自前の送電網、インフラファンド…。猪瀬東京都副知事が考えているであろうこと(中)
猪瀬東京都副知事は、東京都が手がける大規模な天然ガス火力発電所実現の道筋をつけていくなかで、首都圏と東北地方が抱えている電力不足の状況を解消するには、東京都一都ががんばっているだけではダメだ、民間企業多数が発電事業に参入する環境を整えなければダメだと考えたようです。それが「官民連携ファンド」構想の背景です。
猪瀬直樹ブログ:首都圏はファンド創設で“第二東電”をつくる。九都県市首脳会議で新提案。(2011/11/9)
日経BP:猪瀬直樹、首都圏でファンド創設、“第2東電”をつくる(2011/11/15)
*九都県市とは東京都、神奈川県、横浜市、川崎市、相模原市、埼玉県、さいたま市、千葉県、千葉市、九つの首長が集まる広域の連合体。
私は当初、官民連携ファンドとは、東京都が自らの天然ガス発電所建設の資金調達のために組成するのだと考えていましたが、それは勘違いでした。東京都は財政余力が大きいでしょうから、そうしたファンドの力を借りなくても、数百億円規模の発電所運営の総事業費のSPC出資分(以下で説明)ぐらい、わけもないでしょう。民間の参入を活性化するために、これが必要だと言うのです。
■「官民連携ファンド」を読み解く
「官民連携ファンド」とはどういうスキームなのか、猪瀬氏の記事から解読してみましょう。
これは、電力不足解消には東京都だけではなく、民間企業が発電事業(IPP事業)に多く参入することが要請されているという認識に立って、では彼らの資金調達をどう行うべきかという文脈で述べています。「大儲けはできないが長期的に着実な収益を得る」というのがインフラ事業の一般的なあり方。それ相応の参入障壁はある代わりに、事業がしっかり組み立てられれば、安定したリターンを生みます(ちなみに、リターンを生まない事業であれば、プロジェクトファイナンスの融資が成立せず、従って初期投資額も調達できないので、事業が形になりません)。そうした手堅いビジネスに参入する企業が現在少ないのはなぜか。以下に述べるようにSPCへの出資額が重いからです。
この部分については何段階かの説明が必要です。長くなりますが、端折らずに説明します。
・発電事業への参入が活発な国では、発電事業の資金調達にあたって、事業者が特別目的会社(SPC)を設立して、総事業費の6〜8割をプロジェクトファイナンスという「ノンリコース型」のローンで調達します。これは数百億円という総事業費を事業者(SPCから見ればスポンサー)だけでまかなうのは荷が重いため、一部は自分たちで出し(SPCに出資し)、残りをSPCが融資を受ける形で調達する必要があるからです。その融資も、自分たちの法人が借りる一般的なローン(コーポレートファイナンス)ではなく、「その事業」が借りるコーポレートファイナンスにします。前者は、自分たちが担保を差し出しますが、後者は担保が発電事業の施設などに限定され(ノンリコース)、かつ、債務返済も発電事業が生むキャッシュフローからなされます。事業者にとっては債務が自社から切り離されるので、荷が軽い形の資金調達ということになります。このプロジェクトファイナンスのしくみがあるかないかで、発電を含むインフラ事業全般において、取り組む企業の数に大きな差が出ます。
・数百億円といった大きな金額を必要とする発電事業になると、総事業費の2〜4割程度となる自分たちの出資分も大きな金額になります。日本のケースで考えると、インフラ事業や発電事業を海外で数多く手がけている商社の場合は、この種の出資のルーチンができているため、意思決定にあまり手間取ることはないと思います。しかし、日本で発電事業に初めて参入する企業の場合は、最初に出資すべき金額が予想外に多いので、そこから先に進めなくなる可能性が多少あります(発電事業は比較的手堅いリターンが得られるという事実があっても、社内で先例がないために、最初に数十億円といったまとまった金額をSPCに出資する意思決定ができづらい企業が少なくないと思います)。
・では、日本において、一般企業の発電事業への参入を支援したい自治体として何ができるか?企業が最初に出さなければいけないSPCへの出資金額を低く抑えるような措置が必要ではないか?ということで出てくるのが、インフラファンドの一種である「官民連携ファンド」です。
・欧米や韓国などで存在しているインフラファンドは、簡単に言えば、発電を含むインフラ事業の特別目的会社に出資する、ないしは株を買うという形で投資を行うファンドです。日本には例がないのでわかりづらいですが(インフラ事業の味方です)。
・日本で民間企業による発電ビジネス参入が活発化するには、日本生まれのインフラファンドがあり、そこが、上で述べたSPCへの出資額が大きくなってしまうのを緩和する行動、すなわち、出資者として一枚噛むということがあればよいわけです。現状、インフラファンドは日本に存在しないため、猪瀬氏は「なら、自分たちで立ち上げようではないか」と言っているわけです。
■ファンドにより発電事業参入が活発化するのは確実
官民連携インフラファンドが投資することで、民間金融機関からの融資も呼び込むことができる。呼び水となるお皿をつくれば、民間もお金を出しやすくなるというわけだ。
その際、国や自治体は、ファンド運営体に共同出資する形をとる。ファンドの運営および投資判断は、あくまでファンド運営体が行うので、リスクは遮断される。
・1つ前のパラグラフにある「有限責任」「無限責任」という言葉は、ファンド一般のもので、普通の意味で言う「そのファンドに投資する(=出資する)」という形で関与する場合は、責任は出資分に限定されます。それが「有限責任」。その当事者はリミテッドパートナーと呼ばれます。
・対する「無限責任」はそのファンドを預かり運用する主体が負う責任で、債務などが発生した場合には出資分を超えてその債務をすべて返済するまで責任が及ぶということで「無限責任」と呼ばれます。その当事者はゼネラルパートナーと呼ばれます。ファンド一般の言葉であるので、さして特別な意味があるわけではありません。自治体に要請されているのは「リスクの遮断」という言葉があることからわかる通り、有限責任での参画です。
仮に猪瀬氏の呼びかけに応じて、複数の自治体が官民連携ファンドにリミテッドパートナーとして出資することがあるとすれば、それが呼び水となって、一般的な事業会社や金融機関などもそのファンドに乗っかる可能性があります。現状は、日本でのインフラファンド設立は、意欲を示す当事者が少ないため、三すくみになっているところがあります(投資対象が日本にはほとんどないという現実もあります)。その状況が自治体の出資によって大きく変化するわけです。発電事業に投資する数百億円規模〜数千億円規模の官民連携ファンドができれば、間違いなく、民間企業による発電事業参入は進みます。
小分けになって申し訳ありませんが、東京都の発電事業構想の「キラーアプリケーション」とでも言うべき「自前の送電線建設」については、次回に書きます。