ベキ法則下の企業活動-その3
めちゃめちゃおもしろい事例が満載の「The World Is Flat」の話に入る前に、公文俊平氏の論考をもう少し確認しておきます。
公文氏は、私が編集の仕事に入った1980年代半ばの時点で、すでにネットワークの論客として存在感を示しておられました。当時、勃興しかけていたパソコン通信のムックを作るということで、私の上司が識者にインタビューして回っていましたが、対象のお一人として公文氏がいらっしゃったのをよく記憶しています。当時の自分はよく理解できなかったですが、ネットワークにおいて個人と個人が結びつくことに社会的なインパクトがある、ということをおっしゃっていたように思います。後の「智民」につながっていく考えを当時からもたれていたのだと推察します。
余談ですが、「The World Is Flat」が衝撃的なのは、インターネットに接続された主体である個人、そして企業が”質的な変化”の波に表れているという現実を、わりと淡々と、素朴な驚きを交えながら、取材でもって解明しているからです。あれだけ質・量ともにたっぷりした取材の成果を、あれだけおもしろい書き方でもって目の前に示されると、もう圧巻、めまいがしてくるといった印象をもたざるを得ません。
「The World Is Flat」が扱っている、ネットワークによる個人、企業、そして社会の変容ということを、80年代半ばから、おそらくはずっと変わらない視点で、眺め、考え、記述してきた日本で唯一の学者が公文俊平氏なのではないかと、僭越ながらそのように思っています。
公文氏の論考は、ネットワークのあり方についてちょっとしたサーチをかけると、すぐにGoogleで見つかります。(ある時期、何を考えて何を検索していたのか、事後的にたどるために、自分の検索のフルなログが取れるようになってほしいとつとに望みます。)たしかオープンソースの何かについて検索していた際に、公文先生が八田真之氏の発言を引用していた記述にぶつかり、へーと思って読み込んでしまいました。
このウェブページは、2004年後半に刊行された「情報社会学序説―ラストモダンの時代を生きる」の原稿を書くそばからアップしたもののようで、トップページに行くと全部が読めるようになっています。
本ブログで述べようとしているスケールフリーネットワークおよびベキ法則に関連した論考は第五章にあります。
なかなか刺激的です。何回かに分けて引用させていただきます。
-Quote-
彼ら(今泉注。ケータイなどで連携したスマートモブズのこと。これに自分を含めて考えることができるヒトはWeb2.0人、そうでなければWeb1.0人。なんちて)はまた、東が指摘する意味での「動物化」した存在でもあって、他人に抜きんでようとする社会的「欲望」は概していえばそれほど強くない。 そればかりか、彼らは、これまでの近代文明が理念像としてきた、右顧左眄することなく自らの目標を追求する「強い個人」ないし「合理的エージェント」というよりは、他人の意見や行動に影響されやすい「弱い個人」ないし「烏合の衆」たちでもある。
それにもかかわらず私は、彼らこそが「共の原理」の担い手として、さまざまな「協力の技術」や「関係性の技術」を発達させ利用するなかで、自分たちの共同目標を実現しうるような、「群がりの知性(スウォーム・インテリジェンス)」と「集合行為」を通じた自己組織能力とをもった存在だと考える。
中略
スマートモブズにたいしてもそのような社会的ダイナミックス(今泉注。クリステンセンの言う「破壊的イノベーション」に類似したメカニズム)が働くとすれば、最初のうちは、彼らの価値観や行動様式は、既存の組織や個人のそれにくらべると、ばかばかしいとか幼稚だとか取るに足りないといった否定的な評価ばかり、もっぱら受けるかもしれない。しかし、いずれはその中から、既存の思想や行動の基盤を堀り崩し、それに取って代わるような新しい動きやそれが生み出す新しい秩序が、事前に計画されてというよりは、いつのまにか「創発」されてくるのではないだろうか。
--「情報社会学序説 5.1.0. 創発(イマージェンス)と同調(シンク)」
-Unquote-
氏は、ネットワークで結合された個人が、集合的に見て新しいタイプの知を創発させてくるのではないかと考えておられます。これは言うまでもなく、こんにち、Web 2.0の文脈で言うところのCollective Intelligenceのことです。(O'Reillyの図を参照) (ただ厳密に言うと、O'Reillyが括っているCollective IntelligenceはWeb 2.0現象の一端を切り取ってみたものにという性格があり、一方、公文氏が述べるネットワークから知が創発してくる様は、いまで言うWeb 2.0状況総体を、公文氏なりの問題意識で”全的に記述している”という違いがあると思います)
少し補足します。「創発」という言葉は、複雑系をかじっていないと少し理解しにくいところがありますが、ウェブを探すと以下のような説明が見つかります。
-Quote-
創発とは,”要素間の局所的な相互作用により大域的挙動が現れ,その大域的挙動が要素の振る舞いを拘束するという双方向の動的過程を通して,新しい機能や形質,行動を示す秩序が形成されること”である.
-- 東京大学人工物工学研究センター上田研究室「創発的シンセシスの方法論」研究の概要
-Unquote-
梅田望夫氏のブログから「ウェブ進化論」が生まれ、これが読まれ、ブログに書かれ、ある種の社会的な広がりを見せながら、Web 2.0的な状況についてのふんわりとした共通認識が生まれたという、つい最近の出来事なんかは、↑の例としてぴったりですね。
少し噛み砕くと、以下の田坂広志氏のように書き表せます。
-Quote-
創発とは、物事が自由自在に動いている中から、自己組織化が起こり、新しい秩序・構造・価値が生まれてくることです。
--BBT経営戦略ライブ157 田坂広志 概要
-Unquote-
「自己組織化」も複雑系の言葉ですが、ここから先はご自分でどうぞ(^^;
(気長に続く)