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量子技術の世界市場は2035年に12兆円、2050年に55兆円に

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株式会社矢野経済研究所は2025年10月22日、量子センシングや量子フォトニクス、量子暗号・通信などを対象とした「量子技術の世界市場に関する調査」を発表しました。調査によると、量子技術の世界市場規模は2035年に約12兆円、2050年には55兆円を超える見通しです。

量子力学の理論を応用する量子技術は、これまで研究室レベルの実験段階にとどまっていましたが、近年はエレクトロニクス、通信、医療、素材といった幅広い分野で実用化が進んでいます。特に量子センシングや量子フォトニクスは、既存技術では捉えられなかった微細な現象を高精度に検知できる点で注目されています。これにより、次世代通信や医療診断の革新に寄与することが期待されています。

矢野経済研究所は、量子技術の本格的な市場形成は2030年以降になるとみており、技術革新と産学官連携の強化が求められているとしています。今回は、5つの主要分野における現状と将来展望について整理します。

世界市場の全体像──2030年代に商用化が本格化

量子技術は、量子力学の原理を利用して情報を検知・処理・伝達する基盤技術です。現在は研究開発から商業化への移行段階にあり、特定の分野で実用製品が登場し始めています。矢野経済研究所の試算によると、2030年の世界市場規模は約5兆7,490億円、2035年には約12兆円に拡大する見込みです。

特に、量子センシングや量子フォトニクスなどの分野が成長をけん引しています。これらの技術は、医療や環境観測、通信セキュリティなど多様な領域で応用が進むと見込まれます。また、量子暗号・通信や量子物性・材料の分野では、量子コンピューティングや量子インターネットの発展に不可欠な技術として、国家や企業の投資が活発化しています。

市場全体では、2040年に約21兆円、2045年に約35兆円、2050年には55兆円を突破すると予測されており、AIや半導体に続く新たな技術基盤として注目されています。

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出典:矢野経済研究所 2025.10

量子センシング──不安定性を価値に変える高精度技術

量子センシングは、量子が外部ノイズに敏感に反応する特性を利用して、極めて高精度な検知を可能にする技術です。磁場、重力、温度、分子反応など微細な変化を検出できるため、医療分野では脳活動のリアルタイム観測や早期診断、産業分野では構造物の劣化検知や地質探査などへの応用が期待されています。

2030年の市場規模は1兆670億円と予測されており、量子技術の中でも早期に実用化が進む分野とみられます。今後は、外部環境に強い量子材料の開発やデバイスの小型化が鍵を握ると考えられています。

量子フォトニクス──光がもたらす通信と計算の革新

量子フォトニクスは、光子(フォトン)の量子状態を制御して情報を処理する技術で、量子通信や量子コンピューティングの基盤を支えます。光を媒介とするためノイズに強く、省エネルギーで高速通信を実現できる点が特徴です。

2030年の市場規模は6,830億円と見込まれており、量子ドットや光センサ、光イメージング技術などの実用化が進んでいます。将来的には、量子フォトニクスが「量子インターネット」の中核を担うとされ、データセンターや通信事業者による関連投資が増加する見通しです。2030年代半ばには、量子フォトンを用いた通信網の実証が進み、国際的な通信インフラの新たな形を提示すると考えられます。

量子暗号・通信──次世代の安全な情報社会へ

量子暗号・通信は、量子の性質を利用して理論的に解読不可能な通信を実現する技術です。2030年には市場規模が5,880億円に達すると予測されており、通信、放送、検索、コンテンツ配信など幅広い分野で活用される見通しです。

現在、政府機関や金融機関では「量子鍵配送(QKD)」を用いた通信インフラの整備が始まっています。これは、量子状態を利用して暗号鍵を安全に共有する仕組みで、将来的な量子コンピュータによる解読リスクへの対応策として注目されています。

矢野経済研究所は、今後の市場拡大には国際標準化や通信事業者間の協調が重要になると指摘しています。各国が国家プロジェクトとして量子通信ネットワークを整備する動きが加速しており、情報社会の安全性を根本から支える技術になると考えられます。

量子生命科学──生命現象を「量子」で理解する

量子生命科学は、量子物理学の原理を生命現象の理解に応用する学際的な分野です。生体内で起こる分子レベルの反応を高精度に観測できるため、医療や創薬、脳科学において革新をもたらすと期待されています。

2030年の市場規模は2,570億円と予測されています。超高感度核磁気共鳴(NMR)や量子光イメージング、生体ナノ量子センサなどの応用が進み、がんの早期発見や個別化医療などへの寄与が見込まれます。量子生命科学は、量子の視点から生命の仕組みを探る新しいアプローチとして、医療産業全体に変革をもたらす可能性があります。

量子物性・材料──新素材が支える量子産業の基盤

量子物性・材料分野は、量子力学的な現象を活用した新素材の研究開発を進める領域です。トポロジカル物質、高温超伝導体、スピントロニクス材料などが代表的であり、次世代エレクトロニクスやエネルギーデバイスへの応用が期待されています。

2030年の市場規模は3兆1,540億円に達すると予測されており、量子技術の中で最も大きな比重を占めます。層状構造電子材料の安定化や単電子層の取り扱いといった課題も残されていますが、これらを克服することで量子計算や量子通信などの基盤を支える中核技術へと発展する見込みです。

今後の展望

矢野経済研究所は、量子技術の発展がAIや通信、半導体に続く新たな産業波を形成すると分析しています。量子センシングや量子フォトニクスによるデータ取得手法の革新、量子暗号による通信の安全性向上、そして量子物性・材料がもたらす高効率デバイスなど、量子の応用は社会全体に広がるとみられます。

日本においても、量子技術は経済安全保障と産業競争力の両面で戦略的な位置づけを持っています。政府は量子技術を重点研究分野として支援を拡充しており、大学・企業間での連携や量子人材の育成も進んでいます。2030年代には、量子技術がエネルギー、医療、通信、モビリティなどの主要産業に組み込まれる時代が到来することが期待されます。

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