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人間中心の情報システムを目指して

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 今日、情報システム学会から本が届いた。同学会は電子書籍の『情報システム学』を2023年4月に出版しているが、送られてきた本はそのペーパーバック版で今年3月に発行されたものだ。学会創立20周年を記念して学会員全員にこのほど贈呈された。私は電子書籍を購入済みで、拙著『情報システム進化論』の参考文献としても大いに活用した。それでもあらためて紙の本を手にできるのはとても嬉しい。

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「情報システム」という言葉を聞くと、おそらく企業や団体といった組織の業務を支援するコンピュータシステムのイメージを持たれている方が多いのではないだろうか。しかし、同学会では情報システムを、コンピュータ中心の情報処理システムやITシステムとは区別して、技術だけでなくもっと広く人間系を視野に入れた社会的なシステム、仕組みと捉えているのが特徴である。

 そのような視点をもった情報システム研究が日本で本格化したのは、1980年代初め、慶應義塾大学理工学部管理工学科の浦昭二教授が「HIS研究会」を始めたのがきっかけとなった。HISとはHuman oriented Information Systemsの略で、日本語で「人間中心の情報システム」と呼ばれている。私は2000年に同研究会に参加した。

 HIS研究会が母体となって2005年に情報システム学会が発足した。その設立趣意書には、情報システムとは「情報の利用を望んでいる人びとにとって、手に入れやすく、役に立つ形で社会または組織体の活動に適切な情報を集め、蓄積し、加工し、伝達するシステムである。それは単にコンピュータを中心にした技術的なシステムを指すのではなく、人間活動を含む社会的なシステムである」と記されている。

 2005423日、学士会館で情報システム学会の設立総会が開催された。そのとき、浦先生の強いご希望でエコエティカ(生圏倫理学)を提唱した哲学者の今道友信先生をお招きして特別講演会が行われた。今道先生の講演タイトルは「情報と倫理―21世紀の課題」。私が強く印象に残ったのは「情報システムや情報社会が進展するのはよいことだが、同時にそれは善い目的に向かっていくことが大切で、新しい目的を考える姿勢を人間は持たなければならない」という指摘だった。

それから数年経て、浦先生は「情報システムとは人間を育むシステムである」と主張されるようになる。浦先生にとって「善い目的」とは「人間を育む」ことだったのだろう。善い目的を実現しようとする人の意図や方向性を持つシステムこそ「人間中心の情報システムテム」なのだ。今道先生も浦先生も2012年に他界された。

浦先生は生前「これからは情報システムを考えるとき組織ではなく個人を出発点とするのがよいのではないか」とも言われた。「情報システム」という概念を一新し、再定義すべき時代が来ることを見通していたのだろう。

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