PFI法改正で日本でも官民連携のインフラ市場が拡大へ(下)
近々衆院の通過が見込まれている「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法律」(略称PFI法)の改正によって、日本でも、諸外国と同様の官民連携のインフラ事業が成立しやすくなります。
内閣府サイトで公開されている関連資料からわかったことをメモ的に記します。
■従来のPFI法の下では小規模・ハコモノが主流だった
今回のPFI法改正の議論をしてきた内閣府のPFI推進委員会が昨年5月に作成した「中間的とりまとめ」によると、平成11年にPFI法が施行されて以来、337件のPFI事業が行われ、総事業規模は4.7兆円に上りました。PFI事業が住民にもたらす価値を表す指標であるVFM(Value For Money、端的には官民連携にすることで生じた金銭価値)は約6,600億円に上ります。これは総事業費の1割以上であり、大きな成果を上げたと言うことができます。
一方で、同委員会が問題にしている点として、事業規模100億円以下の事業が約8割を占め、小規模・ハコモノが主流だと言うことがあります。言い換えれば、大規模なインフラにおいて、民間の創意工夫や経営の力が発揮されることによって、より大きな価値が住民にもたらされる案件があまりなかったと言うことです。
例外は、先般新しい国際線ターミナルがオープンした羽田空港ぐらいのものでしょう。羽田空港では「旅客ターミナルビル等整備・運営事業」、「貨物ターミナル整備・運営事業」、「エプロン等整備等事業」の3領域の官民連携事業枠が設定され、それぞれ競争入札で事業者が募られて、落札者が特別目的会社を設立し、資金調達を行って事業を開始しました。(詳細はこちらを参照。)
民間事業者から見れば使いにくいところのあった制度を改正し、羽田空港のような案件が多数出現することを目的にしたのが今回の法改正です。内閣府は法改正によって2020年までの間にこれまでの倍に当たる総事業費10兆円以上のPFI案件が動くことを目的としています。
■新たに加わったPFI法の対象施設
改正PFI法により、PFIの対象施設が拡大しました。従来対象だったものは次の通り。
道路、鉄道、港湾、空港、河川、公園、水道、下水道、工業用水道等の公共施設。
庁舎、宿舎等の公用施設。
公営住宅、教育文化施設、廃棄物処理施設、医療施設、社会福祉施設、更生保護施設、駐車場、地下街等の公益的施設。
情報通信施設、熱併給施設、新エネルギー施設、リサイクル施設、観光施設、研究施設。
今回新たに対象となったものは次の通り。
賃貸住宅(注:公営ではない賃貸住宅が対象となったということ)
船舶・航空機等の輸送施設および人工衛星 これらの施設の運行に必要な施設(注:港湾、空港は旧法で対象となっているので、ここでは「船舶の輸送施設」で旅客用港湾ターミナルのようなものを想定しているということか?「航空機の輸送施設」が想定しているものは不明)
ということで改正内容を見れば、新たに付加された領域は大きく2分野に過ぎず、いわゆるインフラ事業的な範疇に存する領域は、すでに旧法でほとんど網羅されていたわけですね。今回、旧法、改正法の内容を見て初めて理解しました。
ということは、法制度面では、わが国においても諸外国と同様の官民連携インフラ事業が成立する基盤がすでにあったということです。これは意外でした。まぁ私の勉強不足ですが…。
すると、なぜ、わが国では、諸外国と同等の官民連携インフラ事業がほとんど見られなかったのか?ということにもなっていきますね。無論、そうした問題意識が今回の法改正にもつながっているわけですが。
■PFI事業の提案を民間側から働きかけることができる
旧法ではPFI事業の初動は常に国・自治体側からということになっていました。改正法では、民間が、国・自治体に対して提案を持って行くことができるようになりました。これはインフラPPPの世界で言う"Unsolicited Proposal"(要請されないのに持ってくる提案というニュアンス)の考えを採り入れたものだと思われます。
国・自治体が管轄するある地域や領域において、何らかの新機軸を活用した公共性のある施設などを作り、住民等にサービスを提供することがきわめて大きな便益を創出する場合は、それを民間企業が先取りしてプロジェクトの提案書として作成し、管轄する国・自治体に持って行っていいということですね。改正法の法案を見れば、「提案を受けた公共施設等の管理者等は、当該提案について検討を加え、遅滞なく、その結果を当該民間事業者に通知しなければならない」となっています。これはよい枠組みだと思います。
