「脱原発」であれこれ思った
日経を毎日読んでいると、産業界には「原子力は資源のない日本には不可欠なエネルギーだ」というコンセンサスができあがりつつある様子が窺えます。また、電力供給の逼迫を伝えるニュースに毎日接するなかで、自分自身も「原子力抜きの日本は考えにくいなぁ」と考え始めていることに気づきます。
大震災と大津波と原発事故を経験した首相としては、「脱原発」を打ち出せば大見得を切っている格好になって潔いのかも知れませんが、以下に記すような現実を考えると「菅首相、それでほんとにいいですか?」と思ってしまいます。
■原子力のベース電源がないと電力需給の大元がゆらぐ
原発がないという状況は、電力需給の根幹を成すベース電源の大部分が失われていることを意味します。ベース電源とは24時間動かしておける運転コストの低い電源です。
中長期的に再生可能エネルギー発電を増やしてその比率を上げていく政策は正しいとしても、それは「原発が脱けた後のベース部分は何が埋めるんですか?」という答えになっていません。太陽光や風力はお天気任せで出力が増えもすれば減りもする電源ですから、安定出力が大前提のベース電源にはなり得ません。唯一地熱が代替できるかというところです(地熱発電の出力は24時間一定しています)。
しかしその地熱は、先頃の環境省の「再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査」によると、固定価格買取制度が導入される前提でも商業的に成立しうるのは51万〜410万kWと推計されており、量的にまったく足りません。
厳密に言えば、流れ込み式の水力発電所もベース電源の役割を果たしていますが、原子力が全発電量の30%弱であるところ、流れ込み式水力は7〜8%のようです。屋台骨にはなりません。こういう状況でベース電力の原子力が抜け落ちると、運転コストの高い電源を常時動かさなければならなくなります。
短期的には、原発がすべて止まった場合、火力で代替すると燃料費が3兆円必要になると試算されています。国民1人当たり3万円。これがベース電源の欠落がもたらす現実です。日本は資源がない国なので大変です。
■スマートグリッドを導入するなら数兆円のグリッドスケールのものを
電力供給が逼迫しているなかで、スマートグリッドに注力すればよいという意見がよく聞かれます。これはどうなんでしょうか?
個人的にスマートグリッドに興味があり、私的な勉強会活動なども2年以上やってきていますが、スマートグリッドが単純に末端の需要家(個人含む)の電力消費を減らすためのものだけであるならば、日本では導入効果が限られると思います。
というのも、日本は長年にわたって省エネルギーに取り組んできており、省電力ののりしろがほとんど残っていないと思うからです。一般世帯における省電力ののりしろは、計画停電以降一般化した節電で使い果たされているはずで、そこに新たにスマートグリッドを持ち込んでも、より抜本的な節電が進むわけではありません。米国のようにこれまで省エネをほとんど考えてこなかった歴史があって、膨大な省エネ余地がある国では別です。
ただ、希望があるとすれば、巨大な蓄電施設を電力系統のあちこちに建設したり、中小規模の蓄電池を需要家のそばに置くなどして、グリッドスケールの電力需要の平準化が可能になれば、話は違ってきます。電力供給のコストの大半はピーク対応のコストと言っても過言ではないです(最後の2割に8割のコストが要る図式)。巨大な蓄電システムをグリッドスケールで展開すれば、電力需要の少ない夜間に蓄電し、電力需要が増大する日中に放電することによって、需要の波をなだらかにすることができます。これにより、高コストのピーク電源を動かさなくてもよくなり、浮いた資源を全体最適に振り向けることができます。(これは太陽光や風力が大量に接続された時に問題になる出力変動の解決策としても意味を持ちます。)日本の場合、このようにグリッドスケールで考えた時に初めてスマートグリッドの解が見えてくるのではないでしょうか?
しかし、これにも初期投資がかかります。2009年の経産省系の研究会の試算では、日本の系統全体をカバーする蓄電池関連の費用は4〜6兆円となっています(資源エネルギー庁:新エネルギー大量導入に伴って必要となるコスト負担の在り方)。1人当たり4万〜6万円。これを誰がどのような形で負担するのか?国会審議になると大論戦になりそうですね。
■大穴はメタンハイドレート?
再生可能エネルギーを増やすにしても、代替のベース電源を開発するにしても、グリッドスケールの蓄電システムで需要を平準化するにしても、現在の目先の電力需給逼迫を解決するものではありません。
目先の電力需給逼迫は、誰が考えても、いまある原子力発電所を動かすことで対処するしかないのではないでしょうか?もちろん、安全対策はしっかりとやらなければなりません。また、地元の方々にも納得をいただかなくてはなりません。そうした前提をすべてクリアした上で既存の原発を動かすというのが、日本にとっての現実的な選択肢なのではないでしょうか。5年程度のタイムスパンで見るなら、これが社会コストがもっとも少なくて済む選択肢でしょう。
一方で10年〜50年の視点を持って日本の電力需給の最良の枠組みを計画し、その実行を進めていく。原子力を減らすならそれはそれでよし。原子力に代わるベース電源を、例えば一部は地熱、一部はグリッドスケールの蓄電システムによる需要平準化、一部はメタンハイドレート(一種の天然ガス)などの国産の新エネルギーによってまかなっていく。無論、太陽光も風力も推進する。そうした基本方針を決めて粛々とやっていけばよい…。ということになるのでしょうか。
今思いつきましたが…。一般に原子力発電所の新規開発には10年〜15年かかります。それだけの年数が割けるなら、日本近海に天然ガス換算で7.35兆立方メートルの埋蔵量があるとされるメタンハイドレートの開発を国策として行うのはどうなんでしょうかね?日本のLNG輸入量は年間6,635万トンですから、単位換算すると日本近海には約80年分をカバーできるメタンハイドレートがあります(単位換算はこちらを利用)。数兆円規模の予算と10年程度の年月をかければ、自前のエネルギー源として使えるようになりませんかね?将来的には人口減に伴う税収減をメタンハイドレートの輸出収入でカバーできたり?(夢はふくらむ…)。
[追記]
これを書いた翌日の日経朝刊一面で、日本政府がメタンハイドレートの試掘を始めるという報道が出て、ややびっくりしました。どんどんやっていただきたいです。