財津和夫の日経夕刊インタビュー
財津和夫が日経夕刊の「人間発見」に出ています。昨日の分からの引用。
-Quote-
交通の不便な場所に1万5,000人がバスツアーなどで集まりました。高原だから夏なのに気温は10度くらいと寒くて、地面はぐちゃぐちゃで。到底まともに演奏できそうにないから中止も考えましたが、お客さんは延々と待ってますから、やらざるを得ない。
始めてみるとやっぱり音にならない、歌にならない、音楽の最低の条件すら満たしていない。なのに、どんどん盛り上がるんですよ。お客さんもやけくそだったかもしれないけれど、自然発生的に客席で合唱も始まる。演奏の出来は悔しかったけれど、爽快感が残った。
それまではいい演奏だけを心がけていましたが、実は演奏は付加価値にすぎないんじゃないかと思うようになりました。バンドが一方的に音楽を提供するのではなくて、本質は客席とのキャッチボールなんですね。鈴蘭でその輝きを見たことで、1つ1つのライブを大事にしようと思うようになりました。
-Unquote-
含蓄ありますねー。鈴蘭高原のライブは”伝説の”という形容詞がつくそうで、1980年に行われました。私がインドをほっつき歩いていた年だ。
チューリップのあまりよいリスナーとは言えないわけですが、それでも思い入れのある曲などはあり、ビートルズのサージェント・ペッパーズに影響されて作られたアルバム「ぼくがつくった愛のうた」のなかの「私のアイドル」は、この時期の日本で作られたポップソングの最高傑作の1つだと思っています。
上のインタビューで答えている鈴蘭高原ライブはこのアルバムの数年後ですから、「私のアイドル」も歌われたはずです。
なんとニコ動にライブの動画(別なライブ)が上がっているんですね。すげー。
やっぱいい曲だわ。