カリフォルニア高速鉄道はどこに行こうとしているのか?(上)
カリフォルニア高速鉄道をめぐる状況がなかなかダイナミックな展開となっています。少し前に関連の新聞記事や報告書を読み込んで動きをインプットする機会がありましたので、簡潔にまとめてみたいと思います。
過去の関連投稿:
カリフォルニア高速鉄道の獲得に意欲的な中国(2011/01/25)
カリフォルニア高速鉄道が入札希望者からの事前インプットを公募(011/02/18)
[メモ] カリフォルニア州高速鉄道の参画企業向けフォーラムは大盛況(2011/04/17)
■2011年1月に推進派のJerry Brown知事が当選
米国では州の高速鉄道が進むか否かは、ひとえに推進派の知事が選挙で勝つかどうかにかかっていると言えそうです。少し前まであれほど沸き立っていたフロリダ州の高速鉄道は、反対派の共和党Rick Scott知事が選出されてから計画中止となってしまい、同知事は連邦政府から交付された補助金を返納するに至りました。
関連投稿:
スコット知事のフロリダ高速鉄道計画撤回、覆る可能性も?
(ただしこの後、計画撤回が覆ることはありませんでした…)
カリフォルニア州では、1代前のアーノルド・シュワルツネッガー知事が高速鉄道推進派であり、日本に来て新幹線に試乗したとの報道もあります。
2011年1月に選出されたJerry Brown知事(民主党)も高速鉄道推進派です。昨年後半から猛烈な勢いで吹き出した反対論には毅然とした態度で臨み、少しもぐらつきません。(なお、同知事は1975〜1983年にも在任しており、この間に高速鉄道導入について検討した可能性があります。その頃からの筋金入りの推進派なのかも知れません。同州では1980年代から計画があったという記述をどこかで読みました。)
ただ、カリフォルニア高速鉄道の推進主体である加州高速鉄道局(California High-Speed Rail Authority)の物事の進め方には異議があるようで、おそらくは周到な準備をした上で、同局CEOのRoelof van Ark氏が辞任するように仕向けた可能性があります。今年1月中旬に同局CEOのRoelof van Ark氏の辞任が発表され、関連メディアは大騒ぎとなりました。
San Jose Mercury News: Head of High-Speed Rail Authority quits as agency undergoes shake-up(2012/1/12)
補足しておくと、加州高速鉄道局は州政府の中にある組織ではなく、日本で言えば政府系の独立行政法人のような組織で(正しくは、California High-Speed Rail Actを根拠法とするカリフォルニア州の"state agency")、州知事が直接的に命令ができる領域にはいないようです。予算の使い方についても自己裁量が利くようで(役員会で決められる)、州知事の直接的なコントロールは効きません。
以下ではRoelof van Ark CEOが辞任するに至る経緯を見てみましょう。
■州議会付属の監査組織が加州高速鉄道局のやり方にノー
2011年5月中旬、カリフォルニア州議会に属する組織で会計監査などを行うLegislative Analyst's Officeはいささか唐突に加州高速鉄道に関する調査報告書を刊行し、記者発表会まで行ってメディアに知らしめました。
報告書本体:High-Speed Rail Is at a Critical Juncture
(タイトルが刺激的です。意訳「高速鉄道はいままさに危機的な分岐点に接近中」)
San Francisco Examiner:California Legislative Analyst’s Office: high-speed rail already 57% over budget(2011/5/12)
報告書の内容は、加州高速鉄道局の当事者能力のなさをきわめて率直に指摘するものとなっています。(州議会所属の監査機関がそうした大胆な記述を行うのは米国の民主主義が健全に機能している証拠ということなのでしょうか?)
