「ソニー・エリクソン」カテゴリーの投稿 |
ソニーエリクソンの挑戦(34)~ひとまず終わり、後書きのようなもの
2007/02/27
1カ月強にわたる、この連載も、ひとまずの終わりを迎えました。 私は、この「ソニーエリクソンの挑戦」という連載で何が書きたかったのでしょうか? 2003年12月に井原勝美社長に、お会いしたときには、「も...
ソニーエリクソンの挑戦(33)~ヨハン・サンドバーグUIQテクノロジーCEOに聞く
2007/02/23
ソニーエリクソンは、2月9日に、UIQテクノロジー(UIQ Technology)という会社を買収しました。このUIQというのは、スマートフォン向けのSymbian OSのユーザー・インターフェースを...
スペインのバルセロナで開催された“3GSM World Congress 2007”では、開幕前日の11日夜に、ソニーエリクソンが、プレス/アナリスト向けの説明会を行った。 (会場は、バルセロナ中心部...
ソニーエリクソンの挑戦(31)~ソニー・グループとのコラボレーション
2007/02/09
そろそろ、この連載も、ひとまず終わりを迎えようとしています。来週バルセロナで開かれるイベント3GSMワールド・コングレスにおいて、ソニーエリクソンは、プレスとアナリスト向けに説明会を行います。ここで、...
ソニーエリクソンの挑戦(30)~技術の距離感
2007/02/09
あくまでも2007年2月時点の話ですが、携帯電話に盛り込める機能というのは、どれくらいのものか、という話です。先日のウォークマン携帯『W880』の記者発表会でも話題になったのですが、音楽プレイヤーとし...
ソニーエリクソンの挑戦(29)~『ソニエリの謎』 Q.本社って、どこにあるの?
2007/02/09
ソニーエリクソンが、ニュース記事などで紹介される場合は、「英ソニー・エリクソン・モバイル・コミュニケーションズは・・・」というように書かれます。これは、ヘッドクォーターがロンドンにあるため、イギリスの...
ソニーエリクソンの挑戦(番外編2)~サイバーショット携帯2機種発表
2007/02/08
2月6日にロンドンで開かれた記者発表会では、2006年夏に発売されたサイバーショット携帯電話の、累計販売台数が累計450万台に達したことも明らかにされました。サイバーショット携帯といえば、ウォークマン...
英ソニー・エリクソンは、2月6日午前、ウォークマン携帯電話、サイバーショット携帯電話などの新製品を発表した。中でも注目は、厚さ9.4mmのスリムなウォークマン携帯電話『W880』。日本以外のアジア・欧...
ソニーエリクソンの挑戦(28)~ウォークマン携帯電話の立て役者、坂口立考副社長が語る
2007/02/07
さて、2005年8月に発売されたウォークマン携帯電話は、どうなったか。2005年10月に書いたレポートは、下記をご覧ください。 http://homepage3.nifty.com/sando/Son...
2005年8月12日が、『ウォークマン携帯電話』発売の前日の夜、ロンドンにて、ソニーBMG所属のアーティスト、ジャミロクワイのシークレット・コンサートが開かれました。 http://ascii24.c...
ソニーエリクソンの挑戦(26)~2005年2月『ウォークマン携帯電話』発表
2007/02/07
2005年2月に、フランスのカンヌで開催された3GSMワールド・コングレスにおいて、ソニー・エリクソンは、とても驚くべきアナウンスを行いました。それは、『ウォークマン』のブランドを冠した携帯電話を発売...
ソニーエリクソンの挑戦(25)~遊び心・其の弐
2007/02/07
2005年3月に、ドイツのハノーバーで開催されたCeBITでは、カメラを搭載したボール型のリモコンカー『ROB-1』を展示していました。ブルートゥース通信機能を搭載した携帯電話で操作するリモコンカーで...
ソニーエリクソンの挑戦(24)~エリクソンの視点、クルト・ヘルストローム前CEOに聞く
2007/02/05
1999年、ソニーと同じように、スウェーデンのエリクソンは、携帯端末事業の不振にあえいでいました。1999年7月に、クルト・ヘルストローム(Kurt Hellstrom)氏が、エリクソンの社長兼CEO...
ソニーエリクソンの挑戦(23)~2004年11月、北欧デザイン?の『802SE』
2007/02/04
英ボーダフォンが満を持してグローバルに投入した3G(W-CDMA/GSM)の携帯電話が、『802SE』でした、イギリスでは『V800』として発売されました。これは、日本では、「北欧デザイン」と称して販...
