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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

米国のスマートメーター超過料金問題のてんまつ(下)

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■バークシャーフィールドの1人の男性がPG&Eを訴えた

PG&EはCalifornia Public Utility Committee(CPUC、カリフォルニア州公益事業委員会)が認めた計画に沿って、2006年11月からカリフォルニア州バークシャーフィールドでスマートメーターの設置を開始しました。当初は1日1,000台でしたが、徐々にペースが上がって2008年半ばには1日1万台になり、現在に続いています。
消費者宅で旧型メーターとスマートメーターを取り替える作業に先立って、同社は、顧客に理解を求める書面などのコミュニケーションをしていなかったそうです(これは訴訟後に改められました)。それがあるため、消費者側では、いきなり工事担当会社の作業員が来てメーターを取り替えて行った、という状況だったようです。2010年5月に同社が公開した報告書で明らかになりますが、設置時の手違い(旧型メーターが指し示していた数字の読み間違え)などによって、本来よりも高い電力価格が請求された例が若干あったそうです。しかし、スマートメーターそのものには瑕疵はないことが明らかになりました(確率的にごく少数のメーターにおいて不具合は発生していました)。

同社に対して2009年11月、バークシャーフィールドの男性が「PG&Eのスマートメーターは恒常的に誤った高い料金を課している。詐欺であり、虚偽の広告であり、不正な競争、業務怠慢である」として訴えを起こしました。虚偽の広告とは、同社の事前告知においてうたわれていた消費者メリットが誤解を招くということ。不正な競争とは、消費者側にスマートメーター以外の選択肢がないということを指しています。訴訟を担当した法律事務所は、他にも同様の不満を持っている消費者がいるであろうことから集団訴訟形態にしています。現実問題、スマートメーター設置後に、同社に対して「メーターが変わってから電力料金が高くなった」というクレームが多数寄せられていたそうです。そうしたクレームへの対応が後手に回ってしまったことが、騒ぎを大きくした一因であることは確かなようです。
同社としては、自社保有設備の更新であるわけだし(メーターの取り替えに過ぎない)、スマートメーターそのものには問題がないわけだから、クレームを持ち込んでくる方がおかしいといった考えがあったのかも知れません。事実、同社が2010年5月に公表した報告書ではそういう姿勢が読み取れるそうです(PG&E's Smart Meter Report: A Case Study of Infrastructure Over Customer)。

■2つの報告書はスマートメーター自体に瑕疵はないとの結論

この訴訟はちょうどオバマ政権のスマートグリッド助成金の交付先が発表された直後に起こされたため、メディアの格好のネタになったところもあるかと思います。集団訴訟とは言え、訴訟時には原告が1人。それが時間を追うにつれて拡大していったかと言えば、そういう形跡は、私が見る限りの関連記事では報じられていません。ごく少数の消費者が同社を訴えていたのです。
とはいえ、PG&Eとしては、誠意ある対応をしなければなりませんし、州の公益事業委員会も消費者問題として対処する必要があります。まず、PG&Eとしては、原告が訴えている最大のポイントである「スマートメーターがおかしい(詐欺である)」ということを科学的に訂正する必要があります。ということで、第三者的な立場のコンサルティング会社が選ばれ、詳細な報告書が作成されます。これが2010年5月に公開され、スマートメーターそのものには瑕疵がないことが明らかになりました。一方で、前述したように、設置作業員のミスなどがあり、それがもとで若干のケースでは高い料金が請求されたということがあったということも明らかになりました。

ではなぜ、スマートメーター設置後に電力料金が高くなったというクレームが多数発生したのか。2009年の夏は記録的な猛暑だったそうで、平年よりもエアコンをたくさん使った家庭が多くなり、それが誤解の元となったというのが報告書の論調だそうです。米国の家は間取りも広く部屋数が多いですし、エアコンそのものも日本のように省エネが徹底されていないでしょうから、いざ、たくさん使うと電力料金が跳ね上がるということがあるのでしょう。
同社が公開した報告書は700ページもあるそうで、同社サイトでPDFファイルとして入手可能です

