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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

電力ベンチャーとして見るとインパクトがある東京都

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本投稿は、「自前の送電網、インフラファンド…。猪瀬東京都副知事が考えているであろうこと(下)」に当たるものです。内容がわかりやすいように改題しました。

発電事業の収支をシミュレーションしてみると、採算に大きな影響を与える項目は主に以下の4つです。

・初期投資
・燃料調達価格
・売電価格
・託送料(電力会社から送電線を借りる料金)

なお、ここでは、自由化されている契約電力50kW以上の需要家に対して小売を行うビジネスを想定しています。

初期投資については、川崎天然ガス発電所の事例について、こちらで簡単に記していますのでご覧ください

川崎天然ガス発電所のような100万kW級の火力発電所になると、焚くガスの量も多いため、1m3当たりのガス価格が1円違うだけで損益が大きく変化します。また、ガスや石油のような市況により価格が上下する燃料では、超長期にわたって、安定的に燃料が調達できることと、発電事業の採算性に著しくネガティブな影響を与えるような価格の上昇がないことが大切です。ガス調達先と燃料購入契約を結ぶにあたって、幾重にもリスクヘッジの方策を噛ませた契約を結ぶことで、先々における価格上昇リスクを緩和します。

kWh(キロワットアワー)当たり何円という形で設定される売電価格も収益を大きく左右します。学校、病院、オフィスビルなどの比較的小規模な需要家(高圧)を対象にPPS(特定規模電気事業者)が販売している価格は、色々なところから拾ってみると、kWh当たりおおむね14円〜19円といったところ。最近は、自治体や自治体系の公共施設で年度の切り替わり時に電力を競争入札にかけ、PPSが落札するケースが増えており、そうした値段になっているようです。

■託送料は高いか安いか

さて、託送料です。電力ビジネスの収益性を大きく左右するポイントです。託送料は、電気事業制度のなかでは「接続供給料金」と呼ばれています。電力会社によって異なりますが、もっとも基本的な位置づけの接続供給料金は高圧の場合でkWh当たり2.5〜3円前後になっています。送電線が混み合う昼間の時間帯は若干の上乗せ料金が適用される場合があります。それとは別に、契約容量(送電線を借りる際のキャパ)によって決まる基本料金というものもあります。

その他、売り先の顧客の電力需要に見合う分が発電できない場合に一種のペナルティとして徴収される料金(負荷変動に対応する料金)もあります。これは非常に高くつき、kWh当たり40円といった値段になります。このペナルティはPPSにとっては重いものですが、背景の事情をよく把握した上で考えると相応に合理的な措置です。

さて、仮に託送料をkWh当たり3円とすると、売電価格(託送料込み)が15円の時、託送料の占める割合は20%です。ある消費財の流通費用ということで見ると、これは高いでしょうか、低いでしょうか。

一般的なビジネスにおいて物流費がどのぐらいの比率を占めているのかを調べてみした。物流に関係する企業が多数集まっている日本ロジスティクスシステム協会の調査「物流コスト」調査では、業種別の売上高物流コスト比率は、4%台前半〜5%台半ばとなっています。直感的に考えても、物流コストが価格の10%を上回っている場合は、過大だなという印象があると思います。

電力小売のビジネスでは、それが20%もかかっているわけですね。(とは言うものの、電力会社側も2004年頃から現在に至るまで年々託送料を下げてきており、2004年当時の半分程度の水準になっています。)

仮にこの託送料を10%まで下げる方策があるならば、ビジネスの採算性は劇的に向上します。さらに「託送料がなしで済むスキーム」があるならば、このビジネスの採算性はさらに向上し、高いリターンを生む好投資案件ということになるでしょう。

そのポイントをしっかりと見据えて、東京都は前例のない方策を打ち出してきました。

■共同溝を活用して送電線を安く引く

先日の報道(2011年11月21日、日経など)によると、東京都は臨海副都心地区において電力供給事業に参入するにあたって、自前の送電網を整備する計画があるとのことです。

東京都は2014年度をめどに臨海副都心に送電網を整備し、電力供給事業に参入する。東京電力の送電網を使わず、民間事業者の発電施設から周辺のオフィスビルに直接電力を送る。 中略
都は臨海副都心約440ヘクタール内に総延長約6キロメートルの送電線を敷設する。同地区の地下には水道管やガス管などをまとめて収納する「共同溝」があり、この中に送電線を敷くことで投資額を約6億円に抑える。森ビル系の発電事業者などが自前の送電線を使って特定施設に電力を供給している例はあるが、都は送電網を張り巡らせることで供給先を点から面に広げる。
 日経新聞「東京都が電力供給事業 自前の送電網を無料提供」(2011/11/21)

