AI PC、2025年に世界市場の3割、 2029年には標準搭載へ
2025年8月28日、米調査会社ガートナーは、世界のパソコン市場においてAI搭載型PC(AI PC)の存在感が急速に高まっているとの見通しを発表しました。
Gartner Says AI PCs Will Represent 31% of Worldwide PC Market by the End of 2025
ガートナーによると、2025年末にはAI PCが世界全体の31%を占め、出荷台数は7,780万台に達する見込みです。さらに2026年には市場シェアが55%へ拡大し、2029年にはAI PCが「標準」となると予測しています。
背景には、生成AIや小規模言語モデル(SLM)といった新技術の普及、クラウド依存からローカル処理へのシフト、そしてユーザー体験の高度化への期待があります。一方で、地政学的リスクに伴う関税や需要停滞など、普及スピードに影響を与える要因も指摘されています。
今回は、AI PCの市場拡大の実態と要因、消費者と企業の利用ニーズの違い、ソフトウェアエコシステムの進展、そしてベンダー戦略の方向性について整理し、今後の展望を考えたいと思います。
市場規模の拡大と普及ペース
ガートナーのデータによると、AI PCの市場シェアは2024年の15.6%から、わずか1年で31%へと倍増する見込みです。さらに2026年には54.7%に達し、台数ベースでは1億4,311万台と推計されています。特にノートPC分野での伸びが顕著であり、2026年にはAI対応が約6割を占めるとされています。
背景には、ユーザーの体験価値を高める生成AI機能の進化があります。AIによる自然言語処理、画像生成、リアルタイム翻訳などの機能が標準搭載されることで、従来のPCとの差別化が進み、企業や個人が買い替えを検討する動機が強まっています。
ただし、2025年の成長は一時的に減速すると見込まれています。ガートナーは、関税の影響や市場不確実性による購買抑制を要因に挙げています。それでも中期的には需要が旺盛であり、普及曲線は加速する可能性が高いでしょう。
ビジネスと消費者の選択肢の違い
AI PCの普及を左右するのは、プロセッサーの選択肢です。ガートナーは、消費者市場ではArmベースのノートPCが徐々に存在感を高める一方、企業市場では依然としてx86ベースのWindowsマシンが優勢と指摘しています。2025年にはビジネス用途のAIノートPC市場でx86が71%を占め、Armは24%にとどまる見込みです。
この差は互換性や運用基盤の違いに起因しています。企業にとって業務アプリケーションや既存システムとの互換性は死活的に重要であり、新しいアーキテクチャへの移行には慎重な姿勢をとる傾向があります。一方、消費者は利便性やコスト、バッテリー効率といった要素を重視するため、ArmベースPCの選択肢が広がる余地があります。
この二極化は、ベンダーにとっても戦略の分岐点となります。企業向けには既存環境にシームレスに統合できる信頼性を訴求し、消費者向けにはAIによる新しい体験価値を強調する姿勢が求められるでしょう。
ソフトウェアエコシステムとSLMの台頭
AI PCの普及を支える重要な要素が、ソフトウェアベンダーによるAI対応アプリケーションの拡大です。ガートナーは、2026年までにソフトウェアベンダーの40%がAI機能をPC上に直接実装すると予測しており、2024年時点のわずか2%から大幅な増加となります。
特に注目されるのが、小規模言語モデル(SLM)のローカル実行です。SLMはクラウドに依存せず、デバイス上で高度なAI機能を提供する仕組みであり、レスポンスの即時性、消費電力の削減、そしてデータセキュリティの向上に直結します。企業にとってはクラウドコスト削減やデータ保護の観点から導入価値が高く、消費者にとっても快適なユーザー体験につながります。
こうした流れにより、AI PCは「高性能端末」というだけでなく、ユーザーごとに最適化されたAIサービスを提供する「個別知能デバイス」へと進化しつつあります。
ベンダー戦略とカスタマイズ時代の到来
AI PCの普及に伴い、ベンダーに求められるのは単なるハードウェア供給ではなく、ソフトウェアを含めたユーザー中心のエコシステム構築です。ガートナーのアトワル氏が指摘するように、「AI PCの未来はカスタマイズ」にあり、ユーザーが必要なアプリや機能を柔軟に選び、自らの利用スタイルに合わせた環境を作れることが鍵となります。
この戦略は、ユーザーとベンダーの関係性を深化させる可能性を秘めています。利用データの蓄積によりベンダーはユーザーの行動をより正確に把握し、最適なアップデートやサービスを提供できます。結果としてブランドロイヤルティが高まり、継続的な収益モデルの確立につながると考えられます。
ただし、過度なデータ収集はプライバシーリスクを伴うため、透明性の高いルール設計や利用者への明示的な説明が不可欠です。
今後の展望
AI PCは今後数年で「新技術」から「標準」へと移行し、市場構造や利用スタイルを大きく変えることが予測されます。2029年にはAI非搭載PCが例外的な存在となる可能性が高く、PCベンダーだけでなく、ソフトウェア開発者、クラウド事業者、半導体メーカーなど広範な産業に波及効果をもたらすことが予想されます。