オルタナティブ・ブログ > インフラコモンズ今泉の多方面ブログ >

株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

米国のスマートメーター超過料金問題のてんまつ(上)

»

一週間あまり引越関連の作業が続いていて、調べ物や書き物がほとんどできませんでした。ぼちぼちペースを作っていきたいと思います。
今日は、米国のスマートグリッド関連動向を把握するのに欠かせない、いわゆる「Backlash」(跳ねっ返り≒アンチ・スマートメーター)の動きをまとめてみます。

米国カリフォルニア州の電力ガス会社PG&Eおよびテキサス州の電力会社Oncorの管内では、スマートメーターを積極的に設置していったところ、一部の消費者から、「スマートメーター設置後に電力料金が非常に高くなった。これはおかしいのではないか?」と法的に訴えられる出来事が起こりました。実際には、訴訟を行った消費者はごくごく限られた人々であったにも拘わらず、地域の新聞や業界ニュースなどで大きく取り上げられたところから、これがある種の騒ぎとなり、「Backlash」と呼ばれるようになって現在に至っています。後述するように、現在、この騒ぎは収まっています。

ご存じのように、オバマ政権は景気浮揚策の一環として昨年10月下旬に34億ドルの助成金を電力会社等のスマートグリッド関連プロジェクトに割り当てました(この記事にあるように、助成金総額の1/3はGEの顧客になっている電力会社に回ったそうです)。ほとんどのプロジェクトでは、スマートメーター設置が組み込まれており、それ以降、米国各地の電力会社においてはスマートメーター設置が加速化しています。そういうなかで、「Backlash」は、関連業界全体にとって、いわば冷や水を浴びせるような現象だったわけですが、メディアで喧伝されたわりには、影響は軽微にとどまり、スマートメーター設置は粛々と進んでいるようです。
ただし、その背後では、電力会社が、スマートメーター活用の位置づけの再検討、消費者啓蒙戦略の練り直しをしていることは、ほぼ間違いありません(Utilities Not Ready for Coming Customer Engagement from Smart Grid)。「Backlash」がよい意味で警鐘となったところはあるでしょう。

■ 前提としてカリフォルニア州の電力事情をおさらい

PG&E(Pacific Gas & Electric)のケースに入る前に、カリフォルニア州の電力事情をおさらいします。同州は人口3,400万超、GDPでは全米の15%を担う経済規模の大きな州です。PG&Eはカリフォルニア州三大電力会社の1つで、売上高134億ドル(2009年度)、510万の電力顧客、430万の天然ガス顧客にサービスを提供しています。売上高を単純比較すれば九州電力と同規模の業容ですね。Fortune500(売上高ベースの企業ランキング)では173位。三大電力会社の残り2社はSouthern California Edison(売上高99億7,000万ドル、同年度)とSempra Energy(売上高81億ドル、同年度)です。
カリフォルニア州は進取の気性に富んでいるようで(シリコンバレーもありますし、70年代のカウンターカルチャー発祥の地でもありました)、古くから電力の規制緩和に積極的であり、2001年の電力危機で行きすぎた規制緩和の弊害が顕在化するまでは、世界的に見てかなり進んだ電力規制緩和が行われていました。規制緩和の眼目は、大手三社の垂直統合型業態を可能な限りアンバンドリングすることと、顧客における小売電力会社選択の自由を担保することでした。規制緩和の背景には、同州の電力料金、特に産業需要家の支払う料金が他州に比べて極端に高いということがあったようです。規制緩和は1998年から始動しました。

しかし、規制緩和の一環として組み込まれた卸売電力市場の市場メカニズムが、2000年の猛暑で電力需給が逼迫した際に料金高騰をもたらしてしまい、規制緩和が逆回転し始めます。
卸売と小売がアンバンドリングされた(双方の運営者が異なる)電力市場においては、前提として発電の絶対量が足らない状況があれば、小売の先にいる需要家で電力需要が増すと(真夏や真冬の冷暖房需要等)小売会社が卸売市場で競って電力を調達しようとするがために、卸売料金がみるみる高騰してしまうということがあります。それが起こったわけです。これの根本にはカリフォルニア州においては、そもそも発電所が不足していた、あるいは州内外から安い電力を調達するための送電網が未整備だったということがあります。その他、規制緩和の制度設計の不備が多々指摘されています(詳細な背景を知りたい方は関西電力のこちらの報告書を参照)。

カリフォルニア州の規制緩和では「2002年3月までは小売電気料金の値上げを認めない」というルールも課されていました。また、三大電力会社には、必ずカリフォルニア州の卸売市場を経由して電力を調達するというルールも課されていました。2000年の夏は猛暑になり、需給が逼迫した際に卸売電力の価格は急上昇。これをきっかけに2001年を通じて卸売価格の高騰が続きました。一方で、電力会社は高い調達価格を小売料金に転嫁できない状況であったため(例外的にSempraの前身Sandiego Gas and Electricは他二社と異なる背景を持つため転嫁が可能であり、破綻を免れた。SCEも最終的には転嫁をして破綻せずに済んだ)、電力を供給すればするほど逆ざやが拡大する状況になり、2001年4月、最終的にPG&Eは破産を申請します。2000年末時点で、PG&EとSCEが負った逆ざやによる債務は120億ドルに上ったと伝えられています。PG&Eは不完全な制度設計の被害者だったと言うことができるかも知れません。その後、同社は経営再建を続け、現在に至っています。

■PG&Eのスマートメーター設置は今も速いペースで続いている

PG&Eは現在、700万台のスマートメーターを管内に設置しています(ガス供給用スマートメーター含む)。「Backlash」の訴訟騒ぎがあったなかでも、事前に決めた計画に則って粛々と…というより、かなりのハイペースで設置を進めてきた結果がこの数字です。同社サイトによると全米の設置台数は1,000万台。うち7割がPG&Eですから、いかに同社のスマートメーター設置が意欲的かわかります。

PG&Eのスマートメーター設置開始は、米国でもっとも早いのではないかと思われます。同社は2006年7月にカリフォルニア州で電力など公益事業の規制・許認可を行うCalifornia Public Utility Committee(CPUC、カリフォルニア州公益事業委員会)から、2012年までに1,030万顧客にスマートメーターを設置する計画と、そのコスト17億ドルを顧客の電力料金に転嫁することについて許可を得ました。2006年11月からバークシャーフィールドで設置が始まっています。当初はガスメーター主体だったと伝えられています。
その後、同社は、スマートメーター技術の進展を取り入れるべく、より新しい型のHome Area Network機能を含むスマートメーター設置を計画に入れ込み、追加のコストとして5億2,700万ドルを、電力顧客に転嫁できる費用としてCPUCに申請。うち4億6,700万ドルが2009年3月に認められています。同社の速いペースでの設置は、この時、認可された計画に沿ったものであると思われます。

上でカリフォルニア州電力危機前後のPG&Eが置かれた経営環境を確認しましたが、一度破綻した経緯があることから、同社のその後の経営の意志決定はCPUCと二人三脚であり(要保護ということですね)、スマートメーター設置の計画およびそのコストの消費者への転嫁についても、CPUCとあうんの呼吸を合わせたものであると思われます。それがために「Backlash」の騒ぎがメディアで大きく取り上げられているなかでも、同社は設置のペースを落とすことなく、1日1万台以上のハイペースで設置を続けてきているのではないでしょうか。

長くなってきたので2回に分けます。

Comment(0)