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「ITR注目トレンド2026」にみるAIファースト経営の進展と企業変革

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アイ・ティ・アール(ITR)は2025年11月11日、2026年に企業が注目すべき11のIT戦略テーマを「ITR注目トレンド2026」として発表しました。

価値創造、マネジメント、人材活用といった企業活動のあらゆる領域でAIが前提となる環境が整い始めた今、企業は自社の経営モデル全体をどのように再構築すべきかという問いに直面しています。

今回提示された11テーマは、「AIによる競争力創出」「ITマネジメントの高度化」「人材・知識の戦略的活用」という3つの視点で構成されています。ITRは、AIが業務効率化の手段にとどまらず、競争優位性を左右する経営基盤へと変化していることを強調し、企業に対して中長期的な構造改革を促しています。

市場変化のスピードが増し、企業が保有する資産やスキルの陳腐化が加速する中、AI前提のシステム・組織・人材体制を整える重要性が高まっています。今回は、11の戦略テーマが示す企業変革の方向性、AIネイティブ化がもたらす影響、さらにITマネジメントと人材戦略の再構築、そして今後の展望について取り上げたいと思います。

AI前提の競争力創出が示す企業変革の実相

ITRが示す最初の視点は「AIによる競争力創出」です。最も大きな転換点となるのが、アプリケーション開発の主導権がAIに移る「意図駆動型AI主導開発」の到来です。人間が作業を補助するフェーズを超え、AIが人間の意図を理解し、設計から実装、運用までを担う構造が実現すれば、従来型のSIビジネスは大きな転換を迫られます。多重下請けモデルを基盤としてきた日本のIT産業にとっては、ビジネスモデル再構築が避けられない局面が到来するでしょう。

さらに、生成AIの進化はイノベーションプロセスそのものも変えつつあります。属人的な発想に依存した従来型の企画開発では市場変化に追いつくことが難しくなり、外部環境分析やアイデア創出をAIが支援する「AI駆動型共創環境」の整備が不可欠となっています。社内外の知見を結合し、迅速な検証を行う環境を構築することで、新たな価値創出につながります。

業務プロセスもAIを前提とした再設計が必要です。リアルタイム予測と最適化を備えたAIがリソース配分や負荷調整を自動化し、人材不足への対応や意思決定の質向上に寄与します。基幹系システムでも、データ蓄積と活用を中心としたData Flow Hubの重要性が高まり、脱サイロ化に向けた取り組みが2030年まで継続すると見込まれています。

ITマネジメント高度化の焦点―FinOps・TBM・ダイナミックインテグレーション

次の視点である「ITマネジメントの高度化」では、クラウドシフトとAI活用拡大に伴うIT支出の複雑化が大きな課題として浮上します。企業はIT投資が全体としてどこに向かい、どれだけ成果を生んでいるのかを把握しにくくなっており、これがデジタル戦略の機動力を弱める要因となっています。この課題を解消するアプローチとして注目されるのが、クラウドコストの可視化・最適化を行うFinOpsと、IT投資全体を事業戦略に紐づけて管理するTBMです。これらの導入は、クラウドネイティブ環境での投資管理体系確立につながり、経営とITの連携強化が期待できます。

AI時代のインテグレーションアーキテクチャも重要な論点です。複雑なシステム群、データ群、AIモジュールを横断的に連携させる必要性が高まり、iPaaSが「ダイナミック・インテグレーション」へと進化することで、目的に応じた柔軟な再構成が可能になります。ただし、この発展には技術・人材・投資配分を含む中長期的なアーキテクチャ改革が求められます。

さらに、IT運用でもAIエージェントがツールを操作し自律的に判断する未来が現実味を帯びています。運用担当者はAIの行動と安全性を監視するAgentOpsの役割へと移行し、IT運用の在り方自体が変化する局面が近づいています。加えて、サイバー攻撃の高度化に備えるためには、CSIRTの実践力強化やプレイブック整備、コミュニティ参画による知見共有が不可欠です。

AI時代に問われる人材戦略―スキルシフト・学習環境・知識構造の再構築

3つ目の視点となる「人材・知識の戦略的活用」では、人材像の変容が核心をなします。AI技術の普及により、IT系に限らず多くの業務が自動化の対象となり、企業は人材ポートフォリオ全体の再構築を迫られています。AIエンジニアなどの新職種確保に加え、既存人材のスキルシフトを一層加速させることが求められています。

人材育成の手法も大きく変わりつつあります。対話型生成AIによる質疑応答やメタバース/XRを活用した研修が普及し、従来の集合研修の役割が見直されています。学習者のニーズに合わせた個別最適化が容易になることで、企業は高度で柔軟な育成体系を構築できるようになり、従業員エンゲージメントの向上にもつながります。

また、知識管理のアプローチも転換期を迎えています。文書単位で情報を保存する従来型のナレッジマネジメントは次第に限界を迎え、生成AIが普及する時代には、知識を小さな粒度で管理し用途に応じて組み合わせて出力する「アトミック合成型」が必要とされています。知識を資産として扱う組織ほど、この構造転換が競争力の源泉になります。

今後の展望

今回のITR「ITR注目トレンド2026」は、企業がAI前提の経営へ移行するうえで避けて通れない領域を網羅的に示しています。特に、開発主導権のAI移行、業務プロセスのAI化、IT投資管理の精緻化、人材・知識の構造改革は、すべての企業に共通する課題です。これらは個別に取り組むのではなく、システム、組織、文化、人材までを含む全体変革として捉える姿勢が重要となります。

今後は、AIが役割を拡大する一方で、企業はAIの判断を適切に管理し、組織として責任ある運用を行う体制の整備が求められます。そのため、AgentOpsやガバナンス強化は企業競争力を支える要素として位置づくでしょう。また、知識のアトミック化や個別最適化された学習環境は、企業の知的生産性を高める鍵となります。

さらに視野を広げれば、AI主導開発の普及は産業構造や労働市場にも影響を与え、日本企業の伝統的なIT調達モデルが大きく変わる可能性があります。こうした環境変化の中で企業が持続的に成長するためには、AI活用を中心に据えた中長期的な経営戦略の再構築が求められています。今後数年は、AIを経営基盤として捉え直し、自社の変革をどこまで加速できるかが試される局面となるでしょう。

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出典:ITR 2025.11

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