諸外国でも問題になっているのは、国・自治体のパブリックサーバントだけでは有用な案件の特定ができない、競争入札の段階まで持って行くことができない、ということです。これは案件形成のキャパシティが物理的に不足しているということと、「ある手つかずの領域に案件のポテンシャルが眠っていることを見抜くことが、専門家ではないがためにできない」ということとが背景にあります。
これを補うのが、案件ポテンシャルの発見に長けたその分野の専門企業が具体的な提案として作成し、国・自治体に持ち込む方式、言うところの"Unsolicited Proposal"です。
今回の法改正により、例えばある地域において、スマートグリッド、熱電併給インフラ、低廉な集合住宅、カーシェアリングなどを組み合わせたスマートコミュニティ事業を実施することで、住民の便益も高まり、プロジェクトの採算も十分に見込める場合には、そうした提案を国・自治体に持ち込むことができます。
これをきっかけに新しい市場ができる可能性がありますね。
■PPP法の国際標準に近づいた「コンセッション」の概念
改正PFI法で認められることとなった「コンセッション」の中身は次の通り。
1. 民間事業者は国・自治体から「公共施設等運営権」(以下運営権)を設定してもらうことができる。これにより、公共施設等の所有権は国・自治体が保持したまま、受託した民間側が自由度の高い事業を営むことができるようになる。
(注:公物管理法の対象となっている河川、空港、港湾等において、所有権の部分には手を付けずに民間が事業を行えるようになる。)
2. 民間事業者は、サービスの提供者に対する料金を自ら定めることができる。
(注:従来は国・自治体が定めることとなっていた。)
3. 「運営権」は運営法人が合併する際に承継の対象となるほか、譲渡、滞納処分、強制執行、抵当権の目的となる。
(注:これによってプロジェクトファイナンスで融資を行う側が、運営会社の営業能力が低い等の理由で返済が滞った時に、インフラPPPの世界で言ういわゆる「ステップイン」<=事業設備と事業運営権を別な運営会社に譲渡して営業続けること>を行うことができるようになる。諸外国のPPP法整備でも焦点となっているところで、日本でも融資者によるステップインの権利がカバーされたことにより、制度が国際標準に近づいたと言うことができる。)
4. 「運営権」を法人法上の減価償却資産(無形固定資産)とし、その耐用年数を事業権登録簿(仮称)に記載された存続期間とする
(注:これはPFI・PPP協会が要望していたところのもので、運営権の価値の摩耗分を損金として扱えるようにしたもの。)
このように「コンセッション」が法律で認められたことで、今後、大規模な官民連携インフラ事業が成立しやすくなったと言えます。課題としては、官側にしろ民側にしろ、真に価値のあるインフラ事業領域を特定し、民間の創意工夫によって20年〜30年といった長期にわたり価値創出を続けることができる案件をどう創出していくかということがあると思います。新興国のように、電力や水などのインフラが絶対的に不足している状況ではないため、インフラプロジェクトにも創造性のようなものが求められるのではないでしょうか。
■誤解していた部分
日本の従来のPFI制度の下では、特別目的会社を設立してプロジェクトファイナンスによって資金を得るタイプの官民連携事業は事例がほとんどないと思っていたのですが、PFIに関する年次報告(平成21年度)の本文後半を読むと、現実はそうではなかったということが判明しました。いわゆるインフラ案件ではなく、公共施設の建設・運営の案件であっても、特別目的会社が設立されてプロジェクトファイナンスで資金が融資されるケースがかなりあるようです。素朴な考えでは、事業規模が小さい場合は、特別目的会社の設立は、法務系のコストがかなりかかるということと、プロジェクトファイナンスの融資の金利コストがかさむであろうことから、あまり現実的ではないと思っていたのですが、実際はそうではなかったということです。
もっとも、自治体側にも民間側にも、特別目的会社なしで済ませたい小規模案件が多数あるようで、それはそれで現実的だと思います。