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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

自前の送電網、インフラファンド…。猪瀬東京都副知事が考えているであろうこと(上)

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東京都が計画している100万kW級のガスコンバインドサイクル発電事業については、みなさんもよくご存知だと思います。先の大震災と原発事故によって電力需給が逼迫したことを受けて、電力の一大消費地である東京都として需給安定化に道筋をつける必要があることから、原発1基分に相当する容量をもった大型の発電所を新たに建設しようというものです。

発電方式については、現時点でもっとも高い発電効率が得られる天然ガスのコンバインドサイクル発電が選定され、都内5カ所の候補地も決まり、現在はフィージビリティスタディの前準備ということで事業スキームと資金調達手法の検討が行われているようです。資金調達では「官民連携インフラファンド」というやや新しい手法が議論されていると報じられています。直近の報道では、東京都として自前の送電網を構築する計画があることも明らかになりました。

この関連については、猪瀬直樹氏のブログを初め各メディアでその時々の動きが伝えられてきているため、自治体による野心的な発電所建設がどのようなステップを踏んで進んで行くのかをたどることができます。1つのモデルケースが展開していく様を現在進行形で確認できる、きわめて興味深い取り組みだと言うことができるでしょう。

以下では、これまでの経緯を簡単に確認した上で、現在報道されている「東京都の自前の送電網」がどういう意味を持つのか、「官民連携インフラファンド」とはどういうものなのかを解き明かしたいと思います。

■なぜガスコンバインドサイクル発電が選ばれたのか

東京都が作る発電所がなぜ天然ガスのコンバインドサイクル発電になったのかについては、猪瀬氏のブログと同氏による日経BPの記事を読めばよく理解できます。

猪瀬直樹ブログ:川崎天然ガス発電所(非東電)を見てきた。発電効率58%。地産地消を考える。(2011/5/23)
日経BP - 猪瀬直樹の「眼からウロコ」: 脱原発への現実的な代替エネルギーを考える。川崎天然ガス発電所を視察、省スペースで高効率発電(2011/5/31)

猪瀬氏はお手本として想定している川崎天然ガス発電所(JX日鉱日石エネルギーと東京ガスの合弁)を視察した上で、以下の数字を挙げて、いかにこの方式の事業効率がよいかを述べています。

・川崎天然ガス発電所のガスタービン・コンバインドサイクル発電機の発電効率は58%(一般的な火力の1.4倍)。
・初期投資500億円。
・年間37億kWhの発電量を従業員25人で運用。
・発電容量は2基で84万kW(標準的な原発1基分に少し欠ける程度)
・敷地は6ha。

発電事業のプロでない限りは、100万kW近い出力を持つガスタービン・コンバインドサイクル発電所がわずか(と言っては語弊がありますが…)500億円で建設できるのだとか、年間37億kWhをたった25人の従業員で発電できるのだとかいうことは知りませんから、こういう数字に接するとびっくりします。非常に効率のよさそうな事業であるという印象があります。

弊ブログでは僭越ながら、そうした事業効率はどれほどのものなのかを簡単にエクセルで組んでシミュレーションしてみました。結果は、燃料の天然ガスを安価で入手できるという条件が満たせれば収益性の高い事業になる(まぁ当たり前と言えば当たり前です)、その条件が満たせなければそれほどよいとは言えない事業になる可能性もある、というところでした。

この時、託送料もまた採算性に大きく関わる要素であるということについては、細かく吟味していませんでした。この時の試算では、託送料を込みにして(託送料分を予め差し引いて)kWh当たりの販売単価を12円として発電事業の年間売上を出していました。託送料の相場は高圧の場合でkWh当たり5円前後という数字があります(2011年12月3日時点で改めて調べてみたところ、おおむね2.5〜3円となっており、訂正します)。仮に託送料が「ない」と仮定すれば、この発電事業の収益性はきわめて優れたものになります。

いずれにしても、天然ガスを燃料としたガスコンバインドサイクル発電は、発電事業としては現実的な選択であり、十分に検討に値するということがこの時点で明らかになりました。

