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地政学リスクでIT調達はどう変わるのか

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米Gartnerは2025年10月21日、世界2,500人以上のCIOとテクノロジー経営層を対象にした最新調査を発表しました。その結果、米国外の経営層の50%が地域要因を踏まえたベンダー関係の見直しを検討していることが明らかになりました。一方で、米国のCIOで同様の意向を示したのは31%にとどまり、地政学リスクに対する意識の差が鮮明になりました。

Gartner Survey Reveals 50% of Non-U.S. CIOs and Technology Executives Anticipate Changes to Vendor Engagement Based on Regional Factors

背景には、AIやクラウドを巡る国際的な緊張、データ主権の主張強化、そしてコスト構造の地域格差があります。これまでの「グローバル最適調達」は、今や政治・経済リスクと表裏一体の課題となり、IT調達の前提が大きく変わろうとしています。

今回は、Gartnerの調査が示す「地政学とIT調達の再編」、そして次にCIOが直面する「ベンダー再構築の現実」を探ります。

半数の非米国CIOが「地域ベンダー重視」へ転換

Gartnerの調査によると、米国外のCIO・テクノロジー経営層の半数(50%)が地域要因を考慮したベンダー選定方針の見直しを予定しています。対照的に、米国では「現状維持」と答えた割合が69%に上り、国際市場におけるリスク感度の差が浮かび上がりました。

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出典:ガートナー 2025.10

この傾向は、サプライチェーンの安全保障やデータの越境移転規制の強化など、"地政学的分断"の影響が企業ITにも波及していることを示しています。

欧州連合(EU)ではAI法を軸に「域内データ主権」を重視する動きが強まり、アジアでも日本やインドがクラウド・AI基盤を自国主導で確保する方針を打ち出しています。

GartnerのChris Howard氏は「AI時代の地政学が、CIOの調達判断に直接的な影響を与え始めている」と指摘し、「ベンダーの所在地やデータ主権の信頼性が、新たな調達基準になる」と強調しています。

特に非米国企業の32%が「地域内ベンダーとの関係強化」を重視しており、技術依存の分散が進行しています。この動きをGartnerは「Geopatriation(地政的帰属化)」と呼び、クラウドやAIの運用を地域的に最適化する動きが加速すると予測しています。

グローバル調達の"常識"が崩れ始めた

これまで企業のIT戦略は、コスト削減とスピードを優先した「グローバル調達」が主流でした。しかし近年は、政治・経済・安全保障リスクの高まりにより、地域ごとのリスク分散が求められる時代に変化しているといいます。

例えば、米中対立や半導体の供給制限、生成AIのデータ学習を巡る法規制の違いなどが、クラウドやAIサービスの安定性に直接影響しています。

Gartnerの分析によると、18%の非米国CIOが「国際ベンダーへの依存を減らす」と回答し、特定国への集中リスクを避ける動きが見られます。

一方、米国CIOは自国の技術優位を前提に比較的静観姿勢を保っていますが、このギャップが将来の市場分断を生む可能性も指摘されています。

今後、グローバルベンダーは各地域の規制・文化・信頼基盤に適応する「多層的な展開モデル」を求められるでしょう。クラウドデータセンターのリージョン設計や、AIガバナンス体制のローカライズなどがその具体例です。

AI投資は「試行」から「価値創出」フェーズへ

Gartnerは同調査で、CIOの多くが地政学的リスクと並行してAIへの投資拡大を最優先課題に位置づけていることも明らかにしました。

企業のAI関連投資は前年比35%増を見込み、注目は生成AI(Generative AI)から「エージェンティックAI(Agentic AI)」への進化です。これは、AIが単に情報を生成する段階から、自律的に行動し、業務プロセスに介入するフェーズへと移行することを意味します。

調査によると、64%のCIO・テクノロジー経営層が今後24カ月以内にエージェンティックAIを導入予定と回答しました。生成AIを既に導入済みの企業は58%に達しており、AI活用がもはや試験的な段階を脱しつつあることが分かります。

GartnerのKris van Riper氏は「2025年はAI実験の年、2026年はROIを出す年」と位置づけ、成功の鍵を次の5項目に整理しています。

  1. ビジネス目標と整合したAIロードマップ

  2. 成果を測定できるKPIとROI目標

  3. 社員のスキル再教育とAI活用能力の育成

  4. 透明で強固なデータガバナンス体制

  5. 経営資源の柔軟な再配分力

これらを欠いた導入では、期待した成果を得られず、逆にROIを毀損するリスクがあると警鐘を鳴らしています。

ベンダー再構築の核心は「信頼」と「共創」

地政学的な不確実性が増す中で、企業が取り組むべきは単なるベンダー分散ではありません。Gartnerは、これからのCIOに求められるのは「リスクを制御できるエコシステムの設計者」であると強調します。つまり、「どの地域と協調し、どのベンダーと価値を共創できるか」という"信頼設計"が経営課題になるといいます。

たとえば日本企業にとっては、米国・欧州・アジアのいずれとも連携できる「マルチリージョン・パートナーシップ」体制を築くことが、サプライチェーンの安定性を高める鍵となります。同時に、AIやクラウドの契約条項において、データ保護・主権・倫理に関する明確な基準を設けることも欠かせません。

ベンダー再構築とは、単なる取引先の入れ替えではなく、信頼性・透明性・相互依存を再設計するプロセスであり、これを主導できるCIOこそが次世代のリーダーとなるでしょう。

今後の展望

Gartnerの調査は、企業のIT戦略が「地政学×AI」という二つの大波の交差点に立たされている現実を映し出しました。

地政学リスクの高まりは、これまで当たり前だった「グローバル標準調達」を揺るがし、AIの進化は組織の価値創出プロセスを根本から変えようとしています。今後のCIOには、地政学リスクを読み解く分析力と、AIを価値へ転換する実行力が求められます。

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