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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

徳力メソッドを少し実践してみつつ、山根一眞氏の考えに異論をさしはさむ

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永井さんが 「『みんなの意見』は案外正しい」のであって、「絶対正しい」のではない で触れていらっしゃった山根一眞氏の日経のコラムですが、私はもう少し別のことを考えました。

山根一眞氏による、Wikipediaの記述に誤りがあったという指摘は正しいとしても、この集合知の状況では、その誤りを知った本人が、その誤りを訂正できるのであって、その立場を主体的に駆使すればコトは済むわけです。
すなわち、山根氏ご自身がWikipediaを修正されればよいのです。最初はインターフェースが面倒かも知れませんが、みんなサンドバックなどで練習して書いているわけなので、ものの1時間も経てば修正を書き込むことが可能だと思います。
(Wikipediaのリテラシーがある文筆家って、なかなか魅力的です)

それよりももっと興味深いのは、Wikipediaが山根氏の指摘をすぐに取り込んでしまったということです。Wikipediaの懐の深さが表れた、非常によいケースだと思います。
Wikipediaは、Wikipedia外の空間でなされた誤りの指摘に柔軟に対応しうるメカニズムを持っている。そのことが非常にすばらしいと思います。

とここまで書いて「徳力メソッド」からだんだん離れていく自分を感じつつ、後を続けますと。。。

というより、自分が書きたかったことは上で言い尽くされているので、締める必要はないんですよね。こんな締め方でいいのか?

……。

そうだ。思い出しました。当該事実への知的なアクセスがほとんどない状況で、ジャーナリストが取材する行為は、非常に手間ヒマがかかり、コストがかかります。山根一眞はそれを行い、日本海海戦で日本軍が使用した無線電信機に関する事実を把握しました。
この、プロフェッショナルによるコストをかけた一時情報の取得という行為、それとWikipediaのような無料の集合知の集積物との関係が、今後どのようになっていくのか、いろいろ考えて見なければいけないことがあるように思います。

この投稿は、徳力メソッドを目指しつつ、くじけてしまったダメな例ですな。

ご参考:webdog 徳力メソッドというブログの書き方、Blog TV公式ブログ ブログを書く極意!徳力メソッド

Comment(6)

コメント

ari

産経新聞の古森義久論説委員も被害に遭われたようですね。
http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/37761/
私も、ウィキペディアについては最初は面白い試みだと思って、ある事象に関して「こういう見方もあるよ」と、リンク先も明示して投稿したのですが、「ソースがあいまいである」との理由から、ある人物によって削除されました。リンク先は個人ページではなく、ちゃんとした出版社(もっといえば、ソフトバンク系列)のページだったのですが。
調べてみると、その人物は、あちこちの項目で論争を引き起こしていました。
しかも、削除されたのが、1回目は、投稿の数時間後、2回目は10数分後でした。四六時中、ネットに張り付いて監視でもしているのでしょうか。ストーカーのようで気持ち悪くなりました。「小泉純一郎」や「靖国神社」について投稿したのなら、論争の的になるのも理解できます。しかし、これは趣味の世界の話です。
いろいろな項目の「ノート」や「履歴」を見てみると、そこは2ちゃんねるもびっくりの罵詈雑言が飛び交っていました。投稿が一方的に削除された経験から言うと、ウィキペディアに「懐の広さ」があるとは思えません。
「集合知」といえば聞こえがいいのですが、自分の思い通りにならないと気がすまない「牢名主」のような人々が集まっているというのが現実ではないでしょうか。

ariさん、ご教示いただきどうもありがとうございます。勉強になります。なるほど。私は認識を少し修正する必要がありますね。いやかなり修正する必要があるのかも知れません。

今泉さん、こんにちは。TBありがとうございました。
ariさんも書かれていますが、その人の本心に対して、実社会でのペルソナと、ネット・コミュニティでのペルソナは、それぞれ異なるものなので、なかなか難しいですね。
前者はとりもなおさずビジネス社会での顔ですし社会でも共通認識が持たれていますが、後者について社会にどのように認知すべきかコンセンサスがまとまるまでは、まだかなりの時間がかかるのではないでしょうか?
とは言え、パソコン通信が流行っていた1990年代前半と比べると、ネットコミュニティも少しは成熟してきたように思います。ここまで10-15年かかっている訳で、まだ10-20年かかるかもしれませんね。

永井さん、TBへのレスポンスをどうもありがとうございます。
ネットコミュニティのことに関しては色々と勉強になります。
冷泉氏の「関係の空気」「場の空気」をすぐに入手したのですが、まだ目を通せていません。おもしろそうですね。
あとは、山本七平と小室直樹の対談本なども購入しましたが、まだそこまで行けず。。。
今後ともご教示くださいませ。

ari

私もかつて、永井さんのお勤め先が関わっていらっしゃったパソコン通信のヘビーユーザーでした。そこでは多くの出会いがあり、現在にもつながる素晴らしい出会いもありました。そのパソコン通信を通じて結婚された方も何組も存じ上げています。しかし、中には困った言動をする人もいました。良識ある人とそうでない人の割合は、リアルの社会とネット上でさほど変わりがないか、むしろネット上のほうが「困った人」が多いように思うのですが、さも「ネットでは素晴らしい出会いが待っている」「現実社会では不可能なことがネット上では実現する」かのようなネットの良い面だけを宣伝する風潮には不信感を抱いてしまいます。最近話題となっているmixiもマイミクを断られた男性が逆恨み(?)して、ブログで執拗にいやがらせをしているといった事例を知りました。(このページの品位を下げるのでリンクは張りませんが)。「現実社会で許されないことはネット上でも許されない」というシンプルなプリンシプルに立ち帰る必要があるように思うのです。

ariさん、コメントをどうもありがとうございます。
そうですね。。。ネット上の行動に何らかの抑制を利かせなければいけないことは確かです。しかしそれが経験から学ばないと、なかなか身につかないものなのかも知れませんね。
ネットでは身体がないだけに、よく言われるように一種の”万能感”が増長するときがあります。これが問題ですよね。自分のネットのアイデンティティを等身大のものに保つには、やはりオフラインでの交流が不可欠なのかも知れませんね。

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