孫社長の太陽光発電構想を支える全量固定価格買取制度、まだ課題も残る?
ソフトバンクの孫正義社長による太陽光発電所建設構想が伝えられています。諸外国に比べて動きがにぶかったわが国の再生可能エネルギー発電の状況に刺激を与えるよい提案だと思います。
報道などによれば、孫社長は、総額800億円を投じ、20MW(メガワット)規模の太陽光発電所を全国10カ所に建設する計画を提唱し、都道府県の知事などと交渉を開始しています。
太陽光発電は広大な敷地を必要とするため、国土の狭い日本では、まず用地取得が課題です。孫社長は、埼玉県や大阪府などの知事と交渉を行い、用地取得について協力を仰いでいます。また、発電所用地にかかる固定資産税の減額を要請しています。用地取得と固定資産税で優遇が行われれば、太陽光発電所の採算性が向上することは確かで、非常に賢明なやり方だと思います。採算性を向上させるモデルパターンができれば、それを踏襲して数多くの新規発電所建設が後に続く可能性があります。それだけ太陽光発電の普及が早まり、わが国の再生可能エネルギー比率が高まっていきます。
ご参考までに以下のページでは、世界の大規模太陽光発電所のランキングが公開されています。
World's largest photovoltaic power plants
世界トップはカナダにある97MWのサーニア太陽光発電所。以下、84.2MW、80.2MW、70.6MWと大規模なものが続きます。こうした大規模な太陽光発電所がどのようなファイナンスのスキームによって実現しているのか、気になるところです。おそらくは、発電所を運用する特別目的会社が設立され、5〜7割程度の初期投資額はプロジェクトファイナンスによって調達されているものと思われます。言えるのは、大規模な再生可能エネルギー発電所の建設には、投資家の参画が不可欠であり、投資回収が可能な制度環境がなければならないということです。
孫社長の構想に関する報道で、再生可能エネルギーの全量固定価格買取制度(フィードインタリフ制度)に触れているものがいくつかありました。調べてみると、経産省が「再生可能エネルギー電気固定価格買取法案」を国会に提出しているんですね。3月11日に閣議決定され、通常国会に提出されました。
これに先立ち、経産省は2009年から再生可能エネルギーの全量買取に関するプロジェクトチームを結成し、有識者を交えて検討を行ってきました。昨年8月には制度の大枠が固まり、制度概要とその資料が公開されています。現在国会に提出されている法案は、ここで公開されている制度大枠が元になっています。
法案が国会を通過し、全量固定価格買取制度が始まると、太陽光発電だけでなく、風力発電や地熱発電が一挙に普及することになります。孫社長の太陽光発電構想は、この全量固定価格買取制度の開始を前提としているのですね。もちろん慈善事業として行うのではなく、しっかりとした骨格のある投資事業として構想されているはずです。
全量固定価格買取制度を簡単に言えば、企業などが太陽光を初めとする再生可能エネルギーの発電所を建設すると、電力会社がその発電量をすべて、国が定めた固定価格で買い取らなければならないという仕組みです。
再生可能エネルギーは火力などの発電源に比べて発電コストが高いので、そのままでは誰も新しい発電所を建設しません。そこで、この制度では、コストが高い太陽光などの電力をすべて、固定価格で電力会社が買い取ることにし、発電所建設のインセンティブを高めています。この固定価格は、新規発電所の建設者がしっかりと投資回収のできる水準で、国が定めます。また、買取期間についても、プロジェクトファイナンスなどの長期融資が可能になる期間ということで設定します。価格も期間も投資に見合うものにしないと、現実的には投資家が現れず、再生可能エネルギーの普及も進まないということになりかねません。なお、電力会社が高い固定価格で買い取ったコストは、電力会社が通常一般の電力料金として薄く広く利用者に課金します。日本の場合は一世帯当たり月額200円程度の電気料金アップが見込まれています。(その程度で再生可能エネルギーが一挙に普及するのであれば、いいではありませんか!)
ドイツでは全量固定価格買取制度が導入されたことにより、太陽光発電と風力発電の建設が一挙に拡大したそうです。これは、買取価格も高水準で設定され、かつ買取期間も20年といった長期で設定されたことによります。(Wikipediaの「固定価格買い取り制度」を参照)
日本の場合はどうなるのでしょうか?
