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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

イラクの南部油田の権益分割状況と日本の動き

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イラクの油田の所在地およびパイプラインなどの原油輸送インフラを詳しく記した地図を見つけました。

Iraq Oil Infrastructure Map

ざっと見ると、バグダッドより北のバイジ(Bayji)を中心にした北部地域と、バスラ(Basrah)を中心にした南部地域に油田が集中しています。北部ではクルド人との懸案があるそうで、治安が安定していないと言われています。それに対して南部は比較的治安がよく、外国資本が原油を採掘しても大丈夫ということのようです(とは言え、油田で作業をする外国人たちは防弾チョッキを着ていると報じる記事もあります)。

■メジャーの権益獲得状況

油田はこの地図上に斑点のように記されています。地層の成り立ちから言って、細長い斑の形になるということなのでしょう。たくさん散らばるなかで、色が濃いのが"Supergiant Oilfield"と呼ばれる大型の油田です。世界メジャーによる落札が進んでいる南部には以下があります。

  • ルメイラ(Rumaylah) - BP,CNPC - 285万バレル/日
  • ズベイル(Az Zubayr) - ENI, Occidental, KOGAS - 112万バレル/日
  • 西クルナ(West Curnah) - Exxon Mobil, Royal Dutch Shell - 232万バレル/日
  • マジュヌーン(Majunun) - Royal Dutch Shell, Petronas - 180万バレル/日
  • ハルファヤ(Halfaya) - CNPC, Petronas, Total - 53万バレル/日

各油田の名称の後に、先日紹介した資料「大きな魅力を持つイラン、イラクの石油・天然ガス資源の未来」にある表「イラク油田への外国参入状況(2010年12月時点)」から、各油田の落札企業とイラク政府が設定した目標生産量を抜き出して記してみました。南部の大型油田の権益が世界のメジャーによって分割された様が窺えるかと思います。
なお、Supergiant Oilfieldではありませんが、南部油田群の北側にあるガラフ油田(Gharraf、目標生産量23万バレル/日)については、日本の石油開発会社である石油資源開発とマレーシアのPetronasが落札しています。

イラク政府はこれらの油田の生産権を外国企業に公開するにあたって、「外国企業が1バレルを生産するごとにイラク政府がその企業に支払う報酬金額」の多寡を競争入札の条件にしています。例えば、ルメイラ油田に関して、A社がバレル当たり6ドルの報酬をイラク政府に求める、B社はバレル当たり3ドルの報酬をイラク政府に求めるということであれば、イラク政府はより安く済むB社に決定するという、そういう競争入札です。

2009年から2010年にかけて2回の競争入札が行われましたが、最初の入札では、石油メジャーが求める報酬額とイラク政府が考えていた報酬額とにあまりに差がありすぎて、落札に至った油田は一部に留まりました。イラク政府の想定していた報酬額が安すぎたのです。バイ・ハッサンという油田の場合、ConocoPhillipsや中国のCNOOCが提示した報酬(それだけもらわないと生産しないという額)がバレル当たり26.7ドルだったところ、イラク政府は2ドルを想定していたという具合です。イラクはどの油田に対してもバレル2ドルの報酬を考えていたようです。これでは安すぎるので、落札に至った油田がごく限られたというわけです。

ここから先は要確認ですが、イラク政府と落札した石油会社との商取引、および石油会社の収益構造は次のようになっているのではないかと推察されます。

  • イラク政府は、落札石油企業が原油を生産する量に応じてバレル2ドルといった報酬を支払う。
  • また、イラク政府は、その油田で生産された原油については、落札石油企業が買い取れるようにする。イラク政府から石油企業に対する売価については、その時々の原油相場を参照して決める。
  • 石油会社は、イラク政府と交渉して決めた価格で買い取り、それを市場価格で売る。その際の値ざやが収益となる。イラク政府からの報酬がそこに加わる。

ここでは、バレル当たりの報酬金額は固定費ならぬ固定売上、イラク政府からの仕入れ値と市場で売る価格の値ざやが変動費ならぬ変動売上ということになります。
ただし、卸の価格決定権はイラク政府が握っているため、収益ポテンシャルの大きさという意味ではイラク政府の方が大きいのではないかと思われます。

なお、落札条件にある生産目標量とは、イラク政府が落札石油企業に対して課す一種のノルマです。これを上回ることを条件に落札を認めています。

■日本の権益確保の動き

日本に関しては、すでに石油資源開発とペトロナスによって落札ができたガラフ油田は幸先よいスタートだと言えます。一方、現在では、周知のようにナシリア油田(Nasiriyah)の権益が得られるかどうかが焦点です。ナシリア油田は1日当たり60万バレルの生産が見込め、これは日本の1日当たり消費量の1割に相当する、かなりまとまった量です。

2009年半ばに、新日本石油、国際石油開発帝石、日揮の3社が、競争入札ではなく、イラク政府との相対の交渉によって、ナシリア油田の権益を獲得しかけました。当時の報道でも「権益獲得が決定した」と報じる記事が見られます。しかし実際のところは、何らかの理由によって交渉が決着せず、現在に至っています。その理由がイラクの理不尽な条件設定なのかどうか、定かではありません。

その後、イラク政府は方針を変更し、ナシリア油田についても他の油田と同じように国際競争入札にかけることにしました。今年1月に入ってからは、そうした報道が目につきます。それと前後して、大畠元経済産業省が電撃的にイラクを訪問し、ナシリア油田の日本による権益獲得についてプッシュをしたと伝えられました。その後、大畠経産相とイラクのフセイン・アル・シャハリスタニ副首相との共同声明が発表され、国際入札の方針が確認されるとともに、日本企業に対しては積極的に入札に応じるようにとの支援メッセージも伝えられました。これは暗に日本企業を優遇する姿勢が示されたものと解釈してよさそうです。

経産省のこちらのページにイラクとの合意内容に関する覚書があります。日本が発電所などのインフラ整備に協力することで、イラク側の前向きな姿勢を引き出したということのようです。

日本の場合は、国内にExxon MobilやRoyal Dutch Shellのようなメジャーを持たず、官民が足並みを揃えてアプローチしないと原油調達先の分散が図れないわけなので、ナシリア油田に関連した活動は非常に理にかなったものだと言うことができます。

考えてみれば、石油メジャーは民間企業であるため、石油を離れた世界では、イラク国内のインフラ整備で協力できる立場にはありません。その点、日本はイラクに多様な支援を行うことができる立場にあり、国対国の関係を緊密にして、結果として石油の権益も得るというアプローチが可能になります。イラクにはインフラ整備の案件が多数あるようで、これについては積極的に取り込むことが戦略上、得策なのかも知れません。

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