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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

ダボス旧聞、経済危機の咀嚼、アジェンダの多様性と相補性、アジアの中の日本

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みなさま、お元気でいらっしゃいますか?

自分がいま興味を持っているのは、これからの経済活動や企業行動を支えていく新しい考え方、原理、潮流がどのへんから出てくるのかということです。様々な情報などに接して感じるのは、何か現実味のあるものが出てくるとすれば、欧米のマネジメント思想界からではなくて、日本からなのではないか、特に米国からしっかりとした新思潮が出てくるまでにはまだまだ時間がかかるのではないかという印象を持っています。

1月末ら2月初めにかけて開催されたダボス会議関連の報道もWall Street Journal, BusinessWeek, FT.comなどでそれとなくチェックしてみましたが、毎年派手な行動で目を引いていた欧米投資銀行の経営者たちが今年はなりをひそめていたとか、"Black Swan"の著者Nassim Nicholas Talebや金融バブル崩壊の到来を正確に言い当てていたNouriel Roubiniが新たなスターとして脚光を浴びたといった、どちからと言えば瑣末な動向に関する報道がほとんどで、「おぉ」と言わせるような知見に相当するものは見つけられませんでした。

少し新鮮に思えたのはBusinessWeek編集長Stephen J. Adlerによる記事"At Davos, Beware the Tide of Groupthink"。かなりシニカルなトーンで、現在の経済危機を防ぐことができなかったダボスのgroupthinkingに果たして意味があるのか、われわれはそういうgroupthinking的なスタイルから出てきた小ぎれいな結論に対しては十分すぎるぐらい懐疑的であらねばならない、といったことを書いています。米国ビジネス界を代表する雑誌の編集長の率直な思いとしてかなり真剣に受け止める必要があると思います。

あとは、WSJで見つけた短いコメント的な文章"How Can This Crisis Change Us?"。なかなかよいことを書いているので、少し引用してみます。

Each day, we’ll ask Davos participants for their projections on the world economy - how deep the recession will get, how long it will last and where growth eventually comes from.
Those are the wrong questions, says Jim Wallis, a several-time Davos attendee who runs Sojourners USA, a Christian social justice network that publishes a magazine of the same name.
“The right question is, how can this crisis change us?,” says Mr. Wallis. “Because if it does, then maybe all the pain, all the misery that we’re going to face, could even be redemptive, if it changes the way we do business around the world. But if we’re just asking how soon we can get back to business as usual, that would be a tragedy.”

拙訳:
われわれは毎日ダボス会議の参加者に世界経済の見通しについて尋ねて歩いた。「不況はどの程度にまで悪化するのか、どのぐらい長く続くのか、新たな成長は結局どのへんから起こるのか?」
それに対して「あなたたちは質問が間違っている」と答える人がいた。Sojourners USAというキリスト教系social justice(訳せません…)団体を運営しており、同名の雑誌を発行しているJim Wallisだ。
「正しい聞き方はこうだろう。『この経済危機を経てわれわれはどう変化すると思うか?』」。彼は言う。「もし今回の出来事でわれわれが変わるなら、これから向き合わなければならない苦難や大変さはそれに見合ったものをもたらしてくれる。われわれが世界のそこかしこでビジネスのやり方を変えるならば。けれども、依然として『いつになったら以前のようにビジネスがやれるようになるのか?』と問い続けるなら、その先には悲惨な状況が待っているだろう」

僭越ながら、単純明快な思考を好むかの国の方から、このような内省的なコメントが出てくるということが非常に意味深いと思います。

以前にも少し書きましたが、われわれ日本で暮らしている者にとって、経済が不活発な状況に陥るという現実はすでに珍しいものではなく、起こった事実の咀嚼に時間がかかるということはあまりないと思います。けれども、米国にとっては、70年代ぐらいから連綿と続いてきた経済の長期的な成長が初めて腰折れしたような状況なので、まずびっくりして、それから現実を腑分けしながら、いまようやくと咀嚼を始めているところなのではないかと思います。ダボス会議のタイミングでは咀嚼に続くフェーズ、すなわち、ハラを決める、適応への具体的なステップを踏むというところまでは行かないのが普通で、上記のように内省的に考えを深めるというところに進んでいる人はかなり少数派なのではないかと思います。大多数の人が現実に適応するための行動をとり始めるまでは、まだ時間がかかりそうです。まず咀嚼というところでしょう。