経産省の制度資料からポイントを抜き出すと、買取対象、買取価格、買取期間については、以下のように記されています。
[買取対象]
・再生可能エネルギー全体の導入を加速化する観点から、実用化された再生可能エネルギーである太陽光発電(発電事業用まで拡大)、風力発電(小型も含む)、中小水力発電(3万kW以下)、地熱発電、バイオマス発電 (紙パルプ等他の用途で利用する事業に著しい影響がないもの)へと買取対象を拡大する。[買取価格]
・下記の太陽光発電等を除いた買取価格については、標準的な再生可能エネルギー設備の導入が経済的に成り立つ水準、かつ、国際的にも遜色ない水準とし、15~20 円/kWh 程度を基本とする。また、エネルギー間の競争による発電コスト低減を促すため、一律の買取価格とする。
・今後価格の低減が期待される太陽光発電等の買取価格については、価格低減を早期に実現するため、当初は高い買取価格を設定し、段階的に引き下げる。[買取期間]
・太陽光発電等を除いた買取期間は、設備の減価償却期間等を参考にして設定し、15~20 年を基本とする。太陽光発電等の買取期間については、10 年とする。
対象となるのは、太陽光発電だけでなく、風力発電、中小水力発電、地熱発電、バイオマス発電です。妥当な選定だと思います。燦々と太陽が降り注ぐ中東や南欧で盛んな太陽熱発電がないのは、日本では現実的ではないということでしょうね。
買取価格については、風力、地熱、中小水力、バイオマスは「15〜20円kWh程度を基本とする」、太陽光については「当初は高い買取価格を設定」と書かれています。この「15〜20円kWh程度」が実際にそこそこの規模の発電所を建設して所定の買取期間以内で投資回収が可能な水準なのかどうか、今の私には判断できる基準がありません。後日調べてみたいと思います。また、太陽光について記されている「当初は高い買取価格を設定」の「高い買取価格」がどの程度になるのか、これが焦点ですね。
孫社長の構想を早い段階で報じた記事「ソフトバンク孫正義社長が自然エネルギー財団を創るねらい」(NetIB News)によれば、孫社長が引用している価格と買取期間は次のようになっています。
そこで彼が唱えたのは太陽光エネルギーで発電される電力を全量、電力会社に固定価格で買い取らせる「全量買い取り制度」の導入だ。ドイツは20年間にわたって1キロワットアワーあたり42.9~54.9円で、スペインも同じように25年間にわたって41.6~44.2円の固定価格で買い取る政策を導入している。EU平均での買い取り価格は58円だ。こうした政府の政策誘導があるため、EU諸国は2020年までの自然エネルギー構成比をスペインだと29%、ドイツも25~30%、イタリアは23%などに引き上げる計画を示している。
太陽光の買取価格については、こうした高い水準で設定されないと、現在でもまだまだ高い太陽光パネル(他の発電源に対してということです)を大規模に敷設して、発電所としての体裁を整え、送電網に送り届ける設備を建設するインセンティブが生じないのではないでしょうか。
また、もっと重要なのは買取期間です。20年といった長期で設定しないと、プロジェクトファイナンスが成立しない=巨額の初期投資の資金調達が不可能=大規模な発電所が建設されないで終わる、ということになりねません。経産省資料では、太陽光については「10年とする」となっています。この「10年」が欧米で見られる大規模太陽光発電所で一般的なプロジェクトファイナンスの平均的な返済期間を勘案したものなのかどうか、大いに疑問が残ります。とはいえ、制度の細部は運用を行う経産省により調整可能だと思いますので、その手腕に期待したいところです。
繰り返しになりますが、規模の大きな再生可能エネルギー発電所が続々と建設されるためには、投資回収が確実に見込める制度があることが大前提です。各方面に配慮した玉虫色の制度というのではなく、放っておいても、孫社長のような大胆な構想を打ち出す人が続出するような制度環境になることを望みます。制度環境がよければ、国内だけでなく、世界各国からプレイヤーが日本に押しかけてくるはずです。
この制度の実施により、向こう10年で太陽光発電は2,780万kW、風力発電は280万〜530万kWの増加が見込まれています。標準的な原子力発電所が1基100万kWですから、太陽光で30基弱、風力で3〜5基分といったところです。大きな期待がかかっていると言えるでしょう。