アート足らん
最近は帰ると11時を過ぎているし、仕事ばっかりしているし、土曜日も仕事の周辺でつぶれるし、日曜日はまぁ恒例で教会へ行くのでそれはよいとして、アートに接する時間というのがほとんどありません。
谷崎潤一郎の「細雪」に、夏、一緒に暮らしている三姉妹が「B足らん」「B足らん」と騒ぐ場面があって、ひどく印象に残っています。姉妹の誰かが「B足らん」と言い始めると、「うちも」「うちも」というノリになり、ビタミンB1の静脈注射を打ちあいっこするのです。
昭和初期には、ビタミンBを摂らないでいると脚気になるという考えが広く普及していたようで、夏、ビタミンB1の消耗が激しいらしい(ほんとかどうかは不明)時期、ひどくだるかったり夏バテぎみだったりすると、脚気を恐れて「ビタミンB1が足らないのだ」とそわそわし、富裕な家庭では注射で補給していたのでしょう。ただし私は脚気というものをまったく知りません。昭和の後半には消滅した病気ですね。
ビタミンB1って、武田製薬のアリナミンでカバーされるやつですよね(正確には普通のビタミンB1よりも体によく吸収されるビタミンB1誘導体のフルスルチアミンがアリナミンの主成分)。それでもって、アリナミンって、にんにくの素が凝集されたような薬ですよね。子どもの頃、ネフローゼで3ヶ月ばかし入院した折、隣の子どもがいつもアリナミン注射を打ってもらってて、打った直後、猛烈ににんにく凝集臭が口から鼻から出てくるのを「すげー」と思って見て(それとなくかいで)ました。
結局、「細雪」で雪子や妙子が「B足らん」と騒いで打っていたのが、あのアリナミン注射だとすると、打った直後はものすごいニオイを振りまいていたはずで、これは自分的には新発見です。
ちなみに「細雪」のエンディングは、見合いをすることになった雪子が夜行列車に揺られながら遠いところまで行くという場面なのですが、その雪子が下痢に悩まされていたという記述があります。この下痢でもって見合いのために夜行列車に揺られていく雪子という設定に、「深い読み込み」をする文芸評論家がいて、誰だったか忘れましたが、その「下痢であること」に引っかかっているらしく、美しきもののなかの不浄みたいなあたりを突いているわけで、当時は何もわからずそのような批評を「ふーん」と思って読んでおりました。
今ではそこに読み込むべきものは別段なにもなく、単純に読書体験の終わりとしてもっとも適当であろうエンディングとして書かれただけであり、その言表あたわぬ読書体験こそが谷崎潤一郎の目したものであって、何も読み込んではならないのではないか、と思っています。ヘタな読み込み系文芸評論にはんたい!とはいっても2000年代のいま、そういう人はどこにも存在しません。存在しているとすれば、その人はタコです。
「細雪」の「B足らんに」かこつけて自分の「アート足らん」を云々して何になるわけでもなし、ならば今日は金曜日だから帰って深夜にヤフオクで買ったアナログLP、バルトーク「ピアノ協奏曲第二番」を聴いて鮮烈さに浸ればいいではないですか、ねぇ。ちなみに「B足らん」に関する記述で記憶違いがありましたらご容赦を。