対話型AIエンジン/デジタルヒューマン市場、5年で4倍に
アイ・ティ・アール(ITR)は2025年9月18日、国内の対話型AIエンジン/デジタルヒューマン市場に関する調査結果を発表しました。同市場は2024年度に129億円規模へと拡大し、前年度比46.9%増という急成長を遂げています。2025年度も同45.7%増が見込まれ、2029年度には55億円に達すると予測されています。
テクノロジの進化と導入事例の増加が市場を押し上げており、顧客対応の効率化や新サービス創出の可能性が高まっています。その一方で、日本語特有の言語処理やAI応答の品質、有人対応とのスムーズな連携といった課題も残されています。
今回は、急拡大する市場の背景、技術的・社会的なインパクト、企業にとっての戦略的意義、そして今後の展望について取り上げたいと思います。
市場の急成長と背景
ITRの調査によると、対話型AIエンジン/デジタルヒューマン市場は2024年度に129億円規模となり、前年比で約5割近い拡大を遂げました。2025年度も同様の伸び率が見込まれ、5年間のCAGRは33.6%に達する見込みです。市場規模としてはまだ小さいものの、テクノロジの進化が導入コストを引き下げ、企業の関心が急速に高まっています。特に顧客接点の高度化が求められる小売業や金融業、ヘルスケア業界での導入が進み、接客の効率化や新しいサービス体験の創出につながっていくといいます。
背景には、生成AIや自然言語処理技術の進展があります。従来は限定的だった日本語対応や会話の自然さが改善され、利用者の心理的抵抗感が薄れてきました。さらに、デジタルヒューマンとしての「人間らしいインターフェース」が加わることで、単なるチャットボットから「顧客体験を支える仮想スタッフ」へと進化していくと予想しています。
技術進化とユースケースの拡大
技術的進化が市場成長を牽引しています。大規模言語モデル(LLM)の統合やノーコード開発機能の進化により、非エンジニアでも容易にAI接客システムを構築できるようになりました。音声認識・音声合成技術の精度向上により、リアルタイムでの自然な会話が可能になり、顧客に「待たされている感覚」を与えにくくなっています。
ユースケースはコンタクトセンターから実店舗、さらには医療現場や教育分野に広がりつつあります。例えば、金融機関では相談窓口にデジタルヒューマンを導入し、定型的な質問に即座に対応。医療機関では診察前のヒアリングを担い、医師の負担を軽減しています。また、観光分野では多言語対応が可能な案内役として、インバウンド需要に応える事例も見られます。
普及を阻む課題
急成長の一方で、克服すべき課題も明確になっています。ITRの舘野真人プリンシパル・アナリストは、日本語の特有表現への対応やハルシネーションの抑制、バイアスリスクなどを指摘しています。AIによる誤回答は顧客体験を大きく損ないかねず、信頼性の担保が重要です。また、AIが対応しきれない複雑な案件を、どのように円滑に人間のオペレーターへ引き継ぐかも解決すべき点です。
さらに、デジタルヒューマンが企業の「顔」として機能する以上、その表現や人格設計はブランド戦略に直結します。単なる業務効率化ツールではなく、企業のアイデンティティを体現する存在として、長期的視点での活用が求められています。
ビジネス戦略における位置づけ
企業にとって対話型AIエンジン/デジタルヒューマンは、コスト削減だけでなく新たな価値創造の手段になりつつあります。接客やサポート業務を代替するだけでなく、ブランド体験を統一的に提供できる点が注目されています。AIが持つ膨大な知識と柔軟な応答力は、顧客に安心感と一貫性を与える一方、データ活用によるサービス改善にもつながるとしています。
競合が導入を加速させる中、導入に慎重な企業は「顧客体験の差」で不利になる可能性があります。そのため、経営戦略の一環として、段階的にスモールスタートしつつ本格展開を視野に入れるアプローチが現実的です。
今後の展望
今後の市場で注目されるのは、マルチモーダル対応や感情認識の進展です。映像・音声・テキストを統合し、顧客の表情や声色に応じた自然な対話を行うことで、人間に近い接客体験を提供できる可能性があります。また、法規制やガイドライン整備の進展により、個人情報保護や倫理的利用の枠組みが確立されることも普及を後押しするでしょう。
一方で、AI依存が高まる中で発生するリスクも考慮が必要です。過度な自動化が顧客不信につながらないよう、有人対応とのバランスを見極めることが重要となるでしょう。
出典:ITR 2025.9