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20年以上断続的にこのブログを書き継いできたインフラコモンズ代表の今泉大輔です。NVIDIAのフィジカルAIの世界が日本の上場企業多数に時価総額増大の事業機会を1つだけではなく複数与えることを確信してこの名前にしました。ネタは無限にあります。何卒よろしくお願い申し上げます。

iPhoneはなぜインドで生産されるのか?インド政府の"戦略的勝利"

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2024年、Appleがインドで生産したiPhoneの輸出額が、年間100億ドルを突破しました。この数字は、単なる製造拠点の分散化ではありません。インドという国家が、極めて戦略的にAppleという巨大企業のサプライチェーンに入り込むことに成功した証だと言えるでしょう。

この成果の背景には、インド政府が推進してきた「生産連動型インセンティブ制度(PLIスキーム)」の非常に高い効果があります。

インド政府はなぜ"本気"になったのか?

これまで、インドは「世界のIT人材供給地」として知られてきましたが、製造業においては中国や東南アジアに後れを取っていました。そうした構図を打破すべく、モディ政権は国家戦略として製造業育成に本腰を入れています。

象徴的なのが、2020年に開始されたスマートフォン向けPLIスキームです。

この制度はきわめてシンプルかつ強力です。増産分に応じて政府がインセンティブ(補助金)を支給し、生産や輸出の目標を上回れば、その分だけ企業への支援が厚くなる設計になっています。

実際、この制度の導入により、Appleの主要製造パートナーであるFoxconn、Wistron(現タタ)、Pegatronがインドでの生産を急拡大しました。Appleを取り巻くサプライチェーン全体が、インドへとシフトを始めたのです。

たとえば、Foxconnが2023年度に受け取ったPLI補助金は約3億ドルにのぼり、インド政府がこれまでに支出した総額約10億ドルの補助金が、約2兆円の税収増をもたらしたという報告もあります。これは国家レベルでも極めて高い費用対効果といえるでしょう。

Appleがインドで何をしているのか?

Foxconnはインド南部カルナータカ州において、5万人規模の雇用を生むiPhone組立拠点「プロジェクト・エレファント」を建設中です。Pegatronはタタ・グループと合弁を組み、経営の主導権をインド側に移しました。

さらに、Appleのインド生産を最初に担っていたWistronは事業から撤退し、その工場をタタが買収。これにより、タタ・グループはインド初のiPhone組立請負企業となりました。

こうした動きにより、iPhoneの全世界出荷に占める「インド製」の比率は、2023年の12〜14%から、2025年には25%前後にまで倍増すると見込まれています。Appleはすでに、インド国内での部品現地調達比率も20%近くまで高めており、サプライチェーンの本格的な現地化が進んでいます。

なぜインドの政策がここまで効いたのか?

Appleのインド展開がここまで急速に進んだ理由は、PLIスキームだけではありません。インド政府は他にも、次のような多面的な政策を講じてきました。

  • 完成品スマートフォンの関税を引き上げ、現地組立を促進

  • 中国企業によるインド進出に対し、安全保障上の審査を強化

  • 日本・台湾・韓国の部品メーカーを優遇する形で誘致

  • 電池・半導体などを対象とした新たなPLIスキームを準備中

これらの政策が複合的に機能し、Appleは単なる「脱中国」ではなく、インドを第二の中核拠点として位置づけるようになったのです。

日本企業も動き始めた

Appleに部品を供給する日本企業にも、インド生産への対応が求められています。

  • 村田製作所はタミル・ナードゥ州に出荷拠点を開設し、2026年から稼働を予定しています

  • TDKはハリヤナ州でリチウムイオン電池セルの製造拠点を新設し、数千人規模の雇用創出を見込んでいます

ソニーのような高精度センサーを製造する企業は、今のところ現地生産には慎重ですが、後工程やテスト工程の一部をインドに移す動きが今後進む可能性もあります。

政府としても、カメラモジュールや高付加価値部品の現地化を次のターゲットとしており、日本の電子部品メーカーにとっても大きなビジネスチャンスが広がっています。

インド製造業の未来

現在、インド政府は以下のような次世代戦略を準備しています。

  • 電子部品・半導体の現地製造向けPLIスキーム(35〜40%の国内付加価値を求める)

  • Appleに続くグローバル電子企業の誘致

  • 生産拠点×成長市場×輸出基地の"三位一体モデル"の構築

インドは、「世界の工場」の地位を中国から奪うのではなく、グローバル供給網の中で自国の役割を最大化するポジションを築こうとしているように見えます。

おわりに:日本企業へのメッセージ

Appleのインドシフトは、単なる地政学リスク回避ではありません。政策と企業戦略が連携した「国家戦略の勝利」です。

日本企業に求められているのは、「インドに進出するか否か」ではなく、「どの領域で、いつ、どのように進出するか」という構想力と実行力です。

そのためには、インド政府の政策を正しく読み解く力が必要です。まさにいま、世界の製造業は"インド・コンテクスト"で再定義されつつあるのです。


このブログ投稿は、以下の詳細な調査報告書の内容をベースに書かれています。

Apple iPhoneインド生産移管のキープレイヤー 台湾・インドのEMS。インド政府の戦略的支援。日本各社の動き【1万2千字調査報告書】

また、インド政府のPLI政策の全体像を報告する以下の調査報告書もあります。

iPhoneインド製造移管の背景:インド政府の生産連動型優遇策(PLI)政策とEMS各社の対応【調査報告書】

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