これに対して、日本では、何が起こったのか、その本質的な意味の理解はすぐにできるわけなので、新しい考え方の芽生えも比較的早いのではないかと思うわけです。(トヨタを初めとする大手企業の非常に迅速な対応も、起こったことの本質をすばやく理解したことの表れだと考えることができます。米国大手自動車メーカーの動きと比べると、そのことがよくわかります)

そういう目線で日経朝刊の後ろの方に掲載される論考や経済誌、経済系ウェブサイトに掲出される記事などをちらちら見ていくと、「あ、新しいな」と思えるものがいくつか目に入ってきます。
これまでにもっともガツンと来たのは年が明けてまもなく日経朝刊に掲載された青木昌彦氏の「危機を超えて 世界新秩序と日本」(1月5日付・経済教室欄)です。そのロジックに意味があるので、かなり長くなりますが引用させていただきます。

 では、現在の経済危機はどう克服されうるか。今までの常識の延長線上に「やはり金融ではなく、ものづくりでいこう」、「国際通貨基金(IMF)のような国際機構の再編成によってグローバルな金融規制を強めよう」、あるいは「今は大きな政府に依存して、三年くらい後の経済回復を待とう」などと聞くだけでは、歴史感覚に富んだ示唆は伝わってこない。
 中略
 では多様化・多極化時代の国際的な秩序はどう進化するのか。「多様性からの利益」を引き出すのに、各国はどうお互いを補い合っていくのか。
 中略
 しばらくの間は「大きな政府」(財政赤字)を受け入れざるを得ないとしても、消費の過剰、外国からの貯蓄供給への依存などによって支えられてきた経済構造に、やがてはパラダイム的な変化が生じなければならない。国家経済会議(NEC)の委員長となるサマーズ米ハーバード大教授はすでに昨年の冬ごろから、そういう変化には、十年という時間を要するだろうと予告していた。
 中国をみよう。いわゆる「改革・開放」「和諧(わかい=調和のとれた)社会」というアジェンダを完成させるには、日本の総人口を上回る二億人以上の人口を十年、二十年かけて農村から移動させなければならないという。
 中略
 しかしこの成長が維持可能になるには、非効率なエネルギー消費、経済組織や建造物に関する巨大化信仰、流動労働力の搾取、政府の過剰・恣意(しい)的な干渉など、従来型の技術パラダイムに変化が必要だろう。
 翻って日本のアジェンダとは、人口、経済社会構造の変化に応じた世代間の関係を、コミュニティーとして再構築しえていないことから生じる「不安」の解決だろう。国民が政治に求めているのはバラマキではなく、各世代がそれぞれ安定した予想を持ち自律的に将来に立ち向かうのを助ける社会保障の再設計と実行である。だがそれを明快な言葉で語り、実行しうる政治勢力はまだ結集していない。来るべき政界再編は、この課題を軸とした公約に基づいて起きてほしい。
 いうまでもないことであるが、ポスト経済危機に向けてのアジェンダは、米・中・日を越えても、多様な形で存在する。だが、それらのアジェンダに共通するのは、人々の意識や価値観、世代間関係、雇用のかたちなどといった、すぐれて人間にかかわることである。だからこそ、その具体的な課題は地域的であり、多様である。

視点はこの地球をすっぽりと覆っており、かつ明快です。これに続く部分で青木氏は次のように主張しています。

・米中日および他の国々が持っているアジェンダは多様であるが、その多様性は相補性にもつながっていく。つまり、多様なアジェンダは、それらの国々が連携することによって、相補的な位置づけを持つに至る。
・中国の持続的に拡張する市場機会は、日本の環境親和的・再生可能エネルギー技術と相互に補完しあう関係にある。また、中国は向こう数十年のうちに老齢者人口が増大するが、同国が米国に保有するドルの膨大な資産は、米国まだまだ若い国であり続けることを考えると理にかなっている。米国では大規模なジオ・エンジニアリングや革新的なクリーンテクノロジーの開発でリーダーシップを取る可能性がある一方で、日本では生活や産業に根ざした環境親和的技術で先導しうる。等々の相補関係がある。