同報告書が述べているのは以下のような内容です。
・最初の区間として建設が始まろうとしているFresno-Bakersfield間(約200km)は、人口密度の低い農村部にあり、需要が大きいとは言えない。
出典:Legislative Analyst's Office "High-Speed Rail Is at a Critical Juncture"
・仮に、高速鉄道建設の資金調達が順調に進まず、完成したのがFresno-Bakersfieldだけということになれば、農村部にぽつんと高速鉄道が走っているということになってしまう。誰が利用するのか?建設計画準備が進んでいるのが同区間だけであり、連邦政府の交付金33億ドルを交付してもらうためには2012年中の着工が必要という条件を考慮する必要はあるとしても、最初の着工区間としては問題があるのではないか。大都市を含む区間から着工すべき。
・加州高速鉄道建設資金として2008年に住民投票の賛成を得て発行可能となった州債券により、約100億ドルの調達が可能になっているが、現在の状況では、当時発表された計画(総事業費430億ドルを想定)よりも総事業費が大きく膨れあがる恐れがある。住民投票の前提となっていた総事業費が大きく変化しそうななかで、州債を発行してよいものか?(新たに住民投票を行うべきではないか。)
・総事業費数百億ドルという巨額の予算を取り扱う組織としては、加州高速鉄道局の体制はあまりに小さすぎる(役員が9名、スタッフが20名。あとは契約ベースの外部スタッフ)。議会に対してもしっかりとした説明責任が果たされていない。予算執行についても不明確なところがある。
・最終的な結論として、Legislative Analyst's Officeは州議会に対し、加州高速鉄道局のプロジェクト推進と予算執行に関する意思決定権を取り上げ、高速鉄道プロジェクト推進の権限を加州運輸局(CalTrans)に移すことを勧告する。
とまぁこのように、正規の手続きを経て設立された一個の組織の意思決定権剥奪を議会に勧めるという大胆な中身となっています。
これが昨年5月中旬の話で、ここからが大騒ぎです。賛成派反対派入り乱れてメディアを介して激しい論争が始まりました。
■加州高速鉄道局へ送り込まれたJerry Brown知事派のDan Richard氏
2011年8月下旬にJerry Brown知事は子飼いと思われるDan Richard氏を加州高速鉄道局の役員として送り込みました。同局の役員会は9名から成りますが、うち2名は州知事が直接的に任命することができるようになっていたと思います。
San Francisco Examiner: Gov. Jerry Brown appoints Dan Richard, former BART board member, to High-Speed Rail Authority(2011/8/23)
ちなみにCEOであるRoelof van Ark氏は独シーメンスでエンジニアを務めていた経歴があり、高速鉄道ICEのプロジェクトに携わりました。同局CEOに就任する前は仏アルストムの鉄道事業子会社Alstom TransportationのPresidentであり、経歴としては申し分のない方です。
一方のDan Richard氏はサンフランシスコ地区の公共鉄道であるBARTの役員を務めた経歴があり、やはり鉄道のプロ。民主党に所属しています。
このDan Richard氏が後々、加州高速鉄道局のChairmanに就任します(役員会での序列はChairmanが上、CEOが下)。背後ではどんなやりとりがあったのでしょうか?
■推進派の考え、反対派の考え
ここでカリフォルニア州の高速鉄道における推進派と反対派がどんな顔ぶれで、何を理由に推進あるいは反対の旗を掲げるのかを簡単に整理しておきます。
○推進派の顔ぶれ
オバマ大統領
LaHood運輸長官
Jerry Brown州知事
民主党の連邦・州議員の大多数(一部議員は条件付で賛成。場合によっては反対)
沿線の地方自治体
沿線の都市の商工会議所
○推進の理由
・人口増による高速道路渋滞の緩和(カリフォルニア州ではまだまだ人口増加が続きます)
・人口増による空港混雑の緩和
・自動車による環境負荷の軽減
・雇用増大
・地方経済の活性化
・米国も「高速鉄道先進国」に近づく必要
○反対派の顔ぶれ
共和党の連邦・州議員
茶会党
税金の使途を精査する市民団体
○反対の理由
・高速鉄道は採算に合うかどうかわからない。採算に合わない場合は維持運営に市民の税金が投入されることになる。
・採算に合わない場合には、建設に投入された巨額の税金も無駄になる。
・専用軌道を走る高速鉄道ではなく、普通の都市間鉄道を整備する方が経済合理性がある。
・空港に投資する方が経済合理性がある。
・自動車に慣れた市民が高速鉄道に乗るとは思えない。
どちらの言い分にもそれなりの正しさがあります。ここは政治力で「やる」と押し切るしかない状況でしょう。Jerry Brown知事はその役割をよく認識しているようです。
長くなってきましたので、あと2回ぐらいに分けて掲出します。