木質チップの素材を確保するのは大変です
かなり間が空いてしまいまして、大変に恐縮でございます。
Netflixの話題の最後の部分、クラウド環境やその他IT関連の先端アイテムに関する投稿。関連するものが調べきれずにもう2年以上経ってしまいました。当時は、おそらく、新しい話題だったと思われますが、いまはもう業界の方々が周知となっている事柄でしょうから、大変に失礼ながら、割愛させていただきます。
書きたくてうずうずしている話題があります。いま、取り組んでいる木質バイオマス発電の、特に燃料の話題です。
思いつくままに、過去2年〜3年にわたって仕入れた知識と言いますか、経験と言いますか、そのへんを、記して行きます。
■発電燃料がコストの7割を占めます
再生可能エネルギー固定価格買取制度(以下FIT)の下で運営される木質バイオマス発電事業は、つまるところ火力発電であり、火力発電一般に見られるように、燃料調達コストが、総コストの7割ぐらいを占めます。
FIT制度では、20年間の売電価格が固定されますので、現在は24円/kWhですが、毎年度の売上は、トラブル等で発電が止まることがない限り、変化がありません。事業構造上、売上を増やすことができない、という性格を持っています。
(もっとも、タービンに用いられている潤滑油に、新手の添加剤を入れて、潤滑性能を飛躍的に高め、発電効率を数パーセントアップさせるという裏技は実験してみる価値がありそうです。米国では、フラーレンないしフラーレン・ライクな潤滑油添加剤を入れることで、ディーゼル発電機の潤滑性能が飛躍的にアップし、発電効率が数%(オーバーホール後のもの)〜40%超(オーバーホール前のもの)アップしたという事例があるそうです。)
売上が増えない性格を持った事業において、投資収益率を高めるためには、コストの7割を占める燃料調達費用を抑制するのがもっとも順当です。そして、すべての木質バイオマス発電事業者は、それに取り組んでいます。しかしながら、現時点ではあまり決め手がない、というのが、業界関係者の合意だと言えるでしょう。近い将来に大きな変化が起こる可能性はありますが。
わたくしが現在、やらせている領域は、発電所の出力が2万kW以上のいわゆる大型木質バイオマス発電所への燃料供給チェーンづくりです。大型木質バイオマス発電所では、通例、毎年焚く燃料の量が多すぎるために、地域の森林から調達した木質チップを主燃料とすることができません。
周辺状況をご存じの方には、まだるっこしい説明かも知れませんが、とりあえず、その状況をひもといてみます。
木質バイオマス発電において、24円/kWhの売電価格で採算を取ることができる最小出力は、5,000kWです。なぜ、5,000kWなのかということの説明はかなり複雑なので端折ります。
5,000kWの木質バイオマス発電所では、おおむね、周囲50kmの範囲内から燃料を集めます。50kmを超えると、燃料の陸送コストがかさんで、利益率を悪化させます。これはおおむね、そういう距離である、ということです。場合によっては、色々の方策を使って陸送コストを抑え、200km離れたところから燃料を搬送している事例もあるでしょう。
いずれにしても、近隣の森林から燃料を得るというのが、5,000kW級の鉄則です。
5,000kW級は、1年間におおむね、7万トンの木質チップ燃料を焚きます。湿量基準含水率で30〜50%が一般的でしょう。ちなみに、含水率はその燃料が持つ熱量を直接的に上下させます。濡れた燃料は、ボイラー内でその水気を飛ばす際に熱を消費しますから、本来的に木質燃料が持っている熱量を減らす作用があるわけです。おおむね、以下の表にあるような形で、含水率が高くなると、重量当たり熱量が減ります。
FIT下の木質バイオマス発電事業が始まって間もない頃は、燃料を供給する側の林業関係者が、「トン数を確保すればいいのだろう」という発想から、かなり水を含ませた燃料を納めていたケースもある、という話をちらと聴いたことがありますが、現在では、それはなくなっているでしょう。含水量と熱量の関係は、燃料供給側にいらっしゃる方々にも、常識になっていると思います。なので、重量を増やすために水を掛ける、といったことは、今では見られないはずです。
■発電所では大量のチップを焚きます
5,000kWの木質バイオマス発電所が、1年間に、7万トンの木質チップを集めるには、過去に東北地方のある地域でトライした時の経験によると、1つの森林組合からの供給だけでは、絶対に足りません。年間7万トンの木質チップ燃料が必要ということは、おおむね、毎日毎日200トンの搬入が必要です。10トントラックの積み荷部分の背を高くしてなるべくたくさん詰めるようにしても、やっと10トン運べるというところでしょうか。毎日、チップ工場と発電所の間を、10トントラックがのべ20台行ったり来たりすることになります。
荷積みに1時間、チップ工場・発電所間の走行に2時間、発電所で燃料ピットに下ろすのに0.5時間。その他バッファを見て、1回の搬入に4時間かかるとしましょう。1日8時間の作業時間ならば、1台のトラックで20トン運べます。1日200トン必要ならばトラック10台となります。
搬入も大変なのですが、それよりももっと大変なのが、木質チップの素材の生産。
3年前に、ある森林組合の方から聴いた数字で説明します。杉の場合です。
・1haの森林は650立米の原木を生産する。
