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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

M&Aから入るインフラ輸出(下)

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そもそもわが国でインフラPPP事業への取り組みが必要だという認識が生まれたのは、例えば水事業分野において、ヴェオリアやスエズのような水メジャーが欧米に存在しているのに対し、日本では技術力の高いメーカーが複数ありながらも海外の事業機会がほとんど獲得できていないという事実があるからでした。日本からヴェオリアやスエズに次ぐ企業が出現するためには、どこかでやり方を変えなければなりません。

インフラ事業では商談の上流からインベスターとして参画することで、事業の枠組み全体を獲得することができます。サプライヤーとして入っていく限りは、商談の下流で、相見積もりによる値下げ合戦に加わらざるを得ません。インベスターはサプライヤーを複数の候補から選ぶことができますが、サプライヤーは常に選ばれる立場であり、事業を進める上で実施できるオプションは値下げ以外にはほとんどありません。
高い技術を持っていたとしても、インベスターの立場からすれば、複数ある候補の1社であり、インフラ事業期間全体の経済的便益を勘案して特に優れていると判断されない限りは、価格で選ばれるかどうかが決まります。

ことほどさように、インフラ事業においては、インベスターとサプライヤーの立場は決定的に違います。

■サプライヤーでは外国政府と話ができない

そうと頭でわかっていても、現実的にいまの日本の状況を見渡せば、インフラ事業に関心を向けるほとんどのメーカーは、サプライヤーの視点でのみ海外インフラ事業の商機を窺っているのではないかと思います。サプライヤーマインドからの転換は多少時間がかかります。

先日、インドネシアを視察した際に、ある訪問先で「あなたたちはインベスターとしてここに来ているのですか?サプライヤーとしてここに来ているのですか?どちらの立場かで来ているかによって、お話すべき内容はまったく違ってきます」と言われました。

これはもっともなことで、インフラPPP事業の主体となっている外国政府機関およびそれに準じる立場の組織では、相手がインベスターである限りにおいて、将来的に取引関係が生じる相手ということで対等な立場で話をしますが、サプライヤーであるならば、当該案件の競争入札に勝ったインベスターから選ばれる立場であり、自分たちと話すべき関係にはないと見なされます。話をするならむしろインベスター(案件への入札を考えている企業)の方に行け、ということになってしまいます。

サプライヤーマインドとインベスターマインドの隔たりはきわめて大きいです。

サプライヤーマインドの方々は、よく「インフラは長期のオペレーションがあって儲からない」と言います。しかし、ごく一般的なインフラPPP事業の枠組みを見るならば、インフラ事業から毎年上がってくる配当収入の絶対額の方が、インフラ建設時に発生する機器販売の粗利の絶対額よりもはるかに大きいわけです。前者は20年といった長期にわたって、よほどのことがない限り安定的に発生しますが、後者は建設当初のみです。しかも相見積もりで値下げの圧力が常にかかります。

サプライヤー的な目線でいると、20年といった長期でもたらされる配当収入の絶対額の大きさに盲目になります。(もっともこれは配当収入がその性格上、当該事業部門に属するものにはならないという、一般的な企業における収益の割り振りの構造にも起因します。これはこれで大きな問題です。)

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■「特別なミッションを持った部門」が必要

「インフラ事業におけるサプライヤーの1社」という図式から脱するためには、どこかで、ある特定の部門だけでも「インベスター」にならなければなりません。

ここで言うインベスターとは、以下の機能を持つ部門ということです。

・経営トップから以下の機能を持つ特別な部門としてミッションをもらっている。
・ゆくゆくは外国政府が実施するインフラPPPの競争入札にメインインベスターないしはそれに近い立場で参加し、落札することが期待されている。
・メインインベスターとして参加するということは、落札後に設立される特別目的会社(SPC)への出資において総事業費の1割程度は自社出資分として出すということ。その資金枠が確保できている。
・案件がスタートしたら、できるだけ多くの機会を捉えて自社製品の納入を具体化する。長期のメンテナンスについても無論、自社で取る。(これを実現するためには、入札時に提出するプロポーザルに自社製品を組み込んで、ファイナンシャル的にもフィージブルなものに仕上げておく必要があります。)
・インフラ事業期間全体にわたって、インベスターとして配当収入の向上を念頭に置きつつ、当該事業のオペレーションに積極的に関与する。
・1つの案件の獲得に留まらず、同一国における複数のインフラ事業機会の獲得を狙う。また、他の国々における同一分野のインフラ事業機会の獲得を狙う。そのようにして手持ちのインフラ事業のポートフォリオを増やして行く。

この部門の事業内容は、もはや製品の販売ではなく投資事業です。自社製品の販売についてもインベスターの立場で選定し、妥当な価格を探ります。

このような部門を設置して臨むことによって、外国政府のインフラPPP案件に主導的な立場で参加することができるようになります。

■円高が生きる数多くの投資機会があるはず

前回記したように、インフラ事業は始まるまでに2.5年〜3年程度の時間がかかります。上記の部門を設立したとしてもフル稼働するまで3年…だとすると、その間はどうするのか?