PPS事業者の場合、電気事業法において「一般電気事業者(=電力会社)が有する電線路を通じて電力供給を行う事業者」と規定されていますから、送電線を持つことは制度的な理由により不可能です。「自前の送電網を構築する」などという発想は絶対に出てきません。

翻って自治体はどうか。

発電事業という枠組みで見ると、公営電気事業というものがあり、数多くの自治体によって運営されています
これは電気事業制度のなかでは、卸電気事業者のなかの「みなし卸電気事業者」という括りになります。小売はできず、電力会社に電力を卸すだけのIPPとしての事業です。従って、この枠組みでは、東京都が自前の送電網を持って「周辺のオフィスビルに直接電力を送る」ということはできません。

一方、自治体の事例はありませんが、六本木ヒルズの電力と熱の供給を一手に引き受けている六本木エネルギーサービス(株)が収まっている「特定電気事業者」という枠組み。これの定義は「限定された区域に対し、自らの発電設備や電線路を用いて、電力供給を行う事業者」となっています。このタイプの事業者であれば、自ら発電設備を持ち、送電線を引いて小売事業を行うことができます。上の報道では「臨海副都心」と地域が限定されていることからしても、おそらく、この枠組みによって事業を始めようということではないかと思われます。

送電線は、一般的なものを建設するならば、1km当たり数億円といった建設費用がかかる重たいインフラです。首都圏の場合は特に用地収用で巨額の資金が要ります。
東京都の視点では「共同溝があるから、それを使えばいいではないか!」という発想になるのではないかと思います。ひょうたんからコマ。わかってみれば、なんということはないけれども、実に見事な着地点です。共同溝を使うことで、用地収用の必要もなく、低コストで送電網が敷設できるようになります。

これにより、売上の20%という高い比率を占める託送料を支払う必要がなくなります(もっとも応分の減価償却コストは残ります)。

■浮かび上がってきた新しい電力事業モデル

ということで、以下のような新しい電気事業モデルが可能であることがわかってきました。

・地域を限定した「特定電気事業者」として事業を設計する。すなわち発電と近隣地域における電力小売を組み合わせた地産地消型電力事業として組み立てる。
・送電線を自治体保有の共同溝活用により低コストで敷設し、託送料負担を回避する。

適正な規模が確保できるなら、かなり好採算のビジネスになる可能性があります。ただ、この事業モデルを適用するには条件がいくつかあります。

・自治体主導で始める、ないしは自治体の強力な支援が得られる。
・相応の電力消費規模を持った需要家が営業区域内に一定数存在している。
・自治体保有の共同溝のような送電線建設コストを軽減するインフラがある。
・発電規模に見合った燃料供給路にアクセスしやすい。(ガス幹線に近い等)

といったところでしょうか。一般的な住宅開発で適用できるかというと、やや疑問符が付きます。大規模商業施設、工場、空港、ターミナル駅などを組み入れた開発案件向きですね。一種のスマートシティとして構想することもできると思います。
その他、分散型発電に適した発電機器の多くはコージェネを想定していますから、熱給事業を組み合わせるのが得策でしょうね。熱併給のインフラ敷設を考えると、やはり新規案件向きです。

■電力ビジネスの新領域を切り開いている東京都

東京都の電力ビジネス取り組みへの一連の動きを見ていると、おそらくは、猪瀬東京都副知事の次のような発想の連鎖があるのではないかと思います。

▼東日本大震災と福島第1原発事故により電力需給が逼迫した。国の対応は遅い。都としてなんとかしたい。
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▼東京都として大規模な発電所を建設しよう。
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▼発電効率からすると、天然ガスのコンバインドサイクル発電が最良の選択だ。
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▼長期的な電力需給を考えると、東京都のガス火力100万kWだけでは足らない。もっとたくさんの発電所が必要だ。民間の参入が要る。
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▼民間参入のボトルネックは資金調達か。ならば官民連携ファンドで支援しよう。
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▼託送料の高さも新規参入のインセンティブをそいでいる。東京都が送電網を構築して、託送料不要の事業おデルを作ろう。
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▼電力事業への民間企業参入に、都として、もっとできることはないか?近隣の自治体と連携してできることはないか?

このような順序で、1つひとつの課題にいわば体でぶつかりながら、何が障害かを把握し、その障害を1つずつつぶしながら来ているところに、ある種のベンチャースピリットを感じます。また、天然ガス発電事業を具体化するだけでなく、官民連携ファンドのように、その過程で「あるとよい」とわかったものについては、それをも具体化する別プロジェクトを開始するやり方は、米国IT業界の高成長企業の経営者に近いものがあると思います。

民間企業だけではできないことに、日本を代表する自治体である東京都が本気になって取り組んでおり、自分が走った道筋を民間企業にも「あける」姿勢があることに好感を覚えます。新しいタイプのアントレプレナーかも知れません。

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