■フィージビリティスタディの前にやっておくこと

数百億円の初期投資を要する事業では、事業参入の可否を意思決定するために必ずフィージビリティスタディ(FS)を行います。FSとは、簡単に言えば、以下の数字を得る作業です。
・資金調達手法を吟味し、資本コストを割り出す
・建設場所を特定した上で、建設にかかるすべてのコストを割り出す
・火力発電の場合であれば操業年限にわたる燃料調達コストを予測する
・操業年限にわたる操業コストを割り出す
・その他、損益に影響を与えるすべてのコスト(環境保護措置など)を割り出す。
・操業年限にわたって得られるであろう売上(電力販売収入)を予測する。
・最終的に毎期のキャッシュフローを得る。

このようにして得られた数字を収支シミュレーションモデルに入れると、事業参入可否を判断するための指標(NPVやIRRなど)が得られ、指標が一定水準以上なら「事業をやる」、以下なら「やらない」となります。
数百億円規模のインフラ系の事業の場合は、特別目的会社を設立した上で、総事業費の一部をプロジェクトファイナンスによる融資から頼るほか、その領域に投資主体となるインフラファンドが存在していればインフラファンドからの出資を得て調達することもあります(現在は残念ながら日本にはこうした投資を行うインフラファンドは存在していません)。残りは事業主体の「自腹」(自らの出資)です。こうした資金調達を行うにあたっては、FSによって得られた数字を入れ込んだ収支シミュレーションの確からしさがポイントになりますから、FSはそうした資金の出し手の要求に応える内容にする分別も求められます。

FSそのものは、それを専門とする企業が内外に存在しており、鉄道事業を実施する場合でも、水インフラ事業を実施する場合でも、そうした専門企業に依頼すれば済みます(特に彼らが力を発揮するのは、建設にかかるコストを正確に割り出すということです)。ただ、事業をやる側では、FSを依頼する前段階の作業というのがあり、それは自分たちでやらなければならないわけです。例えば、建設場所候補を選ぶとか、環境規制で引っかかりそうな内容をつぶすとかいったことです。

以下の記事では、猪瀬副知事が率いるプロジェクトチームがそうした準備作業を始めているということが窺えます。

猪瀬直樹ブログ:東京天然ガス発電所プロジェクトチーム始動!(2011/8/2)
日経BP: 猪瀬直樹、東京都、100万kWの天然ガス発電所建設めざす(2011/8/9)
猪瀬直樹ブログ:「東京湾に巨大ガスタービン発電所候補地発表…地産地消の電力目指して」と報道ステーションのテレビ欄。(2011/9/14)
日経BP: 猪瀬直樹、東京天然ガス発電所の候補地5カ所を決定。「地産地消型」で都民の意識改革、電力自由化の突破口も(2011/9/21)

発電所候補地の多くは、羽田空港を離発着する航空機の進入路にあたっているため、航空法上の規制に触れる可能性もあります。それについては以下のように猪瀬氏が直接国交省の担当者を訪問して、よしとする言質を得ています。

東京新聞:5候補地、高さ問題なし 都の天然ガス発電所計画 国交省が認識示す(2011/10/26)
猪瀬直樹ブログ:東京天然ガス発電所・国交省航空局での記者会見ぜんぶ公開。(2011/10/26)

このようにして取り組みは順調に始まっていますが、候補地として挙げられた一部の区では、やや渋い表情を見せていることが伝えられています。

読売:区長が難色示す都の天然ガス発電所候補地(2011/9/15)

これらの記事で伝えられていることは、火力発電所建設に限らずインフラ施設の建設全般で起こりうることであり、しかも、このブログでよくお伝えしている海外案件になれば現地の政府や自治体を相手に、言語の壁、文化の壁、慣習の違いの壁を乗り越えて、1つひとつ根気よくつぶしていく必要のある事項です。ということで、東京都の天然ガス火力新設はインフラプロジェクト推進のモデルケースとして見ることができます。

長くなりそうなので、続きは次回に。

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