です。また、AI技術そのものの成熟度も判断材料となります。検索や要約、コード生成はすでに実用化が進む一方、AIエージェントや高精度推論は発展途上にあります。Gartnerは、会話型よりも意思決定を伴う専門エージェントへの投資を推奨し、精度と信頼性を重視した導入方針が必要だと説明しています。
さらに、AIベンダーの選定も戦略が分かれます。大規模展開にはハイパースケーラーが適しており、業界特化の導入にはスタートアップが即効性を提供します。研究開発型AI企業は先端技術に強い一方、運用面の成熟度が課題です。
Gartnerは「AIに関する意思決定はすべて主権に関わる」と強調し、AIソブリンティの視点を無視しない姿勢が求められています。
今後の展望
2030年に向かうITと企業組織の変化は、AI導入の進展だけでなく、人材・組織の変革スピードによって成否が左右される局面に入っています。Gartnerの「ポジショニングシステム」が示すように、企業は自らの技術力と人材力の双方を可視化し、AI価値の「発見→獲得→持続」という過程を段階的に進める必要があります。
今後、AIは医療・金融・製造など、多様な産業で深い変革をもたらします。医療機関では診断支援の拡張により、病院の役割が"治療中心"へ再編される可能性も示唆されています。また、AIエージェントの台頭は企業に自律型の組織運営をもたらし、人とAIが協働する新たな職場像が広がっていきます。
一方で、スキルの劣化、過度なAI依存、データ品質の課題、AIソブリンティなど、乗り越えるべきテーマは残されています。企業には、AIと人材の準備度を継続的に評価しながら、技術と人を適切に組み合わせる柔軟なガバナンスが求められます。

出典:Gartner 2025.11