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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

「深夜特急」的な原風景の切り離し方

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先日、Twitterである方が、「飛光よ!飛光よ!」というメッセージを出していたのを発見して、「『深夜特急』の一節を思い出しましたか?」と@付きリプライを送ってみました。

「深夜特急」的な世界が80年代の原風景になっているという方も少なくないのではないかと思います。

ご存知のように映画「Midnight Express」(1979年)が沢木耕太郎の「深夜特急」(第一巻は1986年)よりも早く世に出ていますから、沢木耕太郎はタイトルを借用したわけですね。

Wikipediaでおもしろい解説を見つけました。
-Quote-
言語に於ける借用

言語同士が接触した際、或る言語から別の言語へと語彙が輸出される。このことを言語に於ける借用という。語彙だけでなく文法、語法などが借用されることもある。借用された単語のことを借用語という。語彙がそのままの形でなく直訳された形で借用されることを翻訳借用という。
-Unquote-

沢木耕太郎のタイトル付けは翻訳借用ということになります。

「Midnight Express」が描いている世界も、「深夜特急」が描いている世界も、「実社会に入る前の青年がアジアの混交に触れて色々な変化をこうむるストーリー」ということでモデル化できると思います(沢木耕太郎がアジア旅行に出る前にすでにジャーナリストとして活躍していたよ、という細かなつっこみはなしね)。一種の教養小説ですね。どうも西欧には「アジアに行っちゃってどうにかなっちゃう」のがテーマとして確立している雰囲気があります。それにわれわれ日本の高度成長期あるいはそれ以降に青春期を送った世代も大いに影響されて、ほんと行っちゃったりすると、そこでもストーリーが成立する。

日本は島国なので、アジアの色んな文物が入ってくる際に何段階かの濾過を経る格好になり、日本で一般に浸透するのはかなり澄明度が高くなったものばかりです。アジア全域に日常的にころがっている生な文物は日本では見られません。従って、ほんとに行くと、色々と刺激を受ける。影響を受ける。それは例えて言えば、日本語で表すことのできる形容詞や名詞の中には納まりきらず、その国の言葉でしか理解できない、ごつごつした塊として存在している未知の物、ということだと思います。

そういう日本語の濾過を経ていないものに直接触れるわけだから、やけどをしてみたり、ケガをしてみたりということがあるわけですね。物理的にも象徴的にも。

そういう意味では、「実社会に入る前の青年がアジアの混交に触れて色々な変化をこうむるストーリー」は西欧から生まれたものであるけれども、日本のある時代以降の青年がそうしたストーリーを、ある時期生きる、ということは自然なわけです。モデルは西欧生まれだけれども、日本の青年もほぼ似たポジションで教養小説的な経験をするわけです。

何年か前にテレビで「深夜特急」をドラマ化したのが放映されました。確かめてみると96年だそうです。2006年の正月だかに再放送されていたのを録画して全部見ました。いいですよね。めちゃめちゃいい内容でした。大沢たかおもよかった。

エンディングで流れる井上陽水の「積み荷のない船」がまためったやたらといい。この曲だけのために2枚組ベストものCDを買いましたよ。

話を戻すと、あそこに描かれていた東南アジアやインドや西アジア(自分は行ったことがないけれども)の街路や安宿が、80年代の原風景になっているという方は相当数いらっしゃると思います。
そうした方々が、いまはどんな仕事をしてどんなライフスタイルに落ち着いているのか、すごく興味があります。
「日経ヴェリタス」を読んでいたりするのだろうか。投資対象としてインドの潜在力を分析していたりするのだろうか。とかとかですね。

西欧で成立した教養小説のゴールデンパターンが正しいとすれば、旅からは、還って来なければならない。そして、日常生活が始まらなければならない。
とすれば、ああいう原風景を持っている人たちも、どこかの時点で、そうした原風景を切り離したはずです。

その切り離し方にすごく興味があります。

おそらくそれは、何か1つのエポックがあって、切り離しが「完了!」となったわけではなく、ある日ある時振り返って見ると、境目がわからないどこかの時期に、どうにかなって(ある種うやむやになって)、自分でも何が原因か結果かわからないような状況のなかで、後から振り返って見た時にのみ、「切り離されていた」と認識できるようなものなのではないでしょうか。

あぁそう言えば、「ザ・ビーチ」もその系統の映画でした。

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