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AWS、世界最大級のAIクラスタ「Project Rainier」稼働開始

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アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)は2025年10月29日、世界最大級のAI計算基盤「Project Rainier(プロジェクト・レイニア)」が本格稼働を開始したと発表しました。

AWS activates Project Rainier: One of the world's largest AI compute clusters comes online

わずか1年足らずで構築されたこのインフラは、AWSが独自開発した第2世代AIトレーニング用チップ「Trainium2」を約50万基搭載。AI研究企業Anthropicが自社モデル「Claude」の開発・推論に活用しており、2025年末までには稼働チップ数が100万基を超える見通しです。

AWSは本プロジェクトを通じて、AI計算能力の規模・効率・持続可能性のすべてにおいて新たな標準を打ち立てる構えです。Anthropicとの協業により、従来の5倍以上の演算能力を活用しながら、安全性と精度を両立した次世代AIモデルの開発を推進しています。Claudeシリーズの次期モデルはこのRainier上で学習され、さらに高度な推論能力を獲得していく予定です。

EC2 UltraClusterとTrainium2が生み出す圧倒的演算力

「Project Rainier」の名は、シアトル近郊にそびえる標高4,392メートルのレーニア山に由来します。その名の通り、同プロジェクトはAWS史上最大規模の技術的挑戦といえます。

全米複数のデータセンターにまたがる構成で、数十万基のTrainium2チップが「EC2 UltraCluster」と呼ばれるクラスタ構造で結ばれています。AWS Distinguished Engineerのロン・ディアマント氏は「このプロジェクトはAI計算インフラの転換点となる」と語ります。

Trainium2はAIトレーニング専用に設計されたチップで、1秒間に数兆回の計算を実行可能です。もし人が1兆まで数えると約3万年かかるところを、Trainium2は一瞬で処理するといいます。これが数十万基連結されることで、従来比70%を上回る演算密度を実現しています。

各サーバは16基のTrainium2を搭載した4台の物理ノードで構成され、専用の高速接続「NeuronLink」で結ばれた「UltraServer」として動作します。この仕組みにより、データ伝送の遅延を最小化し、大規模AIモデルの学習を劇的に高速化します。数万台規模のUltraServerが連携することで、膨大なパラメータを持つ生成AIモデルの訓練を現実的な時間で完了できるようになっています。

チップからデータセンターまで一貫設計

AWSの強みは、ハードウェアからソフトウェア、電力供給、データセンター構造に至るまで、自社で完全に設計・管理できる点にあります。

同社はTrainiumシリーズをはじめとする自社開発チップを軸に、AI専用のアーキテクチャを再構築。電源供給システム、冷却設計、ネットワーク制御までを総合的に最適化することで、AIワークロードに特化した超高効率運用を実現しています。

注目されるのは、UltraServer間を結ぶElastic Fabric Adapter(EFA)技術です。これは黄色のケーブルで識別される内部通信網であり、複数データセンターをまたいだ広域クラスタ化を可能にします。結果として、AIモデルの学習・推論において従来の通信ボトルネックを解消し、信頼性とスケーラビリティを両立させています。

AWSの垂直統合戦略は、単に性能を追求するだけでなく、AI計算コストの低減にも寄与しています。各階層を可視化・統制することで、リソース配分や障害対応を迅速化し、AIアクセスの民主化を支える基盤を整えています。

再生可能エネルギー、水資源効率の両立を実現

プロジェクト・レイニアのもう一つの特徴は、環境負荷を最小化する設計思想にあります。AWSは2023年と2024年において、世界の全事業で消費電力を100%再生可能エネルギーで賄ったと報告しており、この姿勢は本プロジェクトにも貫かれています。

同社は原子力・蓄電池・再エネへの巨額投資を進めるとともに、建設段階からカーボンフットプリントの削減を徹底。新設データセンターでは、冷却効率の最適化によって機械的エネルギー消費を最大46%削減、コンクリート使用に伴う埋め込み炭素量を35%削減するとしています。

さらにAWSは「水使用効率(WUE)」でも業界をリードしています。米国インディアナ州セントジョセフ郡にあるレイニア拠点では、外気冷却を活用し、年間を通じて冷却水の使用を最小化。10〜3月は冷却水を一切使わず、4〜9月でも1日の数時間のみの使用にとどめています。その結果、AWS全体のWUEは0.15リットル/kWhと、業界平均の0.375リットル/kWhを大きく上回る効率を達成しました。これは2021年比で40%の改善にあたります。

環境負荷の低減は、AIインフラ拡張における最大の課題のひとつです。AWSは「技術のスケールアップ」と「地球資源のサステナビリティ」を両立させるモデルケースとして、業界全体の方向性をリードしています。

"チップの山"が切り開く新しい知能の時代

プロジェクト・レイニアの意義は、単にAIの学習速度を高めることにとどまりません。数十万基のTrainium2チップを束ねたこのインフラは、AI研究の進化そのものを加速させる「知的基盤」です

AWSによると、この計算力は医療、気候科学、材料開発など、これまで人類が解き明かせなかった問題に取り組むための突破口を開く可能性を秘めています。

AnthropicのClaudeモデルは、Rainier上での大規模トレーニングによって推論精度を飛躍的に高めています。AWSは、こうした「AIファクトリー」的なデータセンター群を、世界各地に段階的に拡張していく構想を掲げています。AIの進化を支える演算資源が、電力・水・冷却といった物理的資源との共進化を遂げることが、次世代のテクノロジー基盤に求められています。

レーニア山が太平洋岸北西部の象徴であるように、Project RainierはAIインフラの新たな地平を象徴する存在となりました。

AIの知能進化を支えるのは、無限の演算ではなく、地球と調和する設計思想に基づく「持続可能な計算力」です。AWSが築いたこの"山脈"は、AI時代のインフラがどうあるべきかを世界に示しています。

今後の展望

Project Rainierの稼働は、AIモデルの開発スピードと規模を飛躍的に高めています。今後、Anthropicをはじめとする複数の企業がこのプラットフォーム上で次世代AIを構築する可能性があります。また、AWSの垂直統合モデルは、AI半導体からエネルギー戦略に至るまで、国家レベルの産業競争にも波及していくと見込まれます。

AWSが目指すのは、性能競争ではなく、エネルギー効率・コスト最適化・環境共生を備えた「持続可能なAI計算経済圏」の構築です。その延長線上には、分散型AI開発のグローバル標準化や、再生可能エネルギーを基盤とした"カーボン・ニュートラルAI"の実現が見えてきます。

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出典:AWS

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