ということで再び引用を続けると、

 このようにポスト経済危機に向けて各国が抱えている多様のアジェンダ群の解決は、必ずしも、何らかの量的成果(たとえば発展途上国を含めた二酸化炭素排出量基準)を求めての包括的な国際協定や、単一ルールの強制機関としての国際機構をせっかちに構想するだけでは対処し得ないだろう。新しい秩序は、二国間、多国間、地域内、多極間(G20など)、国際機関などのさまざまなレベルにおける多様で、地道な協力関係の試行・選択を通じて、進化していくだろう。
 中略
 量から質へと競争の焦点が移るに従い、同質の数理モデルを用いるが故に同じような間違いに突き進んでいく危険を孕(はら)んだ金融手法の限界も明らかになった。金融市場は、「多様な可能性」に関する「多様な評価」を集約するという情報機能を担う場に向けて、進化しなければならない。 後略

可能であればデータベースなどで引き出してこの論の全体をじっくりとお読みいただきたいのですが、この引用からだけでも、青木氏のいわば東洋的な深みをもった思考というものがおわかりいただけるかと思います。安直な二元論を排し、経済危機で浮かび上がってきた各国のアジェンダの多様性に相互補完の機会を見いだすことによって未来につなげる…。見事というほかないポジティブな思考であり、日本以外の国々に発信する価値のあるメッセージだと思います。
米国の多くの経済系の論考が従来の金融のメカニズムが持っていた欠陥の摘出とその先にある反省に留まっているところからすると、青木氏の思考にある、何というか”大きな跳躍”はすごいというほかない。

このほか、これまた日経経由になりますが、2月12日付朝刊の経済教室欄に掲載された大田弘子・政策研究大学院大学教授の「景気急降下 政策の焦点は(中)供給構造の改革こそ本筋」も個人的には好きな考え方です。やはり長くなりますが引用します。

世界経済は、たとえ危機を脱したとしても、危機前の状況に戻ることはない。2002年以降の世界同時好況をけん引したのは米国の旺盛な消費であり、それを支えたのは、米国における2000年以降の異常な住宅価格の上昇であり、これらの背景にあったのは、アジアや産油国で生じた余剰資金が集中的に米国に流入したことであった。もはや、この状態が再現されることはない。世界経済のひとつのステージが終わったのである。
 次のステージがどのようなものであるかは、まだ見えない。しかし、元に戻らないからこそ、日本が世界経済の次なるステージでどのような位置づけになるかを強烈に意識しておかねばならない。いくつかの企業が、危機のなかにあって大胆な再編を進めたり、海外に進出したりしているのは、次なるステージでの位置取りを明確に意識しているからにほかならない。
 中略
 危機に直面して生きるか死ぬかのときに、構造転換など言っている場合か、という反論もあろう。しかし、高度成長期のように落ち込みが一時的なときは、一時的に需要を喚起して経済を支えればいいが、いまは成長力そのものが落ちている。そして、成長力の低下をもたらしている要因は金融危機で起こったことではなく、それ以前から直面していることなのである。
 中略
 次なる世界経済のステージでは、おそらくアジアの存在感が今より高まるだろう。アジアは、今は経済危機に直面して苦境にあるが、長い目で見て成長の過程にあることは間違いない。相対的に所得が上昇し、中間層が生まれつつある。中国だけを見ても、13億人の人口のうち仮に一割の富裕層がいれば1億3,000万人。日本の人口を上回る。人口減少で内需が細る日本にとって、アジアの中間層にアピールする製品や、観光などのサービスや、あるいは農産物を提供できるかどうかはきわめて重要なカギである。
 そのためには、国内の供給構造を改革し、より高い生産性で、潜在的ニーズに応えるものを生み出せるようにならなければならない。また、海外に開かれたオープンな経済システムを作り、密接な経済連携を構築する必要がある。そうすれば、日本は、成長するアジアに位置するという利点をもっと行かせるはずである。ただし、チャンスをいかすには改革を急がねばならない。
 中略
 景気対策の名の下に不要な歳出まで拡大させ、弱いところを弱いまま保護しても、何ら問題は解決しなかったことを、私たちは90年代に十分に経験したはずである。

こうした歴史を踏まえた思考法かつ未来の設計に関わっていく思考法が散見されるのが、経済低迷への対応で一日の長がある日本の強みです。このような考えをもとに、やるべきことを淡々とやっていけば道は開けると思うのですが、いかがでしょうか?

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