2010年6月17日には、サンフランシスコ市の顧問弁護士がPG&Eに対して、スマートメーター超過請求問題に関連して、適正な第三者による報告書が事実関係を明らかにするまでは、スマートメーター設置を延期するように要請したということがありました。この時点ではPG&Eによる700ページの報告書が公開されているわけですが、それでは不足。CPUC側でも調査を開始しているので、その結論を待てという主張です。ただし、この主張は法的な強制力は持たないもののようで、これによって設置が止まったという報道はありません(San Francisco City Attorney Calls for Halt on PG&E Smart Meters)。

2010年9月2日には、CPUCが、PG&Eのスマートメーター料金超過請求問題に関する報告書を公開。内容はPG&Eの報告書とほぼ同じ。設置時の若干の手違いはあったものの、スマートメーターそのものは正確に動作していた、従って電力料金高騰は猛暑による例年にないエアコン利用等が原因であろうと記しているそうです。ただし、同社のカスタマーサービスの不備は指摘しています(Report: PG&E’s Smart Meters Work, but Outreach Lacking)。

PG&Eのスマートメーター超過料金問題のてんまつは、おおむねこんなところです。

■イノベーションに反発する人たちは必ずいる

これらの経緯をたどってみると、PG&Eのやり方のまずさが目に付きます。日本流に言えば、消費者や他のステークホルダー(地方の有力者など)に対する「根回し」なしに、CPUCとの相談だけで、1,000万世帯を越す顧客に対してスマートメーターを設置する計画を始めてしまったわけです。単なるメーターの交換だけであれば、従来通りのやり方でよいのかも知れませんが、スマートメーターの場合は、消費者側でも利用できるアプリケーションがあり、省エネや電力料金低下に役立てることができます。そこで、ウェブサイトなどで「消費者にもメリットがあります」とうたうわけですが、それが何のことなのかすぐに理解できる消費者は多くないはずです。
スマートメーターのメリットを得るには、消費者側でもスマートメーターの活用方法を学ばなければならず、かつ、電力消費状況をモニタリングするディスプレイやHome Energy Management Systemと連携して動作する新型の家電製品を購入する必要もあります。つまり、消費者側にも有形無形の投資が必要になるのが、スマートメーターとそれに付随するアプリケーションです。
そのへんをあいまいにしたまま、大規模なスマートメーター導入が実際に始まってしまったものだから、エヴェレット・ロジャーズのイノベーション普及理論で言う「ラガード」(イノベーション忌避層)に相当する人たちが反感を持ってしまい、クレームや訴訟につながったということなのでしょう。どういう時代にも、新しいものには拒絶反応を示す人たちがいます。そうした層への配慮がなかったのだろうと思います。

余談ですが、どういうやり方がよかったのでしょうか?スマートグリッドは社会規模で導入するイノベーションなわけですから、イノベーションの普及に効果的な黄金則、ちょうど、エヴェレット・ロジャーズの「イノベーションの普及」で解説されているようなパターンをなぞるのが一案かも知れません。すなわち、すべての顧客が無差別的にスマートメーターの恩恵を蒙れるようにするのではなく、当初は「イノベーター」(成員の2.5%)が任意でメリットを試して、ソーシャルメディアなどでそのよさ、改善点などをシェアできるようにする。それに釣られて「アーリーアダプター」(同13.5%)、「アーリーマジョリティ」(同34%)もメリットを享受するようになる。最終的に「レイトマジョリティ」(同34%)まではメリット享受が拡大するが、「ラガード」(同16%)はメリットを拒絶したままでもよしとする。つまり、ハードウェアとしてのスマートメーターは粛々と交換していくとしても、ソフトウェア的なメリットの方は「デフォルトではオフになっている」状態で設置を進め、「それをオンにするには、イノベーターがお手本を見せたような手順が必要になる」といった格好がよいのかも知れません。あくまでも一案です。

