AI駆動開発とIT業界の未来:2つの「GPT」がもたらすパラダイムシフト
歴史を変える「汎用目的技術(GPT)」
歴史を振り返れば、新しい技術の登場は経済発展の原動力となり、社会構造の変化に大きな役割を果たしてきました。しかし、全ての技術が等しく同様の役割を果たしたわけではありません。様々な分野で広く適用可能な技術こそが、その役割を担ってきました。このような技術は「汎用目的技術(GPT:General Purpose Technology)」と呼ばれています。
例えば、18世紀後半から19世紀中期にかけての第1次産業革命を支えた「蒸気機関」は、ものづくりばかりでなく鉄道や船舶にも用途が広がり、経済や社会の仕組みを大きく変えました。また、19世紀後半から20世紀初頭の第2次産業革命を支えた「内燃機関(エンジン)」や「電力」もまた社会の隅々に行き渡り、今でも私たちの社会や生活を支える主要な技術として広く使われています。これらがまさにGPTです。
さらに、1940年代に登場したコンピューター、1990年代に普及が始まったインターネットなども、私たちの生活や社会に深く浸透し、その活動に様々な影響や変化を与えてきたGPTと捉えることができます。
予見された未来と、重なり合う2つの「GPT」
「次に来るGPTは『人工知能(AI:Artificial Intelligence)』かもしれません」
これは私が9年前(2016年8月13日)に書いたブログの一節です。この予測は、もはや現実のものとなりました。
1982年からIT業界に携わり、40年以上にわたってこの業界の変遷をつぶさに見てきた経験から断言できます。AIはまさにGPTであり、時代の流れを大きく変えつつあります。
1990年代、インターネットの登場により、情報はファクトもフェイクも瞬時に世界を駆け巡るようになりました。これは社会や経済の変化を加速させると同時に不確実性を高め、「VUCA」と呼ばれる時代をもたらしました。ITの視点で見れば、メインフレーム全盛の時代を終わらせ、分散コンピューティングを経て、クラウドコンピューティングが前提となる時代への転換点でした。
インターネットが登場した当時、日本のIT事業者の多くは「安い通信手段ではあるがビジネスには使えない」と考え、その未来を軽く見ていたように思います。一方で、今やBig Techと呼ばれる先駆者たちは、それが新しい社会や経済の基盤、あるいはITの「あるべき姿」になると予見していました。彼らは自らの手で可能性を広げ、社会の在り方を再定義し、その影響力を今なお拡大し続けています。
そして2022年11月、「ChatGPT」が登場しました。これはかつてのインターネット黎明期と同様の変化をもたらしつつあります。この変化を正しく予見できるかどうかが、私たちの未来に大きな影響を与えることになるでしょう。
図らずも、ここに2つの「GPT」が重なったことは非常に象徴的です。
- 汎用目的技術としてのGPT:General Purpose Technology
- ChatGPTのGPT:Generative Pre-trained Transformer
「AIを使える人」が仕事を奪う時代
そのような時代であるにもかかわらず、いまだにAIを遠ざけている人がいます。人間の能力に過大な期待を寄せているのか、あるいは単に「難しい」「面倒だ」と敬遠しているだけなのかもしれません。しかし、今やExcelやWordが使えなければ仕事にならないのと同様に、AIを使えなければ仕事にならない時代が到来しようとしています。
実際に使ってみれば分かりますが、情報の収集・整理における生産性の高さ、学びの効率と質の向上、視野の拡大やアイデアの発掘など、知的労働におけるパフォーマンス向上に劇的な効果を発揮します。AIを使えなければ、仕事の効率も品質も上がりません。そのような人に、あえて仕事を依頼しようとは思わないでしょう。
つまり、「AIが人間の仕事を奪う」というよりは、「AIを使える人が、AIを使えない人の仕事を奪う」ことになるのです。そして、その影響を最も受ける業界のひとつが、私たちIT業界です。
IT業界の転換点:「AI駆動開発」の影響と対策
IT業界にとって転換の鍵となるのが「AI駆動開発」です。
私は先駆者たちから話を聞き、コミュニティに関わりながら「今何が起き、これからどうなるのか」を考察してきました。そこから見えてくる未来図を解説します。
1. AI駆動開発の普及による開発プロセスの変化
まず、システム開発の現場そのものが大きく変容します。
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自動化と高速化の進展
AIツールや機械学習の活用により、コーディング、テスト、デバッグといった従来の手作業プロセスが自動化されます。コード生成やテストケースの自動作成により、短期間で高品質なソフトウェア提供が可能となり、開発スピードが大幅に向上します。
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設計・要件定義の最適化
AIは過去のプロジェクトデータやパターン認識を通じ、要件定義や設計段階で最適なアーキテクチャや実装手法を提案します。これにより、上流工程の効率化と精度向上が期待されます。
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運用・保守の自動化
システム運用においても、AIによる監視やログ解析で障害検知や自動修復が可能になり、保守業務の自動化・効率化が進みます。
