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AIは人間を進化させるのか、退化させるのか ― Gartnerが示す2026年以降の戦略的展望

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ガートナージャパンは2025年10月30日、「Gartner IT Symposium/Xpo 2025」において、2026年以降の社会とビジネスに影響を与える「重要な戦略的展望トップ10」を発表しました。今回のテーマは「AI時代における人材」「ソブランティ(主権)」「狡猾なAI」の3つの領域を横断し、テクノロジがもたらす社会変容と倫理、そして企業が直面する新たな課題を提示しています。

ディスティングイッシュト バイス プレジデント アナリスト兼Gartnerフェローのデーブ・アロン氏は

テクノロジの急速な変化が、人間の行動や選択にこれまで以上に大きな影響を及ぼしている。今後に備えるためには、技術変革だけでなく"行動の変革"を重視すべきだ

と述べています。

この記事では、Gartnerが示した10の展望をもとに、AIが企業と社会に与えるインパクトを分析し、今後の経営戦略と人材育成の方向性を読み解きます。

出典:ガートナー 2025.10

1. AI時代に必要なスキルのテストが実施される(2027年)

AIが業務のあらゆる領域に浸透する中で、「AIを使いこなせる人材かどうか」が採用基準になります。 2027年までに、企業の75%が職務適性テストにAIスキル評価を導入すると予測しています。単にAIの知識を問うのではなく、生成AIを使って問題を解決し、生産性を高める実践力が評価されるようになるといいます。

その結果、AIリテラシーを持つ人材ほど高報酬を得る傾向が強まり、学習・スキル開発の在り方が変わります。企業も「AIの活用力」を人事戦略の中核に据えることが求められ、教育・研修・採用の全てが再設計されていくでしょう。

2. 手抜き思考が急増する(2026年)

AIが意思決定を支援するようになり、人は「考えないこと」に慣れつつあります。 Gartnerは2026年までに、AI依存による批判的思考の衰退が深刻化し、世界の50%の企業が「AIを使わずに考える力」を評価するようになると予測しています。

AIの回答をそのまま受け入れるのではなく、自ら問いを立て、根拠を検証し、リスクを判断する能力が重要になります。 金融や医療、法務のような責任の重い分野では、AI非依存の意思決定スキルが競争力を左右する要素になるでしょう。企業はAI活用と人間の直感的判断のバランスを再設計する必要があります。

3. デジタル国家プラットフォームが台頭する(2027年)

2027年までに、35%の国が独自のAIプラットフォームを構築し、「データ主権」の時代が到来すると予測しています。 各国は自国の文化・言語・規制に合わせたAIを運用し、世界のAI市場は急速に分断されていくといいます。

多国籍企業はグローバルAIを単一で展開できなくなり、各地域に適応した「ローカルAI戦略」を採用する必要があります。 これにより、クラウドやデータの主導権をめぐる競争は激化し、国境を越えるAIの相互運用性がビジネス上の最大課題となります。 AIが"国家インフラ"と化すことで、技術選定は経営判断であると同時に、政治判断にもなっていくのです。

4. マルチエージェントAIが顧客を引き付ける(2028年)

AIエージェントが複数連携し、顧客の要望に即座に対応する「マルチエージェントAI」の時代が到来します。 2028年までに、顧客接点の80%でこうしたAIが導入され、サービス体験が大きく変わると予測しています。

単一のチャットボットではなく、営業AI・サポートAI・決済AIが連携して顧客を支援する仕組みが標準化します。 顧客はAIによるスピーディな応答を当然視するようになり、導入の遅れた企業は顧客満足度で大きく劣後します。 CX(顧客体験)は「人の温かさ」ではなく、「AIの一貫性と即応性」で評価される時代が近づいています。

5. AIがB2B調達の領域に入り込む(2028年)

2028年までに、世界のB2B取引の9割がAIエージェントを介して行われるようになると予測しています。 AIが価格交渉・在庫確認・契約締結を自動化し、人間が介在しない「AI同士の商談」が一般化します。