ソニーエリクソンの挑戦(22)~2001年10月、ソニエリ設立の頃
2007/02/04
2001年10月に、ソニー・エリクソン・モバイル・コミュニケーションズが設立されましたが、発足当時の社内は、どんな雰囲気だったのでしょうか? 以下は、設立から2003年8月まで、ロンドンで広報を担当さ...
ソニーエリクソンの挑戦(21)~2004年7月、英シンビアン社への増資
2007/02/03
2004年7月15日に開かれた記者発表会では、スマートフォン『P990』の後継モデルとして、『P910』が発表されました。ソニーエリクソンのスマートフォンは、SymbainというOSにより作動するもの...
ソニーエリクソンの挑戦(20)~1999-2001年、ソニーの事情
2007/02/03
1999年7月に、北米でのCDMA事業からの撤退を決定したソニーは、携帯電話事業のリソースを、日本を含むアジア・欧州・オセアニアに集中させる、第三世代技術は日本と北米向けのCDMA2000、日本と欧州...
ソニーエリクソンの挑戦(19)~2004年、みたびアメリカへ
2007/02/02
ソニーとしては、1999年に北米のCDMA事業から撤退。ソニーエリクソンとしても、2003年に、北米のCDMA事業から撤退と、2度北米からの撤退を経験しています。しかし、2003年に北米でのCDMA端...
ソニーエリクソンの挑戦(18)~1999年7月、北米からの撤退
2007/02/02
1994年2月に設立されたソニーと米クァルコムのジョイント・ベンチャー、「クァルコム・パーソナル・エレクトロニクス」(QPE)は、その後どうなったのか? ソニーは1999年7月に、北米の携帯電話事業か...
ソニーエリクソンの挑戦(17)~2004年4月、フリント社長にバトンタッチ
2007/02/01
2004年4月27日に、ソニーエリクソンの井原勝美社長は、副社長兼CSO兼CFOとしてソニーに復帰するというアナウンスがありました。後任の社長は、マイルス・フリント氏で、手続き上は、2004年6月に正...
ソニーエリクソンの挑戦(16)~1998年2月、次世代端末『Cosmo』発表
2007/02/01
ソニーは、1998年2月、米アトランタで開かれたWireless '98というイベントで次世代端末のコンセプト・モデル『Cosm』を発表し、メディアの注目を集めました。これに関する記事が、サンディエゴ...
ソニーエリクソンの挑戦(15)~2004年3月、日本モデルの欧州への進出
2007/01/31
2004年3月9日にロンドンで開かれた記者会見では、回転式の『S700』というモデルが発表されました。これは、日本では2003年夏に『SO505i』として発売されたもので、ソニー・エリクソンにとっては...
これは意外と知られていないことなのですが(私もソニー・エリクソンについて調べるまでは、知りませんでした)、ソニーは1994年にアメリカで、米クァルコムとジョイント・ベンチャーを設立し、CDMA対応携帯...
ソニーエリクソンの挑戦(13)~インターミッション
2007/01/29
これまでソニーエリクソンについて、主に2003年に起きたことを中心に述べてきました。2004年というのは、同社にとっても比較的順調な年で、マイルス・フリント氏が新しい社長に就任したり、新製品のラインナ...
ソニーエリクソンの挑戦(12)~井原氏はソニーの次期社長候補なのか?
2007/01/28
わかりません(笑)。私は、昔、とあるビジネス誌で記者をやっておりまして、そこでは、しばしば担当会社の社長人事の予測記事を書くことがありました。そういう場合は、業界の噂話や、いわゆる新聞辞令を紹介するこ...
ソニーエリクソンの挑戦(11)~ソニエリとブラビアの共通点
2007/01/28
井原勝美ソニーエリクソン社長のインタビューの内容については、いろいろと検証すべきところもあるのですが、その中でも、一つのポイントと言える部分を考察してみたいと思います。それは、生産面にかかわる部分で ...
ソニーエリクソンの挑戦(10)~井原社長インタビュー(資料編)
2007/01/26
私がソニーエリクソンの井原勝美社長(当時)にインタビューしたのは、2003年12月のこと。この時、私は、井原社長は、いずれはソニー本体に戻るかもしれないが、少なくともあと1~2年はソニーエリクソンの社...
ソニーエリクソンの挑戦(9)~井原社長インタビュー
2007/01/25
2003年12月に、ソニーエリクソンの初代社長である井原勝美社長にインタビューを行いました。2003年というと、4月に1-3月決算の下方修正を行ったことをきっかけに株価が暴落した、いわゆる『ソニーショ...
ソニーエリクソンの挑戦(8)~遊び心
2007/01/23
この頃から、少し余裕が出てきたのか、2003年9月上旬に開かれた新製品の発表会では、ユニークな商品も紹介されました。それは、Bluetooth機能を搭載した携帯電話で操縦するリモコンカーの『CAR-1...