ここでM&Aの意味が出てきます。

海外インフラ事業に関連したM&A系の方策は多岐にわたります。ざっと挙げると…。

・空港や水など、各分野のインフラ事業のオペレーションに特化した企業の買収、あるいは資本参加。
・海外の大手インフラ事業会社(複数のインフラ事業資産をオペレーションを含めて運用。投資家としての立場も持つ)が売却に出した資産を購入。
・ブラウンフィールド案件において特別目的会社の株式を持つ企業から当該株式を購入する。
・日本の商社が関与しているブラウンフィールド案件において、商社が保有する特別目的会社の株式の一部を購入する。
・参入を狙うインフラ事業分野に広く投資する海外のインフラファンドに投資家として参加する。
・競争入札が進みつつあるグリーンフィールド案件において、学習目的を主として、投資家として参加する。(納入機会の獲得は狙わずに、プロセス全般を観察する。入札コンソーシアムに名を連ねる。)

一度、「投資する」という立場が決まれば、国外には非常に多くの投資機会が存在します。言うまでもなく現在の円高が生きます。また、欧州の金融市場の不安定が続くなかで、インフラ資産を手放したいと考える投資家、オペレーター、インフラファンドなどは相当数あるのではないかと考えられます。その状況の中へ入っていって関連企業にヒアリングして歩くだけでも、かなり多くの売却話が得られるのではないでしょうか。

日本ではよく、水分野のメーカーが海外水事業に参入するにあたって、オペレーションの実績がないことが課題として挙げられます。これについても、スペインには比較的規模の小さな水オペレーション企業であって(年間売上100億円以下)、外国の競争入札にオペレーターとして頻繁に参加している企業が複数あったりします。PPP先進国の英国にもオーストラリアにも複数の分野のオペレーター企業が存在しているものと見られます。日本で知られていないだけ、という状況だと思います。(また、その種の企業はインターネットで検索してわかるものではありません。)

とにかく投資機会がありそうな場所に身を投じて探して歩くならば、多数の投資案件を見つけられると思います。そうした案件をデューデリジェンスした上で、よければ投資を行い、上記の新設部門でハンドリングしていくならば、インフラPPP案件の入札準備にかかる2.5〜3年の間に、関連の実務が発生し、よい学習期間になるのではないかと思われます。

具体的には、以下の知見が得られると思います。いずれも競争入札で勝つには必須の項目です。

・世界標準言語となっているPPP全般の習得
・参画すべき案件の見分け方
・フィージビリティスタディ回りの実務
・競争入札に勝てるプロポーザルのポイントの把握
・投資事業として見た場合のインフラ運営事業全般に関する知見(配当収入の向上の仕方)
・オペレーション体制に関する知見
・特別目的会社が行うファイナンス関連の膨大な実務に関する知見
・ファイナンシャルアドバイザー、リーガルアドバイザーとのつきあい方
・外国政府とのコミュニケーションの持ち方
・コンソーシアムの組み方

■経営者のシンボリックな決断が内外に知れ渡る

インフラ事業の取り組みにM&Aを組み入れることのメリットはもう1つあります。

それは、経営者がM&Aの意思決定をすることで、サプライヤーマインドからインベスターマインドへの転換を内外に象徴的に知らしめることができるということです。上記新設部門が「特別な事業を行う特別な部門」であることが内外によく知れ渡り、部門内にいる人たちが動きやすくなります。

メーカーが海外のインフラ事業に参画する場合、サプライヤーの立場とインベスターの立場とでは、実は利益相反の問題が起こります。製品販売価格を高くすれば配当収入が減る。配当収入を高く維持しようとすれば製品販売価格を安く抑えなければならないという問題です。

おそらく多くのメーカーでは、既存の製造部門および販売部門の力が強いでしょうから、そうした利益相反が出る場面では、上記新設部門が押されてしまって、インフラ事業の枠組みとして見ればキャッシュフロー面で弱みをかかえた構造を持つ、といったことになりかねません。というより、競争入札で勝てない場面が続くでしょう。

経営者がシンボリックなM&Aの決定を行って、社内外に「特別な部門」であることが周知徹底されれば、利益相反が出る場面においても、「あの部門は特別な部門なんだから致し方ない」という納得が得やすくなるはずです。こういう経営トップの支援的な姿勢がないと、おそらくは、新設部門がかなり動きづらいはずです。

中長期で見れば、社内にインベスター的な目線を持った部門があって、そこが製造部門に対してインベスター的なプレッシャーをかけ続けることは、大きな意味があると思います。すなわち、ライフサイクルコスト面で大きなメリットがある製品が作られ、世界で展開する数多くの案件において、他のインベスターから指名買いされる機会が多くなるはずです。

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