これにより、企業間取引のスピードは飛躍的に向上し、サプライチェーンの効率化が進みます。 一方で、AIが意思決定の主体となることで、透明性・検証性を確保する仕組みが不可欠になります。 B2Bの世界では、信頼できるデータを"通貨"とする「デジタル・トラスト経済」が形成されると予測しています。

6. AI主導の意思決定自動化で壊滅的損失のリスクが生じる(2026年)

AIが誤った判断を下すことで生じる損害が急増します。 Gartnerは2026年末までに「AIの判断ミスによる死亡や重大事故」が世界で2,000件を超えると見ています。

自動運転、医療診断、金融取引など、人命や資産に関わる領域では、AIの透明性と監査性が強く問われます。 企業はAIのリスクを監視する「AIガードレール」を整備し、法的・倫理的責任の所在を明確化する必要があります。 今後、AIの利用を「積極的に公表する企業」と「あえてAI非利用を訴求する企業」が並存するという、逆説的なブランド戦略も広がる可能性があります。

7. お金そのものがコンピュータになる(2030年)

2030年までに、世界の金銭取引の20%が「プログラマブル・マネー」に変わると予測しています。 AIエージェントが契約条件を理解し、自動的に送金・決済を行う時代がやってきます。

この新しい通貨は、ブロックチェーンやトークン化技術によって実装され、機械同士が交渉し、決済する「マシンエコノミー」を生み出します。 金融、物流、製造業では自動的な資金循環が実現し、AIが経済の主体となる未来が現実味を帯びます。 同時に、セキュリティや相互運用性をめぐる新たな国際ルール整備が急務となるでしょう。

8. AIエージェントはプロセスを超越する(2027年)

AIは単なる業務自動化の範囲を超え、「プロセスの再構築」を担うようになります。 2027年までに、AIエージェントの導入によってサービス契約のコストと価値のギャップが50%以上縮小すると見込まれます。

AIが人間の暗黙知を吸収・活用し、業務全体を再設計する動きが進むことで、従来のマニュアルや手順書は不要になります。 人間の労働価値は「定型作業」から「AIに学習させる知識の提供」へとシフトしていくでしょう。

9. AIガバナンスが人間を支配するかもしれない(2027年)

2027年までに、世界経済の半分がAI関連規制の対象となり、企業のコンプライアンス投資は50億ドル規模に達すると予測しています。 各国がAIの定義や透明性ルールを独自に定めるため、企業は地域ごとに異なる法体系に適応しなければなりません。

ガバナンスは単なるリスク管理ではなく、競争力の源泉になります。 AI倫理や説明責任を実践できる企業こそが信頼を獲得し、社会的ライセンスを保持する存在となります。 AIに支配されるのではなく、AIを統治する仕組みをいかに作るかが問われています。

10. 35年間続いた生産性向上ツールのユーザー・エクスペリエンスが終わる(2027年)

ワード、スプレッドシート、メールなど、長年の業務基盤を支えてきた「生産性ツール時代」が終わりを迎えます。 2027年までに、生成AIとAIエージェントがそれらを置き換え、作業の主役は「人間の操作」から「AIとの対話」へ移行すると予測しています。

AIが業務文書を自動生成し、意思決定を補助することで、従来のソフトウェア産業は580億ドル規模の変革を迎える見通しです。 今後はツールを使いこなす力よりも、「AIに何を指示し、どう答えを導くか」という"問いの設計力"が価値となります。

今後の展望:人間中心のテクノロジ戦略へ

Gartnerが示す10の展望は、AIを巡る技術競争が「行動」「倫理」「制度」の変革に移行しつつあることを明確に示しています。 AIは企業に効率性をもたらす一方で、思考の退化・責任の不明確化・データ主権の分断など、社会構造的なリスクを伴います。

これからのCIOや経営者に求められるのは、AI導入のスピードではなく「AIと人間の役割を再定義する力」です。 AIを使う"技術"ではなく、AIと共存する"哲学"が問われています。

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