地政学がクラウド選択を変える時代に
Gartnerは2025年11月12日、バルセロナで開催されたIT Symposium/Xpoにおいて、西ヨーロッパのCIOやITリーダーを対象とした調査結果を発表しました。
調査は2025年5月から7月にかけて241名を対象に行われ、地政学的緊張がクラウド戦略に与える影響をテーマにしています。結果によれば、西ヨーロッパのITリーダーの61%が、地政学を背景にローカルまたは地域クラウド事業者への依存度を高める必要性を感じており、53%はグローバルクラウド利用に何らかの制約が生じると回答しました。
国家間の競争が激しさを増す中、デジタル主権の確保が企業経営における重要な論点になっています。企業データ、運用、基盤そのものが海外事業者に依存する状況への懸念が顕在化し、クラウド利用の見直しが本格的に進みつつあります。Gartnerは2030年までに米国以外の企業の75%以上がデジタル主権戦略を持つようになると見込んでおり、その潮流が既に始まりつつあることが今回の調査で浮き彫りになりました。
今回は、クラウド選択における新たな地政学リスク、企業が直面するデジタル主権確保の課題、オープンソースの役割、そして今後の展望について取り上げたいと思います。
クラウドを揺さぶる地政学リスク
欧州企業にとって、クラウドの利便性と柔軟性はデジタルトランスフォーメーションを支える基盤として不可欠な存在になっています。しかし、安全保障環境の変化、国際政治の緊張、規制の強化などが影響し、従来のクラウド利用モデルに再評価の必要性が生じています。調査では61%のITリーダーが、今後ローカルクラウド事業者への依存を高めると回答し、背景には「海外クラウドへの依存が企業の将来リスクになり得る」という危機意識があります。
特に影響が大きいのは、国外クラウド事業者が持つデータセンターやネットワークが異なる法制度に従う点です。例えば、欧州企業が米国のクラウドを利用した場合、米国法の管轄下に置かれる可能性があり、データ主権やプライバシー保護に関する懸念が高まります。EUのGDPRをはじめとする規制環境が厳格化する中、企業側もより精緻なクラウド選定が求められています。こうした状況を受け、地域クラウドへの回帰の動きが勢いを増しつつあります。
デジタル主権が企業戦略の新たな軸に
Gartnerが指摘するように、2030年までに米国以外の企業の75%以上がデジタル主権戦略を持つようになる見通しです。欧州の規制強化をはじめとして、国家や地域が自らのデジタル領域を守る動きが広がっています。デジタル主権の議論は国家レベルだけでなく、企業経営にも直結するテーマになりつつあります。
今回の調査で53%が「地政学がグローバルクラウド利用を制限する」と回答したことも、この方向性を裏付けています。多くの企業がクラウド側の法的管轄やデータ保全性に不安を抱き、クラウド導入全体の見直しに踏み切りつつあります。
GartnerのRene Buest氏は「規制や顧客の要求、あるいは重要インフラとしての位置づけから、欧州企業は非欧州クラウドにすべてのシステムを委ねられない」と述べ、業界全体の構造変化が避けられないことを示しました。もはやクラウドは技術選択にとどまらず、企業の信頼性、リスクマネジメント、そして経営判断全体に影響する領域に広がっています。
地政学時代の選択肢 ― ローカル回帰(Geopatriation)の可能性
クラウド依存を見直す企業の一部では、「Geopatriation(ジオパトリエーション)」と呼ばれる動きが広がっています。これは、海外クラウドで運用していたシステムを地域クラウドへ移行する取り組みを指します。地域の法制度や規制に合致した運用が可能となるため、デジタル主権を確保する上で有効と見られています。
ただし、移行は容易ではありません。Buest氏も指摘するように、地域クラウド事業者が世界大手と同レベルの堅牢性やサービス品質を実現するには時間と投資が必要です。企業側も移行計画の策定、システムの再構成、データ移管など、多くの検討事項を抱えることになります。
それでも、地政学がクラウド選択に大きく影響する今、ローカルへの回帰は現実的な選択肢として広がりつつあります。特に公共分野、金融、医療など、重要インフラ分野ではローカルクラウドの存在感が増しており、今後も拡大が予想されます。
オープンソースの浮上と課題
今回の調査で55%のCIO・ITリーダーが「オープンソース技術が今後のクラウド戦略に重要になる」と回答しました。オープンソースの利点は、自ら制御できる領域が広いこと、特定事業者への依存を緩和できること、そしてカスタマイズ性が高い点です。クラウドの選択肢として、オープンソースはデジタル主権戦略と整合しやすい特性を持っています。
一方、オープンソースには複雑さという別の課題があります。多数のプロジェクトが並行して開発されており、それらを統合して安定的に運用するには高度な専門性が求められます。さらに、中小規模のプロジェクトでは開発体制が脆弱な場合もあり、信頼性の確保という点では慎重な判断が必要です。
それでも、クラウド利用が成熟し、企業が「どの基盤に、どこまで依存すべきか」を再評価する中で、オープンソースは戦略的な選択肢として改めて注目されています。クラウド導入が遅れていた企業ほど、レガシー資産を踏まえながら最適な技術選択を行えるため、デジタル主権の観点でも優位になりやすい構造があります。
今後の展望
地政学の影響が強まる中、企業がクラウド戦略を見直す動きは今後さらに加速する見込みです。クラウド基盤は企業活動のコアを担う領域であり、外部環境の変化に応じた構造転換が求められています。
今後の焦点になるのは、ローカルクラウドとグローバルクラウドの最適な組み合わせをどう設計するかという点です。両者の使い分けを前提に、システムやデータの配置を精緻に見直し、法規制への適合性、データ保全性、コスト、パフォーマンスなどを総合的に判断する体制が必要になります。また、企業自身が主体的にデジタル主権を確保する姿勢が求められ、外部プロバイダーに任せきりの構図からの脱却が進むでしょう。
一方で、既存のクラウド依存が高い企業ほど移行には慎重な検討が必要であり、短期的なコストやリスクも発生します。こうした現実を踏まえ、段階的な移行計画、オープンソース活用、人材育成を含む統合的なクラウド戦略が重要となるでしょう。

出典:ガートナー 2025.11