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開発プロセスの変革
従来のウォーターフォールやアジャイルに加え、「AI駆動型開発」という新たなパラダイムが出現します。AIがプロジェクト全体のプロセス管理やリソース最適化を支援することで、開発ライフサイクルそのものが根本から変わると予想されます。
2. ユーザー企業の行動変容
開発プロセスの変化に伴い、従来システム開発をSI事業者に委託していたユーザー企業の行動も変わります。
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内製化・セルフサービス化の促進
AIツールやローコード・ノーコードプラットフォームの普及により、ユーザー企業は自社内で迅速かつ低コストに開発を行えるようになります。これにより、外部委託から内製化へのシフトが加速します。
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要求水準の高度化
短納期・高品質が当たり前になるため、SI事業者に対しては単なるシステム構築(作ること)以上の価値、すなわち戦略的な提案や技術的な高付加価値サービスを求める傾向が強まります。
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柔軟なパートナーシップの模索
一括請負契約だけでなく、プロジェクトの一部のみを委託するハイブリッド型や、共創・共同開発型のパートナーシップを検討する企業が増加します。
3. SI事業者への経済的インパクト
上記の結果として、SI事業者の収益構造には深刻な影響が生じます。
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受託業務の縮小による収益減
ユーザー企業の内製化・セルフサービス化により、従来の受託請負業務の件数や規模が縮小し、主要な収益源が減少するリスクがあります。
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単価の低下・価格競争の激化
AIによる自動化で開発の標準化・効率化が進むと、単純な開発業務の付加価値が下がります。これにより受注単価が低下するとともに、価格競争が激化する可能性が高まります。
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高付加価値分野へのシフト圧力
従来のビジネスモデル(人月商売)への依存からの脱却を迫られます。戦略コンサルティングやDX支援など、専門性や戦略性の高い分野への構造改革が必要不可欠となります。
4. 今後の生存戦略:SI事業者がすべきこと
この不可逆的な変化に対し、SI事業者はどのように対処すべきでしょうか。
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AI技術の積極的導入と内製化の推進
自社の開発プロセスにAIツールを取り入れ、開発効率や品質を向上させることで、競争優位性を維持・強化します。既存技術との統合やプロセスの再設計が急務です。
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付加価値サービスの拡充
「作る」ことから、以下のような高付加価値サービスへシフトする必要があります。
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戦略的なコンサルティングサービス
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デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進支援
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システム統合および運用・保守におけるAI活用の提案
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パートナーシップ・エコシステムの構築
AIスタートアップや、クラウド、IoT、セキュリティなどの専門企業と連携し、包括的なソリューションを提供できるエコシステムを構築することで、多様なニーズに応える体制を整えます。
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組織・人材の変革
AI技術や新手法に対応できる人材の採用・育成、そして従来のプロセスから脱却するための組織改革が求められます。技術変革に柔軟に対応できる組織基盤の確立が必要です。
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ビジネスモデルの再構築
従来の一括請負型から、成果報酬型、サブスクリプション型、共創型など、より柔軟で持続可能なビジネスモデルへの転換を検討し、長期的なパートナーシップに基づく収益確保を目指します。
この変化は、生成AIの技術革新とユーザー企業の本質的なDX推進、そしてモダンITの普及が相まって、極めて短期間のうちに起こるでしょう。
AIがもたらす変化を軽んじてはなりません。かつてインターネットの可能性を見誤った轍を踏まないためにも、今起きている歴史的転換に真摯に向き合い、迅速かつ柔軟に対応することが、これからの生存戦略の鍵となります。
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