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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

運命論に迷い込まない(ベキ法則下の企業活動-その5)

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Skypeの創業者ニクラス・ゼンストロムは、先ごろ開かれたDavos会議のパネルディスカッションにおいて、「ユーザーベースを拡大するのにもっとも効率がいいのは、Self-Organized Distributed P2P Networkだ」と述べています。この発言は、彼自身がスケールフリーネットワーク性を意識してSkype事業を行っていることを窺わせ、非常に興味深いです。企業経営者として、戦略的に自己組織化のメカニズムを活用しているわけです。また、この発言は、インターネット上では、自己組織化しつつ拡大していく何らかの新手のサービスを始める余地がまだまだあるということも示唆しています。
彼いわく、インターネット上で何らかの有益なサービスを組むのに、例えばルーターがどのように動作するかを知る必要はなく、レイヤを限定して、そこだけで真にユニークなものを開発すればよいので、非常に少ない経営資源で非常にインパクトの大きなビジネスを始められるとのことです。
ベキ法則が働くスケールフリーネットワークがいわば経営環境になりつつある今日、このへんが企業戦略を考える上で大きなヒントになります。すなわち、すべてを知る必要はなく、局所的に最大の効用をもたらす何かに集中すればよいということです。

さて。ベキ法則は普通に受け止めればはなはだ不公平な現象であり、感情的には承服しがたいという特性があります。

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 ところが、個人のもつ社会的特性、とりわけ個人が社会のなかで獲得する報酬や評価、つまり権力や富や名声は、はなはだ不平等というしかない形で一部の少数者に集中しがちである。このことは、昔から経験的に知られていた。米国の社会学者ロバート・マートンは、人間社会の中に富める者はますます富む傾向があることは、聖書のマタイ伝にも書かれているとして、これを「マタイ効果」と名付けたという。多くの大衆にとって、あるいは民主主義者やリベラリスト的価値観の持ち主たちにとっては、これははなはだ不愉快な事実にみえるだろう。能力的にはそれほど大きな差がないと思われるのに、なぜごく一部の人間が大金持ちになったりスターになったりするのか。営々と働いている庶民の努力が報われないのは、はなはだ不公平ではないかというわけである。
--「情報社会学序説 5.3.1. 貢献と報酬のベキ分布」公文俊平
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この点に過度に着目してしまうと、先に進めなくなります。インターネットがここまで普及した現在、モノは落下する、あるいは、フレッシュなものは腐る、といった一種の自然法則として受け入れて、これを前提にものを考えていく姿勢が必要ではないかと思います。

例えば、SNSの世界では、Mixiが400万人超のユーザーを獲得してなお拡大しつつある一方で、他のサービスではだんだんと閑古鳥が鳴き始めているという状況があるかと思います。これはまさに、より大きなものはさらに大きく、そうでないものはさらに小さくという、スケールフリーネットワークの基本原理、優先的選択のなせるわざです。ネットワークの効用そのものがSNSの売りである以上、Aを選ぶかBを選ぶかは効用の多寡、すなわちユーザー数の多さで決めるのが普通のユーザーの行動です。これがノードがとる優先的選択です。結果としてロングテール的な勢力図が出現します。

では、例えば、Mixi一強が日増しにユーザーベースを広げるなかで、他のSNSはどうすればいいのか?
ベキ法則が、おそらくは抗うことができない大きな力として働いている以上、似たような機能、似たような顧客ターゲットで展開しようとする限り、どのようにしてもジリ貧から抜け出せないのは明らかです。過去の例では、日本に進出してきたeBayがヤフーオークションのユーザーベースの前に撤退を余儀なくされた事実を思い起こせばよいでしょう。

ここでは、顧客の存在領域は必ずしも”このネットワーク”だけに限らない、われわれが目指すべきは”別なネットワーク”であるという風に発想を切り替えて、存在平面を変える分別が必要になると思います。

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 このようなベキ分布にあっては、ほとんどの個体が平均値よりは低い値しかとらないばかりか、きわめて多くが最小値の近辺に集まっている一方で、ごく少数の個体がきわめて大きな値(最大値に近い値)をもつことになる。その結果として、「八〇対二〇」と呼ばれるような関係、つまり二割ほどの少数者が全体の八割を手にしているという関係が生まれているのである。しかし、ベキ分布の「スケール・フリー」性を考えれば、「八〇」や「二〇」という特定の数値にこだわることは危険である。先のプリゴジーヌの指摘にもあったように、二割の「働き者」だけを取り出して「少数精鋭」の集団を作ってみたところで、その中ではまたしても「八〇対二〇」の関係が発生してしまうことを覚悟せざるをえないのである。
--「情報社会学序説 5.3.1. 貢献と報酬のベキ分布」公文俊平
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この逆のパターンも当然にあります。「二割の『働き者』」ではなく、残り八割の方を取り出して新たな集団を作ってみても、そこには自ずと成長と優先的選択のメカニズムが働いて、スケールフリーネットワークが出現するはずなので、そこにおいて「二割」になる戦略をとればよい。これが自然な考え方です。
つまり、Mixiが存在している領域から積極的に脱出して、別なユーザー、別な用途、別な効用を持った、いわばSNSから少しずれたサービスとして設計するという路線が浮かび上がります。

この考え方は、クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」で説明されているところの、強大企業が勢力を振るう「バリューネットワーク」とは異なる「バリューネットワーク」を選んで、そこにおいて破壊的なイノベーションをしかけるべきだというロジックとも整合します。

別な顧客、別な価値観、別なサプライチェーン…。そうしたものから成る新しいバリューネットワーク=経営環境が、いついかなる時も存在すると思います。引用が長くなりますが。

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 実際、多年サンタフェ研究所の活動を主導した研究者の一人、スチュアート・カウフマンも、その近著『探求(インベスティゲーション)』 の中で、生命の進化の方向として「生物圏は、長いスパンでみたときの平均として、自律体や自律体が生活する方法の多様さが最大になるように構築されるのではないか。すなわち、平均として、生物圏は次に起こることの多様性を常に増やしている」(訳書、一七ページ)という仮説を提唱している。彼のいう「自律体」とは「少なくとも一つの熱力学的仕事サイクルを実行できる、自己複製可能なシステム」(同、一八ページ)だと定義されていて、生物圏にみられる進化過程は、「自律体が、仕事や制約条件の構築、仕事の達成からなる一連の組織体を共構築し、それによってさらに組織体が増殖し多様性を増す」(同、二〇ページ)過程にほかならないという。「時間の矢」に関する彼の仮説は、エントロピーの不断の増大を意味する「閉じた熱力学系における熱力学の第二法則ではなく、非平衡的に隣接可能な領域へと拡大していく動き」(同、九三ページ)、すなわち、「宇宙にある生物圏、また宇宙そのものをつかさどる」「開かれた熱力学システムについての第四の熱力学法則」(同一五ページ)だというものである。
 カウフマンによれば、このような自律体は共進化する。
--「情報社会学序説 5.2. ノンゼロ性と協力」公文俊平
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公文氏のこの記述は、ベキ法則という一見、非常に不平等な性格を持ったスケールフリーネットワークの複合体であるインターネットが、常に、別な領域に新たなスケールフリーネットワークを生成し、内包する余地を持っているということを言っているように読めます。これは冒頭で書いたニクラス・ゼンストロムの楽観にも通じます。こうしたことに気づくと、ベキ法則の一面を取り出して、運命論的に「格差」や「不平等」を云々するどつぼから免れられると考えています。

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