(今から考えれば、かなり楽観的な数字だと思います。現実的には400〜500立米程度で考えるのが無難でしょう←伐採しにくい斜面および林道から遠い森林を勘案)
・原木650立米から建材や合板等の材料となる良材(A材=建材、B材=合板・集成材)は400立米が取れ、チップ等の原料となるC材は250立米が取れる。
(同上、C材は200立米/haを下回ると考えるのが無難です)
・また、それに加えて、1haの森林から130立米の枝が取れる。
(同上。枝のうち、チップの原料になるものはその半分程度と考えればよいでしょう)
・残材と枝をすべて木質チップの原料に回せば、1haの森林から380立米の原料が取れる。
(同上。1ha当たり265立米程度のチップ原料が取れると考えるのが無難でしょう)
・これはトン換算すれば304トンとなる。
(同上。1立米の木材は、木材チップ工業連合会の換算資料によると、重量に直すと0.8トン。265立米の木材は212トン)。
1haの杉の森林からは212トンのチップ用原料が取れます。チップ工場でチップ化する過程で失われる分なども勘案すると、1haの杉の森林から200トンの木質チップが取れると想定すればよいでしょう。これはちょうど上述の5,000kW級発電所の1日の燃料消費量と同じですね。
1年間で7万トンの木質チップを生産するには、杉の場合で350haの森林が必要です。ただし、チップ原料に回せる量は、様々な要因で大きく変化しますから、あくまでも目安と考えて下さい。例えば、病気にかかっている木ならば、建材などで使えませんからほぼ全量がチップ原料に回せます。
林業では、持続可能性を考えると伐採しっぱなしということはあり得ませんから、伐採した後は植樹をします。杉ならば、20年で伐採可能な太さに育つという考えがあり、今年伐採して、すぐに植林をすれば、20年後には再び伐採できます。これで、毎年のローテーションを組むと、1年間分の面積350haの20倍の面積があれば、20年ローテーションが組めるということになります。すなわち、7,000haですね。
2012年から2014年にかけて、岩手県や千葉県の森林を調べて歩いた経験からすると、7,000haというかなりまとまった面積を、1つの森林組合でカバーしているというところは、ほとんどないと思います。すなわち、1つの5,000kW級の木質バイオマス発電所が安定的に毎年7万トンの木質チップを得るには、2〜4の近隣の森林組合が手を組んで、毎日200トンのチップが安定供給できる体制を作らなければなりません。これが難しいのですね。
林業系の民間企業が間に入り、個々の森林組合と話し合いをして、2つから4つの森林組合の連合体を作ることができればよいのですが、色々と話を聴くと、お隣の森林組合とは、あまりお付き合いをしない森林組合さんが多いようで、こちらが何も介入しなければ、複数の森林組合がまとまって、必要な量のチップが調達できるように体制を組んでくれる、ということはないようです。
すなわち、1つの森林組合さんに任せておくと、チップの必要量が満たせずに、発電所計画が流れてしまいます。発電所運営サイドとしては、燃料調達は生命線ですから、現地に専任の担当者が1年でも2年でも住み込んで、林業関係者各位と仲良くなって、人の輪を作って、それによって必要量を確保する、ということをやらないと、おそらくうまく進まないと思います。
また、森林組合によっては、組合リーダーの方や構成員の方がご高齢でいらっしゃって、まとまった量の素材の生産=伐採と伐採後の素材処理ができないケースもあります。
(追記。2014年半ばにわたくしが書いたこちらの投稿では、以下のように記していますね。忘れていました(^_^;
材の生産量の目安として、上記の林野庁の高性能林業機械のページで公開されている優良事例をいくつか覗いてみると、1つの森林組合の生産量がおおむね年間5,000〜10,000㎥程度です。5,000kW級の発電所に必要な8万トンのチップ=10万㎥の材を集めるには、そうした森林組合が5〜10程度必要であろうということになってきます。)
■「団地」づくりが難しい
また、日本の林業には、別の課題もあります。それは、個々の山林の所有者がまとまっていないケースがよく見られるということです。
1人の山主が、数百〜数千haを所有しているのであれば、その山主から、伐採の合意を取り付ければ、森林組合さんが伐採をしてくれます(有償で伐採を依頼する形)。しかし、戦後は、農地解放に近い形で、山主の分散化が起こったようです。1haとか2haといった小さな面積を持つ山主が多数いる、というケースがあります。この場合、伐採作業の効率化を図るには、10haとか50haとかをまとめて伐採計画を立て、機械を入れられるところではどしどし機械を入れて、効率的に伐採するのがよいのですが、山主が分散していると、全員の伐採合意が取れないケースがあります。
伐採用の山林をまとめることを「団地」と言っていますが、その団地に、1haとか2haの歯抜けのような土地ができてしまうのです。これが効率的な伐採を妨げます。難しいケースでは、山主が三代目になり、二代目から都会に引っ越しをしてしまっていて、連絡が付かないといったことがあるそうです。
これによって起こる「団地」構成の難しさについては、来年に成立する予定の森林法の改正案で、連絡が取れない山主の対策が盛り込まれるそうで、それはそれでよいことです。