■スマートメーター関連コストを消費者に転嫁してはダメというPUC

さて、スマートメーターの進展に影響を与える動きが他にもあるので、簡単にまとめておきます。

2010年3月下旬には、テキサス州ダラスで、電力会社Oncor(2009年度売上高26億9,000万ドル、顧客数310万)が、ある夫婦からPG&Eとほぼ同じ内容の訴えを受けました。こちらも集団訴訟扱いの訴えでした。米国の集団訴訟は、最初は原告がごく少数で始め、それに同調する原告を集めて規模を大きくすることが可能なようです。こちらも現在までに訴訟規模が大きくなっているという報道は見られません。
ちなみに、テキサス州もカリフォルニア州と同様に電力の規制緩和が進んでいる州です。また、同州を1つの国として考えると電力事業規模は世界第十二位、英国とイタリアの間に位置するほどの規模があるそうです。
2010年8月30日には、Oncorに対する訴訟が地区裁判所の裁定によって、テキサス州の公益事業委員会が判断を下すべき問題ということになりました。これにより、訴訟は事実上却下されたことになります。

2010年3月22日週には、オーストラリアのビクトリア州において、進展しつつあった250万台のスマートメーター設置に関して、時間帯別電力価格変動制(time of use pricing)の実施を延期することが決まりました。時間帯別電力価格変動制でピーク時に電力料金が高くなるようにすると、1日中家にいる必要がある老人などがピークシフトができずに高い電力を使わざるを得ない、それではまずいのではないかという社会的配慮が背景にあります。その後、社会的弱者にセーフティネットを用意するような方策が検討されつつあり、時間帯別電力価格変動制は導入する方向のようです(Smart meters: a key tool to better manage Australia’s energy usea)。

2010年7月下旬には、ハワイ州の公益事業委員会が、同州の電力会社Hawaiian Electricが進めようとしている115億円、45万1,000世帯へのスマートメーター設置に対して、関連コストを消費者に転嫁するものであってはならないとし、計画を見直すように命じています(Smart grid technology rollout stalls in Hawaii)。
なお、同社では、スマートメーターとは直接関わりのない、送配電系のスマートグリッドプロジェクトも進めていて、これについてはオバマ政権の助成金が5億3,000万円付いたとの発表が最近ありました(Hawaii PUC approves Hawaiian Electric smart grid project using $5.3 million federal stimulus grant

時期が前後しますが2010年6月下旬には、メリーランド州ボルチモアでも、地域の公益事業委員会が同州の電力ガス会社Baltimore Gas and Electricに対して、スマートメーター設置にかかる費用を消費者に負担させてはならないという命令を下しています。
同社は総額835億円で電力とガスの顧客にスマートメーターを設置する計画を立てていました。なお、同社はオバマ政権のスマートグリッド助成金を200億円(同助成では最大規模)得ています。差し引き635億円分の負担に対して、消費者には当初月々38セントの料金上乗せ(ガス顧客は44セント)、15年計画の最終段階では月々平均1.24ドルの料金上乗せ(ガス顧客は1.52ドル)を行うという計画だったものが、公益事業委員会から否定されてしまいました。理由は「電力顧客に対して大きな経済的、技術的なリスクを負わせ、料金体系の大きな変化への適応を求めるものでありながら(今泉注。時間帯別料金変動制も盛り込まれていた?)、それと引き替えに得られる電力料金節減はおおむね間接的なものであり、不明確要素が多く、得られるまで長期間が見込まれる」となっています。

■スマートメーターのコスト負担を顧客に求めるための大義

これらの動きを見てくると、米国の電力会社は、スマートメーターおよびその他のスマートグリッド関連投資を行うにあたって、そのコストをどのように捻出するか、大きな課題を抱えているということがわかってきます。毎月1ドル程度であっても、顧客に転嫁する場合には、その理由を明快に示して地域の公益事業委員会の判断を仰がなければなりません。オバマ政権のスマートグリッド助成金はたくさんの電力会社に交付されましたが、助成金の枠内でのスマートメーター設置は問題ないとしても、それを超える分の設置についてはどのような姿勢で臨むのか、これから各社の姿勢が明らかになってくると思われます。
米国に限らず、消費者が関係するスマートグリッド関連コスト、すなわち、スマートメーター、さらにはホームゲートウェイや分電盤などについて、消費者が負担するのか電力会社が持つのかは、なかなか悩ましい問題だと思います。それを関係者に明快に納得させるための論理…というより大義のようなものが欲しいところです。

次回は、世界的なスマートシティの投資動向を取り上げます。

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次回は11月10日、19時から田町で行います。(通常月は第一水曜日)
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