ソニーエリクソンの挑戦(7)~北米事業からの撤退
2007/01/23
ソニーエリクソンにとって、2003年は転機の年でしたが、それは端末のヒットだけによって、もたらされたものではありませんでした。 2003年6月24日に、米国のCDMAビジネスからの撤退とドイツのミュン...
ソニーエリクソンの挑戦(6)~2003年頃の欧州における日本メーカー
2007/01/22
2003年春頃は、ヨーロッパおいて、日本の携帯電話メーカーが、その存在感を増してきた時期です。2002年11月から、英ボーダフォンが『ボーダフォン・ライブ!』という携帯電話によるインターネット接続サー...
ソニーエリクソンの挑戦(5)~運命の日(資料編)
2007/01/22
2003年3月4の記者発表では、新製品のほかに、各製品のラインナップを、ソニーエリクソンとして、どう位置づけるかについての発表もありました。 下のスライドにあるように、同社では4つのキー・ターゲット・...
ソニーエリクソンの挑戦(4)~運命の日(おまけ)
2007/01/20
企業を取材させていただいている者として、あまり、こういうことは書くべきではないなぁ、と思いつつも、当時の様子を再現するために、あえて書いてみます。前回のエントリーで、2003年3月4日は、ソニーエリク...
ソニーエリクソンの挑戦(3)~運命の日
2007/01/19
「運命の日」というと、ちょっと大げさかもしれませんが、しかし、2003年3月4日は、ソニーエリクソンの、その後の運命が決まった日と言えます。 この日の朝、イギリスの経済紙『フィナンシャル・タイムズ』(...
ソニーエリクソンの挑戦(2)~井原勝美初代社長が部下に薦めた本
2007/01/19
求む男子。至難の旅。僅かな報酬。極寒。暗黒の長い日々。絶えざる危険。生還の保証なし。成功の暁には名誉と賞賛を得る。 これは、イギリスの探検家アーネスト・シャクルトンが、1914年から1915年にかけて...
ソニーエリクソンの挑戦(1)~前口上
2007/01/19
以前から、ソニーエリクソンについて、長いものを書いてみたい、と思い、継続的に取材をしてきました。ソニーエリクソンの、全面協力は得られませんでしたが、それでも記者会見やイベントの際のインタビューでは、か...
絶好調のソニーエリクソン
2007/01/18
英ソニーエリクソンが、17日に2006年12月期の決算を発表しました。販売台数が、2005年と比べて46%増の7480万台、売上高が51%増の109億5900ユーロ(1兆7000億円)と絶好調です。純...
ロンドンのソニエリ・ショップに行ってきました
2006/12/13
英ソニー・エリクソンが、11月末にロンドンにオープンしたショップに行って来ました。Kensington High Streetという、私なんかは、普段はあまり行くことの無い高級商店街にあります。 ソニ...
ソニーもカジノロワイヤル(ほんのちょっとネタばれ)
2006/11/19
先日所用で、ロンドンにある老舗百貨店ハロッズに行ったら、007シリーズの映画『カジノ・ロワイヤル』を大々的にフィーチャーしたキャンペーンをやっていました。 ショーウィンドウに、映画のシーンを再現して、...
【テストレポート】英ソニー・エリクソンのスマートフォン『P990』
2006/11/01
イギリスで9月に発売されたスマートフォン『P990』を、英ソニー・エリクソンのご厚意により借りることができましたので、テストレポートとして紹介します。『P990』は、OSがSymbian OS9.1を...
英ソニーエリクソンが携帯音楽配信サービス"M-BUZZ"を開始
2006/09/21
英ソニーエリクソンは、携帯電話に音楽をダウンロードするサービスM-BUZZを10月2日から開始します。対応機種はウォークマン携帯電話の『W950』(写真左)と『W850』(右)です。写真は、昨日ロンド...
『ダ・ヴィンチ・コード』の影の主役
2006/05/19
映画『ダ・ヴィンチ・コード』の公開に先だって、プレス向けの試写会が、ロンドンにあるソニー・ピクチャーズの試写室で行われました。 この試写会を主催したのは、英ソニー・エリクソンだったのですが、これは、『...
ソニー・ヨーロッパのブラビア工場
2006/03/19
スペイン・バルセロナにあるソニーの液晶テレビ工場を見学してきました。ソニーの液晶テレビ『ブラビア』は、欧州でも販売が好調で、最近のシェアは15%近くにまで伸びているそうです。 『ブラビア』で使用される...

ストレス社会との付き合い方
「思いやり経営」のススメ
テレワークが労働者のマインドを変える
求む、クックパッド男子
37歳の常識――我々は一生学び続ける